・News Access English

不動産/借地借家/マンション賃貸トラブル相談|多湖・岩田・田村法律事務所
電話03-3265-9601
info@tago-law.com 
借地借家法

借地の要件

借家の要件

社宅契約との区別

使用貸借契約との区別

業務委託契約との区別

敷金返還義務

中途解約違約金

賃貸人からの中途解約

転貸借(サブリース)

無断転貸と解除制限

賃料増減額請求

法定更新拒絶の正当事由

裁判例にみる立退料の相場と算定方法

法定更新時の更新料

原状回復義務

修繕義務

連帯保証人の責任

残置物処分の適否

明渡義務の完了時期

明渡遅延違約金

債務不履行解除の可否

賃貸人の地位の移転

宅建業法

区分所有法

敷金(保証金)返還義務全画面 

更新:2020年12月28日 
 事例

「敷金6か月分のうち,契約終了時に2か月分を償却する」との条項の有効性。

 解説

1.敷金の法的性質
敷金とは,「賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で,賃借人が賃貸人に交付する金銭」のことをいいます(民法622条の2第1項)。

要するに,賃貸借契約時に借主が貸主に対し,賃料や退去時の原状回復費用の担保として預ける金銭のことです。

金額は各地方によって多少異なりますが,東京においては,居住用物件の場合は月額賃料の2〜3か月分程度,オフィスビルの場合は月額賃料の6〜10か月分程度が相場と思われます。

2.保証金の法的性質
「敷金」は,オフィスビルの賃貸においては「保証金」と呼ばれるのが一般的です。

基本的には,「保証金」≒「敷金」と考えて良いですが,厳密には,保証金は,敷金より多義的でもう少し広い法的概念です。

「保証金」は,「敷金」としての意味だけでなく,建設中のオフィスビルに入居予定のテナントが「建設協力金」として建築主たるビルオーナーに貸し付ける「貸金」としての性質を含む意味で用いられることや約定期間よりも早期に退去した場合の残存期間分の賃料相当額の補填のための担保金としての性質を含む意味で用いられることもあり,しばしばその法的性質が争われることがあります(【東京地裁平成13年10月29日判決】)。

特に問題となるのが,賃貸人の地位の移転の場合で,敷金であれば原則として新賃貸人に引き継がれますが(民法605条の2第4項),建設協力金であれば「賃貸借とは別個に消費貸借の目的とされたもの」として新賃貸人には引き継がれませんので,その性質が争われることがあります(【最高裁昭和51年3月4日判決】)。

【最高裁昭和51年3月4日判決】
本件保証金は、その権利義務に関する約定が本件賃貸借契約書の中に記載されているとはいえ、いわゆる建設協力金として右賃貸借とは別個に消費貸借の目的とされたものというべきであり、かつ、その返還に関する約定に照らしても、賃借人の賃料債務その他賃貸借上の債務を担保する目的で賃借人から賃貸人に交付され、賃貸借の存続と特に密接な関係に立つ敷金ともその本質を異にするものといわなければならない。
そして、本件建物の所有権移転に伴つて新所有者が本件保証金の返還債務を承継するか否かについては,右保証金の前記のような性格に徴すると、未だ新所有者が当然に保証金返還債務を承継する慣習ないし慣習法があるとは認め難い状況のもとにおいて、新所有者が当然に保証金返還債務を承継するとされることにより不測の損害を被ることのある新所有者の利益保護の必要性と新所有者が当然にはこれを承継しないとされることにより保証金を回収できなくなるおそれを生ずる賃借人の利益保護の必要性とを比較衡量しても、新所有者は、特段の合意をしない限り、当然には保証金返還債務を承継しないものと解するのが相当である。

【東京地裁平成13年10月29日判決】
一般に、不動産賃貸借において賃貸人と賃借人との間で授受される保証金には、(1)建設企画者が建設資金に利用することを目的として、賃借人等から融資を受ける金銭で、いわゆる建設協力金とよばれるもの、(2)約定期間よりも早期に退室する場合の制裁金として課せられるもの、(3)滞納賃料等、賃貸借契約から生じる賃借人の債務を担保するもので、敷金としての性質を有するものが存するとされている。
保証金という名目で金員が授受された場合に、そのいずれの趣旨のものであるかは、当該契約書における規定の仕方、授受された金額の多寡、賃貸借契約が建物新築の直後かどうか等を考慮してこれを決するのが相当である。
本件建物を含む一棟のビルは、平成元年一二月二二日に新築され、本件賃貸借契約はその二か月後に締結されたことが認められる。
建物新築直後における賃貸借契約においては、建設企画者が建設資金に利用することを目的として賃借人等から融資を受けることが多いものと考えられるところ、本件賃貸借契約書には、建設協力金なる項目がなく、賃借人が賃貸人に預託する金員を定めた規定は本件保証金の規定のみである。
また、前記のように、本件保証金の額は、1554万円であり、月あたりの賃料39万9600円と対比すると、38か月分以上の額になる。
このような点からすると、本件保証金は、純粋な敷金とはまた性質を異にするといわざるを得ず、建設協力金としての面が存するというべきである。

⇒結論として,「本件保証金のうち、賃料の10か月分の範囲に限り敷金としての性質を有すると解しても、原告と被告らとの公平を失することにはならない」と判示。

3.敷金返還義務の発生時期
敷金(保証金)は,あくまで「預ける」ものですので,賃貸借契約終了し退去明渡が完了した場合には,貸主は借主に全額返金しなければならないのが原則です。

この点で,「敷金」は,返還義務のない「礼金」や「権利金」とは異なります(【最高裁昭和43年6月27日判決】は,「権利金」につき,「場所的利益の対価として支払われたもの」であるとして返還義務を否定)。

敷金の返還義務は,契約が終了しかつ現実に明渡しが完了したとき(【最高裁昭和49年9月2日判決】,民法622条の2第1項1号で明文化),又は賃借人が適法に賃借権を譲渡したとき(【最高裁昭和53年12月22日判決】,民法622条の2第1項2号で明文化)に生じます。

そして,敷金の返還義務は,「賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務の額を控除した残額」について生じます(民法622条の2第1項)。

従って,賃貸人は,敢えて相殺(民法505条1項)の意思表示をしなくても,未払賃料債務等があれば,明渡時において敷金が当該未払賃料債務等に当然充当されることになり,当該充当された金額については,敷金返還義務はそもそも発生しません。

【最高裁昭和48年2月2日判決】
家屋賃貸借における敷金は,賃貸借存続中の賃料債権のみならず,賃貸借終了後家屋明渡義務履行までに生ずる賃料相当損害金の債権その他賃貸借契約により賃貸人が賃借人に対して取得することのあるべき一切の債権を担保し,賃貸借終了後、家屋明渡がなされた時において,それまでに生じた右の一切の被担保債権を控除しなお残額があることを条件として,その残額につき敷金返還請求権が発生する。

【最高裁平成14年3月28日判決】
目的物の返還時に残存する賃料債権等は敷金が存在する限度において敷金の充当により当然に消滅することになる。このような敷金の充当による未払賃料等の消滅は,敷金契約から発生する効果であって,相殺のように当事者の意思表示を必要とするものではない

4.敷引特約とは
実務上は,頭書事例のように,契約終了時に敷金を償却(「償却」とは,法的には「償却費として貸主が受領する」という意味で用いられます)するという,いわゆる敷引特約(しきびきとくやく)が定められていることがあります。

ちなみに,大阪では約30%,東京では約5%の割合で,敷引特約が結ばれているようです(【最高裁平成23年7月12日判決】田原睦夫裁判官補足意見参照)。

【最高裁平成23年7月12日判決】田原睦夫裁判官の補足意見
国土交通省が公表している調査資料によれば,例えば,敷金あるいは保証金名下で賃貸借契約締結時に賃貸人に差し入れられた金員のうち,明渡し時に一定額(あるいは一定割合)を差し引く旨のいわゆる敷引特約(以下,単に「敷引特約」という。なお,この差引き部分は,上記の本来の敷金としての性質を有するものではないから,「敷引特約」という用語は誤解を招く表現であるが,一般にかかる用語が用いられているところから,それに従う。)は,京都,兵庫,福岡では半数から大多数の賃貸借契約において定められているのに対し,大阪では約30パーセント,東京では約5パーセントに止まっており,また更新料については,かかる条項が設けられている契約事例が,東京や神奈川では半数以上を占めるのに対し,大阪や兵庫では,その定めがあるとの回答は零であったなど,首都圏とそれ以外の地域で著しい差異があり,また,近畿圏でも,京都,大阪,兵庫の間で顕著な差異が見られるのであって,賃貸借契約における賃料以外の金銭の授受に係る条項の解釈においては,当該地域の実情を十分に認識した上でそれを踏まえて法的判断をする必要がある(なお,このような各地域の実情は,地裁レベルでは裁判所に顕著な事実というべきものである。)。

5.敷引特約の有効性
実務上は,この敷引特約が消費者契約法10条(貸主が事業者で借主が個人の場合)あるいは民法90条(事業者間または個人間の契約の場合)により,公序良俗違反として無効とならないかどうかがしばしば争われますが,敷引(償却)される金額,入居期間,月額賃料額等に照らし,敷引金の額が,特段高額に過ぎる場合でない限り,基本的には有効と解されています。

そして,「高額に過ぎるか」否かは,あくまで入居期間(契約の経過年数)等に照らして相対的に判断されますので,単に「賃料の何か月分か」という画一的基準ではなく,「敷引される金額」÷「実際に入居していた月数」÷「月額賃料」=「月額敷引比率」も加味して判断する必要があります(【最高裁平成23年7月12日判決】田原睦夫裁判官の補足意見参照)。

例えば,【最高裁平成23年3月24日判決】は,月額敷引比率が5.9%程度の事案,【最高裁平成23年7月12日判決】は,月額敷引比率が4.9%程度の事案で,いずれも有効と判断されています。

なお,両判例はどちらも,借主が個人消費者であった(消費者契約法の適用される)事例ですので,事業者間の取引の場合に妥当するものではありません(事業者間の取引では敷引特約はより認められ易くなるでしょう)。 

他方,例えば,月額30万円で保証金10か月(300万円)の契約において,保証金全額の敷引特約が結ばれた場合に,借主が6か月で契約を解約して建物から退去したとすると,敷引比率は300万円÷6か月÷30万円=160%超となりますので,このような場合は,敷引特約は一定の範囲で無効とされる可能性が高いと思われます。

もっとも,借主の意向・注文に沿って建物を建築した上,その建物を賃貸するという,いわゆるオーダーメイド賃貸の場合,せっかく借主仕様の建物にしたのに早期に退去されると貸主の損害が大きいので,投下資本の回収リスク分配の観点から,月額敷引比率を高く設定しても無効とはされ難いでしょう(【東京地裁平成13年5月14日判決】(判例タイムズ1117号293頁解説より)参照)。

【最高裁平成23年3月24日判決】
消費者契約である居住用建物の賃貸借契約に付された敷引特約は,当該建物に生ずる通常損耗等の補修費用として通常想定される額,賃料の額,礼金等他の一時金の授受の有無及びその額等に照らし,敷引金の額が高額に過ぎると評価すべきものである場合には,当該賃料が近傍同種の建物の賃料相場に比して大幅に低額であるなど特段の事情のない限り,信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものであって、消費者契約法10条により無効となると解するのが相当である。
これを本件についてみると,本件特約は,契約締結から明渡しまでの経過年数に応じて18万円ないし34万円を本件保証金から控除するというものであって,本件敷引金の額が,契約の経過年数や本件建物の場所,専有面積等に照らし,本件建物に生ずる通常損耗等の補修費用として通常想定される額を大きく超えるものとまではいえない。また,本件契約における賃料は月額9万6000円であって,本件敷引金の額は,上記経過年数に応じて上記金額の2倍弱ないし3.5倍強にとどまっていることに加えて,上告人は,本件契約が更新される場合に1か月分の賃料相当額の更新料の支払義務を負うほかには,礼金等他の一時金を支払う義務を負っていない。 
そうすると,本件敷引金の額が高額に過ぎると評価することはできず,本件特約が消費者契約法10条により無効であるということはできない。

【最高裁平成23年7月12日判決】
本件契約書には,1か月の賃料の額のほかに,被上告人が本件保証金100万円を契約締結時に支払う義務を負うこと,そのうち本件敷引金60万円は本件建物の明渡し後も被上告人に返還されないことが明確に読み取れる条項が置かれていたのであるから,被上告人は,本件契約によって自らが負うこととなる金銭的な負担を明確に認識した上で本件契約の締結に及んだものというべきである。
そして,本件契約における賃料は,契約当初は月額17万5000円,更新後は17万円であって,本件敷引金の額はその3.5倍程度にとどまっており,高額に過ぎるとはいい難く,本件敷引金の額が,近傍同種の建物に係る賃貸借契約に付された敷引特約における敷引金の相場に比して,大幅に高額であることもうかがわれない。
以上の事情を総合考慮すると,本件特約は,信義則に反して被上告人の利益を一方的に害するものということはできず,消費者契約法10条により無効であるということはできない。
【田原睦夫裁判官の補足意見】
本件敷引特約に定める敷引金額は60万円であって,賃料の約3.5ヶ月分と一見高額かのごとくであるが,賃貸借契約が更新されても敷引金額は当初に定められた金額のままなのであるから,賃貸借期間が長期に亘るほどその敷引金額の賃料に対する比率は低下することになるところ,被上告人は本件契約の解約迄6年余本件建物に居住していたものであるから,敷引金額を居住期間の1ヶ月当たりにすると8,333円で,当初の1ヶ月の賃料(共益費込み)の4.76パーセント,更新により改定後の賃料(共益費込み)の4.90パーセントにすぎないのである。
かかる敷引金を賃貸人が取得することをもって,消費者契約法10条に該当するとは到底認められない。

 結論

以上より,頭書事例のような条項は,原則として有効ですが,敷引金額が月額賃料に比して著しく高額な場合は一定の範囲で無効とされます。

過去の裁判例等に照らし,借主が個人消費者である消費者契約法適用事例でも,敷引金額は概ね月額賃料の3.5か月分程度に留めておけば安全圏(有効の可能性大)といえるでしょう。

他方,事業者間の取引などでは,消費者契約法は適用されませんので,3.5か月分を超えるような敷引特約でも有効とされる可能性は高いと解されますが,実際に入居していた期間等に照らし一定の範囲で無効とされる可能性もあります。

 実務上の注意点

6.償却と返却
新村出編『広辞苑(第四版)』〔岩波書店 1991年〕1259頁によると,「償却」は,上記敷引特約におけるような「減価償却」としての意味のほかに,「借金を返すこと」という意味があります。

そのため,一般の方は,敷引特約における「償却」の意味を,「返却」(すなわち敷金を返してもらえる)というように逆の意味に理解してしまうケースがあります。

そこで,多湖・岩田・田村法律事務所では,敷引特約を含む賃貸借契約書の校正等のご依頼を受けたときは,「敷金6か月分のうち,契約終了時に2か月分を償却することとし,貸主はこれを借主に返還することを要しない」と記すよう助言しています。

改正民法(2020年4月1日施行)
622条の2
1 賃貸人は,敷金(いかなる名目によるかを問わず,賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で,賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう。以下この条において同じ。)を受け取っている場合において,次に掲げるときは、賃借人に対し,その受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務の額を控除した残額を返還しなければならない。

(1) 賃貸借が終了し,かつ,賃貸物の返還を受けたとき。

(2) 賃借人が適法に賃借権を譲り渡したとき。

2 賃貸人は,賃借人が賃貸借に基づいて生じた金銭の給付を目的とする債務を履行しないときは,敷金をその債務の弁済に充てることができる。この場合において、賃借人は、賃貸人に対し,敷金をその債務の弁済に充てることを請求することができない。

多湖・岩田・田村法律事務所コメント
これまでは,前掲【最高裁昭和49年9月2日判決】,前掲【最高裁昭和48年2月2日判決】,前掲【最高裁平成14年3月28日判決】等の判例の蓄積により,解釈上,敷金の返還時期や返還範囲が画されていました。

今回の改正により,敷金の返還時期が賃貸物件の明渡完了時であること及び敷金から未払賃料等が控除されることなどが条文上明記されました。

※本頁は多湖・岩田・田村法律事務所の法的見解を簡略的に紹介したものです。事案に応じた適切な対応についてはその都度ご相談下さい。


〒102-0083 東京都千代田区麹町4-3-4 宮ビル4階・5階
電話 03-3265-9601 FAX 03-3265-9602
Copyright © Tago Iwata & Tamura. All Rights Reserved.