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原状回復義務の範囲 全画面 

更新:2023年11月1日 
 事例

「賃借人が住宅を明け渡すときは,住宅内外に存する賃借人又は同居者の所有するすべての物件を撤去してこれを原状に復するものとし,賃借人は、本件負担区分表に基づき補修費用を負担しなければならない」との契約条項に基づき,敷金から本件住宅の補修費用として通常の使用に伴う損耗についての補修費用を控除できるか。

 解説

1.原状回復義務とは
賃借人は,賃貸借契約に基づく義務として,契約終了時に,賃借物件を賃貸借契約開始時の状態に回復させる義務,すなわち「原状回復義務」を負っています(民法621条)。

原状回復義務は,賃貸借契約の性質上当然に(契約書に規定がなくても)負う賃借人の義務と解釈上理解されていましたが(旧民法597条1項,598条準用,616条,司法研修所編『民事訴訟における要件事実 第二巻』〔司法研修所 平成4年3月〕122頁),原状回復義務自体を直接的に規定した法律上の明文がなく,判例(【最高裁平成17年12月16日判決】等)や平成23年8月再改訂版『原状回復をめぐるトラブルとガイドライン』(国土交通省)等の蓄積により,原状回復義務の範囲が画されていました。

2020年4月1日施行の改正民法621条により,原状回復義務が明文化され,通常損耗(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗)にかかる損傷部分,経年変化による損傷部分及び賃借人の責めに帰することができない事由による損傷部分についてはいずれも原状回復義務を負わず,特別損耗(賃借人の責めに帰すべき事由)にかかる損傷部分についてのみ原状回復義務を負うことが規定されました。

【民法621条】
賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

【最高裁平成17年12月16日判決】(居住用物件の事案)
賃借人は,賃貸借契約が終了した場合には,賃借物件を原状に回復して賃貸人に返還する義務があるところ,賃貸借契約は,賃借人による賃借物件の使用とその対価としての賃料の支払を内容とするものであり,賃借物件の損耗の発生は,賃貸借という契約の本質上当然に予定されているものである。
それゆえ,建物の賃貸借においては,賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる賃借物件の劣化又は価値の減少を意味する通常損耗に係る投下資本の減価の回収は,通常,減価償却費や修繕費等の必要経費分を賃料の中に含ませてその支払を受けることにより行われている。
そうすると,建物の賃借人にその賃貸借において生ずる通常損耗についての原状回復義務を負わせるのは,賃借人に予期しない特別の負担を課すことになるから,賃借人に同義務が認められるためには,少なくとも,賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか,仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には,賃貸人が口頭により説明し,賃借人がその旨を明確に認識し,それを合意の内容としたものと認められるなど,その旨の特約(以下「通常損耗補修特約」という。)が明確に合意されていることが必要であると解するのが相当である。

2.通常損耗と特別損耗の峻別
従って,賃借人は,特別損耗にかかる損傷部分についてのみ原状回復義務を負い,通常損耗にかかる損傷部分については原状回復義務を負わないため,両者の峻別が問題となります。

通常損耗か特別損耗かは,予定される使用方法(店舗使用か住居使用か)や損傷の原因等により事案ごとに判断せざるを得ませんが,居住用物件については,前掲平成23年8月再改訂版『原状回復をめぐるトラブルとガイドライン』(国土交通省)25頁別表3等を参考に,概ね次の表のとおり整理することができます。

通常損耗
(原状回復義務を負わないもの)
特別損耗
(原状回復義務を負うもの)
床(畳・フローリング・カーペットなど)
(1) 畳の裏返し、表替え(特に破損していないが、次の入居者確保のために行うもの)
(2) 家具の設置による床、カーペットのへこみ、設置跡
(3) 畳の変色、フローリングの色落ち(日照、建物構造欠陥による雨漏りなどで発生したもの)
床(畳・フローリング・カーペットなど)
(1) カーペットに飲み物等をこぼしたことによるシミ、カビ(こぼした後の手入れ不足等の場合)
(2) 冷蔵庫下のサビ跡(サビを放置し、床に汚損等の損害を与えた場合)
(3) 引越作業等で生じた引っかきキズ
(4) フローリングの色落ち(賃借人の不注意で雨が吹き込んだことなどによるもの)
壁、天井(クロスなど)
(1) テレビ、冷蔵庫等の後部壁面の黒ずみ(いわゆる電気ヤケ)
(2) 壁に貼ったポスターや絵画の跡
(3) 壁等の画鋲、ピン等の穴(下地ボードの張替えは不要な程度のもの)
(4) エアコン(賃借人所有)設置による壁のビス穴、跡
(5) クロスの変色(日照などの自然現象によるもの)
壁、天井(クロスなど)
(1) 賃借人が日常の清掃を怠ったための台所の油汚れ(使用後の手入れが悪く、ススや油が付着している場合)
(2) 賃借人が結露を放置したことで拡大したカビ、シミ(賃貸人に通知もせず、かつ、拭き取るなどの手入れを怠り、壁等を腐食させた場合)
(3) クーラーから水漏れし、賃借人が放置したため壁が腐食
(4) タバコ等のヤニ・臭い(喫煙等によりクロス等が変色したり、臭いが付着している場合)
(5) 壁等のくぎ穴、ネジ穴(重量物をかけるためにあけたもので、下地ボードの張替えが必要な程度のもの)
(6) 賃借人が天井に直接つけた照明器具の跡
(7) 落書き等の故意による毀損
建具等、襖、柱等
(1) 地震で破損したガラス
(2) 網入りガラスの亀裂(構造により自然に発生したもの)
建具等、襖、柱等
(1) 飼育ペットによる柱等のキズ・臭い(ペットによる柱、クロス等にキズが付いたり、臭いが付着している場合)
(2) 落書き等の故意による毀損
設備,その他
(1) エアコン(喫煙等の臭いなどが付着していない場合)
(2) 設備機器の故障、使用不能(機器の寿命によるもの)
設備,その他
(1) ガスコンロ置き場、換気扇等の油汚れ、すす(賃借人が清掃・手入れを怠った結果汚損が生じた場合)
(2) 風呂、トイレ、洗面台の水垢、カビ等(賃借人が清掃・手入れを怠った結果汚損が生じた場合)
(3) 日常の不適切な手入れもしくは用法違反による設備の毀損
(4) 鍵の紛失または破損
(5) 戸建賃貸住宅の庭に生い茂った雑草

3.原状回復義務の拡大
民法621条は任意規定と解されており(第一東京弁護士会司法制度調査委員会編『改正債権法の逐条解説』〔新日本法規 2017年〕324頁),当事者間の特約で,通常損耗部分や経年劣化部分についても賃借人に原状回復義務を負わせることは可能です。

もっとも,そのような賃借人の責任を加重する特約の有効性は,前掲【最高裁平成17年12月16日判決】と同様の規律によりその有効性が判断されますので,賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか,仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には,賃貸人が口頭により説明し,賃借人がその旨を明確に認識し,それを合意の内容としたものと認められることが必要となります。

この【最高裁平成17年12月16日判決】の規律は,賃貸借の対象物件が,居住用である場合と業務用である場合とで異ならないと解されています(【大阪高裁平成18年5月23日判決】【東京地裁平成25年4月11日判決】参照)。

もっとも,店舗やオフィスビル等の場合には,居住用と異なり,賃借人の使用態様は様々で,使用収益による損耗の程度を予測してあらかじめ賃料の中に含めることは困難な場合も多いことから,オフィスビル等の営業用物件の場合には,必ずしも通常損耗の範囲が居住用物件ほど明確に定められていなくても通常損耗部分も含めて原状回復義務を負わせられる余地はあります(【東京高裁平成12年12月27日判決】参照)。

なお,前掲平成23年8月再改訂版『原状回復をめぐるトラブルとガイドライン』25頁(国土交通省)も,あくまで「民間賃貸住宅を想定」して策定されたものであり,オフィスビル等の営業用物件にそのまま妥当するものではありません。

とりわけ,単純な事務所用途ではく,賃借後に営業形態に応じて大規模な内装工事・装飾を予定する飲食店舗や大型の造作・機械設備の設置を予定する工場等の場合には,賃貸借契約締結時点で賃借人の具体的な営業形態・使用方法を賃貸人が予測して原状回復費用を予め賃貸料に組み入れておくということは困難な場合が多く,「修繕費等の必要経費分を賃料の中に含ませてその支払を受けること」が容易ではないことから,原状回復義務は比較的広く認められると思われます。

ただし,例えば,マンションの一室をオフィスとして利用している場合など,実態において居住用の賃貸借契約と変わらない小規模のオフィスビルの場合には,居住用物件と同様,「賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲」を賃借人が契約時に明確に認識していなければ,通常損耗部分について原状回復義務を負わせることはできないと考えられます(【東京簡裁平成17年8月26日判決】)。

【大阪高裁平成18年5月23日判決】
(「営業用物件の場合には,賃借人の用途はさまざまであり,賃借人の用途に応じて,室内諸造作及び諸設備の新設,移設,増設,除去,変更が予定され,原状回復費用は,賃貸人に予測できない賃借人の使用方法によって左右されるから,賃貸人が,通常損耗の原状回復費用を予め賃料に含めて徴収することは不可能である」との被控訴人の主張に対し)「賃借物件の損耗の発生は,賃貸借という契約の本質上当然に予定されているものであって,営業用物件であるからといって,通常損耗に係る投下資本の減価の回収を,減価償却費や修繕費等の必要経費分を賃料の中に含ませてその支払を受けることにより行うことが不可能であるということはできず,また,被控訴人が主張する本件賃貸借契約の条項を検討しても,賃借人が通常損耗について補修費用を負担することが明確に合意されているということはできない。

【東京地裁平成25年4月11日判決】
建物の賃借人にその賃貸借において生ずる通常損耗についての原状回復義務を負わせるのは,賃借人に予期しない特別の負担を課することになるから,賃借人に同義務が認められるためには,少なくとも,賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか,仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には,賃貸人が口頭により説明し,賃借人がその旨を明確に認識し,それを合意の内容としたものと認められるなど,その旨の特約が明確に合意されていることが必要と解するのが相当である(最高裁判所平成17年12月16日第二小法廷判決参照)。
そして,この理は,賃貸借の対象物件が,居住用である場合と業務用である場合とで異ならないというべきである。

【東京高裁平成12年12月27日判決】
一般に、オフィスビルの賃貸借においては、次の賃借人に賃貸する必要から、契約終了に際し、賃借人に賃貸物件のクロスや床板、照明器具などを取り替え、場合によっては天井を塗り替えることまでの原状回復義務を課する旨の特約が付される場合が多いことが認められる。
オフィスビルの原状回復費用の額は、賃借人の建物の使用方法によっても異なり、損耗の状況によっては相当高額になることがあるが、使用方法によって異なる原状回復費用は賃借人の負担とするのが相当であることが、かかる特約がなされる理由である。
もしそうしない場合には、右のような原状回復費用は自ずから賃料の額に反映し、賃料額の高騰につながるだけでなく、賃借人が入居している期間は専ら賃借人側の事情によって左右され、賃貸人においてこれを予測することは困難であるため、適正な原状回復費用をあらかじめ賃料に含めて徴収することは現実的には不可能であることから、原状回復費用を賃料に含めないで、賃借人が退去する際に賃借時と同等の状態にまで原状回復させる義務を負わせる旨の特約を定めることは、経済的にも合理性があると考えられる。

【東京簡裁平成17年8月26日判決】
本件物件は,仕様は居住用の小規模マンション(賃貸面積34.64平方メートル,)であり,築年数も20年弱という中古物件である。また,賃料は12万8600円,敷金は25万7200円であって,事務所として利用するために本件物件に設置した物は,コピー機及びパソコンであり,事務員も二人ということである。このように本件賃貸借契約はその実態において居住用の賃貸借契約と変わらず、これをオフィスビルの賃貸借契約と見ることは相当ではない。
本件賃貸借契約は,その実態において居住用の賃貸借契約と変わらないのであるから,オフィスビルの賃貸借契約を前提にした前記特約をそのまま適用することは相当ではないというべきである。
すなわち,本件賃貸借契約はそれを居住用マンションの賃貸借契約と捉えて,原状回復費用は,いわゆるガイドラインにそって算定し,敷金は,その算定された金額と相殺されるべきである。

 結論

以上より,少なくとも居住用物件(UR等)及び小規模オフィスについては,通常損耗の範囲を明確に説明し借主の承諾を得ることが必要となります。

具体的には,前掲平成23年5月再改訂版『原状回復をめぐるトラブルとガイドライン』(国土交通省)25頁別表3の様式を利用するなどして,原状回復の範囲を詳細かつ明確に合意しておくことが必要となります。

他方で,店舗やオフィスビル等の営業用物件の場合には,業種や具体的な営業形態及び規模によっても判断が異なりますので,多湖・岩田・田村法律事務所では,個々の賃借人の業種・営業形態・規模及び賃借後の使用方法等に鑑み総合的に判断しています。

 実務上の注意点

4.特別損耗部分の割合
特別損耗部分につき原状回復義務に従い修繕工事をした場合,多くの場合,本来原状回復義務を負わない通常損耗部分についても必然的に回復されてしまいます。

例えば,室内の壁紙(クロス)の1か所に賃借人の不注意でタバコの焦げ跡がある場合,当該タバコの焦げ跡は特別損耗であることは明らかですが,これを修繕しようとする場合,通常は,その面の壁紙全体を張り替える必要があります。

その場合,本来修繕義務を負わない通常損耗部分についても,新品の壁紙に取り換えられることになり,その部分の修繕費を,いわば賃貸人が利得していることになります。

そこで,このようなケースでは,公平の見地から,壁紙補修費用のうち賃借人の負担額を特別損耗部分の割合に従い機械的に算出するということが判例実務上しばしば行われており,全体の修繕費用のうち,概ね1〜3割程度が賃借人の負担(特別損耗部分)とされています。

【大阪高裁平成21年6月12日判決】
クロスのように経年劣化が比較的早く進む内部部材については、特別損耗の修復のためその貼替えを行うと、必然的に、経年劣化等の通常損耗も修復してしまう結果となり、通常損耗部分の修復費について賃貸人が利得することになり、相当ではないから、経年劣化を考慮して、賃借人が負担すべき原状回復費の範囲を制限するのが相当である。
<中略>
賃貸借契約終了時に賃借人が補修しなければならないのは、厳密には当該賃借物件の賃貸借契約締結時の状態から通常損耗分を差し引いた状態までであり、換言すれば賃借人は特別損耗分のみを補修すれば足りるものであるが、施工技術上、上記状態までの補修にとどめることが現実的には困難ないし不可能であるため、通常損耗分を含めた原状回復(クロスでいえば、全面貼替え)まで行っているものである。
したがって、このような補修工事を行った賃借人としては、工事後、有益費償還請求権(民法608条2項)を根拠に、賃貸人に通常損耗に相当する補修金額を請求できるものと解されるから、賃貸借契約終了時に、賃借人自ら補修工事を実施しないときは、賃借人としては、当該賃借物件の賃貸借契約締結時の状態から通常損耗分を差し引いた状態まで補修すべき費用相当額を賃貸人に賠償すれば足りるものと解するのが相当である。
<中略>
本件の場合は、減価償却資産の耐用年数等に関する省令(昭和四〇年三月三一日大蔵省令第一五号。平成一九年三月三〇日財務省令第二一号による改正後のもの)によると、クロスの耐用年数は、別表第一の「器具及び備品」の「一 家具、電気機器、ガス機器及び家庭用品(他の項に掲げるものを除く。)」の細目「じゅうたんその他の床用敷物」の細目「その他のもの」に準ずるものと考えられるから、六年であり、被控訴人は、七年一〇か月間本件住宅に居住していたのであるから、ガイドラインに照らせば、通常損耗による減価割合は、九〇%と認めるのが相当である。

【東京地裁平成24年7月18日判決】
賃借人は,原状回復義務の履行として特別損耗を回復するために必要かつ相当な範囲で補修を行う義務を負うこととなるが,補修方法が同一であるために,賃借人が賃貸借契約終了時に賃借物件に生じた特別損耗を回復するための補修を行った結果,通常損耗をも回復することとなる場合,当該補修は,本来賃貸人において負担すべき通常損耗に対する補修をも含むこととなるから,賃借人は,当該補修によって回復した通常損耗による減価分を通常損耗に対する補修金額として賃貸人の負担とすることができ,特別損耗に対する補修金額として,補修金額全体から上記減価分を控除した残額のみを負担すると解すべきである。
賃借人が原状回復義務を履行しないため,賃貸人が賃借人に原状回復費用相当額の支払を求める場合も,上記と同様に解するのが相当である。
<中略>
被告による本件建物の明渡しの時点において,キッチンの流し台側面の化粧板につき下部の塗装が一部剥離し,腐食しているほか,水アカ等の付着による汚損が生じていたところ,被告は,上記化粧板に接するように冷蔵庫を設置しており,化粧板と冷蔵庫の間隙の通気性が十分に確保されていなかったことや,eの退去時におけるキッチンの流し台の状況は良好であったことに上記の汚損状況を併せれば,上記汚損は,被告が上記の通気性の低さに配慮した清掃を行わなかったことにより生じたものであることが推認され,被告の過失により生じたものであって,特別損耗に当たると認められる。
そして,上記の汚損状況からみて,化粧板の張り替えもやむを得ないものであり,その張替費用は4200円と認められる。
もっとも,上記化粧板が本件建物の建築当初に張られたものであることやdの入居期間等を考慮すれば,被告が負担すべき費用相当額としては,上記張替費用から通常損耗による減価分として7割を控除するのが相当である。
よって,被告は,上記室内塗装費用相当額のうち1260円を負担するべきである。

【東京地裁平成26年10月21日判決】
壁紙が腐食している箇所があることについては争いがなく,証拠によれば,壁紙の複数箇所がはがれたり,汚損したりしていることが認められる。
これらは少なくとも被告の過失によるものと推認される。
被告は,壁紙の腐食に関し,建物の構造上湿気が多いためである旨主張するが,適切に手入れをすれば防ぐことのできたものと考えられるから,上記推認を覆すものとはいえない。
そして,補修としては,クロスの性質上,洋室全体を貼り替えざるを得ないものものと考えられる。
もっとも,この貼り替えによって回復することが見込まれる価値のうちには,経年変化及び通常損耗により価値が減少した部分も含まれるといえるところ,被告の不法行為により価値が減少した部分の割合については,その損傷の態様,本件貸室が平成4年新築であること,Bの居住年数等を考慮すると,全体の1割と認めるのが相当である。

【東京地裁平成28年3月28日判決】
写真からは,クロスの一部に削られたような複数の傷があることが認められる。
そして,その傷が比較的大きく,かなり強く家具等を擦ったことが窺われることからすると,それが洗面台下の壁の角に近い場所であり,通常目立つものではないことを考慮しても,特別損耗に当たるというべきである。
また,原告は,同室のクロス全体にお香による変色と臭いの付着があることを主張し,物件状況調査表にはその旨の記載もあるが,そうした状態を認めるに足りる客観的証拠がなく,クロス全体に特別損耗があるとは認められない。
<中略>
前記認定によれば,同室の壁のクロスのうち,洗面台下のクロスの破損は特別損耗と認められるが,クロス全体についてお香の臭いによる特別損耗があるとは認められない。
そして,特別損耗部分に対応した張替面積を特定することはできないが,上記認定に照らせば,実際の張替面積の1割程度は特別損耗部分と考えてよいと思われる。

5.原状回復請求権の時効期間
民法600条1項(旧民法600条)では,「契約の本旨に反する使用又は収益によって生じた損害の賠償及び借主が支出した費用の償還は、貸主が返還を受けた時から一年以内に請求しなければならない」と規定されており,この規定は,賃貸借にも準用されます(民法622条,旧民法621条)。

なお,裁判上の請求だけでなく,裁判外の請求(口頭,eメール,文書等による催告)でも同条の「請求」に該当します(【大審院昭和8年2月8日判決】)。

この規定によれば,一見すると,例えば契約に反する違法改築によって物件を毀損させた場合の原状回復請求も,物件の返還を受けてから1年以内にしなければならないようにも思えます。

しかしながら,原状回復請求は,「契約の本旨に反する使用又は収益」により生じたものか否かに関わらず法律上当然に請求できるものであり(民法621条参照),損害賠償請求そのものではありませんので,民法600条は適用されないと考えられます(【東京地裁平成24年5月17日判決】)。

また,このように解しないと,契約の本旨に従って使用又は収益をした賃借人には同条が適用されず通常の時効期間(賃貸借契約終了から5年ないし10年間)の原状回復義務を負うのに,「契約の本旨に反する使用又は収益」(用法順守義務違反や善管注意義務違反)をした悪質な賃借人には同条が適用されて時効期間(除斥期間)が1年間に短縮されることになり,悪質な賃借人ほど保護されるという不当な結果となります。

従って,原状回復請求には,民法600条1項(旧民法600条)の適用はなく,物件の返還後1年の除斥期間内に請求しなくても,賃貸借契約終了日の翌日から5年(民法166条1項1号)ないし10年(旧民法167条1項。但し,貸主・借主いずれかが事業者の場合は旧民法下でも旧商法522条により5年)の消滅時効期間内なら請求できると考えられます。

なお,原状回復請求権たる債権は,原則として,「賃貸借が終了したとき」(民法621条),すなわち賃貸借契約終了時(契約解除による終了の場合は解除時)に発生しますので(【最高裁昭和29年11月18日判決】【東京高裁昭和48年11月30日判決】【東京高裁平成21年6月25日判決】【東京地裁平成23年11月4日判決】),消滅時効の起算日は賃貸借契約終了日の翌日(民法140条)となります。

要するに,「賃貸借契約終了前に原状回復請求権が時効により消滅することはあり得ない」ということになりますが,このことも,「民法600条は原状回復請求には適用されない」との解釈と整合します(義務違反に基づく損害賠償請求権は当該義務違反時が時効の起算日となるため,「賃貸人が賃借人の義務違反行為に気付かないまま賃貸借契約が継続して10年経過し,賃貸借契約終了時に返還を受けて初めて義務違反に気付いても,その時点ではすでに時効完成してしまっていて損害賠償請求できない」という不都合を救済するのが同条2項(「返還を受けた時から一年を経過するまでの間は、時効は、完成しない」)の立法趣旨ですが,原状回復請求権は「賃貸借契約終了前に原状回復請求権が時効により消滅することはあり得ない」ため,敢えて同条2項のような救済規定を設ける意義もほとんどありません)。

【民法140条】
日、週、月又は年によって期間を定めたときは、期間の初日は、算入しない。ただし、その期間が午前零時から始まるときは、この限りでない。

【民法166条】
1 債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。

一 債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき。

二 権利を行使することができる時から十年間行使しないとき。

2 以下省略

【民法600条】
1 契約の本旨に反する使用又は収益によって生じた損害の賠償及び借主が支出した費用の償還は、貸主が返還を受けた時から一年以内に請求しなければならない。

2 前項の損害賠償の請求権については、貸主が返還を受けた時から一年を経過するまでの間は、時効は、完成しない。

【民法622条】
第五百九十七条第一項、第五百九十九条第一項及び第二項並びに第六百条の規定は、賃貸借について準用する。

【大審院昭和8年2月8日判決】
一年内ニ裁判外ノ請求アリタル以上此請求権ハ之ニ依リテ保全セラレ返還ノ時ヨリ一年ヲ経過シタル後ト雖借主ハ貸主ニ対シ増価額ノ償還ヲ請求スルコトヲ得ルモノト解スルヲ相当トス。

【最高裁昭和29年11月18日判決】
賃借人が民法六一六条、五九四条一項、四〇〇条に違反して賃借物に変更を加えたとしても、賃貸人は損害賠償を請求するは格別、これが原状回復を求める権利を有するものではない。

【東京高裁昭和48年11月30日判決】
本件賃貸借契約が商行為によるものでないことは前認定のとおりであるから、右契約の解除に基づく原状回復請求権は一〇年の時効期間の経過とともに消滅するものと解すべきである。
そして右時効の中断事由につき主張立証のない本件においては、遅くとも昭和二九年六月一一日【※契約解除時】から一〇年経過した昭和三九年六月一一日以降原状回復請求権は時効により消滅したものというべきである。
※【 】内は筆者加筆。

【東京高裁平成21年6月25日判決】
賃貸借契約の目的物の原状回復義務は、賃貸借契約が終了した時点において具体的な請求権として確定的に発生する。

【東京地裁平成23年11月4日判決】
原告は,被告に対し,本件貫通孔の修復や本件構築物への対処等を継続的に請求していたものであるが,賃借物に変更を加えたとしても,契約終了前は,賃貸人は,賃借人に対して,原状回復請求権を有さないと解されること(最高裁昭和26年(オ)第357号同29年11月18日第一小法廷判決・裁判集民16号529頁参照)に照らし,被告が原告からの継続的な上記請求に,結果的に応じていないことを,本件貫通孔を開けたこと,本件構築物を設置したことと別個の債務不履行として取り上げるのは相当でない。

【東京地裁平成24年5月17日判決】
被告は,本件原状回復の請求が民法621条【※現622条】で準用する同600条【※現600条1項】の除斥期間を経過している旨主張するが,同条項は契約の本旨に反する使用又は収益によって生じた損害の賠償及び借主が支払った費用の償還請求の除斥期間についての規定であり,原状回復請求権に関するものではない
※【 】内は筆者加筆。

6.清掃料名目の定額請求
実務上,例えば,賃料月額4万8000円(共益費5000円)の物件において,「賃借人は,退室時,借室の原状復帰のための室内清掃料として,2万7500円(税込)を支払う」という特約が契約書に規定される場合があります。

この点,上記のとおり,とりわけ居住用物件においては,通常損耗部分につき賃借人に原状回復義務を負わせることは限定的に解されていますので,契約時に,「クリーニング代」「清掃料」として一律に通常損耗部分に関する原状回復費用の金額を明確に定めていた場合,このような特約の有効性が問題となります。

このような定額制の清掃料特約の法的性質については,その金額を限度として通常損耗に含まれる汚損を含め原状回復費用を賃借人に負担させる趣旨と解され,通常損耗に含まれない汚損の原状回復費用との分担をめぐる紛争を防止するといった観点から,不合理なものとはいえず,基本的には有効と考えられます。

もっとも,とりわけ居住用物件場合は,当該清掃料の額が賃料等に比して高額に過ぎる場合は,消費者契約法により無効になる可能性がありますが,実務上,概ね月額賃料の2分の1以下であれば,高額に過ぎるとはいえず,問題なく有効と考えられます(【京都地裁平成24年2月29日判決】等)。

また,事業用物件の場合には,消費者契約法は適用されませんので,より高額な「清掃料」でも基本的には有効と解されます。

なお,「清掃料」等としてではなく,単に「1か月分を敷金から償却する」というようないわゆる敷引特約につき,【最高裁平成23年3月24日判決】は「居住用建物の賃貸借契約に付された敷引特約は,契約当事者間にその趣旨について別異に解すべき合意等のない限り,通常損耗等の補修費用を賃借人に負担させる趣旨を含む」としていることから,少なくとも居住用物件について敷引特約がなされている場合は,敷引分をもって通常損耗部分の修繕費用(原状回復費用)に充てられることが予定されているというべきであり,賃貸人は,これと別個にさらに通常損耗部分の修繕費用(原状回復費用)を賃借人に請求することは原則としてできません(【大阪高裁平成6年12月13日判決】等)。

【消費者契約法10条】
消費者の不作為をもって当該消費者が新たな消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたものとみなす条項その他の法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。

【京都地裁平成24年2月29日判決】
本件特約は,敷金のうち一定額を「基本清掃料」の名目で控除し,これを賃貸人が取得する旨の特約であり,居住用建物の通常の使用によって生じる汚損は,通常損害というべきであるから,本件基本清掃料特約は,通常損耗に含まれる汚損を含めて,その原状回復費用を賃借人に負担させる趣旨の特約と認められる。
そして,賃借人は,特約のない限り,通常損耗等についての原状回復義務を負うものではないから,本件基本清掃料特約は,任意規定の適用による場合に比し,消費者である賃借人の義務を加重するものというべきである。
次に,本件基本清掃料特約の消費者契約法10条後段該当性についてみるに,賃貸借契約に本件基本清掃料特約のような,通常損耗に係る原状回復費用を賃借人に負担させる特約が付された場合であっても,それによって賃貸人が取得することになる金員の額が契約書に明示されている場合には,賃借人は,賃料の額に加え,敷引金の額についても明確に認識した上で契約を締結するのであって,賃借人の負担については明確に合意されている。
そして,通常損耗に含まれる汚損の原状回復費用は,通常は賃料に含ませてその回収を図るべきものであるとしても,これに充てるべき金員を特約による負担金として授受する旨の合意が成立している場合には,その反面において,賃料には,その限りでの原状回復費用が含まれないものとして賃料の額が合意されているとみるのが相当である。
そうすると,本件基本清掃料特約によって賃借人が上記原状回復費用を二重に負担するということはできないし,上記金員を具体的な一定の額とすることは,通常損耗に含まれる汚損の回復の要否やその費用の額,さらには,通常損耗に含まれない汚損の原状回復費用との分担をめぐる同様の紛争を防止するといった観点から,あながち不合理なものとはいえず,本件基本清掃料特約が信義則に反して賃借人の利益を一方的に害するものであると直ちにいうことはできない
もっとも,消費者契約である賃貸借契約においては,賃借人は,通常,自らが賃借する物件に生ずる通常損耗に含まれる汚損の原状回復費用の額については十分な情報を有していない上,賃貸人との交渉によって本件基本清掃料特約を排除することも困難であることからすると,本件契約にいう基本清掃料の額が本件基本清掃料特約の趣旨からみて高額に過ぎる場合には,賃貸人と賃借人との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差を背景に,賃借人が一方的に不利益な負担を余儀なくされたものとみるべき場合が多いといえる。
そうすると,消費者契約である本件契約に付された本件基本清掃料特約は,本件物件に生ずる通常損耗に含まれる汚損の原状回復費用として通常想定される額,賃料の額,礼金等他の一時金の授受の有無及びその額等に照らし,基本清掃料の額が高額に過ぎると評価すべきものである場合には,本件契約による賃料が近傍同種の建物の賃料相場に比して大幅に低額であるなど特段の事情のない限り,信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものであって,消費者契約法10条により無効となると解するのが相当である。
これを本件についてみると,本件基本清掃料特約は,契約締結から明渡しまでの経過年数に関わらず2万6250円の一定額を敷金から控除するというものであって,その金額は,契約の経過年数や本件物件の場所,専有面積等に照らし,本件物件に生ずる通常損耗に含まれる汚損の原状回復費用として通常想定される額を大きく超えるものとまではいえない。また,本件契約における賃料は月額4万8000円,共益費は月額5000円であって,上記基本清掃料の額は,月額賃料及び共益費の約2分の1に止まっていることに加えて,本件契約においては,礼金の支払,本件更新料特約による更新料の支払義務を負うが,基本清掃料以外にはいわゆる敷引金の定めはない。
そうすると,本件基本清掃料特約における基本清掃料の額が高額に過ぎると評価することはできず,本件基本清掃料特約が信義則に反するということはできない
以上によれば,本件基本清掃料特約は,消費者契約法10条により無効であるということはできない。

【大阪高裁平成6年12月13日判決】
保証金一六〇万円は、契約終了時には、約六〇パーセントにもあたる一〇〇万円を控除して返還するものとされていることからすれば、右のような通常の使用によって生ずる損耗、汚損の原状回復費用は、右保証金から控除される額によって補償されることを予定しているものというべきである。

【最高裁平成23年3月24日判決】
本件特約は,敷金の性質を有する本件保証金のうち一定額を控除し,これを賃貸人が取得する旨のいわゆる敷引特約であるところ,居住用建物の賃貸借契約に付された敷引特約は,契約当事者間にその趣旨について別異に解すべき合意等のない限り,通常損耗等の補修費用を賃借人に負担させる趣旨を含むものというべきである。
<中略>
賃貸借契約に敷引特約が付され,賃貸人が取得することになる金員(いわゆる敷引金)の額について契約書に明示されている場合には,賃借人は,賃料の額に加え,敷引金の額についても明確に認識した上で契約を締結するのであって,賃借人の負担については明確に合意されている。
そして,通常損耗等の補修費用は,賃料にこれを含ませてその回収が図られているのが通常だとしても,これに充てるべき金員を敷引金として授受する旨の合意が成立している場合には,その反面において,上記補修費用が含まれないものとして賃料の額が合意されているとみるのが相当であって,敷引特約によって賃借人が上記補修費用を二重に負担するということはできない。
また,上記補修費用に充てるために賃貸人が取得する金員を具体的な一定の額とすることは,通常損耗等の補修の要否やその費用の額をめぐる紛争を防止するといった観点から,あながち不合理なものとはいえず,敷引特約が信義則に反して賃借人の利益を一方的に害するものであると直ちにいうことはできない。
もっとも,消費者契約である賃貸借契約においては,賃借人は,通常,自らが賃借する物件に生ずる通常損耗等の補修費用の額については十分な情報を有していない上,賃貸人との交渉によって敷引特約を排除することも困難であることからすると,敷引金の額が敷引特約の趣旨からみて高額に過ぎる場合には,賃貸人と賃借人との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差を背景に,賃借人が一方的に不利益な負担を余儀なくされたものとみるべき場合が多いといえる。
そうすると,消費者契約である居住用建物の賃貸借契約に付された敷引特約は,当該建物に生ずる通常損耗等の補修費用として通常想定される額,賃料の額,礼金等他の一時金の授受の有無及びその額等に照らし,敷引金の額が高額に過ぎると評価すべきものである場合には,当該賃料が近傍同種の建物の賃料相場に比して大幅に低額であるなど特段の事情のない限り,信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものであって、消費者契約法10条により無効となると解するのが相当である。
これを本件についてみると,本件特約は,契約締結から明渡しまでの経過年数に応じて18万円ないし34万円を本件保証金から控除するというものであって,本件敷引金の額が,契約の経過年数や本件建物の場所,専有面積等に照らし,本件建物に生ずる通常損耗等の補修費用として通常想定される額を大きく超えるものとまではいえない。また,本件契約における賃料は月額9万6000円であって,本件敷引金の額は,上記経過年数に応じて上記金額の2倍弱ないし3.5倍強にとどまっていることに加えて,上告人は,本件契約が更新される場合に1か月分の賃料相当額の更新料の支払義務を負うほかには,礼金等他の一時金を支払う義務を負っていない。 
そうすると,本件敷引金の額が高額に過ぎると評価することはできず,本件特約が消費者契約法10条により無効であるということはできない。

7.賃借人の破産と原状回復義務
多湖・岩田・田村法律事務所では,東京地裁民事20部の決定に基づき,100件以上の破産管財人経験があります(令和5年11月現在)。

破産管財人の立場としては,とりわけ配当事案のケースでは,債権者の債権が「破産債権」なのか「財団債権」なのか,非常に気を使うところです。

破産法上の詳しい定義・要件等は割愛しますが,大雑把な言い方をすると,破産手続開始決定の前日までに発生(弁済期到来)しているものは「破産債権」,破産手続開始決定日以降に発生(弁済期到来)したものは「財団債権」となり,「財団債権」は「破産債権」に優先して弁済を受けることができます(破産法151条)。

従って,破産手続開始決定に既に発生している原状回復請求権は,金銭債権化された破産債権となるところ(判例タイムズ1293号300頁参照),原状回復義務は,特約無い限り原則として契約終了日=弁済期となりますので(【東京高裁平成21年6月25日判決】。但し,「契約終了後1か月以内に原状回復しなければならない」等の特約があれば,当該1か月の満了日が弁済期となります),破産手続開始決定日の前日までに契約が終了してしまっていると,原則として,原状回復請求権は「破産債権」となります(破産法103条2項1号イ)。

そのため,賃料滞納したからといってすぐに契約解除してしまうと,その時点で,原状回復請求権の弁済期が到来し,破産手続開始決定(東京地裁民事20部の場合は,開始決定は,原則として破産申立日の翌週の水曜日に出されます)より前に発生した債権すなわち「破産債権」として扱われてしまうことになります(【東京地裁平成20年8月18日判決】)。

よって,賃借人が破産申立をした場合(あるいは近日中にする予定であるという場合)には,通常は賃料も滞納しているケースが多いと思われますが,多湖・岩田・田村法律事務所では,そのような場合でも,賃貸人としては敢えてすぐに契約を解除することはせず,開始決定後に破産管財人と解約合意書を交わすなどし,契約終了日を破産開始決定後とすることで,原状回復請求権を財団債権(破産法148条1項4号及び8号)として届け出るという手法も検討するよう助言しています。

【破産法53条】
1 双務契約について破産者及びその相手方が破産手続開始の時において共にまだその履行を完了していないときは、破産管財人は、契約の解除をし、又は破産者の債務を履行して相手方の債務の履行を請求することができる。

2 前項の場合には、相手方は、破産管財人に対し、相当の期間を定め、その期間内に契約の解除をするか、又は債務の履行を請求するかを確答すべき旨を催告することができる。この場合において、破産管財人がその期間内に確答をしないときは、契約の解除をしたものとみなす。

3 前項の規定は、相手方又は破産管財人が民法第六百三十一条前段の規定により解約の申入れをすることができる場合又は同法第六百四十二条第一項前段の規定により契約の解除をすることができる場合について準用する。

【破産法103条】
1 破産債権者は、その有する破産債権をもって破産手続に参加することができる。

2 前項の場合において、破産債権の額は、次に掲げる債権の区分に従い、それぞれ当該各号に定める額とする。

一 次に掲げる債権 破産手続開始の時における評価額

イ 金銭の支払を目的としない債権

ロ 金銭債権で、その額が不確定であるもの又はその額を外国の通貨をもって定めたもの

ハ 金額又は存続期間が不確定である定期金債権

二 前号に掲げる債権以外の債権 債権額

3 以下省略

【破産法148条1項】
次に掲げる請求権は、財団債権とする。

一 破産債権者の共同の利益のためにする裁判上の費用の請求権

二 破産財団の管理、換価及び配当に関する費用の請求権

三 破産手続開始前の原因に基づいて生じた租税等の請求権(共助対象外国租税の請求権及び第九十七条第五号に掲げる請求権を除く。)であって、破産手続開始当時、まだ納期限の到来していないもの又は納期限から一年(その期間中に包括的禁止命令が発せられたことにより国税滞納処分をすることができない期間がある場合には、当該期間を除く。)を経過していないもの

四 破産財団に関し破産管財人がした行為によって生じた請求権

五 事務管理又は不当利得により破産手続開始後に破産財団に対して生じた請求権

六 委任の終了又は代理権の消滅の後、急迫の事情があるためにした行為によって破産手続開始後に破産財団に対して生じた請求権

七 第五十三条第一項の規定により破産管財人が債務の履行をする場合において相手方が有する請求権

八 破産手続の開始によって双務契約の解約の申入れ(第五十三条第一項又は第二項の規定による賃貸借契約の解除を含む。)があった場合において破産手続開始後その契約の終了に至るまでの間に生じた請求権

【破産法151条】
財団債権は、破産債権に先立って、弁済する。

【東京地裁平成20年8月18日判決】
破産法148条1項4号及び8号は、破産管財人が破産手続の遂行過程でした行為によって発生した債権を財団債権としているが、これは、破産手続上、発生することが避けられず、債権者全体の利益となる債権、又は破産管財人が債権者全体のためにした行為から生じた債権であるから、これを財団債権として優遇することにあると解される。
賃借人は、本件賃貸借契約が終了した場合、終了後1か月以内に本件建物を原状回復して賃貸人に明け渡さなければならないという原状回復義務を負っているところ(同契約20条1項)、原告は、破産手続開始決定後、本件建物を約1か月間使用した後、破産法53条1項に基づき平成19年10月23日をもって本件賃貸借契約を解除し、同日、原状回復義務を履行しないまま本件建物を明け渡したのであるから、このような場合、原告は、本件建物を明け渡した時点で、原状回復義務の履行に代えて、賃貸人に対し原状回復費用債務を負担したものと解するのが相当である。
その結果、賃貸人である被告が原告に対して取得した原状回復費用請求権は、原告が破産管財人として、破産手続の遂行過程で、破産財団の利益を考慮した上で行った行為の結果生じた債権といえるから、破産法148条1項4号及び8号の適用又は類推適用により、財団債権と認められる。

【東京高裁平成21年6月25日判決】
賃貸借契約の目的物の原状回復義務は、賃貸借契約が終了した時点において具体的な請求権として確定的に発生するのであり、これについて一審被告が一審原告にその工事費用の立替えを委託する旨の合意が成立したと解されることは既に説示したとおりであるから、これは破産法148条1項4号の規定に基づいて財団債権となる。

※本頁は多湖・岩田・田村法律事務所の法的見解を簡略的に紹介したものです。事案に応じた適切な対応についてはその都度ご相談下さい。


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