・News Access English

   多湖・岩田・田村法律事務所
    Tago Iwata & Tamura
電話03-3265-9601
info@tago-law.com 
宅建業法

宅地建物の定義

農地・農振農用地の売買

宗教法人の境内地の売買

急傾斜地崩壊危険区域の開発制限行為

土地の時価評価基準

不動産の対抗要件

契約不適合責任の免責

仲介業者の責任と説明義務

青田売物件の説明義務

投資用物件の説明義務

境界・筆界の確定方法

買付証明書・売渡承諾書の法的拘束力

同時履行の抗弁権の喪失

借地借家法

区分所有法

急傾斜地崩壊危険区域の開発制限行為≪全画面 

更新:2026年6月13日 
 事例

急傾斜地崩壊危険区域において造成,立木の伐採,工作物の設置等を行う場合に必要な手続。

 解説

1.急傾斜地崩壊危険区域とは
「急傾斜地」とは,「傾斜度が三十度以上である土地」をいい(急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律(以下「急傾斜地災害防止法」)2条1項),このうち,崩壊するおそれのある急傾斜地で、その崩壊により相当数の居住者その他の者に危害が生ずるおそれのあるもの及びこれに隣接する土地のうち、当該急傾斜地の崩壊が助長され、又は誘発されるおそれがないようにするため、工作物の設置・盛土(造成)・立木の伐採等の開発行為(同法7条1項各号に掲げる制限行為)が行なわれることを制限する必要がある土地として指定した区域を「急傾斜地崩壊危険区域」といいます(同法3条1項)。

急傾斜地崩壊危険区域に指定されている土地において,工作物の設置・盛土(造成)・立木の伐採等の開発行為(同法7条1項各号に掲げる制限行為)を行う場合は,原則として都道府県知事の許可を要することになります。

実務上,急傾斜地崩壊危険区域に指定されるのは,急傾斜地の中でも,①勾配30度以上(急傾斜地災害防止法2条1項)②高さ5m以上(昭和44年8月25日付け建設省河砂発第54号通達)③崩壊により危険にさらされる人家が5戸以上又は官公庁舎,学校,病院,旅館等が危険にさらされるもの(同通達)という3要件をすべて満たす「急傾斜地」と,このような急傾斜地に隣接する土地のうち制限行為により急傾斜地の崩壊が誘発助長されるおそれのある土地(「誘発助長区域」といいます)です。

もっとも,このうち「誘発助長区域」については,法令又は通達上の一律の基準はなく,以下のとおり,各県により指定基準・目安は若干異なります。

(1) 新潟県【急傾斜地崩壊危険区域指定要領(令和3年4月1日最終改正)】第2・2,別記3⑶
・崖上:急傾斜地の直高の2分の1以上で1倍以内の距離
・崖下:急傾斜地の直高の2分の1以内の距離

(2) 愛知県建設局砂防課【急傾斜地崩壊防止施設設計の手引き(令和3年3月)】第5編第2章第1節6.1
・崖上:法尻から急傾斜地の直高2倍以内の距離又は斜面長50mとなる範囲の距離
・崖下:法尻から急傾斜地の直高以内かつ最長10m以内の距離

(3) 滋賀県【急傾斜地崩壊危険区域指定事務取扱要領】第5・3
・崖上:法尻から30度の線を引いた範囲の距離(崖高に満たない場合は崖高)
・崖下:おおむね崖高

(4) 広島県土木局砂防課【急傾斜・地すべり・雪崩技術指針(平成26年4月)】Ⅰ第2章1(5)オ⑥
・崖上:0~崖高の2分の1以下程度の距離
・崖下:崖高の2分の1~1倍程度の距離

従って,急傾斜地(勾配30度以上)でない平坦な土地であっても,「誘発助長区域」に該当し「急傾斜地崩壊危険区域」に含まれている場合があるので注意が必要です。

【急傾斜地災害防止法2条1項】
この法律において「急傾斜地」とは、傾斜度が三十度以上である土地をいう。

【急傾斜地災害防止法3条】
1 都道府県知事は、この法律の目的を達成するために必要があると認めるときは、関係市町村長(特別区の長を含む。以下同じ。)の意見をきいて、崩壊するおそれのある急傾斜地で、その崩壊により相当数の居住者その他の者に危害が生ずるおそれのあるもの及びこれに隣接する土地のうち、当該急傾斜地の崩壊が助長され、又は誘発されるおそれがないようにするため、第七条第一項各号に掲げる行為が行なわれることを制限する必要がある土地の区域を急傾斜地崩壊危険区域として指定することができる。

2 前項の指定は、この法律の目的を達成するために必要な最小限度のものでなければならない。

3 都道府県知事は、第一項の指定をするときは、国土交通省令で定めるところにより、当該急傾斜地崩壊危険区域を公示するとともに、その旨を関係市町村長に通知しなければならない。これを廃止するときも、同様とする。

4 急傾斜地崩壊危険区域の指定又は廃止は、前項の公示によつてその効力を生ずる。

【急傾斜地災害防止法7条】
1 急傾斜地崩壊危険区域内においては、次の各号に掲げる行為は、都道府県知事の許可を受けなければ、してはならない。ただし、非常災害のために必要な応急措置として行なう行為、当該急傾斜地崩壊危険区域の指定の際すでに着手している行為及び政令で定めるその他の行為については、この限りでない。

一 水を放流し、又は停滞させる行為その他水のしん透を助長する行為

二 ため池、用水路その他の急傾斜地崩壊防止施設以外の施設又は工作物の設置又は改造

三 のり切、切土、掘さく又は盛土

四 立木竹の伐採

五 木竹の滑下又は地引による搬出

六 土石の採取又は集積

七 前各号に掲げるもののほか、急傾斜地の崩壊を助長し、又は誘発するおそれのある行為で政令で定めるもの

2 都道府県知事は、前項の許可に、急傾斜地の崩壊を防止するために必要な条件を附することができる。

3 急傾斜地崩壊危険区域の指定の際当該急傾斜地崩壊危険区域内においてすでに第一項各号に掲げる行為(非常災害のために必要な応急措置として行なう行為及び同項ただし書に規定する政令で定めるその他の行為を除く。)に着手している者は、その指定の日から起算して十四日以内に、国土交通省令で定めるところにより、その旨を都道府県知事に届け出なければならない。

4 国又は地方公共団体が第一項の許可を受けなければならない行為(以下「制限行為」という。)をしようとするときは、あらかじめ、都道府県知事に協議することをもつて足りる。

2.急傾斜地崩壊危険区域の確認方法
急傾斜地崩壊危険区域の指定は,厳しい私権の制限を伴うことから,必要最小限でなければならず(急傾斜地災害防止法3条2項),かつ指定に当たっては現地調査が必要となります(急傾斜地災害防止法4条参照)。

このような現地調査が要求されるのは,第一には,「急傾斜地崩壊危険区域の範囲の特定」のためと解されています(建設省河川局急傾斜地研究会編『急傾斜地法の解説』〔全国加除法令出版 1970年〕62頁)。

指定にあたり必要とされる調査方法及び作成・整備すべき書類について,法令又は通達上の一律の基準はなく各県により基準は様々ですが,多くの県では,以下のとおり,「急傾斜地崩壊危険区域の範囲の特定」に必要となる図面の作成が要求されています(括弧内は各図面の作成要領として指定されている事項)。

(1) 新潟県【急傾斜地崩壊危険区域指定要領(令和3年4月1日最終改正)】第3
・位置図(「国土地理院発行のものとする」「指定区域は赤色ぼかしとし,区域名と指定面積を記入すること」)
・地形図(「実測平面図であることを原則とし,縮尺は600分の1~1000分の1とする」,「図面には図名,縮尺,所在地,区域名を記入する」,「写真の位置及び方向並びに横断図面の測点を記入する」等)
・横断図(「区域の代表的な断面を急傾斜地と保全対象人家と状況が判別できるようにする」,「急傾斜地の高さ,急傾斜地崩壊危険区域及び被害区域の範囲を記入する」)
・字図(「大字界,小字界を写しとり,更に標柱周辺部の境界を写しとり字名,地番を記入する」等)

(2) 愛知県建設局砂防課【急傾斜地崩壊防止施設設計の手引き(令和3年3月)】第5編第2章第1節
・審査用横断図(「法尻を設定する」等)
・審査用平面図(「基図には確定測量図(地番記載)を用いること」,「標柱番号を時計回りにつける」等)
確定測量図(「区域・地番を記入」等)
・標柱を設置する地番の一覧表と区域指定面積
・標識座標(「所定のエクセルデータ」)

(3) 滋賀県【急傾斜地崩壊危険区域指定事務取扱要領】第7
・位置図
・平面図(「標柱番号を時計回りに打つ」,「指定区域内の土地の地番およびその境界について記入する」等)
・公図等(「平面図にあわせて形状をととのえる」等)
・標準断面図(「指定区域および被害区域の延長ならびに指定区域の高さを明示する」)
・求積図(「座標求積または復元可能な三斜求積を添付する」)

(4) 広島県土木局砂防課【急傾斜・地すべり・雪崩技術指針(平成26年4月)】Ⅰ第2章1
・位置図
・平面図(「実測平面図であること」,「横断面図の測点を記入する」等)
・横断面図(「平面図に記入した測点番号と対応させる」,「写真に番号を付し,撮影位置及び方向を平面図中に記入する」等)

上記のような各県の運用実態に鑑みても,私権の厳しい制限に繋がる急傾斜地崩壊危険区域に指定する際は,慎重な調査の上,「急傾斜地崩壊危険区域の範囲の特定」のために必要な図面・台帳等を作成・整備する必要があると考えられます。

また,区域の指定は,当該区域の住民のみならず,一般公衆にも影響するため,関係図書を備え付けて一般公衆の閲覧に供するなど「一般に周知させるための措置を講ずるのがふさわしい」,「実務上は区域の範囲を平面図に記載したものを準備しておき,必要に応じ公衆の閲覧に供することとするのが望ましい」とされています(建設省河川局急傾斜地研究会編『急傾斜地法の解説』〔全国加除法令出版 1970年〕61頁,161頁以下)。

従って,通常は,急傾斜地崩壊危険区域に指定する段階で,各都道府県において現地調査のうえ詳細な図面・台帳等が作成され,保管されているはずですので,これにより急傾斜地崩壊危険区域の範囲を確認することができます。

【急傾斜地災害防止法4条】
前条第一項の指定は、必要に応じ、当該指定に係る土地に関し、地形、地質、降水等の状況に関する現地調査をして行なうものとする。

 結論

以上より,急傾斜地崩壊危険区域に指定されている土地において,工作物の設置・盛土(造成)・立木の伐採等の開発行為(急傾斜地災害防止法7条1項各号に掲げる「制限行為」)を行う場合は,原則として都道府県知事の許可を要します。

そして,急傾斜地(勾配30度以上)でない平坦な土地であっても,「誘発助長区域」に該当し「急傾斜地崩壊危険区域」に含まれている場合があります。

そのため,多湖・岩田・田村法律事務所では,たとえ平坦な土地であっても,勾配30度以上の崖地付近にある場合は,造成したり太陽光発電設備等の工作物を設置する際に事前に各都道府県の担当(通常は砂防課)に問い合わせ,急傾斜地崩壊危険区域に指定されていないかを確認するよう助言しています。

 実務上の注意点

3.急傾斜地崩壊危険区域に指定されている範囲(境界)が不明瞭な場合
急傾斜地崩壊危険区域に指定した場合には,当該都道府県は,遅滞なく,当該指定区域内に区域の略図を示した「標識板」(縦70センチ,横90センチ,地上高120~150センチ)と,位置を示す「標識杭」(縦9センチ,横9センチ,地上高100センチ)の2種類を設置することとされています(急傾斜地災害防止法6条,同法施行規則3条,建設省河川局急傾斜地研究会編『急傾斜地法の解説』〔全国加除法令出版 1970年〕68頁)。

また,急傾斜地崩壊危険区域台帳には,上記標識板及び標識杭のほか,急傾斜地崩壊危険区域の指定範囲を明示するため「標柱(実務上「指定標柱」といいます)」の設置及び維持に係る事項も記入するものとされていることから(昭和54年6月4日建設省河傾発第22号「急傾斜地崩壊危険区域台帳の整備について」記載要領11項参照),実際の現場には,標識板及び標識杭だけでなく,指定標柱も設置されているのが通常です。

運用上,標識杭が指定標柱の役割を兼ねることも少なくありませんが,標識杭はあくまで急傾斜地崩壊危険区域が存在することを一般に周知するために設置されるもので必ずしも指定区域の境界線上に設置されているとは限らないのに対し,指定標柱は,急傾斜地崩壊危険区域の指定範囲を確定するために区域境界線上に設置されるもので「境界杭」としての役割を果たすものです。

上記標識杭や指定標柱が経年により崩壊したりズレたりしたためにこれを復元する場合には,指定時に作成した図面・台帳等に基づき復元する必要がありますが,復元に耐え得る図面・台帳等が欠如している場合は,およそ復元は困難といえます(特に急傾斜地崩壊危険区域の中でも,急傾斜地そのものではなく,誘発助長区域の場合は,平坦な土地であり,また前記のとおり,各県や地域により指定基準(範囲)自体も一律でなく,その範囲を明確に判断・確定することは一層困難であるといえます)。

上記のごとく復元困難な状況下において,特に誘発助長区域における制限行為(違反行為)を理由とする監督処分(急傾斜地災害防止法8条)等をすることは,曖昧不明確な基準による不意打ち的な不利益処分となるため,著しく不合理であると考えられます(「急傾斜地崩壊危険区域内」で違反行為を行ったことの立証も困難です)。

従って,復元に耐え得る図面・台帳等が欠如し,土地所有者からの聞き取り・立会い等を経ても当初の指定範囲を復元困難な場合は,本来であれば、当初の指定を廃止し(急傾斜地災害防止法3条3項後段),改めて現況に基づき,急傾斜地及び誘発助長区域を調査(測量等)し直して「急傾斜地崩壊危険区域の範囲の特定」を明確にした上で再指定する必要があると考えられます。

そして,仮に現況がもはや急傾斜地(勾配30度以上,高さ5メートル以上)及び誘発助長区域と判断できない土地については,再指定もできないものと考えられます。

なお,広島県土木建築局砂防課【急傾斜・地すべり・雪崩技術指針の一部変更について(令和3年1月21日)】別紙37頁でも,「開発行為等によって,急傾斜地そのものがなくなってしまったような場合には,指定区域を廃止(解除)することとなる」と記載されています。

また,急傾斜地災害防止法に類似する制度である土砂災害防止法7条1項による「土砂災害警戒区域」の指定についてですが,【国交省水管理・国土保全局砂防部平成29年9月29日通知別紙2「土砂災害警戒区域の解除の要件」】にも,「切土により、勾配30度、または、がけ高5mの要件が満たされなくなった場合」など,「盛土や切土等により地形的条件が改変され、指定の条件を満さなくなった場合には土砂災害警戒区域を解除する」と記載されています。

以上より,現地において標識杭や指定標柱が欠落しており,都道府県に備え付けの図面・台帳等も欠如していておよそ復元が困難な場合には,都道府県に対し,当初の指定を廃止して再調査し急傾斜地崩壊危険区域の範囲(開発行為が制限される範囲)を明確にしたうえで再指定するよう働きかけてみることも有益と思われます。

【急傾斜地災害防止法6条】
都道府県は、急傾斜地崩壊危険区域の指定があつたときは、国土交通省令で定めるところにより、当該急傾斜地崩壊危険区域内にこれを表示する標識を設置しなければならない。

【急傾斜地災害防止法8条】
1 都道府県知事は、次の各号の一に該当する者に対して、前条第一項の許可を取り消し、若しくは同項の許可に附した条件を変更し、又は制限行為の中止その他制限行為に伴う急傾斜地の崩壊を防止するために必要な措置をとることを命ずることができる。

一 前条第一項の規定に違反した者

二 前条第一項の許可に附した条件に違反した者

三 偽りその他不正な手段により前条第一項の許可を受けた者

2 都道府県知事は、前項の規定により必要な措置をとることを命じようとする場合において、過失がなくてその措置をとることを命ずべき者を確知することができず、かつ、これを放置することが著しく公益に反すると認められるときは、その者の負担において、その措置をみずから行ない、又はその命じた者若しくは委任した者に行なわせることができる。この場合においては、相当の期限を定めて、その措置をとるべき旨及びその期限までにその措置をとらないときは、都道府県知事又はその命じた者若しくは委任した者がその措置を行なうべき旨を、あらかじめ、公告しなければならない。

【急傾斜地災害防止法施行規則3条】
都道府県は、急傾斜地崩壊危険区域の指定があったときは、遅滞なく、法第六条に規定する標識別記様式第二の例により設置するものとする。

【土砂災害防止法7条】
都道府県知事は、基本指針に基づき、急傾斜地の崩壊等が発生した場合には住民等の生命又は身体に危害が生ずるおそれがあると認められる土地の区域で、当該区域における土砂災害(河道閉塞による湛水を発生原因とするものを除く。以下この章、次章及び第二十七条において同じ。)を防止するために警戒避難体制を特に整備すべき土地の区域として政令で定める基準に該当するものを、土砂災害警戒区域(以下「警戒区域」という。)として指定することができる。

4.法面が崩落した場合の相隣関係
急傾斜地崩壊危険区域に限ったことではありませんが,土地が平坦ではなく,崖地や勾配のある斜面になっているなど,高低差のある隣地どうしでは,台風や暴風雨あるいは地震等の際に,崖崩れ・土砂崩れ・土砂災害が起こり,高地の土砂・土石・倒木が低地に流出することがしばしばあります。

土地上の土砂・土石・竹木は,原則として土地に付合し,その土地の所有者の所有物となりますので(民法242条),これらが高地から低地に流出して低地の所有権を妨害する状態になった場合には,高地の所有者は,自己の費用負担でかかる妨害状態を排除する義務(撤去義務)を負います(物上請求権は物権の円満な行使が妨げられた状態そのものにより生じ、その妨害者の責に帰すべき事由の存否を問わないことにつき,【東京高裁昭和51年4月28日判決】参照)。

なお,付合の論理を形式的に突き詰めると,土砂が高地から低地に流出した時点で,今度は,低地に付合して低地所有者の所有物となり,高地所有者はその撤去義務を負わなくなるとも思われますが,このような場合は,低地所有者がその状態を延々放置した場合は別として,民法242条本文の適用はなく,侵害を受けた側の土地には付合しないと考えられています(【東京地裁平成6年6月15日判決】【札幌地裁平成26年7月31日判決】参照)。

実際に高低差のある隣地どうし(相隣関係にある土地)では,このような土地崩落が生じないように,土留め・擁壁の設置,法面の養生など,予防措置が施されるのが一般的ですが,当該予防措置は相隣地両地にとって等しくその必要性があり利益になるものであるため,相隣関係にある高地所有者と低地所有者のどちらの費用負担で行うべきか,という点がしばしば問題となります。

この点については,例えば,高地所有者が高地の土留めの役割を果たしていた竹木を伐採したり,造成工事の際の敷均し・締固めが不十分だったために崩落の危険を生じさせたような場合には,当然,かかる危険を人為的に作出した高地所有者の費用負担で行うべきものということになります。

これに対し,相隣関係におけるこのような土地崩落の危険が,人為的作為に基づくものでないときには、相隣関係にある者の共同の費用をもって行うべきと解されています(【東京高裁昭和51年4月28日判決】【東京高裁昭和58年3月17日判決】【東京地裁平成30年8月9日判決】)。

上記「人為的作為に基づくものでないとき」とは,不可抗力とほぼ同義ですが,その立証責任は,その「侵害を生ずる原因となるべき物の所有者」が負うと解されていますので(【東京高裁昭和62年9月29日判決】),通常は,高地側の所有者である場合が多いと考えられますが,(ダルマ落としのように)低地が先に崩落したことで,支えがなくなり高地が引きずられて崩落することも十分にあり得ますので,多湖・岩田・田村法律事務所では,実際の相隣地の勾配や位置関係等の具体的な状況に応じて,いずれを侵害を生ずる原因となるべき物の所有者と解すべきか,慎重に判断するよう助言しています。

また,上記「共同の費用」をもって行うべきとされる場合であっても,必ずしも「共同」=「折半」という意味ではないため(改修する新擁壁が双方の土地に及ぼす利益の程度等を考慮し2対1の割合とした【横浜地裁昭和61年2月21日判決】参照),多湖・岩田・田村法律事務所では,相隣接する各土地の面積や,崩落の危険性の度合い,当該予防措置により受ける恩恵(利益)の程度等に応じて慎重に判断するよう助言しています。

【民法223条】
土地の所有者は、隣地の所有者と共同の費用で、境界標を設けることができる。

【民法224条】
境界標の設置及び保存の費用は、相隣者が等しい割合で負担する。ただし、測量の費用は、その土地の広狭に応じて分担する。

【民法225条】
1 二棟の建物がその所有者を異にし、かつ、その間に空地があるときは、各所有者は、他の所有者と共同の費用で、その境界に囲障を設けることができる。

2 当事者間に協議が調わないときは、前項の囲障は、板塀又は竹垣その他これらに類する材料のものであって、かつ、高さ二メートルのものでなければならない。

【民法226条】
前条の囲障の設置及び保存の費用は、相隣者が等しい割合で負担する。

【民法229条】
境界線上に設けた境界標、囲障、障壁、溝及び堀は、相隣者の共有に属するものと推定する。

【民法231条】
1 相隣者の一人は、共有の障壁の高さを増すことができる。ただし、その障壁がその工事に耐えないときは、自己の費用で、必要な工作を加え、又はその障壁を改築しなければならない。

2 前項の規定により障壁の高さを増したときは、その高さを増した部分は、その工事をした者の単独の所有に属する。

【民法232条】
前条の場合において、隣人が損害を受けたときは、その償金を請求することができる。

【民法242条】
不動産の所有者は、その不動産に従として付合した物の所有権を取得する。ただし、権原によってその物を附属させた他人の権利を妨げない。

【東京高裁昭和51年4月28日判決】
本件土地内に風雨により本件仮換地から崩壊流下した少くとも約一五〇立方メートルの土砂が現に堆積され本件土地の利用が妨害されていることが、証拠によつて認められるが、右土砂は、被告が使用収益権を有する本件仮換地の一部を形成していたものが流下したものであり、同人はその所有者に準ずる地位にあるものということができるから、同人は右土砂堆積により原告に対し本件土地の利用を妨害しているものと認められる。
したがつて、原告は、本件土地の所有権に基づく物上請求権により、被告に対しその費用をもつて右土砂を撤去すべきことを請求することができるというべきである。
<中略>
仮換地に対する使用収益権が所有権そのものでないことはいうまでもないが、所有権と同一内容のものである(土地区画整理法第九九条第一項)から、その裏腹として、たとえ現実にこれを使用収益していなくても、その使用収益しうべき地位から生ずる対社会的な義務は仮換地指定がなされた者が負うものと解すべきであり、本件のような妨害排除の義務もこれに属するといえる。
かく解さないと、その義務は仮換地自体の所有者(従前の土地としての所有者)に属することとなり、使用収益権を奪われた者に義務を負わす不合理を生ずる。よつて被告の右主張は採用できない。
物上請求権は物権の円満な行使が妨げられた状態そのものによつて生ずるものであり、その妨害者の責に帰すべき事由の存否を問わないものである(大判昭和一二年一一月一九日、民集一六巻二四号一八八一頁参照)。
なお、不可抗力による場合は別に考える余地があるとしても、本件の場合は、風雨による土砂崩壊であるとはいえ、本件仮換地がともかく被告のため有効に指定されていたこと、しかも崩壊の蓋然性の存する土地であることを考えると、不可抗力に基づいて生じた妨害状態とまではいえない
<中略>
被告は本件仮換地の従前の土地の所有権を放棄することにより本件妨害排除義務を免れる旨主張するけれども、およそ権利の放棄は、これにより第三者の権利を害する場合には許されないか、放棄しても当該第三者の権利には影響を及ぼさないものと解すべきである(民法二六八条一項、第三九八条、民訴法第五九八条第一項等の趣旨参照)。
本件において、被告は本件仮換地の使用収益権者たる地位において前記妨害排除の義務を負つたことは前記のとおりであるから、その侵害状態発生後において従前の土地の所有権、したがつて仮換地の使用収益権を放棄すれば、原告は妨害排除を求める相手方を失うことになり、その権利を害することは明らかであるから、被告の権利放棄の主張は理由がない。
<中略>
本件仮換地が急な傾斜地でくずれやすい土地であることは前認定のとおりであり、現に本件の土地崩壊が起こつたことを考えると、将来も激しい風雨などにより再び同様の事故が発生するおそれがあると認められる。
しかしながら、本件土地と本件仮換地とは相隣地の関係にあり、本件仮換地につき将来の土地崩壊を予防することは、両地にとつて等しく利益となり、その必要も両地に等しく存するといえる。しかもその予防工事には莫大な費用を要することは明らかであるから、一方的に原告の被告に対する物上請求権に基づく予防工事施行の請求を認めることには躊躇せざるをえない(予防工事施行の請求を認めることは、その相手方たる被告のみの費用をもつて実施すべきことを命じることになることは、民法第四一四条第二項から明らかである。)。
そこで右予防については、土地相隣関係の調整の見地からこれを考えるべきものと解されるが、民法上その直接の規定を欠く。
もつとも民法第二一六条はこの場合に比較的近いようであるが(この場合には、損害を受けるおそれのある土地所有者が相隣地所有者に対しその費用をもつて予防工事を求めうる。)、同条は水流に関し、しかも工作物の破壊ないし阻塞による損害の場合であるから、本件のように単に土砂崩壊による損害の場合に類推するのは適当でなく、むしろ本件において原告が設置を求める擁壁のごときは、高地低地間の界標、囲障、しょう壁境界線上の工作物に近い性質をあわせ有することも考えると、民法第二二三条、第二二六条、第二二九条、第二三二条等の規定を類推し、相隣者たる原告、被告が共同の費用(通常は平分と解する。)をもつてこれを設置すべきものと解するのが相当である。
したがつて、原告が被告に対しその費用のみをもつて本件予防工事の実施を求める請求は理由がないとせざるをえない(右予防工事の実現については、両者の協議、合意でまずなすべきであるが、協議が整わないときは一方がまずこれを施工したうえ、その費用の補償を他方に請求すべき筋合である。)。

【東京高裁昭和58年3月17日判決】
およそ所有権又は占有権の円満な状態が他から侵害される危険があるに至ったときには、所有権又は占有権を有する者は、その効力として、権利の円満な状態を保全するため、現にこの危険を生ぜしめつつある者に対しその者の費用において危険防止の措置を請求することができ、しかも当該危険が右の者の行為に基づくと否とを問わず、又、その者の故意、過失の有無を論じないものというべきであるが、右の危険が相隣地の関係にある場合に、それが土地崩落を内容とするものであり、しかも隣接土地所有者の人為的作為に基づくものでないときには、前記の請求をなし得ないものと解するのが相当である。
けだし、相隣地の関係にある場合には、右のような危険は相隣地両地に共通に同時に発生する特性を有するものであり、右予防措置を講ずることは相隣地両地にとって等しくその必要性があり利益になるものといえるうえ、これを実施するには多大の費用を要することが一般であるから、このような場合において、一方の土地の所有者又は占有者にかかる請求権を認めることは著しく衡平に反するものといわねばならないからである。
そして、このような場合には、むしろ土地相隣関係の調整の立場から民法二二三条、二二六条、二二九条、二三二条の規定を類推し、相隣地所有者が共同の費用をもって右予防措置を講ずべきである。(なお、予防措置のための工事の実施、費用分担などについては、まず相隣地当事者間で協議し、もし協議が調わないときは、一方でこれを施工したうえ、他方にその分担すべき費用の補償を請求すべきである。)。

【横浜地裁昭和61年2月21日判決】
原告所有土地と被告所有土地とは相隣関係にあり、被告所有土地の崩落を予防することは原告所有土地にとつても等しく利益になり、その予防工事に莫大な費用を要することも明らかであるから、右予防工事については土地相隣関係調整の見地から、原告の求める新擁壁の如きは、高低地間の界標、囲障、しょう壁等境界線上の工作物に近い性質を併有することを考え、民法二二三条、二二六条、二二九条、二三二条等の規定を類推適用して、相隣者たる被告及び原告が共同の費用をもつてこれを設置すべきものと解するのが相当である。
そこで更に右費用負担の割合につき検討するに、原告所有土地は、昭和三五、六年ころ、被告所有土地に隣接する部分につき、約二メートルの切土がなされて宅地造成がなされ、このため、被告所有土地側に高さ約二メートルの旧擁壁が造られたことが推認でき、また、被告又は被告所有土地の前所有者は、昭和四二年夏ころ、被告所有土地に高さ約二メートルの盛土をして原告所有土地よりその地上面が約四・一メートル高い平坦地とし、このため、旧擁壁上に大谷石を三段高さ約一メートル分積み加えて大谷石一〇段積高さ約三・一メートルの本件擁壁を造つたものであるから、高さ約三・一メートルの本件擁壁のうち、高さ約二メートルの部分は、原告及び被告の双方にとつて等しく改修の利益があり、高さ約一メートルの部分は被告にとつてのみ改修の利益があるものとみうるところ、右事実のほか本件にあらわれた諸般の事情を斟酌すると、原告は被告に対し、被告の費用を二、原告の費用を一とする割合の費用負担をもつて、本件擁壁を新擁壁に改修することを求めうるというべきである。

【東京高裁昭和62年9月29日判決】※前掲【横浜地裁昭和61年2月21日判決】の控訴審。
所有権に基づく妨害予防請求権は、所有権の円満な行使を侵害する可能性が客観的に極めて大きい場合において、これを予防するため、現に侵害のおそれを生ずる原因をその支配内に収めている相手方に対し、これを除去して侵害を未然に防止する措置を講ずること等を請求する権利であるから、右侵害を生ずる原因となるべき物の所有者(相手方)は、右侵害の蓋然性が不可抗力により生じたことを主張、立証しない限り、これが自己の故意、過失によって生じたか否かにかかわりなく、右予防措置を講ずべき義務を負うものであり、かつ、これに要する費用も、その多寡を問わず全額、右相手方において負担すべきものと解するのが相当である。

【東京地裁平成6年6月15日判決】
本件のように土地の所有権の侵害の有無が問題となる場面において、侵害行為を組成する砂利部分につき附合の論理でこれを土地所有者に帰属するものと解することは、侵害行為を法が容認するに等しい結果となるから、このような場合には、民法二四二条の規定の適用はないものと解すべきである。

【札幌地裁平成26年7月31日判決】
土地の埋立状況等に照らすと,被告会社は,断続的に土地に残土を埋め立てたもので,原告が主張する損害は残土の除去費用であり,残土埋立被害は残土が埋め立てられた機会毎に,その部分について生じる被害であるから,不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効もその被害が発生する度に個別的に進行し得るものである。
また,原告は,この損害賠償請求は,土地所有権に基づく妨害排除(残土撤去)請求権としての原状回復請求に代わる損害賠償請求権としての性質を有するから,消滅時効にかかることはない旨主張する。
しかし,残土が埋め立てられた直後の時期であればともかく,少なくとも現時点においては,埋め立てられた残土は土地に附合して,原告は,所有権に基づく妨害排除(残土撤去)請求権を有するものではないと考える余地もあるし,仮に,所有権に基づく妨害排除(残土撤去)請求権を有するとしても,これをもって不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効の進行が妨げられるものではなく,原告の上記主張は理由がない。

【東京地裁平成30年8月9日判決】
被告所有地の方が原告ら所有地よりも高くなっていることが認められるから,本件擁壁の撤去及び擁壁越境部分の明渡後に,被告所有地と原告ら所有地が点K-317と点K-10とを結ぶ線上において垂直な崖になっているものと考えられるから,被告所有地の法面を養生しなければ,被告所有地が原告ら所有地内に崩落するおそれがある。
しかし,崩落予防設備は,相隣関係にある両地にとって等しく利益になるから,被告にのみその費用を負担させるのは相当ではない
また,所有者を異にする2つの建物の間の境界の囲障は,両所有者の共同費用で設置することができるとされている(民法225条1項)。
そうすると,原告らは,被告に対し,まず崩落予防設備及び境界塀の築造に関する協議を求めるべきであり,被告との協議を経ずに一方的に崩落予防設備及び境界塀の築造を求めることはできない。しかし,原告らは,本件訴えにおいて被告との協議を求めなかった。
そうすると,原告らは,被告に対し,現時点において,所有権による妨害予防請求権に基づき,土留め擁壁及び境界塀の各築造を求めることはできない。

※本頁は多湖・岩田・田村法律事務所の法的見解を簡略的に紹介したものです。事案に応じた適切な対応についてはその都度ご相談下さい。


〒102-0083 東京都千代田区麹町4-3-4 宮ビル4階・5階
電話 03-3265-9601 FAX 03-3265-9602
Copyright © Tago Iwata & Tamura. All Rights Reserved.