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「借主が1年未満で解約した場合,違約金として賃料の6か月分を支払う」との条項の有効性。
解説 |
1.中途解約違約金とは
頭書事例の違約金条項は,借主が賃貸契約期間の途中で解約した場合に借主は何万円を貸主に支払うという,いわゆる「中途解約違約金」と呼ばれるもので,「損害賠償の額の予定」(民法420条)と同じ性質を有します。
このような中途解約違約金は,借主仕様の建物を賃貸人(オーナー)の費用負担で建設して賃貸するいわゆるオーダーメイド賃貸のような場合には必ずといって良いほど見受けられるものです。
中途解約違約金の目的は様々ですが,「貸主が次のテナントを確保するまでの間の賃料を借主に負担させる」という動機が一つの大きな目的となります。
例えば3年間の賃貸借契約であれば,貸主は「3年間は賃料収入が得られる」との期待があるわけですが,解約されてしまうと,以降,次のテナント入居者が決まるまで賃料収入が得られなくなってしまいます(賃料収入を見込んで資金計画を立てていた場合に予期せぬ損害を蒙ることになります)。
違約金条項は,まさにこのような貸主の損害を補填するものです。
2.中途解約違約金の有効性
中途解約違約金条項も,その金額が高額に過ぎる場合には,消費者契約法9条1号(この場合は10条ではなく9条1号の問題となります)や民法90条により無効となることがあります。
では,どのような基準で「高額に過ぎるか」(無効になるか)を判断したらよいのか,その判断基準が問題となります。
この点,敷引特約は,主として,「長く借りていたことによる物件の老朽化に伴う経年劣化分(減価分)を敷金で補填する(償却する)」という趣旨ですが(したがって,賃貸期間が長いほど,より多額の敷引が認められる可能性があります),中途解約違約金は,むしろ,早く解約されてしまったことによる不測の損害に備えるというもので,ベクトルが逆なわけですから,敷引特約の有効性の判断と同様の基準(月額敷引比率等)は必ずしも妥当しません。
以下の裁判例は借主が会社(事業者)で消費者契約法9条の適用のない事案ですが,借主が賃貸期間(4年)の満了前に解約した場合の違約金につき,次の賃借人を確保するまでに1年以上の期間を要したことはないこと等を理由に,約3年2か月分の賃料及び共益費相当額の違約金条項は,1年分の賃料及び共益費相当額の限度で有効(残りの2年2か月分は無効公序良俗に反して無効)としました。
【東京地裁平成8年8月22日判決】
建物賃貸借契約において1年以上20年以内の期間を定め,期間途中での賃借人からの解約を禁止し,期間途中での解約又は解除があった場合には,違約金を支払う旨の約定自体は有効である。
しかし,違約金の金額が高額になると,賃借人からの解約が事実上不可能になり,経済的に弱い立場にあることが多い賃借人に著しい不利益を与えるとともに,賃貸人が早期に次の賃借人を確保した場合には事実上賃料の二重取りに近い結果になるから,諸般の事情を考慮した上で、公序良俗に反して無効と評価される部分もあるといえる。
<中略>
被告会社が本件建物の6階部分を使用したのは約10か月であり、違約金として請求されている賃料及び共益費相当額の期間は約3年2か月である。
被告会社が本件建物の6階部分を解約したのは、賃料の支払を継続することが困難であったからであり、第一契約においては、本来一括払いであるべき保証金が3年9か月の期間にわたる分割支払いとなっており、被告会社の経済状態に配慮した異例の内容になっているといえる。
原告は、契約が期間内に解約又は解除された場合、次の賃借人を確保するには相当の期間を要すると主張しているが、被告会社が明け渡した本件建物について、次の賃借人を確保するまでに要した期間は、実際には数か月程度であり、1年以上の期間を要したことはない。
以上の事実によると、解約に至った原因が被告会社側にあること、被告会社に有利な異例の契約内容になっている部分があることを考慮しても、約3年2か月分の賃料及び共益費相当額の違約金が請求可能な約定は、賃借人である被告会社に著しく不利であり、賃借人の解約の自由を極端に制約することになるから、その効力を全面的に認めることはできず、平成6年3月5日から1年分の賃料及び共益費相当額の限度で有効であり、その余の部分は公序良俗に反して無効と解する。
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3.消費者契約法が適用される場合
他方で,消費者契約法が適用されるケース(貸主が事業者で借主が個人消費者の場合)は,同法9条1号に基づき,より広範囲で無効とされる可能性があります。
この点,賃貸住宅標準契約書(国土交通省住宅局)をはじめ,一般的な居住用建物の賃貸借契約においては,途中解約の場合に支払うべき違約金額を賃料の1か月(30日)分とする例が多数と認められます。
従って,【東京簡裁平成21年2月20日判決】及び【東京簡裁平成21年8月7日判決】等でも,次の入居者を獲得するまでの一般的所要期間としても相当と認められることなどを理由に,1か月分の範囲でのみ違約金を認め,これを超える部分につき消費者契約法9条1号により無効と判示しました。
もっとも,上記賃貸住宅標準契約書は一般的な契約条項のひな形を示したものに過ぎないこと等を理由に,2か月分を有効とした裁判例もあり(【東京地裁平成27年11月4日判決】),多湖・岩田・田村法律事務所では,単に違約金が「何か月分か」という金額面だけではなく,契約期間やフリーレントの有無等,事案ごとの諸事情を総合的に考慮して判断するようにしています。
【消費者契約法9条】
次の各号に掲げる消費者契約の条項は、当該各号に定める部分について、無効とする。
一 当該消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項であって、これらを合算した額が、当該条項において設定された解除の事由、時期等の区分に応じ、当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるもの 当該超える部分
二 <省略>
【東京簡裁平成21年2月20日判決】
本件のような解約予告期間を設定することは賃借人の解約権を制約することは明らかであるが,このような解約予告期間の設定は,民法上にも期間の定めのない建物賃貸借につき3ヶ月間とし,期間の定めのある場合でも期間内に解約する権利を留保したときはこれを準用するとの定めがある(民法617条1項2号,同法618条)ことからすると,本件契約上の解約予告期間の定めが民法その他の法律の任意規定の適用による場合に比して,消費者の権利を制限し又は義務を加重して,民法1条2項の信義則に反し消費者の利益を一方的に害するものとして一律に無効としなければならないものとはいえない。
しかし,解約予告に代えて支払うべき違約金額の設定は,消費者契約法9条1号の「消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し,又は違約金を定める条項」に当たると解されるので,同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害を超えるものは,当該超える部分につき無効となる。
これを本件についてみると,一般の居住用建物の賃貸借契約においては,解約予告期間及び予告に代えて支払うべき違約金額の設定は1ヶ月(30日)分とする例が多数であり,解約後次の入居者を獲得するまでの一般的な所要期間として相当と認められること,及び弁論の全趣旨に照らすと,解約により原告が受けることがある平均的な損害は賃料・共益費の1ヶ月分相当額であると認めるのが相当である(民事訴訟法248条)。
そうすると,原告にこれを超える損害のあることが主張立証されていない本件においては,1ヶ月分を超える違約金額を設定している本件約定は,その超える部分について無効と解すべきである。
本件解約が1回目の更新がなされ更新料が支払われた直後である8月上旬にされたこと,契約時に預け入れた保証金(賃料・共益費の1ヶ月分)は解約に伴い償却され返還されていないこと等を総合して考えると,解約時における賃貸人,賃借人双方の公平負担の観点からも妥当な結論であると解する。
【東京簡裁平成21年8月7日判決】
本件契約は,事業者たる被告と一般消費者である原告との間の消費者契約に該当する(消費者契約法2条3項),一般の居住用マンションの賃貸借契約である。
賃貸借契約において,賃借人が契約期間途中で解約する場合の違約金額をどのように設定するかは,原則として契約自由の原則にゆだねられると解される。
しかし,その具体的内容が賃借人に一方的に不利益で,解約権を著しく制約する場合には,消費者契約法10条に反して無効となるか,又は同法9条1号に反して一部無効となる場合があり得ると解される。
途中解約について違約金支払を合意することは賃借人の解約権を制約することは明らかであるが,賃貸借開始より1年未満で解約する場合に違約金として賃料の2ヶ月分,1年以上2年未満で解約する場合に違約金として賃料の1ヶ月分を支払うという本件契約上の違約金の定めが,民法その他の法律の任意規定の適用による場合に比して,消費者の権利を制限し又は義務を加重して,民法1条2項の信義則に反し消費者の利益を一方的に害するものとして一律に無効としなければならないものとまではいえない。
しかし,途中解約の場合に支払うべき違約金額の設定は,消費者契約法9条1号の「消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し,又は違約金を定める条項」に当たると解されるので,同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害を超えるものは,当該超える部分につき無効となる。
これを本件についてみると,一般の居住用建物の賃貸借契約においては,途中解約の場合に支払うべき違約金額は賃料の1ヶ月(30日)分とする例が多数と認められ,次の入居者を獲得するまでの一般的な所要期間としても相当と認められること,被告が主張する途中解約の場合の損害内容はいずれも具体的に立証されていないこと(賃貸人が当然負担すべき必要経費とみるべき部分もある),及び弁論の全趣旨に照らすと,解約により被告が受けることがある平均的な損害は賃料の1ヶ月分相当額であると認めるのが相当である(民事訴訟法248条)。
そうすると,被告にこれを超える損害のあることが主張立証されていない本件においては,1年未満の解約の場合に1ヶ月分を超える2ヶ月分の違約金額を設定している本件約定は,その超える部分について無効と解すべきである。
【東京地裁平成27年11月4日判決】
控訴人らは,国土交通省作成の「賃貸住宅標準契約書(改訂版)」において解約予告期間が30日と記載されていることからすれば,中途解約により被控訴人に生じる「平均的な損害の額」は賃料等1か月分相当額であり,本件解約予告条項のうち上記限度を超える部分は無効である旨を主張する。
しかしながら,上記標準契約書は一般的な契約条項のひな形を示したものに過ぎないから,上記記載をもって,本件居室賃貸借契約における中途解約により生ずべき「平均的な損害の額」を認定することはできない。
また,一般的な賃貸借契約においても解約予告期間を1か月とするものと2か月とするものがみられるところであり,その他の証拠に照らしても,本件解約予告条項所定の賃料等2か月分という金額が,中途解約により被控訴人に生ずべき平均的な損害の額を超えるものであったと認めることはできない。
なお,礼金や更新料は,中途解約の場合に賃貸人に生じ得る損害を填補することを予定した性質の金銭ではないから,これらの金銭が支払われていたとの事実は,上記「平均的な損害の額」を認定するに当たり考慮すべきではない。
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結論 |
以上より,頭書事例の条項は,原則として有効です。
もっとも,次のような事情を総合考慮し,中途解約により被る賃貸人の損害と中途解約が制限されることによる賃借人の損害を比較衡量して,事業者間契約の場合は民法90条(公序良俗違反)により,事業者・消費者間契約の場合は消費者契約法9条1号により,一定額を超える部分が一部無効となる可能性があります。
(1)賃借人の実際の貸室利用期間
(2)当該賃借人確保のために要した賃貸人の投下資本
(3)次の賃借人募集・確保にかかる所要見込期間
(4)敷金(保証金)の償却金額
(5)更新料の支払時期
この点,上記の裁判例等に照らし,違約金額は,借主が会社(事業者)の場合は概ね月額賃料の6か月以内,借主が個人消費者で消費者契約法が適用される場合は概ね月額賃料の1か月以内に留めておけば安全圏(有効の可能性大)といえるでしょう。
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実務上の注意点 |
4.解約予告の撤回
賃借人が一旦解約予告をしてしまうと,その予告した時点で解約の効果が確定し,予告期間満了時をもって契約終了するという効果が生じます。
そのため,契約終了となるのは予告期間満了日ですが,すでに解約の効力が確定してしまっている以上,解約の意思表示を撤回することはできないと考えられます(民法540条2項参照)。
なお,渡辺晋『改訂版 建物賃貸借』(大成出版社)664頁でも同様に解されています。
したがって,解約申し入れをする際は,撤回できないことに注意して,その時期等について慎重に判断する必要があります。
【民法540条】
1 契約又は法律の規定により当事者の一方が解除権を有するときは,その解除は,相手方に対する意思表示によってする。
2 前項の意思表示は,撤回することができない。
【東京地裁平成28年8月19日判決】
解約日を同年8月15日と記載した「住宅賃貸借契約解約届」を差し入れて,本件賃貸借契約を解約する旨の意思表示をしたのであるから,この時点において,本件賃貸借契約は,賃貸借終了日を同年8月15日として解約されたものと認められる。
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5.解約禁止期間の解釈
「借主は,2年6か月間は本契約を解約することはできないものとし,2年6か月経過以降は,解約の効力が生じる日の1年前までに貸主に対して書面による解約予告通知をすることにより本契約を解約できる」との条項があった場合,解約禁止期間の2年6か月は,解約予告通知をすること自体の禁止期間なのか,それとも解約効力発生禁止期間なのか,問題となります。
例えば,令和5年1月1日に賃貸借契約締結し,解約禁止期間を「令和5年1月1日~令和7年6月30日迄」(2年6か月間)とした場合に,1年6年か月経過後の令和6年7月1日に「令和7年6月30日限り解約する」との解約予告通知をした場合有効でしょうか。
これにつき,【東京地裁平成25年1月29日判決】は,「賃料起算日から2年6か月後には賃貸借契約を解約して退去することも可能であることを条件として交渉」していたことなどを踏まえて,「本件解約規定の中途解約禁止期間とは,中途解約が禁止される期間を意味することは明らかであって,本件解約通知が無効である旨の原告の主張を採用することはできない」と判示しました。
この点,当該特約が定められた経緯にもよるため一概には言えませんが,「解約予告通知をすることはできない」ではなく,「解約することはできない」との文言からすれば,基本的には,解約禁止期間中も解約予告通知自体はでき,ただ,実際に解約の効果が発生するのは解約禁止期間経過後と解釈すべきと思われます。
従って,前述の例では,令和7年6月30日に契約終了となります。
【東京地裁平成25年1月29日判決】
本件解約規定の中途解約禁止期間とは,中途解約が禁止される期間を意味することは明らかであって,本件解約通知が無効である旨の原告の主張を採用することはできない。
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6.解約予告金(中途解約違約金)に消費税を付すべきか
事業用物件の場合に解約予告金(中途解約違約金)につき,当該中途解約違約金条項の文言が「期間満了までの賃料及びこれに対する消費税相当額を支払う」となっていれば,違約金額は,消費税を付した金額となりますが,単に「期間満了までの賃料相当額を支払う」となっていた場合には,消費税相当額については違約金額に含まれなくなる可能性がありますので注意が必要です。
【東京地裁平成25年3月12日判決】
※「6か月間の賃料に相当する金額,6か月分の共益費,テナント会費,経常販促費相当額を支払うことにより,賃貸借契約を解約することができる」との中途解約条項があった事案。
中途解約金の趣旨に照らすと,原告は,賃料等の支払を受けた場合と同様の金額を自ら保有することができると解するのが相当である。
この観点からすれば,中途解約金に賃料等と同様に消費税が課税され,原告が消費税相当額の納付を要するのであれば,中途解約金の賃料相当額等にも消費税相当額が含まれると解するのが相当である。
しかしながら,賃貸借契約の中途解約による逸失利益を補填するための違約金は,課税の対象とならないとされているところ,本件中途解約条項に基づく中途解約金も上記違約金に該当すると解される。
したがって,消費税は課税されないものと解されるから,賃料等の計算において消費税相当額を考慮する必要はないというべきである。
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►さらに詳しく知りたい方は『難局を乗り切る!商業ビルテナントのための賃料減額・猶予・解約交渉』<レガシィ 2020年5月>(著者:多湖章弁護士)もご参照願います。
※本頁は多湖・岩田・田村法律事務所の法的見解を簡略的に紹介したものです。事案に応じた適切な対応についてはその都度ご相談下さい。
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