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賃貸人の地位の移転全画面 

更新:2024年1月20日 
 事例

Aが所有する建物をBに賃貸した状態で,Cに売却(所有権譲渡)する場合(いわゆるオーナーチェンジの場合),賃借人Bの承諾を要するか。

 解説

1.賃貸人の地位の移転が認められる要件
賃貸人Aが,賃借人Bに賃貸中の所有物件をCに譲渡し,Cが所有権移転登記を具備した場合には,賃貸人たる地位はAからCに法律上当然に移転し,賃借人の承諾や賃借人への通知は不要とされています(賃借人が賃借権の対抗要件を備えている場合につき民法605条の2第1項,賃借人が賃借権の対抗要件を備えていない場合につき605条の3)。

この点,賃借人Bとしては,自らの預かり知らぬところで,賃貸借契約の相手方が勝手に変更されてしまうことになりますので,賃借人保護の観点からは,賃借人の承諾を要するべきとも考えられます。

しかしながら,賃借人にとって,賃貸借契約の主たる目的は,建物を使用収益することにありますので,建物を使用収益できさえすれば,賃料等の賃貸条件が変わらない限り,所有者(賃貸人)が誰であるかによって,賃貸人の債務の履行方法が変わるわけではなく,賃借人が害されることは通常想定できません。

もっとも,賃借人にとっては,誰が新賃貸人なのか(誰に賃貸物件が譲渡されたのか)が不明確だと,賃料の二重払いの危険があります。

そこで,かかる賃料の二重払いの危険を払しょくするために,賃貸人の地位の移転には,新所有者名義の所有権移転登記が具備されることを要件とする一方,所有権移転登記が具備されている限り賃借人の承諾や賃借人への通知は不要(所有権移転登記が具備されていないときは賃借人の承諾が必要)とする考え方が判例実務上確立していました(賃借人が賃借権の対抗要件を備えている場合につき【最高裁昭和33年9月18日判決】【最高裁昭和49年3月19日判決】,賃借人が賃借権の対抗要件を備えていない場合につき【最高裁昭和46年4月23日判決】)。

令和2年4月1日施行の民法605条の2第1項及び605条の3は,上記判例法理を明文化したものです。

なお,上記の規律は,賃貸物件の売買契約等に基づく所有権のいわゆる「特定承継」の場合だけでなく,相続に基づく相続人への所有権の「包括承継」の場合も妥当すると解されています(【東京地裁昭和32年11月20日判決】)。

もっとも,新所有者名義の所有権移転登記を具備していない場合であっても,賃借人のほうから特段異議を述べずに新所有者を賃貸人と認めて賃料を支払ったような場合は,賃貸人の地位の移転につき賃借人の承諾があるものとして賃貸人の地位は新所有者に承継され,賃借人は,以後,所有権移転登記の欠缺(不具備)を主張して賃料の支払いを拒否することはできなくなるものと解されます(【最高裁昭和46年12月3日判決】【東京地裁昭和60年7月16日判決】参照)。

他方で,民法605条の3の元となった前掲【最高裁昭和46年4月23日判決】は,「特段の事情のある場合を除き、新所有者が旧所有者の賃貸人としての権利義務を承継するには、賃借人の承諾を必要とせず」と判示しており,逆に言えば,「特段の事情」がある場合には,賃貸人の賃借人の承諾が必要となるケースもあり得ることになります。

具体的には,当該不動産の所有権移転に先立って賃貸人(旧所有者)において賃貸借契約上の賃貸人としての地位の移転には賃借人の承諾を要する旨を了承している場合や、当該不動産賃貸借における賃借人の不動産の利用が、賃貸人の提供するそれ以外の役務の利用・享受と密接に関連するなど賃貸人が当該不動産の所有者であるというにとどまらない個別的な能力等に基づく役務提供等の義務を負担する場合などは,上記「特段の事情」に該当し,賃借人の承諾を要すると解されています(【東京地裁平成4年1月16日判決】)。

なお,このことは,賃借人が賃借権の対抗要件を備えているか否かによって異ならないと解されていますので(前掲【東京地裁平成4年1月16日判決】),上記「特段の事情」があれば,民法605条の2第1項(賃借人が賃借権の対抗要件を備えている場合の規定)及び605条の3(賃借人が賃借権の対抗要件を備えていない場合の規定)いずれの場合においても,賃借人の承諾を要するものと考えられます。

【民法605条の2】
1 前条、借地借家法(平成三年法律第九十号)第10条又は第31条その他の法令の規定による賃貸借の対抗要件を備えた場合において、その不動産が譲渡されたときは、その不動産の賃貸人たる地位は、その譲受人に移転する

2 前項の規定にかかわらず、不動産の譲渡人及び譲受人が、賃貸人たる地位を譲渡人に留保する旨及びその不動産を譲受人が譲渡人に賃貸する旨の合意をしたときは、賃貸人たる地位は、譲受人に移転しない。この場合において、譲渡人と譲受人又はその承継人との間の賃貸借が終了したときは、譲渡人に留保されていた賃貸人たる地位は、譲受人又はその承継人に移転する。

3 第1項又は前項後段の規定による賃貸人たる地位の移転は、賃貸物である不動産について所有権の移転の登記をしなければ、賃借人に対抗することができない

4 第1項又は第2項後段の規定により賃貸人たる地位が譲受人又はその承継人に移転したときは、第608条の規定による費用の償還に係る債務及び第622条の2第1項の規定による同項に規定する敷金の返還に係る債務は、譲受人又はその承継人が承継する。

【民法605条の3】
不動産の譲渡人が賃貸人であるときは、その賃貸人たる地位は、賃借人の承諾を要しないで、譲渡人と譲受人との合意により、譲受人に移転させることができる。この場合においては、前条第三項及び第四項の規定を準用する。

【東京地裁昭和32年11月20日判決】
賃貸建物の所有権を取得したことによつてその賃貸人としての地位を承継した者が賃借人に対して賃借権を主張するためには、その建物について所有権取得登記を経由しなければならないと解するのが相当である。
なぜならば、この場合賃貸人としての地位は、原告の主張するように所有権と何等関係がないものではなくて、かえつて所有権を取得したことによつて当然賃貸人としての地位を取得するという関係に立つのである。
いいかえれば、所有権の取得が賃貸人の地位の前提となつているわけである。かような場合には、その所有権の取得を第三者に対抗し得てはじめて賃貸人としての地位を主張し得るものといわなければならない。
そして、この理は、所有権取得が当事者の意思に基くものであろうと、相続によるものであろうと、その間に何等の差異を設ける必要がない
というのは、相続が共同相続を原則とする以上、相続関係が必ずしも一見明瞭でない事例が往々にして存するのであるから、所有権取得のうち相続のみを特に切り離して特別に取り扱うのは妥当を欠くと考えられるからである。

【最高裁昭和33年9月18日判決】
借家法一条により建物の所有権取得と同時に当然賃貸借を承継するものであつて、その承継の通知を要しない旨の原判決の判断並びに被上告人の所為が信義則に反しない旨の原判示は、いずれも当裁判所の正当として是認できる。

【最高裁昭和46年4月23日判決】
土地の賃貸借契約における賃貸人の地位の譲渡は、賃貸人の義務の移転を伴なうものではあるけれども、賃貸人の義務は賃貸人が何ぴとであるかによって履行方法が特に異なるわけのものではなく、また、土地所有権の移転があったときに新所有者にその義務の承継を認めることがむしろ賃借人にとって有利であるというのを妨げないから、一般の債務の引受の場合と異なり、特段の事情のある場合を除き、新所有者が旧所有者の賃貸人としての権利義務を承継するには、賃借人の承諾を必要とせず、旧所有者と新所有者間の契約をもつてこれをなすことができると解するのが相当である。

【最高裁昭和46年12月3日判決】
一般に、家屋の賃貸人である所有者が右家屋を他人に譲渡し、所有権が譲受人に移転した場合には、これとともに賃貸人たる地位も譲受人に移転し、譲受人は、以後、貸借人に対し、賃料請求権を取得するものと解すべきである。
この場合、譲受人がいまだその所有権移転登記を経由していないときは、同人は、賃借人に対して自己が所有権を取得し、したがつて、賃貸人たる地位を承継したことを主張しえないものと解すべきであるが、逆に、賃借人がこの事実を認め、譲受人に対して右承継後の賃料を支払う場合には、右質料の支払は、かりに右承認前に遡つて賃料を支払う場合においても、なお債権者に対する弁済として有効であり、譲渡人は、賃借人に対し、右賃料の支払を妨げることができないものといわなければならない。

【最高裁昭和49年3月19日判決】
本件宅地の賃借人としてその賃借地上に登記ある建物を所有する上告人は本件宅地の所有権の得喪につき利害関係を有する第三者であるから、民法一七七条の規定上、被上告人としては上告人に対し本件宅地の所有権の移転につきその登記を経由しなければこれを上告人に対抗することができず、したがってまた、賃貸人たる地位を主張することができない

【東京地裁昭和60年7月16日判決】
賃貸中の宅地を譲り受けた者は、その所有権の移転につき登記を経由しない限り、賃貸人たる地位の取得を賃借人に対抗することができないのが原則であるが、本件においては、被告代表者はAを介して原告が相続により本件土地の所有権を取得した事実を知つたものと推認され(これに反する被告本人尋問の結果は措信しがたい。仮にそうでないとしても、原告が被告の賃料支払を専ら担当していたAに対して本件土地相続の事実を通知した以上、信義則上被告に対する適式な通知があつたものとして扱うべきである。)、被告代表者においてもこれを了承してその後異議なく原告を本件土地の所有者として取り扱っているものと認められ、しかも被告が賃料の支払を遅滞したのについて何ら特段の正当な理由も認められないのは前認定のとおりである(被告代表者は、二重払の危険を避けるためと供述するが、このような動機に基づいて支払を遅滞したとは到底措信しがたい。)から、結局被告は自己の責めにより賃料の支払を遅滞し契約を解除された後、原告の登記の欠缺を口実に責めを免れようとしているものと解さざるをえない
このような事情の下では、被告の解除に対する抗弁は信義則に反し、許されないと解すべきである。

【東京地裁平成4年1月16日判決】
賃貸借の目的となっている不動産の所有権が移転されたとしても、新所有者が賃貸人としての義務を履行するについては、一般的に格別の困難は存在しない以上、当該不動産の所有権移転に当たっては、新所有者が旧所有者の賃貸人としての権利義務を承継するには、後述のような特段の事情のないかぎり、賃借人の承諾を必要とせず、旧新両所有者の間の契約をもってこれをなすことができ、これによって、賃借人と旧所有者との間の賃貸借契約関係は賃借人と新所有者との間の賃貸借契約関係に有効に移行するものと解するのが相当である。
そして、賃借人と旧所有者との間での賃貸借契約締結に当たって、賃貸人が賃貸借の目的となっている不動産を第三者に譲渡した場合には賃貸借契約は当然に終了し若しくは賃借人において賃貸借契約を解除できる旨の特約、又は右不動産を第三者に譲渡するに当たっては事前に賃借人の承諾を得ることを要する旨の特約が設けられ、あるいは契約締結後に賃借人と賃貸人(旧所有者)との間に右同様の合意が成立するなど、当該不動産の所有権移転に先立って賃貸人(旧所有者)において賃貸借契約上の賃貸人としての地位の移転には賃借人の承諾を要する旨を了承している場合や、当該不動産賃貸借における賃借人の不動産の利用が、賃貸人(若しくは、子会社、関連会社等、賃貸人と密接な関連を有する者)の提供するそれ以外の役務の利用・享受を前提とし若しくはこれと密接に関連するなど(例えば、不動産賃貸借をその一部として包含する無名契約が締結されている場合など)、賃貸人が当該不動産の所有者であるというにとどまらない個別的な能力等に基づく役務提供等の義務を負担する場合のように、賃借人の承諾なく賃貸借契約関係が新所有者との関係に移行することが、当事者間における当該不動産の賃貸借を含めた全体的な契約ないし合意の趣旨に反し、若しくは著しく賃借人の利益を害する場合には、例外的に、賃借人の承諾なくしては、賃貸借契約関係は新所有者との間には移行せず、賃借人は、不動産の所有権移転に際して賃貸借契約の新所有者への承継を承諾せず、あるいは直ちに異議を述べることによって、旧所有者に対して賃貸人としての義務の履行を求め、新所有者に対してその賃貸人としての地位を否定して賃借人としての義務の履行を拒むことができると解するのが相当である。

<中略>

そして、右のように解すべきことは、当該賃借権が民法、建物保護法あるいは借家法による対抗要件を備えたものであるか否かには、かかわらないものというべきである。

2.賃貸人の地位の移転の効果
賃貸人の地位の移転がされると,新所有者(新賃貸人)は賃借人に対し,賃貸人の地位移転後に発生する賃料を請求することができるようになり,他方で,旧所有者(旧賃貸人)が賃借人から預託を受けた敷金関係も新所有者(新賃貸人)に当然に承継され,新所有者(新賃貸人)は敷金返還義務を負うことになります(民法605条の2第4項)。

上記の規律も,賃貸物件の売買契約等に基づく所有権のいわゆる「特定承継」の場合だけでなく,相続に基づく相続人への所有権の「包括承継」の場合も妥当すると解されています(【大阪高裁令和元年12月26日判決】)。

もっとも,当該承継時点で賃借人の旧賃貸人に対する未払賃料等があれば敷金はこれに当然充当され、その限度で敷金返還請求権は消滅し、残額についてのみその権利義務関係が新賃貸人に承継されるのが原則ですが(【最高裁昭和44年7月17日判決】),旧賃貸人と新賃貸人との間で未払賃料等に敷金を当然充当させず敷金全額を新賃貸人が引き継ぐ旨の合意をすることも有効と解されています(【東京地裁平成25年9月11日判決】。むしろ,渡辺晋『民法改正の解説』〔住宅新報社 2017年〕317頁では,当然充当させないのが「通例」としています)。

この点,令和2年4月1日施行改正民法605条の2第4項について,【法務省法制審議会民法(債権関係)部会資料69A】第4-4-説明4(2)(48頁)では,「充当の関係については解釈・運用に委ねる」としておりますので,現在では,上記「未払賃料等に敷金を当然充当させず敷金全額を新賃貸人が引き継ぐ旨の合意」がなかったとしても,当然充当させず敷金全額を新賃貸人が引き継ぐという解釈も十分可能ですが,解釈の余地により紛争が生じるのを防止するため,多湖・岩田・田村法律事務所では,賃貸人の地位の移転の際は,敷金充当関係についても当事者間で取り決めておくよう助言しています。

また,当該承継時点で既に発生していた賃借人に対する未払賃料債権についても,当然には承継されず,これも新所有者(新賃貸人)が承継して賃借人に請求するには,別途,旧所有者(旧賃貸人)・新所有者(新賃貸人)間で債権譲渡契約を締結し,旧所有者(旧賃貸人)から賃借人に債権譲渡通知(民法467条1項)をする必要があります。

そして,所有権(賃貸人の地位)と共に旧所有者のもとで既に発生していた賃借人に対する未払賃料債権の譲渡も受けた場合には,新所有者(新賃貸人)は,当該譲渡を受けた賃料債権の未払い(債務不履行)を理由とする契約解除もできると解されています(【大審院昭和12年5月7日判決(大民集16巻544頁)】)。

なお,「敷金」そのものではなく,「貸金」としての実質を有するいわゆる「建設協力金」(賃借人が賃貸人に建物の建設費用を貸し付けて建物を建設させた上でこれを賃借し,毎月の賃料と相殺する形で返済を受けるもの)等は,当然には承継されませんので(【最高裁昭和51年3月4日判決】【東京地裁平成13年10月29日判決】),多湖・岩田・田村法律事務所では,新所有者(新賃貸人)に承継される法律関係について,「敷金」や「保証金」等の名目だけでなく,その経緯等に鑑み実質的に判断するようにしています。

【民法467条1項】
債権の譲渡(現に発生していない債権の譲渡を含む。)は、譲渡人が債務者に通知をし、又は債務者が承諾をしなければ、債務者その他の第三者に対抗することができない。

【民法605条の2第4項】
第1項又は第2項後段の規定により賃貸人たる地位が譲受人又はその承継人に移転したときは、第608条の規定による費用の償還に係る債務及び第622条の2第1項の規定による同項に規定する敷金の返還に係る債務は、譲受人又はその承継人が承継する

【法務省法制審議会民法(債権関係)部会資料69A】第4-4-説明4(2)(48頁)
敷金返還債務について、判例(最判昭和44年7月17日民集23巻8号1610頁)は、旧所有者の下で生じた延滞賃料等の弁済に敷金が充当された後の残額についてのみ敷金返還債務が新所有者に移転するとしているが、実務では、そのような充当をしないで全額の返還債務を新所有者に移転させることも多い。
そこで、上記判例法理のうち敷金返還債務が新所有者に当然に移転するという点のみを明文化し、充当の関係については解釈・運用に委ねることとした。

【大審院昭和12年5月7日判決(大民集16巻544頁)】
従来ノ賃貸借関係ヲ承継シタリトノ趣旨ナリトモセハ賃貸借ハ承継ノ前後ニ於テ同一ナルカ故ニ其ノ承継前ニ発生シタル賃料ト雖承継後仍オ之ヲ承継ニ係ル現存ノ賃貸借関係ヨリ発生シタル賃料ナリト謂ウヲ妨ケサルヘク従テ苟モ新賃貸人ニ於テ該賃料債権ノ譲渡ヲ受ケタル以上其ノ債務ノ不履行ヲ理由トシテ賃貸借契約ヲ解除シ得ヘキモノト謂ワサルヘカラス

【最高裁昭和44年7月17日判決】
敷金は、賃貸借契約終了の際に賃借人の賃料債務不履行があるときは、その弁済として当然これに充当される性質のものであるから、建物賃貸借契約において該建物の所有権移転に伴い賃貸人たる地位に承継があった場合には、旧賃貸人に差し入れられた敷金は、賃借人の旧賃貸人に対する未払賃料債務があればその弁済としてこれに当然充当され、その限度において敷金返還請求権は消滅し、残額についてのみその権利義務関係が新賃貸人に承継されるものと解すべきである。

【最高裁昭和51年3月4日判決】
本件保証金は、その権利義務に関する約定が本件賃貸借契約書の中に記載されているとはいえ、いわゆる建設協力金として右賃貸借とは別個に消費貸借の目的とされたものというべきであり、かつ、その返還に関する約定に照らしても、賃借人の賃料債務その他賃貸借上の債務を担保する目的で賃借人から賃貸人に交付され、賃貸借の存続と特に密接な関係に立つ敷金ともその本質を異にするものといわなければならない。
そして、本件建物の所有権移転に伴つて新所有者が本件保証金の返還債務を承継するか否かについては,右保証金の前記のような性格に徴すると、未だ新所有者が当然に保証金返還債務を承継する慣習ないし慣習法があるとは認め難い状況のもとにおいて、新所有者が当然に保証金返還債務を承継するとされることにより不測の損害を被ることのある新所有者の利益保護の必要性と新所有者が当然にはこれを承継しないとされることにより保証金を回収できなくなるおそれを生ずる賃借人の利益保護の必要性とを比較衡量しても、新所有者は、特段の合意をしない限り、当然には保証金返還債務を承継しないものと解するのが相当である。

【東京地裁平成13年10月29日判決】
一般に、不動産賃貸借において賃貸人と賃借人との間で授受される保証金には、(1)建設企画者が建設資金に利用することを目的として、賃借人等から融資を受ける金銭で、いわゆる建設協力金とよばれるもの、(2)約定期間よりも早期に退室する場合の制裁金として課せられるもの、(3)滞納賃料等、賃貸借契約から生じる賃借人の債務を担保するもので、敷金としての性質を有するものが存するとされている。
保証金という名目で金員が授受された場合に、そのいずれの趣旨のものであるかは、当該契約書における規定の仕方、授受された金額の多寡、賃貸借契約が建物新築の直後かどうか等を考慮してこれを決するのが相当である。
本件建物を含む一棟のビルは、平成元年一二月二二日に新築され、本件賃貸借契約はその二か月後に締結されたことが認められる。
建物新築直後における賃貸借契約においては、建設企画者が建設資金に利用することを目的として賃借人等から融資を受けることが多いものと考えられるところ、本件賃貸借契約書には、建設協力金なる項目がなく、賃借人が賃貸人に預託する金員を定めた規定は本件保証金の規定のみである。
また、前記のように、本件保証金の額は、1554万円であり、月あたりの賃料39万9600円と対比すると、38か月分以上の額になる。
このような点からすると、本件保証金は、純粋な敷金とはまた性質を異にするといわざるを得ず、建設協力金としての面が存するというべきである。

⇒結論として,「本件保証金のうち、賃料の10か月分の範囲に限り敷金としての性質を有すると解しても、原告と被告らとの公平を失することにはならない」と判示。

【東京地裁平成25年9月11日判決】
※新旧所有者間で,被告(賃借人)に対する未払賃料債権を新所有者に譲渡するとともに,敷金全額を新所有者に承継させる旨合意していたのに対し,被告(賃借人)が「敷金は賃貸人たる地位の承継に伴いその時点での未払賃料等債務の弁済として当然充当された」旨を主張した事案。

被告主張の法理は,旧賃貸人の担保のために交付された敷金の担保作用の実現の必要を理由とすることを根拠とするものであるから,旧賃貸人と新賃貸人との間でこれと異なる合意がなされた場合には,例外として適用がないと解するのが相当である。

【大阪高裁令和元年12月26日判決】
敷金は,賃貸人が賃貸借契約に基づき賃借人に対して取得する債権を担保するものであるから,敷金に関する法律関係は賃貸借契約と密接に関係し,賃貸借契約に随伴すべきものと解されることに加え,賃借人が旧賃貸人から敷金の返還を受けた上で新賃貸人に改めて敷金を差入れる労と,旧賃貸人の無資力の危険から賃借人を保護すべき必要性とに鑑みれば,賃貸人たる地位に承継があった場合には,敷金に関する法律関係は新賃貸人に当然に承継されるものと解すべきである。
そして,上記のような敷金の担保としての性質や賃借人保護の必要性は,賃貸人たる地位の承継が,賃貸物件の売買等による特定承継の場合と,相続による包括承継の場合とで何ら変わるものではないから,賃貸借契約と敷金に関する法律関係に係る上記の法理は,包括承継の場合にも当然に妥当するものというべきである。

 結論

以上より,頭書事例では,新所有者Cは,所有権移転登記を具備すれば,賃貸人の地位の承継を賃借人Bに対し主張することができ,これに関し,賃借人Bの承諾は要りません。

 実務上の注意点

3.地上権者たる地位の移転
上記の通り,賃貸物件の所有権の譲渡に伴う賃貸人たる地位の譲渡の場合,賃借人の承諾は不要ですが,賃借人たる地位の譲渡の場合には,原則通り,契約の一方当事者たる賃貸人の承諾が必要となります(民法612条1項)。

従って,賃貸人は,賃借人から賃借権の譲渡について打診された場合,様々な条件を付けて交渉し,交渉が決裂すれば,賃借権の譲渡を承諾しなければ,特に法律上の不利益を被ることはありません。

ここで,賃借権とよく似た権利として「地上権」というものがあります。

地上権とは,他人の所有する土地において工作物又は竹木を所有するため、その土地を使用する権利をいい(民法265条),土地所有者との間の地上権設定契約により発生します。

地上権は,あくまで物権(物に対する権利)ですので,一種の債権(所有者に対する権利)である賃借権とは異なり,所有者の承諾がなくても,原則として自由に譲渡等することができます。

そして,仮に地上権設定契約で,「地上権設定者(=地主)の承諾がない限り地上権を譲渡してはならない」との譲渡禁止特約が規定されていたとしても,地上権者・地上権設定者間の債権的効力しかなく,第三者には当該特約の効力を対抗できません(【高松高裁昭和32年5月10日判決】,谷口知平ほか編『新版注釈民法(7)』〔有斐閣 2007年〕876頁)。

すなわち,地上権者が上記特約に違反して所有者(地上権設定者=地主)の承諾なく地上権を第三者に譲渡したとしても,地上権者が債務不履行責任(損害賠償義務や譲渡承諾料支払義務等)を負うだけで(なお,地上権の譲渡にも借地借家法19条が類推適用されることにつき,植垣勝裕編『借地非訟の実務』〔新日本法規 2015年〕320頁,稻本洋之助ほか『コンメンタール借地借家法(第4版)』〔日本評論社 2019年〕145頁),当該第三者との間では譲渡は有効となりますので,所有者は地上権譲渡の無効を主張して当該第三者に土地の明渡しを請求することはできません。

もっとも,地上権者(民法265条)たる地位が譲渡された場合には,(譲渡以前に)「既に具体的に発生した地代債務は承継しないが、旧地上権者の地代不払の効果は、旧地上権者に代って地上権関係の当事者としての地位にたつ地上権者に承継される」と解されており,少なくとも地代の登記がある限り,旧地上権者による地代滞納の効果は新地上権者に承継されます(【東京地裁昭和46年7月19日判決】【千葉地裁昭和47年5月29日判決】)。

このように解しないと,地上権は原則として地主たる所有者の承諾なく譲渡できるため,滞納期間が2年に達する直前に毎回地上権を譲渡されてしまえば,いつまで経っても地上権の消滅請求(民法276,266条)ができなくなるという不当な結果となるからです。

従って,例えば,旧地上権者が地代を1年半滞納し,その後地上権譲渡され新地上権者が更に地代を半年滞納した場合には,旧地上権者のもとにおける滞納期間と通算して滞納期間が2年に達するため,地主(土地所有権者=地上権設定者)は,新地上権者に対し,地上権消滅請求(民法276,266条)をすることが可能となります。

ただし,新地上権者は,あくまで「地代不払の効果」を承継するのであって,「既に具体的に発生した地代債務」そのものを旧地上権者から免責的又は併存的に引き受けるわけではありません(【千葉地裁昭和47年5月29日判決】)。

なお,借地権(地上権又は賃借権)が競売により落札(譲渡)された場合には,当該借地権が地上権だった場合だけでなく,当該借地権が賃借権だった場合も競落人たる新借地権者は旧借地権者の下で生じていた地代滞納の効果を引き継ぐと解されますので,契約解除されるリスクを伴い,このことは競売価格にも当然影響します(【東京高裁昭和62年12月21日決定】【最高裁平成8年1月26日判決】【大阪高裁平成21年5月28日判決】参照)。

そのため,競売を実施する差押債権者は,民事執行法56条1項に基づき,執行裁判所から地代代払許可を得て滞納地代・賃料を債務者(旧借地権者)に代わって弁済しておくことも検討する必要があります。

【民法265条】
地上権者は、他人の土地において工作物又は竹木を所有するため、その土地を使用する権利を有する。

【民法266条】
1 第二百七十四条から第二百七十六条までの規定は、地上権者が土地の所有者に定期の地代を支払わなければならない場合について準用する。

2 地代については、前項に規定するもののほか、その性質に反しない限り、賃貸借に関する規定を準用する。

【民法276条】
永小作人が引き続き二年以上小作料の支払を怠ったときは、土地の所有者は、永小作権の消滅を請求することができる。

【民法568条】
1 民事執行法その他の法律の規定に基づく競売(以下この条において単に「競売」という。)における買受人は、第五百四十一条及び第五百四十二条の規定並びに第五百六十三条(第五百六十五条において準用する場合を含む。)の規定により、債務者に対し、契約の解除をし、又は代金の減額を請求することができる。

2 前項の場合において、債務者が無資力であるときは、買受人は、代金の配当を受けた債権者に対し、その代金の全部又は一部の返還を請求することができる。

3 前二項の場合において、債務者が物若しくは権利の不存在を知りながら申し出なかったとき、又は債権者がこれを知りながら競売を請求したときは、買受人は、これらの者に対し、損害賠償の請求をすることができる。

4 前三項の規定は、競売の目的物の種類又は品質に関する不適合については、適用しない。

【民法612条】
1 賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ、その賃借権を譲り渡し、又は賃借物を転貸することができない。

2 賃借人が前項の規定に違反して第三者に賃借物の使用又は収益をさせたときは、賃貸人は、契約の解除をすることができる。

【借地借家法19条】
1 借地権者が賃借権の目的である土地の上の建物を第三者に譲渡しようとする場合において、その第三者が賃借権を取得し、又は転借をしても借地権設定者に不利となるおそれがないにもかかわらず、借地権設定者がその賃借権の譲渡又は転貸を承諾しないときは、裁判所は、借地権者の申立てにより、借地権設定者の承諾に代わる許可を与えることができる。この場合において、当事者間の利益の衡平を図るため必要があるときは、賃借権の譲渡若しくは転貸を条件とする借地条件の変更を命じ、又はその許可を財産上の給付に係らしめることができる。

2 裁判所は、前項の裁判をするには、賃借権の残存期間、借地に関する従前の経過、賃借権の譲渡又は転貸を必要とする事情その他一切の事情を考慮しなければならない。

3 第一項の申立てがあった場合において、裁判所が定める期間内に借地権設定者が自ら建物の譲渡及び賃借権の譲渡又は転貸を受ける旨の申立てをしたときは、裁判所は、同項の規定にかかわらず、相当の対価及び転貸の条件を定めて、これを命ずることができる。この裁判においては、当事者双方に対し、その義務を同時に履行すべきことを命ずることができる。

4 前項の申立ては、第一項の申立てが取り下げられたとき、又は不適法として却下されたときは、その効力を失う。

5 第三項の裁判があった後は、第一項又は第三項の申立ては、当事者の合意がある場合でなければ取り下げることができない。

6 裁判所は、特に必要がないと認める場合を除き、第一項又は第三項の裁判をする前に鑑定委員会の意見を聴かなければならない。

7 前各項の規定は、転借地権が設定されている場合における転借地権者と借地権設定者との間について準用する。ただし、借地権設定者が第三項の申立てをするには、借地権者の承諾を得なければならない。

【民事執行法56条1項】
建物に対し強制競売の開始決定がされた場合において、その建物の所有を目的とする地上権又は賃借権について債務者が地代又は借賃を支払わないときは、執行裁判所は、申立てにより、差押債権者(配当要求の終期後に強制競売又は競売の申立てをした差押債権者を除く。)がその不払の地代又は借賃を債務者に代わつて弁済することを許可することができる。

【高松高裁昭和32年5月10日判決】
地上権の譲渡禁止の特約ある旨の登記を経由していたとしても、元来、地上権は物権であることの当然の性質として譲渡可能性を具有するもので、しかもこれを禁止する特約を登記する途はないと解するを相当とする(不動産登記法第一一一条第一一二条、民法第二七二条但書参照)。
而して不動産物権者の普通に有する処分権能が特定の場合に制限されているときは、この旨を登記することを要する。
この原則は当事者の意思表示によつて生じた処分の制限については一貫して認められている。
従ってかような登記手続の認められていない場合には、処分を制限する特約は当事者間の債権的効力を持つだけで、第三者に対抗する効力を持ち得ないと解するを相当とする。
それ故に本件土地の地上権につき譲渡禁止の特約が存し或いは当該地上権の登記にその旨の特約登記がなされていたとしても、右の事項を以て第三者には対抗し得ないものである。

【東京地裁昭和46年7月19日判決】
地代支払義務は地上権に必然的に伴うものではないけれども、一旦約定された場合には、当該地上権の内容となって地上権と不可分の関係に立つに至る。
従って、地上権が譲渡されるときは、地上権者の地代支払義務者たる地位も移転せられ、その支分権としての個々の期間の地代支払義務も新地上権者に承継移転せられると見るべきものであって、地代支払義務の債権的性質に拘泥して旧地上権者のみが支払義務者たるに止まると解すべきではない。
ただ、地代について登記がない場合には、権利者たる地主の方で義務者たる新地上権者に対し、右の承継を対抗しえず、地上請求をなしえない結果となるに過ぎない。
従って、旧地上権者が地位を怠納していた場合には、地代の登記ある限り、その怠納の効果も新地上権者に及ぶと解さなければならない。
もし、そう解しえないとすると、地代怠納が二年間に近づいた頃に地上権を譲渡された地主は、怠納の効果として地主に与えられた民法第二七六条・第二六六条第一項の権利を行使する機会を実質上奪われてしまうからである。
故に、二年間の地代怠納期間を云々するためには旧地上権者と新地上権者のそれとを併せて計算することを許すべきである。
次の問題は、右の場合、地上権消滅請求に先立ち、新地上権者に対し、催告をなすべきか否かである。本件での真の争点はここに存する。
当裁判所は、これを消極に解する。
思うに、この点の結論は、前段の議論から直接に導かれるものではない。
旧地上権者の怠納の効果を新地上権者に承継せしめない場合生じるのを見た不当な結果に比すべきものは、怠納分を一旦催告して後に初めて消滅請求しうることとした場合にも、当然性じるとは言えないからである。
然しながら、地上権者は土地賃借人などに比し強く保護されており、地主の承諾なくして地上権を譲渡しうるのであり、換言すれば、賃貸借の場合のように、新旧の交替期に地主が承諾権者として事実上介入し、その機会に旧賃借人に対する債権の実現を図りうるのと異なり、新地上権者は、突然地主の前に登場するかも知れず、それ故にこそ前段に見たように、旧地上権者の地代怠納の効果をこれに承継させる必要もあったのであるから、地上権者としては、地主に対して強く保護せられている一面、地上権譲受の場面においては、旧地上権者の地代支払状況につきそれ相応の調査をし,その状況をそのまま承継することを覚悟しておくべきもので、そのような利害の配分こそ法規の予定するところであると考えられるのである。

【千葉地裁昭和47年5月29日判決】
土地の新所有者が地上権設定者たる地位の承継を地上権者に対抗できる以前に既に具体的に発生した地代債権は、承継せられる基本の法律関係の範囲外であるから旧所有者から債権譲渡の方法によらない限り、新所有者においてこれを承継しないが民法二六六条、二七六条による地上権消滅請求をなすための要件としての地代不払の効果については、新所有者は対抗力発生以前に既に具体的に生じた地代債権を譲り受けない場合でも、地代怠納の効果を承継し、一方、地上権の譲受人(新地上権者)は地上権移転の登記をなすと、その譲り受けた地上権をもって土地所有者に地上権者としての地位の承継を対抗できる結果、その対抗力発生以前既に具体的に発生した地代債務は承継しないが、旧地上権者の地代不払の効果は、旧地上権者に代って地上権関係の当事者としての地位にたつ地上権者に承継されるもの、すなわち新地上権者は地代怠納状態を伴った地上権を承継するものと解すべきである。
したがって、前記認定のとおり引続き二年以上の地代怠納があるから、地上権設定者たる地位を承継した被控訴人は、地上権者たる地位を承継した控訴人に、民法二六六条、二七六条による地上権消滅請求の要件としての、右地代怠納の効果を主張することができる。

【東京高裁昭和62年12月21日決定】
本件物件明細書の備考欄にも「地代の滞納あり」という記載がなされており、従って、本件競売手続においては、これらの記載により、本件建物の買受申出人等に対し、その敷地の賃貸借契約については、右賃料債務の延滞を理由として契約解除のなされるおそれのあることが十分に警告されていたこと、一方、本件建物は、昭和六〇年二月に新築された堅固な建物で、残存耐用年数も三八年あり、そのいわゆる場所的利益も相当の価額にのぼると考えられるにもかかわらず、本件競売手続における最低売却価額は、前記敷地の賃料債務の不履行の現状を考慮して本件建物の通常価格から六〇パーセントにも及ぶ大幅な減価を行ない、更に、通常は行なわれない右延滞賃料相当金額の減価をもしたうえ、格別低額に決定されていることが認められる。
そこで、以上のような事実関係のもとにおいてなされた本件売却許可決定については、たとえ本件建物の買受人による買受申出後に右敷地の賃貸借契約が解除されたとしても、その買受人は、その買受申出の当時から右敷地の賃貸借契約が解除されるおそれのあることを十分に覚悟していたものというべきであるから、もはや民事執行法一八八条により準用される同法七五条所定の損傷が生じたことを理由として右売却許可決定の取消しを求めることはできないものと解すべきである。

【最高裁平成8年1月26日判決】
建物に対する強制競売の手続において、建物のために借地権が存在することを前提として建物の評価及び最低売却価額の決定がされ、売却が実施されたことが明らかであるにもかかわらず、実際には建物の買受人が代金を納付した時点において借地権が存在しなかった場合、買受人は、そのために建物買受けの目的を達することができず、かつ、債務者が無資力であるときは、民法五六八条一項、二項及び五六六条一項、二項【※現564条,565条,542条1項】の類推適用により、強制競売による建物の売買契約を解除した上、売却代金の配当を受けた債権者に対し、その代金の返還を請求することができるものと解するのが相当である。
けだし、建物のために借地権が存在する場合には、建物の買受人はその借地権を建物に従たる権利として当然に取得する関係に立つため、建物に対する強制競売の手続においては、執行官は、債務者の敷地に対する占有の権原の有無、権原の内容の細目等を調査してその結果を現況調査報告書に記載し、評価人は、建物価額の評価に際し、建物自体の価額のほか借地権の価額をも加えた評価額を算出してその過程を評価書に記載し、執行裁判所は、評価人の評価に基づいて最低売却価額を定め、物件明細書を作成した上、現況調査報告書及び評価書の写しを物件明細書の写しと共に執行裁判所に備え置いて一般の閲覧に供しなければならないものとされている。
したがって、現況調査報告書に建物のために借地権が存在する旨が記載され、借地権の存在を考慮して建物の評価及び最低売却価額の決定がされ、物件明細書にも借地権の存在が明記されるなど、強制競売の手続における右各関係書類の記載によって、建物のために借地権が存在することを前提として売却が実施されたことが明らかである場合には、建物の買受人が借地権を当然に取得することが予定されているものというべきである。
そうすると、実際には買受人が代金を納付した時点において借地権が存在せず、買受人が借地権を取得することができないため、建物買受けの目的を達することができず、かつ、債務者が無資力であるときは、買受人は、民法五六八条一項、二項及び五六六条一項、二項【※現564条,565条,542条1項】の類推適用により、強制競売による建物の売買契約を解除した上、売却代金の配当を受けた債権者に対し、その代金の返還を請求することができるものと解するのが右三者間の公平にかなうからである。
※【 】内は筆者加筆。

【大阪高裁昭平成21年5月28日決定】
当裁判所も、本件の競売が「建物のために借地権が存在することを前提として売却が実施されたことが明らかである場合」に該当するとは認められず、瑕疵担保責任の規定の類推適用によって競売による売買契約を解除できる場合に当たらないと判断する。
<中略>
平成8年最判が、借地権付き建物に対する強制競売において借地権が存在しなかった場合に民法568条及び566条【※現564条,565条,542条1項】の類推適用を肯定したのは、本来、強制競売と売買との相違から借地権付き建物の競売について売買の担保責任を直ちに適用することはできないにも関わらず、いわゆる三点セットの記載から、借地権の存在が明示されるなど、その存在を前提として強制競売が実施されたことが明らかであるのに(明白性)、実際には借地権が存在しなかった場合には、配当金を受けた債権者との公平を欠くことから、上記明白性を要件として、売買の担保責任の規定を類推適用することとしたものと解される。
そして、本件のいわゆる三点セットの記載内容は、物件明細書では、「買受人は、地主の承諾又は裁判等を要する。地代滞納あり。」と記載され、現況調査報告書では、平成16年6月30日現在の滞納額は計1516万円余り(14か月分)と記載され、評価書では、「1年以上の地代滞納がある(契約解除の意思表示に至っていない)」ことが、その余の事情(賃料額、残存契約期間)とともに、市場性減価(20%)の根拠とされている(なお、市場性修正の結論は、高額物件であること(△10%)を含めて30%)ことからみて、地代滞納による契約解除のリスクが警告され、それが売却価額にも反映されていたものということができる。
そして、その後の最低売却価額引き下げの状況と併せて、控訴人の入札時には、明白性の要件が存在するとは認められないことは原判決の説示するとおりである。
<中略>
(1)最低売却価額の引き下げ
現況調査時から控訴人の入札時までに,地代滞納期間が2年以上に長期化していることは容易に推測できるところであり、買受可能価額が当初の半額以下に低下していることについて、地代滞納の長期化によるリスクの増加も影響していると評価することが自然である。したがって、いわゆる三点セットの記載と相まって、控訴人の入札時には、明白性の要件が欠けていると評価することに問題はない。なお、入札後の控訴人側の対応も併せ考慮すれば、本件建物の売却実施時において、三点セットの記述内容そのものよりも更にリスクが増加していることは、控訴人も認識していたか、少なくとも買受人において容易に認識可能な状況にあったものといえる。
(2)解除の蓋然性
敷金が高額であることについても、本件の滞納期間からみて、契約解除のリスクを大きく低下させるものとは認め難い。 
<中略>
(3)当事者間の公平等
地代滞納のリスクが買受人に警告され、かつ、そのリスクが買受可能価額に反映されていたと認められる本件において、瑕疵担保責任の追及を否定することが、競売申立債権者との関係で公平を欠くということはできない。
※【 】内は筆者加筆。

4.リースバックの場合
令和2年4月1日施行の改正民法605条の2第2項では,いわゆるリースバックに関する規定が新たに設けられました。

リースバックとは,賃貸物件を売却してその所有権が移転しても,賃貸人の地位の移転はさせずに旧所有者に賃貸人の地位を留保し,かつ新所有者が旧所有者から購入した物件を旧所有者に賃貸する旨合意して,それを旧所有者が元々の賃借人に転貸する形を採ることをいいます。

例えば,AがBに賃貸中の物件をCに売却した場合,本来的には,Aの賃貸人の地位はCに移転し,以後はCB間に賃貸借関係が生じますが,リースバックの場合は,AがCに物件を売却するのと同時にAがCに物件を賃貸するため,形式的には,A→C賃貸,C→B転貸という形で存続します。

これまでの判例法理では,リースバックは,必ずしも有効とは認められていませんでしたが(【最高裁平成11年3月25日判決】参照),改正民法605条の2第2項前段により,所有権移転後は新所有者(譲受人)が旧所有者(譲渡人)に物件を賃貸するという合意(いわゆるリースバック)があれば,賃貸人の地位を留保する(移転させない)という合意も有効となります(賃借人の承諾は不要)。

この場合,賃貸借関係は,新所有者→旧所有者→賃借人となり,賃借人は新所有者から見ればいわば「転借人」という立場になりますが,通常の転貸借(サブリース)と異なり,新所有者・旧所有者間の賃貸借契約が終了すれば,終了原因を問わず(債務不履行解除であっても)新所有者が旧所有者の賃貸人の地位を承継しますので(605条の2第2項後段),賃借人に不利益は無いため,賃借人の承諾が無くても,新旧所有者間の合意だけで賃貸人の地位の留保が認められることとなりました。

なお,改正民法附則34条1項(平成29年6月2日法律第44号)では「施行日前に贈与、売買、消費貸借(旧法第五百八十九条に規定する消費貸借の予約を含む。)、使用貸借、賃貸借、雇用、請負、委任、寄託又は組合の各契約が締結された場合におけるこれらの契約及びこれらの契約に付随する買戻しその他の特約については、なお従前の例による」と規定されています。

これは,あくまで,改正民法施行日(2020年4月1日)より前に「契約が締結」された場合,「これらの契約及びこれらの契約に付随する買戻しその他の特約については」改正前の民法が適用されるとするものです。

例えば,AがBに賃貸中の物件を,賃貸人の地位を留保してCに売却する場合,賃貸人の地位留保の効力はAB間の賃貸借契約の効果としてではなく,AC間の売買契約及びリースバック契約の効果として生じるものですので,AC間の契約締結日が改正民法施行後ならAC間の契約の効力は改正民法に従います(AB間の賃貸借契約の締結日がいつかは関係なく,あくまでAC間の売買契約及びリースバック契約の締結日が基準となります)。

したがって,改正民法施行に既に賃貸されていた物件につき,改正民法施行に売買契約及びこれに付随するリースバック契約が締結された場合には,当該売買契約及びリースバック契約には改正民法605条の2第2項が適用されるため,賃貸人の地位を旧所有者に留保することが可能となります。

【民法附則34条】
1 施行日前に贈与、売買、消費貸借(旧法第五百八十九条に規定する消費貸借の予約を含む。)、使用貸借、賃貸借、雇用、請負、委任、寄託又は組合の各契約が締結された場合におけるこれらの契約及びこれらの契約に付随する買戻しその他の特約については、なお従前の例による。

2 以下省略

【最高裁平成11年3月25日判決】
新旧所有者間において、従前からの賃貸借契約における賃貸人の地位を旧所有者に留保する旨を合意したとしても、これをもって直ちに前記特段の事情があるものということはできない
けだし、右の新旧所有者間の合意に従った法律関係が生ずることを認めると、賃借人は、建物所有者との間で賃貸借契約を締結したにもかかわらず、新旧所有者間の合意のみによって、建物所有権を有しない転貸人との間の転貸借契約における転借人と同様の地位に立たされることとなり、旧所有者がその責めに帰すべき事由によって右建物を使用管理する等の権原を失い、右建物を賃借人に賃貸することができなくなった場合には、その地位を失うに至ることもあり得るなど、不測の損害を被るおそれがあるからである。
もっとも、新所有者のみが敷金返還債務を履行すべきものとすると、新所有者が無資力となった場合などには、賃借人が不利益を被ることになりかねないが、右のような場合に旧所有者に対して敷金返還債務の履行を請求することができるかどうかは、右の賃貸人の地位の移転とは別に検討されるべき問題である。

5.転貸人変更(サブリース会社チェンジ)の場合
上記のとおり,所有権の移転を伴う賃貸人の地位の移転の場合には,登記さえ具備すれば,賃借人の承諾は不要です。

これに対し,AがB(サブリース会社)に賃貸していた建物をBがCに適法に転貸(サブリース)していたケースで,物件所有者ではない単なるサブリース会社である転貸人をBからDに変更するという転貸人の地位の移転の場合,転借人Cの承諾を要するか問題となります。

この点については,【最高裁昭和51年6月21日判決】が,「賃借権の譲渡(転貸人の地位の承継)を受けた者は,その譲渡人がそれを転借人に通知をせず、又は転借人が右譲渡を承諾しない以上、転借人に対し、その転貸人としての地位を主張し得ない」と判示しています。

上記判例が,「又は」としていることからすれば,譲渡人(旧転貸人)から,転借人に,転貸人の地位の移転を通知すれば(民法467条1項参照),転借人の承諾が無くても,転貸人の地位は移転し,新転貸人は,転借人に対し,これを主張できる(賃料請求できる)ようにも思われます。

もっとも,当該転貸人の地位の移転は,賃料債権等の債権者たる地位の譲渡であるという側面からは,上記判例の判示するとおり,通常の債権譲渡(民法467条1項「債権の譲渡(現に発生していない債権の譲渡を含む。)は、譲渡人が債務者に通知をし、又は債務者が承諾をしなければ、債務者その他の第三者に対抗することができない。」)と同様に考えて良いと思われますが,転貸人は転借人に対し債務(修繕義務敷金返還義務等)も負っており,当該債務者としての側面からは,必ずしも同様に捉えることはできません。

なお,上記【最高裁昭和51年6月21日判決】も,転貸人側から賃料支払請求権や賃料不払いによる契約権解除権等の権利主張がされた事案につき判示したもので,転借人側から当初の転貸人に対し転貸人としての義務の履行を請求することを否定したものではありません。

この点,【東京地裁平成23年3月30日判決】では,物件所有者ではない転貸人の地位の移転の場合には,転借人が不測の損害を被るおそれがあるとして,転借人の承諾を要する旨判示しています。

また,【東京地裁平成23年6月8日判決】も,物件所有者ではない転貸人の地位の移転を転借人に通知したとしても,これを転借人が承諾していない以上,転貸人の地位は移転しない旨判示しています。

これに対し,【東京地裁平成26年3月26日判決】は,「契約当事者たる地位の移転は,債務の移転も伴うため,当該債務の債権者となる相手方保護の見地から,新旧の当事者に加えて相手方も交えた三面契約によるか,新旧の当事者の合意に相手方が承諾したことが要求されると解される。この点,賃貸人が負っている主たる債務である,賃貸目的物を使用収益させる債務は,賃貸人が何ぴとであるかによって履行方法が異なるものではないといえるが,転貸人の場合,転貸人の属性によって原賃貸借契約が解除される等によって上記債務の履行が確保されない可能性もあり,契約の継続を前提とする場合,転借人の意向を尊重する必要性は否定できない」としつつ,「賃料等支払債務が長期にわたって懈怠され,本件賃貸借契約の終了を基礎づける事実関係が認められる以上,本件賃貸借契約の終了を求める転貸人たる地位の移転及びその主張には,賃借人(転借人)の承諾までは要さず,旧賃貸人(旧転貸人)からの通知をもって足りるというべきである」と判示しています。

以上要するに,原則的には,BからCに対し,転貸人の地位の移転につき通知さえすれば,転借人であるCの承諾が無くても,新転貸人Dは,Cに対し,転貸人の地位に基づく賃料等の請求(債権の行使)はできると解されます。

但し,この場合,転借人への通知は,譲受人(新賃貸人)ではなく,必ず譲渡人(旧転貸人)からする必要がありますので(民法467条1項参照)注意が必要です。

他方で,転貸人としての義務(債務)まで転借人の承諾なく,通知だけで当然に新転貸人に移転するかというと,少なくとも,転貸借契約の継続を前提とする転貸人としての義務修繕義務等)まで,転借人の承諾なく移転させることはできないのではないかと考えられます(そのため,多湖・岩田・田村法律事務所では,このような場合,念のため転借人の同意書を取得しておくよう助言しております)。

もっとも,この転借人の承諾は,黙示の承諾でも構いませんので,旧転貸人から転借人に対し,転貸人の地位移転の通知をした後,転借人が特に異議を唱えることなく新転貸人に賃料を継続的に支払った場合には,これをもって黙示の承諾と解したり,あるいは信義則上転貸人の地位の移転を否定することができなくなると解せる余地があるため(前掲【東京地裁昭和60年7月16日判決】参照),実際上は,転借人に対し通知さえしておけば,それほど問題は生じないと考えられます。

なお,いずれにしても,転貸人の地位の移転は,賃貸人Aから見れば賃借人であるBによるDに対する賃借権の譲渡となるため,当然,賃貸人Aの承諾が必要になります(民法612条1項)。

【最高裁昭和51年6月21日判決】
本件土地の賃借権の譲渡(転貸人の地位の承継)を受けた上告人は、その譲渡人がそれを右土地の転借人である被上告人らに通知をせず、又は被上告人らが右譲渡を承諾しない以上、被上告人らに対し、その転貸人としての地位を主張し得ないとした原審の判断は、正当として是認することができる。

【京都地裁平成23年3月30日判決】
Y1は建物所有権を有しない転貸人(本件契約における賃貸人)であり,本件マンションないし本件建物の所有権はAに残したまま,転貸人としての地位のみをY2に譲渡するというのであるから,転借人(本件契約における賃借人)としての地位にある原告としては,Y2から本件建物を使用収益することができなくなった場合には,その地位を失うなど不測の損害を被るおそれもある。
したがって,本件契約における賃貸人の地位の移転が認められるためには,賃借人たる原告の承諾が必要というべきである。

【東京地裁平成23年6月8日判決】
本件建物の所有者がAから原告Xに変更したこと,これに伴い本件賃貸借契約における賃貸人の地位をBからDに移転することとし,本件建物の賃借人である被告Yに上記賃貸人の地位の移転につき承諾を求めたことが認められるが,Dの担当者に対する電話において口頭で承諾したことを認めるに足りる証拠はない。
よって,本件建物の賃貸人の地位はいまだBが有しているものといわざるをえない。

【東京地裁平成26年3月26日判決】
契約当事者たる地位の移転は,債務の移転も伴うため,当該債務の債権者となる相手方保護の見地から,新旧の当事者に加えて相手方も交えた三面契約によるか,新旧の当事者の合意に相手方が承諾したことが要求されると解される。
この点,賃貸人が負っている主たる債務である,賃貸目的物を使用収益させる債務は,賃貸人が何ぴとであるかによって履行方法が異なるものではないといえるが,転貸人の場合,転貸人の属性によって原賃貸借契約が解除される等によって上記債務の履行が確保されない可能性もあり,契約の継続を前提とする場合,転借人の意向を尊重する必要性は否定できない
しかしながら,本件において,原告は,本件賃貸借契約の終了を求めているところ,前提事実記載のとおり,被告は,本件賃貸借契約の賃料等を平成25年6月分以降支払っておらず,その後,全保連が,本件賃貸借契約における平成25年6月分及び同年7月分の賃料等を支払い(当事者間に争いがない),被告が,全保連に対し,平成25年11月5日及び同年12月16日に各9万5000円を支払ったことを考慮しても,賃料等支払債務が長期にわたって懈怠され,本件賃貸借契約の終了を基礎づける事実関係が認められる以上,本件賃貸借契約の終了を求める転貸人たる地位の移転及びその主張には,賃借人(転借人)の承諾までは要さず,旧賃貸人(旧転貸人)からの通知をもって足りるというべきである。

6.転貸人の地位の移転の事前承諾
前述5のとおり,転貸人の地位の移転は,転借人の承諾がない限り認められない可能性があるため,転貸借契約の締結時点であらかじめ転貸人の地位の移転につき承諾する旨の条項を設けている契約書も散見されます(なお,賃貸人の地位の移転の場合(賃貸人=所有者の場合)は,前述1のとおり,賃借人の承諾は不要なためこのような条項はそもそも不要)。

もっとも,転貸借契約に基づく債権と債務いずれの譲渡についても,「第三者」が誰であるかに関わらず転借人に無条件で承諾させる条項は,転借人にとって著しく不利になる可能性があるため,その有効性が問題となります。

まず,債権の譲渡という側面からは,転貸借契約を締結する時点で譲渡先の「第三者」が特定している場合には有効と解せる余地はありますが(【最高裁昭和26年9月26日判決】参照),少なくとも譲渡先となる「第三者」が特定していない場合には,転借人に二重弁済その他の不測の損害を及ぼすおそれがあることも否定できないため(割賦販売契約に関するものですが【東京高裁令和1年11月14日判決】参照),あらかじめ転貸人の地位の移転につき承諾する旨の条項のみで直ちに当該譲渡を転借人には対抗できず,通常の債権譲渡(民法467条1項)と同様,最低限,改めて(譲渡先の第三者が確定した時点で)譲渡人(旧転貸人)から転借人に対し通知する必要があると考えられます。

なお,上記【東京高裁令和1年11月14日判決】は,2020年4月1日改正前の旧民法468条1項に規定されていた「異議をとどめない承諾」としての効力(抗弁切断効)が発生するかという観点からこれを否定したもので,現在の民法468条1項ではそもそも「異議をとどめない承諾」をしても抗弁切断効は発生しませんので,あらかじめ転貸人の地位の移転につき承諾する旨の条項の有効性の判断には直接的には影響しませんが,同裁判例の指摘する「二重弁済その他の不測の損害を及ぼすおそれ」は,転借人に対する通知の要否という観点からも考慮されるべき判断要素になると考えられます。

他方で,債務の譲渡という側面からは,免責的債務引受(民法472条)に該当しますが,これについても,譲渡先(引受先)の「第三者」が特定している場合には,契約締結時の事前承諾も有効と解して良いと思われますが(フランチャイズ契約に関するものですが【東京高裁平成20年9月17日決定】参照),譲渡先(引受先)の「第三者」が特定していない場合には,とりわけ転借人が消費者の場合などは,消費者契約法により無効になる可能性があります。

以上より,後々「転借人にとって著しく不利」と判断されて消費者契約法等で無効にされることを可及的に防止するため,多湖・岩田・田村法律事務所では,「転借人に対し事前に通知すること」及び「転借人としての契約上の地位に重大な影響を及ぼさないこと」を条件とすることで転借人側にも配慮した次のような条項例とするよう助言しています。

【条項例】
転貸人は,転借人に対し事前に通知することにより,本件転貸借契約に基づく転貸人の地位並びに権利及び義務一切をいつでも第三者に譲渡することができるものとし,転借人は当該譲渡をあらかじめ承諾し,一切異議を述べないものとする。ただし,転借人としての契約上の地位に重大な影響を及ぼす場合はこの限りでない

【旧民法468条1項】
債務者が異議をとどめないで前条の承諾をしたときは、譲渡人に対抗することができた事由があっても、これをもって譲受人に対抗することができない。この場合において、債務者がその債務を消滅させるために譲渡人に払い渡したものがあるときはこれを取り戻し、譲渡人に対して負担した債務があるときはこれを成立しないものとみなすことができる。

【民法468条1項】
債務者は、対抗要件具備時までに譲渡人に対して生じた事由をもって譲受人に対抗することができる。

【民法472条】
1 免責的債務引受の引受人は債務者が債権者に対して負担する債務と同一の内容の債務を負担し、債務者は自己の債務を免れる。

2 免責的債務引受は、債権者と引受人となる者との契約によってすることができる。この場合において、免責的債務引受は、債権者が債務者に対してその契約をした旨を通知した時に、その効力を生ずる。

3 免責的債務引受は、債務者と引受人となる者が契約をし、債権者が引受人となる者に対して承諾をすることによってもすることができる。

【最高裁昭和26年9月26日判決】
債権譲渡の目的たる債権及びその譲受人がいずれも特定している場合に、債務者が予めその譲渡に同意したときは、その后あらためて民法四六七条一項所定の通知又は承諾がなされなくても、当該債務者に対しては右債権譲渡をもつて対抗し得るものと解するのが相当である。
けだし、かゝる場合右債権譲渡を債務者に対抗し得ると解しても、当該債務者には、なんら債権の帰属関係が不明確となり二重弁済その他不測の損害を及ぼす虞はないからである。

【東京高裁平成20年9月17日決定】
本件地区本部契約一二条二項は、「本契約終了と同時に地区本部の加盟店との契約上の地位は総本部がこれを継承する。」と規定しており、加盟店契約四一条は、「加盟店は、本部と総本部とのサブフランチャイズ契約が終了した場合、そのサブフランチャイズ契約の定めるところにより、本部の加盟店に対する本契約上の地位を総本部が承継することを承諾する。」と規定している。
これらの規定は、エリアフランチャイザーである地区本部がフランチャイズチェーンから離脱した場合には、マスターフランチャイザー(総本部)である抗告人が地区本部に代わって加盟店との契約(加盟店契約)を引き継ぎ、これによって、「ほっかほっか亭」フランチャイズチェーンの存続を図ろうとしたものと解され、加盟店も、加盟店契約の他方当事者である相手方のエリアフランチャイザーとしての地位が相手方から抗告人に移転することをあらかじめ承諾していたものである。
したがって、本件地区本部契約の終了に伴い、当然に(新たな合意なくして)、抗告人と加盟店は直接的に加盟店契約の当事者となり、加盟店は抗告人に対して加盟店契約に定められた義務を負い権利を取得するに至ったものである。
なお、相手方と加盟店とが抗告人の承諾を得ずに加盟店契約四一条を削除する合意をしたとしても、それによって既に発生していた抗告人の利益を害することはできないから、加盟店契約四一条の削除の合意を抗告人に対抗することはできない。

【東京高裁令和1年11月14日判決】
※「私及び連帯保証人は,会社が必要と認めた場合,会社が本契約に基づく債権及び付帯する一切の権利を第三者に担保差し入れ又は譲渡(信託の設定による担保差入れまたは譲渡を含む)すること,または会社が譲渡した債権を再び譲り受けることを,あらかじめ異議なく承諾するものとします」(本件承諾条項)が定めっれていた事案。

本件承諾条項は,顧客が契約を締結した際の契約書の裏面に小さく印字された全18か条から成る契約条項の1条項にすぎない上,割賦販売契約が締結された際,控訴人が,本件勧誘員から,当該割賦代金債権が第三者に譲渡される可能性があるとか,本件販売店以外の第三者が控訴人名義の預貯金口座から割賦金を引き落とす可能性があるといった説明をしたこともおよそうかがえないから,当時33歳で芸能関係の仕事をしており,格別の法的知識を有していなかった控訴人が,債権が譲渡されることを想定して承諾をしたと認めることはできないし,本件承諾条項の存在に格別の注意を払っていたとも考え難い。
そして,本件承諾条項には,当該債権が具体的に誰に譲渡されるのかが一切記載されていなかったのであるから,一般的に,このような規定に基づいて債権譲渡を行った場合に,顧客に,二重弁済その他の不測の損害を及ぼすおそれがあることも否定できない。
<中略>
以上を総合すれば,本件において,債権譲受人である被控訴人の利益を保護すべき必要性は低く,本件承諾条項により抗弁切断の効果を認めることは,控訴人の利益保護の要請との均衡を欠くことになるから,本件承諾条項は,民法468条1項の異議をとどめない承諾としての効力を有しないものと解するのが相当である。

7.賃借権の対抗要件
賃貸物件の所有権の移転に伴い賃貸人の地位が当然移転するのは,新所有者(新賃貸人)が所有権移転登記を具備しているだけでなく,賃借人が賃借権の対抗要件を具備していることが必要となります。

この「賃借権の対抗要件」とは,典型的には,次の3つの場合に具備されます。

(1) 賃借権の登記を具備した場合(民法605条,不動産登記法3条8号)

(2) 土地の賃貸借において,借地上に借地権者が登記さている建物を所有する場合(借地借家法10条1項)

(3) 建物の賃貸借において,建物の引き渡しを受けた場合(借地借家法31条)

なお,上記のうち,(2)の「登記されている建物」には,権利の登記だけでなく表題登記のみの建物も含むこと等については不動産対抗要件を参照。

賃借人に賃借権の対抗要件がなければ,そもそも賃貸借契約の締結当時の当事者ではない第三者たる新所有者(新賃貸人)に賃借権を主張できないため,新賃貸人は賃貸人たる地位を承継せず,賃借人に対し,原則として物件の明け渡しを請求することが可能となります。

もちろん,この場合でも,新所有者(新賃貸人)の側から,積極的に賃借人の賃借権を認めて,賃貸人としての地位を承継することは問題ありません。

令和2年4月1日施行の民法改正により新設された民法605条の3は,このことを明文化したもので,賃借権の対抗要件がない場合でも,不動産の譲渡当事者である譲渡人(旧賃貸人)と譲受人(新賃貸人)との間で賃貸人の地位を移転させる旨の合意があれば,賃貸人の地位の承継が認められることが明文化されました。

【民法605条】
不動産の賃貸借は、これを登記したときは、その不動産について物権を取得した者その他の第三者に対抗することができる。

【民法605条の3】
不動産の譲渡人が賃貸人であるときは、その賃貸人たる地位は、賃借人の承諾を要しないで、譲渡人と譲受人との合意により、譲受人に移転させることができる。この場合においては、前条第三項及び第四項の規定を準用する。

【不動産登記法3条】
登記は、不動産の表示又は不動産についての次に掲げる権利の保存等(保存、設定、移転、変更、処分の制限又は消滅をいう。次条第二項及び第百五条第一号において同じ。)についてする。

一〜七 省略
八 賃借権
九 以下省略

【借地借家法10条】
1 借地権は、その登記がなくても、土地の上に借地権者が登記されている建物を所有するときは、これをもって第三者に対抗することができる。

2 前項の場合において、建物の滅失があっても、借地権者が、その建物を特定するために必要な事項、その滅失があった日及び建物を新たに築造する旨を土地の上の見やすい場所に掲示するときは、借地権は、なお同項の効力を有する。ただし、建物の滅失があった日から二年を経過した後にあっては、その前に建物を新たに築造し、かつ、その建物につき登記した場合に限る。

【借地借家法31条】
建物の賃貸借は、その登記がなくても、建物の引渡しがあったときは、その後その建物について物権を取得した者に対し、その効力を生ずる。

8.賃借権の対抗要件を備えても新所有者に対抗できない場合
上記のとおり,賃借権の対抗要件を備えていれば,その後に所有権の譲渡を受けた者に対しても,自己の賃借権を主張することができるのが原則です(民法605条の2第1項)。

もっとも,所有権の移転の原因が抵当権の実行(いわゆる「競売」)による場合には,最先順位の抵当権の設定登記と賃借権の対抗要件の具備との先後により優劣が決せられます(【最高裁昭和46年3月30日判決】)。

なお,最先順位の抵当権と後順位の抵当権の中間で賃借権の対抗要件が具備されている場合に後順位の抵当権のみ実行されたときも,あくまで,最先順位の抵当権の設定登記との先後で優劣が決せられます(【最高裁昭和59年2月14日判決】)。

・賃借権を対抗できるケース
(1) 令和3年8月1日賃貸人Aと賃借人Bとの間で建物賃貸借契約締結

(2) 令和3年9月1日AがBに建物引渡し(Bの賃借権の対抗要件具備

(3) 令和3年10月1日建物にCが抵当権の設定を受けて抵当権設定登記具備

(4) 令和3年11月1日抵当権実行(競売)によりDが建物所有権取得し所有権移転登記具備

このケースでは,賃借人Bは,Dの所有権取得の前提となるCの抵当権の対抗要件たる抵当権設定登記(3)より先に,賃借権の対抗要件(2)を具備しているので,DはAの賃貸人たる地位を承継し,BはDに対し,賃借権を主張することができます。

もっとも,このケースでも,例外的に,賃借人Bが,当該実行された抵当権の被担保債権の債務者やその代表者等密接な関係を有する者である場合には,競落人(買受人)たる新所有者Dに賃借権を対抗できない(明渡請求されれば拒否できない)と解されています(【東京高裁平成18年9月11日判決】)。

ただし,このケースで,賃借人Bが,当該実行された抵当権の債務者ではなく,同一不動産に設定された他順位の実行されていない抵当権の債務者に過ぎない場合には,原則通り,競落人(買受人)たる新所有者Dに賃借権を対抗できると解されています(【最高裁平成13年1月25日決定】)。

・賃借権を対抗できないケース
(1) 令和3年8月1日賃貸人Aと賃借人Bとの間で建物賃貸借契約締結

(2) 令和3年9月1日建物にCが抵当権の設定を受けて抵当権設定登記具備

(3) 令和3年10月1日AがBに建物引渡し(Bの賃借権の対抗要件具備

(4) 令和3年11月1日抵当権実行(競売)によりDが建物所有権取得し所有権移転登記具備

このケースでは,賃借人Bは,Dの所有権取得の前提となるCの抵当権の対抗要件たる抵当権設定登記(2)より後に,賃借権の対抗要件(3)を具備しているので,賃借人Bは競落人Dに対し,自己の賃借権を対抗できません。

従って,Bの賃借権は失効し(民事執行法59条2項,【最高裁平成30年4月17日決定】),競落人DはAの賃貸人たる地位を承継しませんので,DはBに対し,建物の明け渡しを請求することができます。

ただし,この場合,建物の賃借人であるBには,6か月間の明渡し猶予期間が認められます(民法395条1項1号)。

【民事執行法59条】
1 不動産の上に存する先取特権、使用及び収益をしない旨の定めのある質権並びに抵当権は、売却により消滅する。

2 前項の規定により消滅する権利を有する者、差押債権者又は仮差押債権者に対抗することができない不動産に係る権利の取得は、売却によりその効力を失う

3 以下省略

【民事執行法83条】
1 執行裁判所は、代金を納付した買受人の申立てにより、債務者又は不動産の占有者に対し、不動産を買受人に引き渡すべき旨を命ずることができる。ただし、事件の記録上買受人に対抗することができる権原により占有していると認められる者に対しては、この限りでない。

2 以下省略

【民法395条】
1 抵当権者に対抗することができない賃貸借により抵当権の目的である建物の使用又は収益をする者であって次に掲げるもの(次項において「抵当建物使用者」という。)は、その建物の競売における買受人の買受けの時から六箇月を経過するまでは、その建物を買受人に引き渡すことを要しない

一 競売手続の開始前から使用又は収益をする者

二 強制管理又は担保不動産収益執行の管理人が競売手続の開始後にした賃貸借により使用又は収益をする者

2 前項の規定は、買受人の買受けの時より後に同項の建物の使用をしたことの対価について、買受人が抵当建物使用者に対し相当の期間を定めてその一箇月分以上の支払の催告をし、その相当の期間内に履行がない場合には、適用しない。

【最高裁昭和46年3月30日判決】
本件賃借権は、その賃貸借契約が前記強制競売手続の競売申立記入登記のなされる前に締結され、対抗要件である地上建物の登記が経由された場合であつても、抵当権に対抗しえない結果、競落により抵当権とともに消滅するものと解すべきである。

【最高裁昭和59年2月14日判決】
不動産に順位を異にする複数の抵当権が設定され、その中間に賃借権等の用益権がある場合において、後順位の抵当権が実行されたときは、競落の結果、先順位の抵当権は弁済によりすべて消滅するのであるから、最先順位の抵当権に対抗できない中間の賃借権等の用益権も右抵当権とともに消滅するものと解すべきことは、当裁判所の判例の趣旨とするところ(最高裁昭和四四年(オ)第一二一一号同四六年三月三〇日第三小法廷判決・裁判集民事一〇二号三八一頁、同昭和五二年(オ)第一一一一号同五三年六月二九日第一小法廷判決・民集三二巻四号七六二頁)、この理は、最先順位の抵当権設定当時存在した賃借権が消滅し、その後新たに賃貸借契約が締結された場合であっても、異なるものではない。

【最高裁平成13年1月25日決定】
執行裁判所は,最先順位の抵当権を有する者に対抗することができる賃借権により不動産を占有する者に対しては,この占有者が当該不動産に自己の債務を担保するために抵当権の設定を受け,当該抵当権の実行として競売の開始決定(二重開始決定を含む。)がされていた場合を除き,引渡命令を発することができないと解するのが相当である。
その理由は,以下のとおりである。
最先順位の抵当権を有する者に対抗することができる賃借権により不動産を占有する者であっても,当該不動産が自らの債務の担保に供され,その債務の不履行により当該抵当不動産の売却代金からこの債務の弁済がされるべき事情がある場合には、その賃借権を主張することは,当該抵当不動産の売却を困難とさせ又は売却価額の低下を生じさせて,当該抵当権者及び担保を提供した所有者の利益を害することとなるから,信義則に反し許されないというべきであり,かかる占有者は,当該不動産の競売による買受人に対してその賃借権をもって対抗することができないと解するのが相当である。
当該抵当権の実行として競売の開始決定がされているときは,その債務不履行の事実は民事執行法83条1項ただし書にいう「事件の記録上」明らかであるから,執行手続上もその賃借権を主張することが許されない場合に該当するといえる。
しかし,当該抵当権の実行としての競売開始決定がされていない場合には,執行事件の記録上は,その債務不履行の事実が明らかということはできず,当該占有は買受人に対抗することができる賃借権によるものというべきである。
本件においては,執行事件の記録によれば,相手方が最先順位の抵当権に優先する賃借権によって本件建物を占有しており,相手方が本件建物に自己の債務を担保するために抵当権の設定を受けていたものの,この抵当権に基づく競売開始決定はされていなかったというのであるから,引渡命令を発することができる場合に該当するということはできず,本件建物の競売による買受人である抗告人の相手方に対する引渡命令の申立てを却下した原審の判断は,是認することができる。

【東京高裁平成18年9月11日決定】
対抗力のある賃借権の設定されている不動産に担保が設定された場合であっても、賃借人が被担保債務者である場合に自らの債務不履行により当該担保権が実行されるに至ったときは、担保不動産を担保に供した所有者がその所有権(占有)を失うことはもとより、債務者は当該不動産の買受人に対しては、その賃借権を主張することなくこれを明け渡すことを承諾しているものと解することができ、また、当該賃借権者のみがその占有を保護されるというのは、著しく衡平、信義に反するものというべきであるから、この場合の賃借権者である債務者は、引渡命令の対象となりうるものと解され、さらに、例えば、被担保債務を負担した当時における債務者の代表者等その占有を保護することが著しく衡平、信義に反するというような債務者と同視しうる賃借権者である場合にも同様に解すべきである。

【最高裁平成30年4月17日決定】
抵当権者に対抗することができない賃借権が設定された建物が担保不動産競売により売却された場合において,その競売手続の開始前から当該賃借権により建物の使用又は収益をする者は,当該賃借権が滞納処分による差押えがされた後に設定されたときであっても,民法395条1項1号に掲げる「競売手続の開始前から使用又は収益をする者」に当たると解するのが相当である。

なぜなら,同項は,抵当権者に対抗することができない賃借権は民事執行法に基づく競売手続における売却によってその効力を失い(同法59条2項),当該賃借権により建物の使用又は収益をする占有者は当該競売における買受人に対し当該建物の引渡義務を負うことを前提として,即時の建物の引渡しを求められる占有者の不利益を緩和するとともに占有者と買受人との利害の調整を図るため,一定の明確な要件を満たす占有者に限り,その買受けの時から6箇月を経過するまでは,その引渡義務の履行を猶予するものであるところ,この場合において,滞納処分手続は民事執行法に基づく競売手続と同視することができるものではなく,民法395条1項1号の文言に照らしても,同号に規定する「競売手続の開始」は滞納処分による差押えを含むと解することができないからである。

※本頁は多湖・岩田・田村法律事務所の法的見解を簡略的に紹介したものです。事案に応じた適切な対応についてはその都度ご相談下さい。


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