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不動産/借地借家/マンション賃貸トラブル相談|多湖・岩田・田村法律事務所
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明渡義務の完了時期
*本項は多湖・岩田・田村法律事務所の法的見解を簡略的に紹介したものです。事案に応じた適切な対応についてはその都度ご相談下さい。
【事例】建物明渡義務と原状回復義務の関係
「賃貸借契約終了したにも拘らず明け渡しを遅滞した場合には,違約金として明け渡しまで1か月あたりの賃料の倍額を支払う」との違約金条項(明渡遅延損害金)の有効性を前提に,賃借人が契約終了に伴い期限通りに退去して賃貸人に鍵を返却したものの,依然として賃借人が室内に設置した固定パーテーションや固定書棚だけが撤去されずに残されていた場合,これらの撤去が完了するまで「明渡し」とは認められず,賃貸人は賃借人に対し明渡遅延損害金を請求することができるか。

【解説】多湖・岩田・田村法律事務所/平成25年5月版
【1】賃貸借契約が終了すると,賃借人は原状回復義務を負いますので,原則として,建物を最初に借りたときと同じ状態(経年劣化等の通常損耗は除く)に戻さなければなりません。
従って,賃借人が施した内装設備すなわち壁紙,床板,造作(エアコン,パーテーション等)は,全て撤去する必要があります。
【2】他方,賃貸借契約が終了すると,賃借人には建物を占有する権限(賃借権)がなくなるわけですから,賃借人は,建物から退去し,賃貸人に建物を返還(明渡)しなければなりません(これを目的物明渡義務(返還義務)といいます)。

具体的には,(1)賃借人(同居人含む)が建物から退去すること,(2)鍵やセキュリティーカード等賃貸人から交付を受けた物を返却すること,(3)建物内の動産類を搬出すること,を完了させなければなりません。
【3】逆にいえば,これら3つのうちいずれか1つでも完了してなければ,未だ「明渡し」とはいえず,これらが全てが完了するまでの間,賃借人は違約金(明渡遅延損害金)を支払わなければなりません。

なお,私見ですが,(3)については,若干の動産(例えば食器類や文房具類)が建物内に残っていたとしても,物理的・費用的に容易に搬出でき,社会通念上賃貸人の管理支配に支障のない程度のものであれば,(3)は完了しているとみなして良いでしょう(給湯室に若干の食器類が残されていただけで「明渡しが完了していない」というのではあまりに不当でしょう)。

なお,賃借人が残置物の所有権を放棄したとしても,それをもって明渡完了とはなりません(【東京地裁令和3年9月29日判決】「残置物がある場合,所有権放棄をすることで当然に占有者としての明渡義務を免れるものではない(無主物が残置されるに至る原因は放棄者が作出しているのであるから,占有の継続を認めるのが相当である。)」参照)。
【4】では,賃借人が建物内に備え付けたパーテーションや書棚,じゅうたん等が撤去されず残されていた場合,(原則としてこれらの撤去義務が原状回復義務として賃借人の義務とされていることは前述の通りですが),「明渡し自体が未完了だ」として,賃貸人は賃借人に対し,違約金(明渡遅延損害金)を請求することはできるのでしょうか。 別の言い方をすれば,「明渡義務」の中に「原状回復義務」が含まれるのかが問題となります。
【5】この点につき,【東京地裁平成18年12月28日判決】は,「一般に,賃貸借契約における賃借人の目的物返還義務としての不動産の明渡しとは,当該不動産の占有者が立ち退くとともに,不動産内にあった動産を取り除いて賃貸人に直接的な支配を移すことであると解される」とし,「天井ないし床に固定されたパーテーション及び壁ないし床に固定された書棚が残置していた」としても,「本件不動産から退去し,内部にあった動産を取り除き,原告に本件不動産の鍵を返還したと認められるから,同日をもって本件不動産を明け渡したと認めるのが相当である」と判示しました。
【6】そして,明渡義務(返還義務)と原状回復義務の関係については,「本件不動産内のパーテーションや書棚は床等に固定されているものと認められるから,それを撤去することは賃借人の原状回復義務として必要になるが,民法上,借用物の返還義務と原状回復義務は異なるものであり,後者が履行されなければ前者が履行されない,という関係にはない」とした上,「一般にオフィスビルの賃貸借においては,次の賃借人に賃貸する必要から,賃借人は返還に際して賃貸借契約締結時の原状に回復することまで要求される場合が多いとしても,原状回復義務は目的物変返還後に履行することも可能であるから,賃貸借契約において,目的物の返還に先立って原状回復することが定められていれば格別,そうでない限り原状回復義務が目的物返還義務に必然的に先行する関係にあるとはいえない」と判示しました。

また,【東京地裁令和元年7月16日判決】も,「賃借人が目的物の占有を賃貸人に移転させることは原状回復義務の履行の有無にかかわらず可能である以上,賃貸借契約が終了した場合における目的物の返還義務は,当事者間に特段の合意がない限り,賃借人が目的物の占有を解き,その占有が賃貸人に移転した時点で履行されたものと評価すべきであり,そのことは,原状回復義務の履行の有無とは別個の問題である」と判示しています。
【7】この点については,【東京高裁昭和60年7月25日判決】が,「『賃借人は,賃賃借契約が終了したときは,賃借人の加えた造作,間仕切,模様替その他の施設及び自然破壊と認めることのできない破損箇所を賃貸人の指示に従って契約終了の日から一五日以内に賃借人の費用をもって原状に回復しなければならない。』,『賃借人は,右の条項による明渡完了に至るまでの賃借料及び付加使用料に相当する金額を賃貸人に支払い,なお損害のある場合にはこれを賠償しなければならない。』との各条項が記載されていることが認められるところ,本件建物のような営業用建物の賃貸借契約の実情に照らして判断すれば,その趣旨とするところは,賃貸借契約の終了に伴う目的物の返還義務と原状回復義務とは本来必ずしも一致するものではないけれども,賃貸人が新たな賃貸借契約を締結するのに妨げとなるような重大な原状回復義務の違背が賃借人にある場合には,これを目的物返還義務(明渡義務)の不覆行と同視して,賃借人は賃貸借契約終了後一六日目から右のような原状回復義務履行済みに至るまで賃料相当額の損害金を賃貸人に支払わなければならないとするにあるものと解するが相当である。したがって,右の程度に至らない程度の軽微な原状回復義務の違背があるに過ぎない場合においては,賃貸人は,それによって被った損害の賠償を請求し又はその代替履行のために要した費用の償還を請求することができるのは格別,当然に賃料相当額の損害を賃借人に請求することができるものではない」と判示していることも参考になるでしょう。
【8】なお,【高松高裁平成24年1月24日判決】も「新たな賃貸借の妨げとなり,あるいは被控訴人に過大な原状回復工事の負担をかけるような重大な原状回復義務の違背がある場合には,明渡義務の不履行に当たるというべきであるが,そのような程度に至らない場合には直ちに明渡義務自体の不履行となるものではない」として同趣旨のことを述べています。
【9】また,【東京地裁昭和53年10月26日判決】では,「賃借人が原状回復義務を履行しない限り賃借物件の明渡が行なわれないと解すると、賃借人が自らその補修をなさない限り又は本件における如く賃貸人が補修を行なって明渡したとみなさない限り、明渡遅滞損害金が保証金から控除され続けることになる。そうだとすると、たとい補修をしないことにつき賃借人に責のある場合であっても、賃借人の損失が賃貸人の得る利益に比し均衡を失し不公平な結果を招来することが考えられる。例えば、賃借人が資力に欠け不本意に補修を遅滞しているが、反面経済情勢の影響等で貸室希望者が少なく仮に即時に原状回復されたとしてもこれを他に賃貸し得る蓋然性が低いことが予想されるにもかかわらず、賃貸人は補修が遅滞する間(少なくとも保証金から明渡遅滞損害金を控除し得る間)毎月賃料の倍額及び共益費用に相当する明渡遅滞損害金を取得し得るという結果を容認することにもなる」とし,「賃借物件の原状回復のための補修が代替性を有し、かつ第三者において右補修着手可能時(多くの場合賃借物件から退去の時である)までにおける賃借人の負担する債務を保証金から控除した額によって、補修費用及び補修に必要な期間中の明渡遅滞損害金をまかない得るのであれば、賃貸人は賃借人退去後補修に必要な期間を経過した時点において、右残存保証金から、更に、補修費用のほか、補修必要期間を明渡遅延期間とみなし同期間中の明渡遅滞損害金を控除した残額を賃借人に返還すべき義務を負うものと解するのが相当である」と判示し,原状回復工事に通常必要な合理的期間内に限り明渡遅延損害金を肯定していますが,他方で,【東京地裁平成21年1月16日判決】は ,「被告は,原状回復工事に必要な相当期間は,本件ビルを第三者に賃貸することができず,その間の賃料相当額は,被告の債務不履行により通常生ずべき損害であるから,原告はその支払義務を負う旨主張するが,一般に,建物賃貸借契約において,当該契約終了に基づく建物返還後,少なくとも通常想定しうる範囲の原状回復工事に必要な相当期間については,特段の合意のない限り,賃借人に賃料等を負担させないものとするのが通例である」と判示されており,明渡後,原状回復完了までの期間中,次のテナントに賃貸できないからといって,同期間中の賃料相当損害金を債務不履行(原状回復義務違反)に基づく損害賠償として賃借人に対し請求することも,当然には,認められません。
【10】もっとも,上記【東京地裁平成18年12月28日判決】にいう「目的物の返還に先立って原状回復することが定められていれば格別」「特段の合意のない限り」との表現から,予め賃貸借契約で定めていれば,原状回復未了の間,賃借人に違約金(明渡遅延損害金)や賃料相当損害金を負担させることも可能と解する余地はあります(【東京地裁平成29年11月28日判決】も,「本件賃貸借契約においては,原状回復を終えることが目的物の返還の内容とされ,原状回復を終えない限り本件建物の明渡しが未了とされることが合意されていたといえる。したがって,鍵の返還をもって本件建物の明渡しが完全に終了したということはできず,本件建物の原状回復が完了するまでの期間について,上記合意による違約損害金を支払う義務を負う」と判示)。

ただ,契約書に,原状回復工事を賃貸人または賃貸人指定の業者が実施する旨の特約や原状回復工事内容を賃貸人側が決定する旨の特約がある場合などで,賃貸人が必要以上の期間をかけて原状回復工事をした場合にも,その間は明渡し未了となり賃借人は違約金(明渡遅延損害金)を負担することになってしまい合理的とはいえないため,そのような場合には,やはり明渡遅延違約金や賃料相当損害金を請求できる期間は,原状回復工事に通常必要とされる合理的期間に制限されると解されます。
【結論】
以上より,頭書事例では,原状回復が未了だからといって明渡し未了(遅滞)とはならず,賃借人は,違約金(明渡遅延損害金)を支払う義務はありません。

但し,契約書で,例えば「賃借人は建物を原状に復した上で明け渡すものとし,これを遅滞した場合には,退去あるいは動産類搬出の有無に拘わらず,違約金として明け渡し及び原状回復工事完了まで1か月あたりの賃料の倍額を支払う」との条項が置かれ,かつ他の条項も加味して解釈し,原状回復義務が明渡しの前提と解するのが合理的と判断される場合には,仮に退去,鍵の返却及び動産の搬出が全て完了していたとしても,(少なくとも重大な)原状回復義務が未了の間は,賃借人には違約金(明渡遅延損害金)を支払う義務が生じる可能性が高いといえますが,賃貸人自身でも原状回復工事を行えるにも関わらず敢えて放置しているような場合や賃貸人が必要以上の期間をかけて工事を行ったような場合には,明渡遅延損害金を請求できる期間は,原状回復工事に通常必要な合理的期間に制限される可能性があります。

*この点に関し,多湖・岩田・田村法律事務所では,契約書全体を通読し他の条項も加味して当該違約金契約条項の趣旨を総合的に判断していますので,個々の事案に応じて必ず法律専門家に相談されることをお勧め致します。
【補足】
「明渡し」とよく似た言葉に「引渡し」があります。「引渡し」は,建物に対する占有を排除し,相手に直接的支配を移転させることをいい,「明渡し」は,「引渡し」のうち,相手に「完全な直接的支配」を移転させることをいいます(司法研修所『改訂民事執行(補正版)』80頁)。具体的には,前記<2>で述べたとおりです。

仮に建物内に家財等の動産類が残っていても,入居者が退去して鍵の返還を受け建物(家財含む)をオーナー自ら占有できる状態になれば,(家財等の動産類が残っているので)未だ「明渡し」とはなりませんが,「引渡し」は完了したことになります。


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