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不動産/借地借家/マンション賃貸トラブル相談|多湖・岩田・田村法律事務所
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賃貸人の修繕義務の範囲全画面 

更新:2023年10月9日 
 事例

地震のため,飲食店がテナントとして借りていた店舗の排水管が破裂・漏水し,トイレや水道設備が1か月間使用できなかった場合,この間の賃料を支払う義務はあるか。
さらに,これにより1か月間営業停止を余儀なくされた場合,飲食店は賃貸人に対し営業利益の1か月分を損害として請求することができるか。

 解説

1.賃貸人の修繕義務とは
民法606条1項では,「賃貸人は,賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う」と規定されています。

そして,建物の毀損が天災等の不可抗力によるものであっても賃貸人は修繕義務を免れないとされているため(【大審院大正10年9月26日判決】【東京地裁平成28年8月9日判決】),頭書事例では,原則として,賃貸人は排水管を修繕し,飲食店がトイレや給湯設備を使用できるように維持する義務を負います。

飲食店としても,トイレや水道設備が利用できることを前提に,毎月の賃料を支払って物件を借り受け営業しているのですから,かかる賃貸人の義務は当然の義務といえます。

また,賃貸借契約締結時点にすでに生じていたいわゆる原始的瑕疵(=契約不適合)であっても,賃借人がそのことを知らず,当該瑕疵が賃料に反映されていない場合には,修繕義務は否定されません。

この点については,【東京高裁昭和56年2月12日判決】が,「賃貸人の修繕義務の対象は,賃貸借契約成立後に生じた賃借物の破損,欠陥に限定されるものではなく,契約成立時に存した欠陥についても修繕義務が生じる」としつつ,「契約当初から賃借物に欠陥が存しても,賃貸人が修繕義務を負うべき場合とそうでない場合があり,その区別は,もともと賃貸人の修繕義務は賃借人の賃料支払義務に対応するものであるところからして,結局は賃料の額、ひいては賃料額に象徴される賃借物の資本的価値と,欠陥によって賃借人がこうむる不便の程度との衡量によって決せられる」と判示しています。

なお,【東京地裁平成25年6月24日判決】では,賃借人が「建物について耐震診断が行われていないことを本件賃貸借契約の締結時に認識かつ了承した上で本件賃貸借契約を締結した」こと等を前提に,賃貸人が「建物を安全に使用収益させる義務を負っていると解することはできない」として,賃貸人において耐震診断や耐震化工事をする義務がないこと暗に示しました。

もっとも,民法606条1項にいう「必要な修繕をする義務を負う」場合とは,「修繕しなければ賃借人が契約によって定まった目的に従って使用収益することができない状態になったことをいい,賃貸人の目的物修繕義務は,単に賃借人をして目的物をその用法に従って使用収益させるのに必要な限度にとどまると解するのが相当であり,たとえ目的物に破損や障害が生じたとしても,その程度が賃借人の使用収益を妨げるものでない限り,賃貸人は修繕義務を負わない」(【東京地裁平成25年1月29日判決】)とされております。

また,「修繕に不相当に多額の費用,すなわち賃料額に照らし採算のとれないような費用の支出を要する場合には、賃貸人は修繕義務を負わない」とされています(前掲【東京高裁昭和56年2月12日判決】)。

したがって,故障・毀損した箇所につき,必ずしも完全に元通りにしなければならないというわけではなく,賃貸人としては,あくまで賃借人がその部屋を使用するのに必要な限度で,かつ相応の費用の範囲内で修繕をすれば,それ以上の修繕義務を負うことはありません(もちろん,仮に採算の取れないような多額の修繕費用を要するという場合には,物理的には修繕可能でも経済的に修繕不能ということになり,後述2の民法611条1項に基づく賃料減額の請求あるいは同条2項に基づく賃貸借契約解除の請求を受ける可能性はあります)。

【民法606条】
1 賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。ただし、賃借人の責めに帰すべき事由によってその修繕が必要となったときは、この限りでない。

2 賃貸人が賃貸物の保存に必要な行為をしようとするときは、賃借人は、これを拒むことができない。

【大審院大正10年9月26日判決】
「賃借物ニ対スル修繕義務ヲ特約ニヨリテ賃借人(被上告人)ニ負担セシメタル場合ト雖モ水災ノ如キ不可抗力ニヨル被害ノ修繕義務ハ尚賃貸人ニ存セシムルカ賃貸借ノ性質上然ルヘキモノナリ」との趣旨の原審判決理由について「契約ノ解釈判断ハ原審ノ専権ニ属シ原審ハ甲第一号証第八条ヲ賃貸借ノ性質及ヒ同証ニ依ル本件賃貸借契約ノ全旨趣ヨリ推究解釈シ上告人ノ主張ヲ排斥シタルモノナレハ之ヲ不当トスル本論旨ハ孰レモ原審ノ専権行使ヲ非難スルモノニシテ理由ナシ」と判示し,原審を維持。

【東京高裁昭和56年2月12日判決】
賃貸人の修繕義務の対象は、賃貸借契約成立後に生じた賃借物の破損、欠陥に限定されるものではなく、契約成立時に存した欠陥についても修繕義務が生じることは上告人指摘のとおりである。
しかし契約当初から賃借物に欠陥が存しても、賃貸人が修繕義務を負うべき場合とそうでない場合があり、その区別は、もともと賃貸人の修繕義務は賃借人の賃料支払義務に対応するものであるところからして、結局は賃料の額、ひいては賃料額に象徴される賃借物の資本的価値と、欠陥によって賃借人がこうむる不便の程度との衡量によって決せられるものと考えられる(なおこのことは破損、欠陥が契約成立後に生じた場合でも同じであって、その修繕に不相当に多額の費用、すなわち賃料額に照らし採算のとれないような費用の支出を要する場合には、賃貸人は修繕義務を負わないことも同じ理に基づく。)

【東京地裁平成25年1月29日判決】
賃貸借契約において,賃貸人が賃借人に対して負う基本的義務は,契約の目的に従って目的物を使用収益させることにあるから,民法606条1項にいう「必要な修繕をする義務を負う」場合とは,修繕しなければ賃借人が契約によって定まった目的に従って使用収益することができない状態になったことをいい,賃貸人の目的物修繕義務は,単に賃借人をして目的物をその用法に従って使用収益させるのに必要な限度にとどまると解するのが相当であり,たとえ目的物に破損や障害が生じたとしても,その程度が賃借人の使用収益を妨げるものでない限り,賃貸人は修繕義務を負わないというべきである。
<中略>
上記のとおり,賃貸人が賃借人に対して負う基本的義務の内容が,契約の目的に従って目的物を使用収益させる点にあることからすれば,賃貸人において,契約期間にわたり目的物の安全性を常に保持すべき義務を負うとの根拠を見出すことは困難であり,特に,本件のような通常の建物賃貸借契約において,目的物に備付けられたすべての物について,公的機関ないしこれに準ずる機関により発信された情報や新聞紙上ないしインターネット上に掲載された情報を常に確認するなどして,逐一リコール情報等の存否を確認する一般的な義務を賃貸人に対して負わせることは相当でないというべきである。
もっとも,目的物を使用収益させるとの上記賃貸人の義務は,目的物を契約の目的に適した状態にして賃借人に引き渡すことを意味するというべきであるから,賃貸人が,賃貸借の目的物につき,賃借人の生命,身体もしくは財産に損害を生じさせるおそれのある具体的な危険を認識したとき又はわずかな注意を払えばこれを認識できたと認められるとき等,当該危険の発生を防止することが賃貸人において当然に期待される特段の事情がある場合には,信義則上,目的物の安全性を保持すべき適切な措置を講ずべき義務が生じると解するのが相当である。
そこで,本件における上記特段の事情の有無について検討すると,本件クッキングヒータの製造上の欠陥は,これを放置しておくことにより火災を生じさせる具体的な危険があったと認められるけれども,本件において,原告も被告が本件クッキングヒータの製造上の欠陥を認識していたとまで主張するものではないし,また,これを認めるに足りる証拠もない。

【東京地裁平成25年6月24日判決】
反訴原告は,本件賃貸借契約における中途解約による違約金条項の存在や本件建物について耐震診断が行われていないことを本件賃貸借契約の締結時に認識かつ了承した上で本件賃貸借契約を締結したものと認められ,本訴原告が反訴原告の主張に係る内容の本件建物を安全に使用収益させる義務を負っていると解することはできない。

【東京地裁平成28年8月9日判決】
本来,賃貸人は,不可抗力で修繕が生じた場合にも民法606条1項に基づき修繕義務を負うものとされている。

2.民法611条1項に基づく賃料の当然減額
飲食店ではトイレや水道設備は営業に不可欠ですから,修繕が完了するまで1か月間かかった場合,この間は営業を停止せざるを得ませんが,この場合,営業停止期間中すなわち修繕完了するまでの間の1か月間についても,飲食店は賃貸人に対して家賃を支払わなければならないのか問題になります。

この点については,民法611条1項「賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料は、その使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、減額される」(旧民法611条1項「賃借物の一部が賃借人の過失によらないで滅失したときは,賃借人は,その滅失した部分の割合に応じて,賃料の減額を請求することができる」)及び同条2項「賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、残存する部分のみでは賃借人が賃借をした目的を達することができないときは、賃借人は、契約の解除をすることができる」(旧民法611条2項「前項の場合において、残存する部分のみでは賃借人が賃借をした目的を達することができないときは、賃借人は、契約の解除をすることができる。」)の規定に基づく賃料の減額や解除が可能となります。

例えば,100平米の部屋を月100万円で借りたものの,うち25平米が天災により滅失した場合,75平米分の賃料すなわち75万円に家賃を減額するよう請求でき,また,もし75平米部分だけでは賃借をした目的を達することができないという場合は,契約の解除を請求できるということになります。

なお,民法611条1項の条文上は「賃料」としか記載されていませんが,賃料に付随する「共益費」や「管理費」についても,同項の趣旨に鑑み,類推適用される余地があります(【東京地裁令和元年5月30日判決】)。

そして,修繕義務(民法606条1項)と同様,賃貸借契約締結後の滅失・不具合のみならず,賃貸借契約締結前の滅失・不具合であっても,それが賃料に反映されていない限りは,民法611条1項に基づく賃料減額も適用されます(【東京地裁平成26年10月9日判決】)。

また,民法611条1項では「減額される」(要するに請求するまでもなく滅失と同時に直ちに減額の効果が生じる)とされているため,例えば,機能不全が生じてから6か月後に賃料減額を主張をした場合,過去6か月間の過払分の賃料の返還請求もできることになります。

なお,旧民法611条1項では「賃料の減額を請求することができる」と規定され,あくまで請求しない限り減額の効果は生じないこととされていましたが,当該請求の効果は借地借家法11条1項や32条1項に基づく賃料減額請求とは異なり滅失時に遡及すると考えられていたため(司法研修所編『民事訴訟における要件事実 第二巻』〔司法研修所 平成4年3月〕78頁参照,【東京地裁平成24年12月19日判決】),実質上の差異はほぼありません。

ただし,賃借人が賃借物の一部滅失の事実を認識した後も賃料減額を主張することなく(何の留保も付けず)満額の賃料を長期間支払い続けた場合には,その後になって遡って差額賃料の返還を求めることまでは(特に旧民法下では)認められない可能性があり(【東京地裁平成26年10月9日判決】参照),他方で,安易に一方的に大幅減額した賃料を支払うなどすれば賃料不払いによる契約解除リスクが伴うため,多湖・岩田・田村法律事務所では,仮に満額の賃料を支払う場合でも「減額されるべき賃料額が確定するまで暫定的に支払うものである」旨の留保を付けて支払うよう助言しています。

また,民法611条1項は,「滅失その他の事由」と規定されていることから,例えば,天井からの漏水で店舗の一部が客席として使用できないという機能不全のような滅失以外の事由についても適用されます。

なお,旧民法611条1項では,「滅失」以外の事由は明記されていなかったものの,上記のような機能不全等の場合も,当該部分が使用できないという意味では「滅失」と共通するため,同項を類推適用して,賃料の減額請求をすることができると解されていましたので(【東京地裁平成24年12月19日判決】),実質上の差異はほぼありません。

もっとも,物理的な「滅失」ではなく,機能不全のようなケースでは,民法611条1項で減額される賃料の割合(=「使用及び収益をすることができなくなった部分の割合」)の判断が困難な場合が多いと思われます。
減額割合の判断を誤って一方的に減額した賃料しか支払わないでいると,賃料不払いとなり債務不履行解除されるリスクがありますので(【東京地裁令和3年6月22日判決】参照),多湖・岩田・田村法律事務所では,減額する割合は,同種事例の裁判例を参考に,最低限に留めるよう助言しています。

この点,【東京地裁平成10年9月30日判決】は,貸室に出入りするための唯一の昇降手段であるエレベーターや夏場の空調機の使用に支障が生じていた等の事案で、「その賃貸目的である事務所として、従業員ないしその顧客が支障なく本件貸室を使用収益するために適した状態におくべき債務について,一部不完全履行があり、かつ、現在までこれが改善されていないものと認めることができるところ、その使用収益の支障の程度ないし賃貸人が入居させた他の賃借人の迷惑行為による不完全履行の割合は、完全な履行状態に比して、一割程度と評価するのが相当である」とし,旧民法611条1項の類推適用により,約10%の賃料減額を認容しました。

また,【東京地裁平成24年12月19日判決】では,断続的な雨漏りや,トイレからの漏水が店舗内に流れ込む事故が数回発生し,補修工事後も漏水が生じ,下水道からの悪臭も存在したという事案で,旧民法611条1項の類推適用により,3%の賃料減額を認容しました。

また,【東京高裁平成25年9月11日判決】は,居住用物件において,水道管や給湯管内部の錆の蓄積により台所の水道水を飲料用及び炊事用に使用するために10分間の通水を要するほか,浴室のシャワーの湯の温度が突然変化する不具合が生じていた事案で,「賃借人の過失なくして賃貸借の目的に応じた通常の用法による使用に客観的に見て支障を生じていたとみることができ,その支障の程度(割合)は,賃料の15パーセント(うち台所の水道の使用の支障分が10パーセント)」として,旧民法611条1項の解釈(直接適用か類推適用かは明示せず)により,計15%の賃料減額を認容しました。

また,【東京地裁平成26年10月9日判決】は,美容室において,大雨の際にフローリングに約20平方センチメートルの水たまりができ,悪臭が2ないし3日間漂うという事案で,「いつ雨漏りが生じるような大雨が降るかという不安を抱えながらその使用収益をせざるを得ないという事情」を認め,12.5%の賃料減額を認容しました。

また,【東京地裁令和4年1月19日判決】は,居住用物件において,ユニットバス,トイレ,キッチンの排水に支障が生じた事案で,20%の賃料減額を認容しました。

【民法611条】
1 賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料は、その使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、減額される

2 賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、残存する部分のみでは賃借人が賃借をした目的を達することができないときは、賃借人は、契約の解除をすることができる。

【東京地裁平成10年9月30日判決】
※1階から貸室のある6階に上がる際、とりわけ午後5時半ころから午後8時ころまで途中階のテナント(居酒屋)の来店客でエレベーターが順番待ちの状況となり待ち時間がしばしば7分以上になるなどの支障が生じた事案。

被告では、従来から、午後5時半以降も午後8時ころまでは、業務上の来客があり、また、多くの従業員が午後8時ないし9時ころまでは残業に従事していたところ、3階と6階の途中階である本件4、5階で天狗が営業を開始した後は、本件3階貸室を借り続け、実際に使用したとしても、午後5時半ころから午後8時ころを中心とした天狗の繁忙時間帯には、本件エレベーターの待ち時間が長くなり、特に、4、5階を挟む3階と6階を被告従業員が本件エレベーターで円滑に行き来しながら、右両室を一体的に利用して執務することは相当不便かつ困難になるものと推認される。
ところで、本件ビルの賃貸人の原告としては、貸室自体を使用収益可能な状態にしていれば、賃貸人としての使用収益させる義務を履行したとはいえず、貸室の使用収益をさせる前提として、各貸室に至る共用通路や階段、エレベーター等の移動経路についても、単に通路等の空間を提供しさえすれば足りるというものではなく、賃借目的に従った貸室の利用時間帯は、貸室への出入りが常時支障なくできるようにすることにより、貸室を使用収益するのに適した状態に置く義務を負っているものと解するのが相当である。
とりわけ、本件ビルにおいては、他に実用可能な階段やエレベーターがなく、6人乗りの狭い本件エレベーターが唯一の昇降手段であることからすると、本来、150人もの顧客が出入りするような大衆居酒屋が、途中階の4、5階に入居することは、本件ビルにとって構造的に予定されていなかったものといえる。
そうであれば、本件ビルの賃貸人としての原告は、天狗を入居させたからには、他の賃借人が各自の貸室にたどりつくのに支障がないよう、上下の移動手段ないし経路の確保、増設等の措置を講じるべき義務を負うに至ったものと認めるのが相当である。
そして、特に本件三階契約をなした目的が、本件貸室と本件三階貸室との間を被告従業員が行き来しながら被告としての一体的利用を図る点にあることは、前記で認定したとおりであるところ、被告の残業時間帯である夕刻以降における本件エレベーターの前記利用状況とこれによってもたらされた、或いは本件三階貸室を実際に利用し始めることにより予想される被告にとっての利便に照らして考えると、本件貸室と本件三階貸室との間を被告従業員が行き来しながら一体的利用を図るという、被告が本件三階貸室契約を締結した目的は、終日不能というわけではなく、かつ、完全に不能というわけではないものの、一部(=夕刻以降の残業時間帯において)において不完全にしか達せられなくなっているものと認めることができる。
そうすると、本件三階貸室の賃貸人としての原告には、被告に対し契約の目的を達するべく本件三階貸室を使用収益させる義務について、不完全履行があったものと評価せざるを得ない。
そして、本件エレベーターの利用問題につき善処方を申入れても、何ら改善がなされず、改善の見込みがなかったのであるから、被告は、原告に対し、民法611条2項を類推適用して、本件三階契約を使用収益させる義務の一部不完全履行により解除できるものというべきであり、被告による本件三階解除は有効であるといわなければならない。
<中略>
本件貸室に出入りするための唯一の昇降手段である本件エレベーターの平成8年2月以降における利用状況とこれによる残業時間帯における被告にとっての支障の内容・程度、天狗の酔客による本件エレベーターや本件貸室の入口付近のエレベーターホール内で恒常的に繰り返される迷惑行為の内容・態様、夏場の空調機の効果減少の事実にかんがみると、本件貸室契約における賃貸人としての原告の債務、すなわち、その賃貸目的である事務所として、被告従業員ないしその顧客が支障なく本件貸室を使用収益するために適した状態におくべき債務について,一部不完全履行があり、かつ、現在までこれが改善されていないものと認めることができるところ、その使用収益の支障の程度ないし原告が入居させた他の賃借人の迷惑行為による不完全履行の割合は、完全な履行状態に比して、1割程度と評価するのが相当であると思料される。
したがって、民法611条を類推適用して、平成8年2月分以降の本件貸室の賃料は、本件減額意思表示により、約1割程度減額されて、1坪当たり1万7000円の割合による81万6000円(消費税を含まない金額)に減額されたものと認めるのが相当である。

【東京地裁平成24年12月19日判決】
賃貸人が修繕義務を尽くさず,賃貸建物の使用・収益の一部に支障が生じている場合には,民法611条1項の類推適用により,賃借人は使用・収益に支障が生じた部分につき賃料減額請求権を有し,また,同条項には遡及効があるので,既に賃料を支払った期間についても,使用・収益の支障が生じた時期以降,使用・収益に支障が生じている部分の価額に応じて損害賠償請求権が生じるものと解される。
上記認定事実によれば,本件建物においては,本件契約当初から雨漏りないし漏水が生じており,平成21年4月頃,原告において雨漏りを防止するための補修工事を施工したものの,平成23年2月頃までの間,断続的に雨漏りが生じたこと,平成21年6月以降,本件建物のトイレからの漏水が本件建物の店舗内に流れ込む事故が数回発生し,平成21年7月,原告において,補修工事を施工したものの,その後も漏水が生じたこと,下水道からの悪臭が存在すること,平成21年7月以降,ロゴマーク及び壁板の毀損についての被告からの修繕要求に原告が応じなかったことが認められる。
他方,本件建物は,本件契約当時において,新築から約40年以上を経た建物であったこと,本件契約当初から平成21年4月頃までの雨漏りないし漏水の具体的規模・程度は明らかとはいえないこと,上記雨漏りないし漏水について,原告において補修工事を行い,従前の雨漏りないし漏水の程度よりは改善されたこと,その後の雨漏りないし漏水の規模・程度は上記のとおりであること,補修工事の前後を通じて雨漏りないし漏水によって被告の店舗営業を休止するなどの事態には至らなかったこと,上記トイレからの漏水については,被告らにおいて応急措置をした上,補修工事を施工したこと,悪臭については隣接する建物の汚水舛の付け替えにより改善していること,エレベーターについても改修工事を施工したことが各認められる。
被告が,原告に対し,上記期間の賃料につき賃料減額請求権を行使したことは,上記認定事実のとおりであるところ,減額されるべき賃料額は,上記にみた諸般の事情を考慮して,本件契約締結時から平成23年2月まで,本件賃料額全体の3%をもって相当とする。

【東京高裁平成25年9月11日判決】
※居住用物件において,水道管や給湯管内部の錆の蓄積により台所の水道水を飲料用及び炊事用に使用するために10分間の通水を要するほか,浴室のシャワーの湯の温度が突然変化する不具合が生じていた事案。

民法611条1項が賃貸借契約の目的物の一部が賃借人の過失によらないで滅失した場合に賃借人が賃貸人に対し賃料の減額請求をすることができると定めていることからすると,賃借人の過失なくして賃貸借の目的に応じた通常の用法による目的物の使用収益に客観的に見て支障を生じていると認められる場合には,賃借人は,賃借人に対し,当該支障が認められる期間の賃料について,その支障の程度に応じて減額を請求することができると解するのが相当である。
<中略>
本件建物については,平成22年6月中旬から同年10月中旬まで,台所の水道水を飲料用及び炊事用に使用するために10分間の通水を要したほか,浴室のシャワーの湯の温度が突然変化する不具合を生じた点で,賃借人の過失なくして賃貸借の目的に応じた通常の用法による使用に客観的に見て支障を生じていたとみることができ,その支障の程度(割合)は,賃料(月額15万円)の15パーセント(うち台所の水道の使用の支障分が10パーセント),1か月当たり2万2500円と認めるのが相当である。
<中略>
賃貸借契約において,賃貸人は,賃借人に対し,賃貸借の目的に応じた通常の用法による使用収益が可能な状態で目的物を引き渡す債務を負うものと解されるから,このような使用収益に客観的に見て支障を生じていると認められる場合には,賃貸人の上記債務の不完全履行に当たり,賃借人は,賃貸人に対し,完全履行(修繕)を求めることができるほか,賃貸人が無過失を立証しない限り,当該不完全履行による損害の賠償を求めることができると解される。

【東京地裁平成26年10月9日判決】
※賃料月16万円の物件(美容室)で,2万円(12.5%)の賃料減額を認めた事案。

民法611条1項は,賃借物の一部が賃借人の過失によらないで滅失したときは,賃借人は,その滅失した部分の割合に応じて賃料の減額を請求することができる旨定める。
同条項は,賃貸借契約においては,通常,賃借物の性状に応じて賃料が定められることから,賃借人の過失によらないで賃借物の一部が滅失した場合に,当該一部滅失がない状態で定められた賃料を,一部滅失後においても支払続けなければならないとすると均衡を欠くことから設けられたものと解される。
上記の趣旨は,契約締結当時すでに賃借物の一部が滅失していたが,当該一部滅失がないものとして賃料が定められ,契約締結後に当該一部滅失の事実が明らかになったような場合においても妥当するから,かかる場合にも同条項が類推適用されると解するのが相当である。
本件においては,原告が,本件賃貸借契約締結直後に本件物件を美容室と使用するための内装工事を行った際に壁に水漏れの跡が見つかり,本件賃貸借契約締結後間もなく雨漏りが発生していることから,本件賃貸借契約締結当時から雨漏りが生ずる状態であったと認められる。
<中略>
ところで,民法は,同法611条1項に定める一部滅失が生じてから権利行使するまでの期間に制限を設けていないものの,「賃料の減額を請求することができる」旨の文言を用いていること,賃貸借契約が継続的契約であり,賃借人が一部滅失の事実が判明した後も同条項の減額請求の意思表示をすることなく長期間約定の賃料を支払い続け,後になって同条項の減額を請求して返還を求めることを認めた場合には法的安定性を害することを考慮すると,同条項は,賃借人が同条項の賃料減額の意思表示をすることによって,賃借人が賃借物の一部滅失の事実を認識した後同条項の賃料減額の意思表示をすることなく支払った賃料についてまで遡って賃貸人の受領権限をなかったものとするものではないと解するのが相当である。 
<中略>
本件物件は,大雨が降ると雨漏りが発生し,フローリングに,面積にして約20平方センチメートル程度の水たまりができ,雨が降った後は本件物件の内部にカビくさいような何ともいえない悪臭が2ないし3日間漂う状態であった事実が認められる。
他方で,大雨が降った日及びその後2ないし3日間を除く期間については,本件物件の窓に雨水進入経路が存在することによって使用収益が妨げられるものではないものと認められる。
もっとも,いつどの程度大雨が降るかということは知る由もなく,かかる物件を賃借した場合には,賃借人は,いつ雨漏りが生じるような大雨が降るかという不安を抱えながらその使用収益をせざるを得ないという事情も認められる。
上記認定事実及び前記前提事実を総合考慮すると,本件物件に雨漏りがあったとすれば減額されたであろう賃料額は月額2万円であると認めるのが相当である。

【東京地裁令和元年5月30日判決】
共益費については,一般に,共用部分の使用の対価として賃貸借契約上賃料とは別に支払われることが取り決められた金員を意味することが多いものと解され,本件建物のような事務所用途のビルの賃貸借においては,空調設備,エレベーター,電気通信設備,水道設備といった共用部分の設備の維持管理費用のほか,日常的な清掃作業,消耗品補充作業等のための費用や,共用部分の電気料,水道料等を賄う趣旨で一定額の共益費の支払が取り決められていることが多いものと思われる。
<中略>
平成27年11月以降,空調設備がほとんど稼働しない状況が続いており,その後,これが改善されたことを認めるに足りる証拠はないから,平成28年2月分以降の共益費の額については,本件建物の共用部分の中で空調設備が占める重要性,不稼働に伴う実際上の不具合等を踏まえると,民法611条1項の趣旨により,当然に半額まで減額されるものと認めるのが相当である。

【東京地裁令和3年1月7日判決】
※賃料月30万3110円の物件(物販及び喫茶店)で,10万円(約33%)の賃料減額を認めた事案。

本件賃貸借契約の使用目的は物販に変更されているものの,被告が新賃貸人になった時期も含め,原告は,喫茶店営業の許可を保健所長から得ており,喫茶店の備品も備え置いていた。
そうすると,喫茶店営業も本件賃貸借の使用目的に含まれていたと認められ,本件貸室のキッチンは,それらの営業において枢要な部分であったことは論を俟たない。
本件漏水事故によって,漏水自体はもとより衛生面の問題も含め,止水工事までの間,使用目的に沿った使用収益の一部が不能であったというべきである。
そして,その後についても,ガス工事,給排水設備工事,電気工事などは改正前民法606条により直接に賃貸人である被告の修繕義務に含まれ,これが履行されないことによって同様の使用収益の一部不能が継続していると評価するのが相当である。
以上を踏まえると,原告の賃料減額請求には理由があり(改正前民法611条1項類推適用),かつ,本件賃貸借契約の月額賃料30万3110円や,原告が営む雑貨店において,主たる顧客である年配女性の休憩や情報交換の場として,喫茶店営業及びそのためのキッチン利用が重要な要素を占めると認められることに照らせば,上記修繕工事が果たされるまで月額10万円の賃料を減額すべきことにも相当性が認められる。

【東京地裁令和3年3月24日判決】
本件建物の台所の通気管直管に腐食による穴あきがあり,これによって同建物内に異臭が生じていたことは前記認定したとおりであって,その不具合が修繕されるまでの間,異臭のある本件建物内での生活を余儀なくされた被告は,これによって精神的苦痛を被ったことが認められる。
そして,その慰謝料の額は,実質的には,当該異臭によって本件建物の使用に支障が生じたことによる家賃等の減額分(平成29年法律第44号による改正前の民法611条1項)と同視することができるから(同減額分が填補されれば,被告の精神的苦痛は慰謝されたということができる。),その減額分について検討する。
この点,弁論の全趣旨によれば,本件建物の面積(バルコニーを一部含む。)は86.97平方メートル,そのうち使用に支障が生じていたと認められる部分の面積合計は8.32平方メートル(浴室につき2.755平方メートル,洗面脱衣室につき4.0745平方メートル,トイレにつき1.4905平方メートル)であったから,上記部分の全体に占める割合約10パーセントであり,これによれば,家賃等の減額分は1か月当たり1万5800円(=15万8000円×0.1)であり,1か月を30日として計算すれば,1日当たり527円(=1万5800円÷30)と認められる。

【東京地裁令和3年6月22日判決】
※賃料月額35万円の物件(フレンチレストラン)で,「最大でもせいぜい月額5万円」(約14.2%)であったとして賃料全額不払いを理由とする債務不履行解除及び明渡請求を認容した事案

本件エレベーターを使用できないことが平成29年法律第44号による改正前民法611条1項又はその類推適用による賃料減額の事由に該当する場合であっても,賃借人は使用できない「部分の割合に応じて」減額を請求できるにすぎないから,そもそも賃料全額の不払の根拠にはなり得ない。
そして,仮に本件エレベーターを使用できないことによって賃料減額となる場合でも,本件レストランは2階に所在し,被告や本件レストランの顧客は階段で昇降して出入りすることが可能なことを踏まえると,その減額幅は最大でもせいぜい月額5万円とみるのが相当である。

【東京地裁令和3年9月15日判決】
賃貸人が修繕義務を履行しない場合には,民法611条1項の規定を類推適用して,賃借人は賃料減額請求権を有すると解されるところ,本件においては,被告会社が原告らに対応を求める中で黙示的には賃料の減額を求めていたとうかがわれる。
そして,本件においては,窓ガラスの破損によって,高層階にある本件建物内に強い風雨が吹き込むリスクが高まり,リビングルームの窓際の使用に支障が生じたこと,窓ガラスが破損した同年10月以降,被告らと修理業者との間の工事日程の調整ができなかったことなどの事情に照らせば,破損後2か月間の賃料を10パーセント(合計6万6000円)減額すべきであったと認めるのが相当である。

【東京地裁令和4年1月19日判決】
令和元年7月12日以後,排水管の不具合によりユニットバス及びキッチンの排水に支障が生じていることから,賃貸人である原告は,当該不具合を修繕する義務を負い,賃借人である被告会社は,これが履行されない限り,原告に対し,当該不具合により前記排水の支障が生じて本件建物の使用収益を妨げられる割合の限度で,契約所定賃料の支払を拒絶することができるものと解される(平成29年法律第44号による改正前の民法606条1項,611条1項参照。なお,ユニットバス及びキッチンの排水の円滑を実現・維持するためには,本件建物に属する排水管のみならず本件マンションに係る共用部分に属する排水管の修繕が必要であることがうかがわれるものの,このことにより,被告会社が前記の限度で賃料の支払を拒絶することができるとの結論が左右されるものではない。)。
そして,令和元年7月以後の排水管の不具合に伴うユニットバス及びキッチンの使用に生じた支障の程度を見ると,ユニットバスについては,排水管の排水状況の不良ため,浴槽に湯を張って入浴するのに支障があること,被告らは,汚水がユニットバス外へあふれ出ないように,排水量を調節しつつ,シャワーのみを使用しているが,それでも,汚水は,ユニットバスの床全面に広がる上,その排水には一定の時間を要し,汚水の排水が終わるまでの間,トイレの使用にも支障があることが,キッチンについては,食器洗いの際,こまめに水を止める,つけ置き洗いをするなど排水の量に十分留意する必要があることが認められる。
このような排水等の状況に加えて,排水管の排水状況の不良により,汚水が,ユニットバスの床やシンク内に一定時間滞留し,不衛生に見えること,排水が円滑にされる場合に比べて,ユニットバス及びキッチンの清掃に手間がかかるほか,ユニットバス及びキッチンの排水口から一定の汚臭が生じ得るものと考えられることを考慮すると,被告会社が,排水管の不具合に伴うユニットバス及びキッチンの排水の支障により本件建物の使用収益を妨げられた程度は,20%をもって相当と認められる。
したがって,被告会社は,令和元年7月12日以後,契約所定賃料の20%に相当する3万1000円の支払を拒絶することができるというべきである。

3.営業損失の損害賠償請求の可否
では,さらに進んで,飲食店は,営業停止期間中の(1か月分の)逸失利益(通常通り営業していたなら得られたであろう営業利益)の損害賠償を請求することができるのか問題となります。

この点,賃貸人は前述1のとおり修繕義務を負っておりますので,飲食店が賃貸人に修繕を要求後,即座に対応すれば1日で修繕できたのに,賃貸人が即座に対応せずに1か月間放置したためこの間営業休止せざるを得なくなった場合には,修繕義務違反すなわち契約違反(債務不履行)となりますので,飲食店は,賃貸人に対し,民法415条に基づき逸失利益の損害賠償請求をすることができます。

この場合の「逸失利益」とは,いわゆる限界利益(売上から変動経費のみを控除した金額)で算定されるのが一般的です。

この点,【東京高裁平成12年4月27日判決】も,顧客が減少しても、支払うべき事務所の賃借料等の固定経費が減少するものではなく、人件費もこれに比例して減少するというわけのものではないことを理由に,「逸失利益の損害に当たって純利益を基準とするのが合理的であるとはいえない」とし,「逸失利益としては、失われた売上額からその売上を得るための変動経費のみを控除した限界利益とでもいうべきものと解すべきである」と判示しています。

また,【名古屋高裁金沢支部平成18年10月16日判決】も,「一般に,企業における営業活動の結果としての営業利益は,企業会計原則に従って,営業上の収入からこれを得るために必要とする営業上の経費を控除して算出されるのであるが,営業上の経費の中には,企業が,休業期間後の営業再開のため,実際に営業をしていなくとも引き続き支出せざるを得ない経費部分(いわゆる固定経費)と実際に営業をしていないことで支出を免れる経費部分(いわゆる変動経費)とがあるから,上記休業期間中に営業していたならば得られたであろう営業利益が得られないことで被る損害(休業損害又は逸失営業利益損害)の算定に当たっては,過去の営業利益の算出の際に営業上の収入から控除していた営業上の経費のうち固定経費は控除せず,変動経費に該当する経費のみを控除し,その控除後の額を逸失営業利益損害とすべき」と判示しています。

なお,仮に賃貸人の修繕義務違反等により店舗の移転を余儀なくされた場合には,休業期間中の逸失利益だけでなく,営業再開後に客足が戻るまでの合理的期間の逸失利益についても,一定の範囲で損害として認められる可能性があります(【大阪地裁昭和56年1月26日判決】)。

また,一般に,不法行為の加害者は,直接被害者だけでなく,直接被害者の業務体制及び財務状況等に強い関心を有する等,業務上及び経済上の緊密な関係があり,役員及び株式に関する相互関係も存在したことが認められるような間接被害者に対しても,一定の範囲で損害賠償義務を負うことがあるため(否定例として【東京地裁平成22年9月29日判決】,肯定例として【大阪地裁平成27年9月16日判決】),賃貸人は,直接の賃借人だけでなく,例えば,転貸の承諾を受けた転借人や賃借人から店舗経営の業務委託を受けた受託者の逸失利益(間接損害)についても,予見可能性がある限り,不法行為責任(民法709条)に基づき一定の範囲で賠償義務を負う可能性があります。

もっとも,不法行為責任(民法709条)に基づく損害賠償請求の場合はもちろん、民法415条に基づく損害賠償請求(=債務不履行に基づく損害賠償請求)の場合も,修繕しなかったことに関し賃貸人の帰責性(故意又は過失)が必要となります(民法415条1項但書「ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない」参照。なお,旧民法でも明文は無いものの解釈上帰責性が必要と解されていました)。

従って,賃借人としては,賃貸人に対し早期に毀損の事実を通知し修繕を請求しておく必要があり,通知しなかったため賃貸人が毀損の事実を知り得なければ,これを修繕をせずに放置したことに関する帰責性はなく,損害賠償請求は認められません(【東京地裁平成21年3月27日判決】)。

また,通知を受けた賃貸人が合理的期間内に修繕義務を履行した場合には,通常行われるべき点検・管理・保存行為等を怠ったとか欠陥を認識しつつ放置したというような特段の事情がない限り賃貸人に帰責性はなく,前述2の民法611条1項に基づく賃料減額はできても,修繕期間中の営業利益等の逸失利益の損害賠償請求まではできないと考えられます。

他方で,賃貸人に帰責性が認められる場合でも,必ずしも逸失利益(限界利益)を全額請求できるわけではありません。

この点,【最高裁平成21年1月19日判決】は,床上30〜50cmの浸水事故のため,営業停止に追い込まれたカラオケ店が,オーナーに対し,4年5か月間分の営業利益計3104万2607円(1年間702万8515円)の賠償を求めた事案で,「カラオケ店の営業は,本件店舗部分以外の場所では行うことができないものとは考えられない。カラオケ店の営業を別の場所で再開する等の損害を回避又は減少させる措置を何ら執ることなく,本件店舗部分における営業利益相当の損害が発生するにまかせて,その損害のすべてについての賠償を上告人らに請求することは,条理上認められないというべきであり,民法416条1項にいう通常生ずべき損害の解釈上,本件において,被上告人が上記措置を執ることができたと解される時期以降における上記営業利益相当の損害のすべてについてその賠償を上告人らに請求することはできない」と判示しました。

すなわち,賃貸人側は修繕義務を負う一方テナント(賃借人)側にも一定の「損害拡大防止義務」が課されますので,賃貸人が修繕を長期間放置したからといって,当然に当該期間中の営業利益等の逸失利益を全額請求できるわけではありません。

賃貸人が相当長期間修繕してくれないのであれば,飲食店としては,別の場所で営業再開することにより,営業利益等の確保を図ればよく,賃借人側にも早期に営業再開するための努力義務があるとされ,これを怠った場合,その分の損害は「通常生ずべき損害」(民法416条1項)とはいえず相当因果関係を欠くため,いわば自己責任ということになります。

そこで,どのくらいの期間の営業利益であれば「通常生ずべき損害」として認められるのか問題となりますが,これについては,営業(店舗)の業種や物件の物理的状況(築年数等)及び地理的条件(立地)等により個別具体的に判断せざるを得ません(判例タイムズ29号77頁解説参照)。

この点,裁判例上も,借地借家法27条1項の解約申入れ期間(6か月)に鑑み6か月とするもの(【青森地裁昭和31年8月31日判決】),代替店舗で従前と同程度の営業収益をあげられるようになる期間も考慮して11か月半〜2年とするもの(【大阪地裁昭和56年1月26日判決】),公共用地の取得に伴う損失補償基準細則第26の6で「転業に通常必要とする期間中の従前の収益相当額」につき「従来の営業収益(又は営業所得)の2年(被補償者が高齢であること等により円滑な転業が特に困難と認められる場合においては3年)分の範囲内」とされていることを考慮して合計3年とするもの(【札幌地裁平成28年3月18日判決】)など様々ですが,私見では,せいぜい2年分程度が上限と考えられます。

したがって,多湖・岩田・田村法律事務所では,テナント側に対しては,賃貸人が修繕してくれないからといって漫然と放置するのではなく,一定期間が経過したら自ら修繕する(修繕後に修繕費用相当額を請求する)とか代替物件の確保に動くなど次善策を講じておくよう助言しています。

【民法415条1項】
債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

【民法416条】
1 債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。

2 特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったときは、債権者は、その賠償を請求することができる。

【民法709条】
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

【借地借家法27条1項】
建物の賃貸人が賃貸借の解約の申入れをした場合においては、建物の賃貸借は、解約の申入れの日から六月を経過することによって終了する。

【公共用地の取得に伴う損失補償基準細則第26の6】(昭和38年3月7日用地対策連絡会決定)最近改正令和3年3月19日
転業に通常必要とする期間中の従前の収益相当額(個人営業の場合においては所得相当額)とは、営業地の地理的条件、営業の内容、被補償者の個人的事情等を考慮して、従来の営業収益(又は営業所得)の2年(被補償者が高齢であること等により円滑な転業が特に困難と認められる場合においては3年)分の範囲内で適正に定めた額とする。この場合において、法人営業における従前の収益相当額及び個人営業における従前の所得相当額は、売上高から必要経費を控除した額とし、個人営業の場合には必要経費中に自家労働の評価額を含まないものとする。なお、個人営業と事実上ほとんど差異のない法人営業については、個人営業と同様の所得相当額を基準として補償できるものとする。

【青森地裁昭和31年8月31日判決】
原告に賠償すべき休業による損失は原告が新に他に家屋を賃借して営業を開始するために通常要すべき期間の損失と解すべきところその期間は他に特別の事情なき限り借家法【※現借地借家法27条1項】が解約申入期間として六ケ月の期間を定めていることに鑑み六ケ月と認めるのが相当である。
※【 】内は筆者加筆。

【最高裁昭和36年11月21日判決】
法律が債務の不履行による契約の解除を認める趣意は、契約の要素をなす債務の履行がないために、該契約をなした目的を達することができない場合を救済するためであり、当事者が契約をなした主たる目的の達成に必須的でない附随的義務の履行を怠ったに過ぎないような場合には、特段の事情の存しない限り、相手方は当該契約を解除することができないものと解するのが相当である

【大阪地裁昭和56年1月26日判決】
営業用建物・店舗の滅失による同建物・店舗賃貸借契約上の賃貸人の債務の履行不能と相当因果関係にある賃借人の損害としては、失った賃借権価格相当額(同等程度の営業用建物・店舗の賃借権を他から買い取る代金額に等しい)の損害及び他に代替店舗を取得して営業を再開し、従前程度の営業成績をあげ得るに至るまでに通常要するであろう期間の得べかりし営業利益の逸失による損害が考えられる。
<中略>
原告らが代替店舗を取得し、同店舗で従前と同程度の営業上の収益(純利益)をあげ得るに至るまでには、原告Aを除くその余の原告らについては通常、代替店舗を取得して開店するまでに一〇カ月、その後一年二カ月、以上通じて二年を要するであろうこと、及び原告Aについては通常、代替店舗を取得して開店するまでに一〇カ月、その後一カ月半、以上通じて一一カ月半を要するであろうことが推認される。
<中略>
しかしながら、前示認定の各期間内において、原告らが代替店舗で開店した以後の期間は、通常開店直後に見込まれる赤字経営(開店のための投資即ち什器備品、商品等の購入仕入れなどの費用は物損に対する賠償をもって大部分が補填される)の時期を経た後は、従前の収益には及ばないものの、収益が皆無というわけはないから、全く休業したと同様に扱うわけにはいかない。

即ち代替店舗での開店後従前の営業利益があがるに至るまでの期間における原告らの得べかりし営業利益の逸失による損害額は同期間を通じての減収分(従前の割合による同期間内収益と開店後同期間内収益との差額)に相当するところ、証拠から認められる商店経営の実態などに照らし、当裁判所は、各原告の被ったであろう右減収による損害は全く休業した場合の損害の半額をもって相当と認める。

【東京高裁平成12年4月27日判決】
被控訴人のようなOCS事業者は、コーヒーサーバーを顧客方に設置して、そこで消費するコーヒーを顧客に購入してもらい、従業員が二ないし四週間に一度程度定期的に巡回してコーヒー豆等の供給、機器の点検等をするという業態であること、OCS事業における主要な変動費は商品であるコーヒー豆等の原価であること、人件費については、顧客数が減少しても従業員が巡回すべき区域は変わらないため顧客数の減少は従業員減に直結しないこと、被控訴人は従業員に対して、月間売上目標達成に対する奨励金等の支払いをしていたことが認められる。
以上の事実によれば、被控訴人の逸失利益としては、失われた売上額からその売上を得るための変動経費のみを控除した限界利益とでもいうべきものと解すべきである。
<中略>
顧客が減少しても、支払うべき事務所の賃借料等の固定経費が減少するものではなく、また、被控訴人のようなOCS事業者の場合は、人件費もこれに比例して減少するというわけのものではないから、被控訴人の逸失利益の損害に当たって純利益を基準とするのが合理的であるとはいえない

【名古屋高裁金沢支部平成18年10月16日判決】
ある企業が,第三者の不法行為等により一定の期間営業ができなくなった場合において,その企業が上記休業期間中も従前と同様に営業を行っていたと仮定した場合に得られるであろう営業利益は,従前の営業活動の結果としての営業利益(過去の営業利益)からこれを推認せざるを得ない。
そして,一般に,企業における営業活動の結果としての営業利益は,企業会計原則に従って,営業上の収入からこれを得るために必要とする営業上の経費を控除して算出されるのであるが,営業上の経費の中には,企業が,休業期間後の営業再開のため,実際に営業をしていなくとも引き続き支出せざるを得ない経費部分(いわゆる固定経費)と実際に営業をしていないことで支出を免れる経費部分(いわゆる変動経費)とがあるから,上記休業期間中に営業していたならば得られたであろう営業利益が得られないことで被る損害(休業損害又は逸失営業利益損害)の算定に当たっては,過去の営業利益の算出の際に営業上の収入から控除していた営業上の経費のうち固定経費は控除せず,変動経費に該当する経費のみを控除し,その控除後の額を逸失営業利益損害とすべきものである。

【最高裁平成21年1月19日判決】
※店舗部分が床上30~50cmまで浸水し店舗部分でのカラオケ店の営業ができなくなり,カラオケセット等の損傷に対し,設備什器を目的として締結していた保険契約に基づき損害保険金等の支払を受けたが,これらの保険金の中には営業利益損失に対するものは含まれていなかった事案で,原審(【名古屋高裁金沢支部平成18年10月16日判決】)は浸水事故の1か月後から4年5か月間の得べかりし営業利益3104万2607円(1年間702万8515円)を喪失したことによる損害賠償を認容していた。

事業用店舗の賃借人が,賃貸人の債務不履行により当該店舗で営業することができなくなった場合には,これにより賃借人に生じた営業利益喪失の損害は,債務不履行により通常生ずべき損害として民法416条1項により賃貸人にその賠償を求めることができると解するのが相当である。
しかしながら,本件においては,〔1〕平成4年9月ころから本件店舗部分に浸水が頻繁に発生し,浸水の原因が判明しない場合も多かったこと,〔2〕本件ビルは,本件事故時において建築から約30年が経過しており,本件事故前において朽廃等による使用不能の状態にまでなっていたわけではないが,老朽化による大規模な改装とその際の設備の更新が必要とされていたこと,〔3〕上告人は,本件事故の直後である平成9年2月18日付け書面により,被上告人に対し,本件ビルの老朽化等を理由に本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をして本件店舗部分からの退去を要求し,被上告人は,本件店舗部分における営業再開のめどが立たないため,本件事故から約1年7か月が経過した平成10年9月14日,営業利益の喪失等について損害の賠償を求める本件本訴を提起したこと,以上の事実が認められるというのである。
これらの事実によれば,上告人が本件修繕義務を履行したとしても,老朽化して大規模な改修を必要としていた本件ビルにおいて,被上告人が本件賃貸借契約をそのまま長期にわたって継続し得たとは必ずしも考え難い。
また,本件事故から約1年7か月を経過して本件本訴が提起された時点では,本件店舗部分における営業の再開は,いつ実現できるか分からない実現可能性の乏しいものとなっていたと解される。
他方,被上告人が本件店舗部分で行っていたカラオケ店の営業は,本件店舗部分以外の場所では行うことができないものとは考えられないし,前記事実関係によれば,被上告人は,平成9年5月27日に,本件事故によるカラオケセット等の損傷に対し,合計3711万6646円の保険金の支払を受けているというのであるから,これによって,被上告人は,再びカラオケセット等を整備するのに必要な資金の少なくとも相当部分を取得したものと解される。
そうすると,遅くとも,本件本訴が提起された時点においては,被上告人がカラオケ店の営業を別の場所で再開する等の損害を回避又は減少させる措置を何ら執ることなく,本件店舗部分における営業利益相当の損害が発生するにまかせて,その損害のすべてについての賠償を上告人らに請求することは,条理上認められないというべきであり,民法416条1項にいう通常生ずべき損害の解釈上,本件において,被上告人が上記措置を執ることができたと解される時期以降における上記営業利益相当の損害のすべてについてその賠償を上告人らに請求することはできないというべきである。

【東京地裁平成21年3月27日判決】
被告らが上記水漏れの発生の事実を原告に通知したこと(民法615条参照)を認めるに足りる証拠はないから,被告らの主張する原告による修繕義務の不履行もまたその基礎を欠くというべきである。

【東京地裁平成22年9月29日判決】
本件事故から生じる損害は,本件事故以外の諸種の要因と結びつくことにより,連鎖的に無限に拡大する可能性があることから,賠償を要する損害の範囲の認定にあたっては、加害者と被害者の利害を調整する見地から,民法416条を類推適用し,当該不法行為によって通常生ずべき損害の賠償に限定し,特別の事情によって生じた損害は,加害者がその事情を予見し又は予見可能であった場合に限って,相当因果関係があるものとして,賠償を要すると解すべきである。
<中略>
本件事故によって,送電線を所有する東京電力が直接に被った損害(切断された送電線の復旧作業に要する費用や,停電に伴って発生した電気料金の値引きによる経済的損失など)については,通常生ずべき損害の枠内で検討が可能であると考えられるのに対し,電気事業者である東京電力から送電を受けていた別事業者である原告が被った損害については,第二次的に発生したものであり,損害主体が異なる上,本件事故以外の諸種の要因と結びついた特別の事情(原告が東京電力との間で電気供給契約を締結し,電気の供給を受け,鉄道事業に利用していたことなど,原告主張の損害の前提となる事情)により生じたものと解されるから,相当因果関係の有無の判断にあたっては,被告の従業員らにその予見可能性を肯定できるかが問題となる。
ところで,現代社会において,電力は,国民の日常生活や,経済活動等に不可欠なものであり,公共事業である電気事業者から電気の供給を受けている電力需要家は,多種多様かつ無数に存在している。したがって,一旦,電気の供給が停止されると,それらの電力需要家に生じる影響は,非常に広範囲なものとなり,しかも連鎖的に無限に拡大し得る。このような場合において,加害者に故意が認められる場合は別として,加害者が,停電により影響が及ぶ可能性をごく抽象的にでも認識可能であれば,そのすべての損害について予見可能性があったとされるならば,損害賠償の範囲は不当に拡大し,加害者にとって酷な結果をもたらすことになる。
したがって,本件のような過失による事故を起因とする公共事業の遂行停止に伴う,いわゆる第二次的損害の賠償の要否を判断する際には,上記のような特殊性も考慮に入れて,その相当性を慎重に検討する必要がある。
<中略>
一般に,送電線が切断された場合に,常に鉄道事業者に対する送電が停止され,直ちに列車運行が不能になるというわけでもない。現に,被告は,平成11年3月4日,茨城県水戸市内において,東京電力の送電線を切断し,停電させる事故を起こしたことが認められるが,その際に鉄道事業者の列車運行に影響が及んだことは証拠上うかがわれない。
<中略>
そうすると,本件の送電線が切断されることによって,原告に対する送電が停止され,正常な列車運行ができなくなることについて,当然に被告の従業員らにおいて予見が可能であったとまではいえない

【大阪地裁平成27年9月16日判決】
原告は,長年にわたりAの製品の関西地区における独占販売会社として営業を続けてきており,原告の売上高に占めるA製品の割合は約9割以上に上っていたこと,Aが原告の業務体制及び財務状況等に強い関心を有する等,両者間には業務上及び経済上の緊密な関係があり,役員及び株式に関する相互関係も存在したことが認められる。
これらからは,原告とAは,企業体として一体とは認められず,独占販売契約が継続し得るかに疑問はあったものの,両者の関係は非常に緊密かつ特殊な関係にあったと評価できる。
このように,製品の特性上,原告がA以外の他社から直ちに代替品を入手して原告の取引先に販売することができず,原告がAと非常に緊密かつ特殊な関係にあったとの特殊な状況下においては,本件原発事故により,Aからの製品の供給が途絶えたことによる原告の一定期間における逸失利益相当額の損害は,本件原発事故と相当因果関係のある損害に当たるというべきである。
<中略>
原被告間の状況を考慮すると,原告がAの独占販売代理店以外の事業ができないことを当然の前提にするのは相当でなく,他の事業等の実施により損害を軽減する義務を認めるのが相当である。
ただし,原告が,本件原発事故後のさまざまな対応に追われる中,直ちに新たな事業等を開始し,収益を上げることは,本件解約後一定期間は実際には困難であったと認めるのが相当である。
したがって,本件原発事故後,1年間程度については,原告の努力によって損害を軽減できた可能性は極めて乏しいと認めるのが相当であり,この間に原告が新たな事業等を模索しなかったことを,相当因果関係が認められる期間の算定に当たり考慮することは,妥当ではない。
<中略>
原告が被った逸失利益に関し,本件原発事故と相当因果関係を有する期間は,本件原発事故日である平成23年3月11日から,約1年間が経過した平成24年3月31日までの間に限られるというべきである。
なお,本件の事案を前提にしても,間接被害者に長期間にわたる多大な損害が発生するということは,通常生じることとはいえず,損害賠償義務を負う者からみれば,その予見も困難といえる。この点からみても,相当因果関係を有する期間は前記のとおりと判断すべきである。

【札幌地裁平成28年3月18日判決】
原告においては,ある店舗において営業休止を余儀なくされ損失を被ったとしても,別の店舗において収益を上げることによって,損失の回避若しくは軽減又は逆に売上増を達成することができ,しかも,そうしたことが原告の事業の常態であったと認められる。
そうすると,原告は,何らかの事由によって特定の店舗が営業休止を余儀なくされたとしても,機動的に別の店舗の収益をもってその損失を補うことが可能であったのであるから,事故がなければ特定の店舗が実際に営業を継続したであろう期間の全てにわたって,収益を上げられなくなり,損失を被ったというべき関係にはなかったと認められる。
したがって,被告が賠償責任を負うべき本件5店舗の逸失利益の期間は,本件事故がなければ本件5店舗が実際に継続したであろう期間の全てに及ぶと考えなければならないわけではなく,相当な範囲に限られるというべきである。
そして,〔1〕公共用地の取得に伴う損失補償基準において,営業廃止に伴い転業に通常必要とする期間中の従前の収益相当額として,従来の営業利益の2年分,被補償者が高齢であること等により円滑な転業が特に困難と認められる場合においても3年分とされていること(同細則第26の6),〔2〕原告において,3年程度で閉店に至る店舗が複数存在していたことに照らせば,法的に相当因果関係の認められる期間としては,営業休止を余儀なくされた時から2年と認めるのが相当である(そうすると,原告については,本件事故から約1年分は休業損害として,その後の2年分は逸失利益として,合計3年分の営業利益の賠償が認められることになる。)。

4.修繕義務違反に基づく契約解除の可否
賃貸人が修繕義務を怠った場合,前述2の賃料減額や前述3の損害賠償請求以外に,賃貸借契約の解除まで主張することができるのか問題になります。

そもそも,一般に債務不履行に基づく解除については,【最高裁昭和36年11月21日判決】で「法律が債務の不履行による契約の解除を認める趣意は,契約の要素をなす債務の履行がないために,当該契約をなした目的を達することができない場合を救済するためであり,当事者が契約をなした主たる目的の達成に必須的でない附随的義務の履行を怠ったに過ぎないような場合には,特段の事情の存しない限り,相手方は当該契約を解除することができない」と解されています。

従って,賃貸借契約に限らず,一旦締結した契約を解除するには,それなりにハードルが高いということがいえます(債務不履行解除の可否参照)。

賃貸人の修繕義務違反についても,営業に一定の支障が生じていたとしても,主たる目的(飲食店等)とする営業を継続することが困難な状態にあったとまでいえない場合には,一定の損害賠償請求(民法415条1項)や当該支障が生じた限度での賃料減額(民法611条1項)は認められても,修繕義務違反(債務不履行)を理由とする契約解除までは認められない可能性が高いと考えられます(【福岡高裁平成19年7月24日判決】)。

【福岡高裁平成19年7月24日判決】
一審原告は、本件建物に生じた上記の不具合について修繕義務を負っているものというべきである。
そして、一審原告は一審被告からの修繕要求を拒み続けたのであるから、一審原告に修繕義務違反があることは明らかである。
<中略>
一審被告が、一審原告に修繕を求めるのは当然のことであり、また、うどん屋(客商売)である一審被告が、このような不具合がある店舗では営業に支障があると考えたとしても、あながち理由がないわけではない。
しかしながら、上記不具合自体はかなり前から気付かれていた筈であり、それにもかかわらず、一審被告は曲がりなりにも本件店舗での営業をしてきたものであること、一審被告が退去した約一年後には、喰道楽が本件建物に入居して飲食店を営業していることに照らせば,一審被告が休業に入った平成一四年二月一八日の時点ではもとより、一審被告解除の意思表示がなされた同年八月二三日ないしはその効力発生時期とされる同月末日の時点においても、本件建物が既に飲食店としての営業を継続することが困難な状態にあったとまでいうことはできない。
一審被告は、不等沈下の危険性を主張するが、それは、上記のとおり、一般的な危険を指摘するにとどまり、当時直ちに一審被告の営業を困難ならしめるような具体的な危険があったと認めるには至らない。
なお、喰道楽はその後本件建物から退去しているが、その退去理由が本件建物の歪みなどの不具合であることを示す証拠はない。
むしろ、一審被告の本件店舗での売上げは月商三〇〇万円前後にとどまっており、月に一〇万円ないし二〇万円の赤字が出ていたこと、一審被告では売上げが月商三〇〇万円を割り込むと当該店舗からの撤退を検討するところ、本件店舗は営業を続けても収支とんとんかまたは赤字が続くと見込まれていたこと、一審被告は、平成一三年二月に、営業不振なので撤退したいとAに電話し、さらに同年五月には一審原告に対し本件賃料の値下げ交渉をしたり、同年一二月には敷金を放棄して撤退したいと申入れたりしたこと、その際には地盤沈下による影響が理由とされた形跡はないことからすると、一審被告解除及び本件店舗からの退去は、多分に営業政策的な理由に基づくものではないかとみる余地すらあるものといわなければならない。 
以上によれば、本件建物の使用に支障が生じた限度での賃料の減額や損害賠償の問題が発生することはともかく、一審原告の修繕義務違反(債務不履行)を理由として本件契約を解除することまではできないものというほかない。

 結論

以上より,頭書事例の場合,飲食店は1か月間の賃料のうち,トイレや水道設備等の物件設備の使用の不十分な程度に応じた賃料の支払いを拒むことができます(民法611条1項)(但し,必ずしも賃料全額の支払いを拒むことはできません。賃借の目的や不具合の程度等により減額できる割合は大きく異なりますので,多湖・岩田・田村法律事務所でも,同種事例の裁判例を参考に個別の事案に応じ慎重に判断しています)。

また,飲食店が賃貸人に毀損の事実を通知し修繕を請求したにも拘らず,賃貸人がその修繕を1か月間怠ったような場合には,この間の営業利益等の逸失利益の損害賠償を請求することができますが,あまりに長期間に及んだ場合,その全期間に対応する営業利益等の逸失利益を全て損害として請求できるわけではありませんので,飲食店としては,賃貸人が修繕してくれないのであれば契約を解除し別の場所で営業することも検討すべきでしょう。

 実務上の注意点

5.賃借人の通知義務
民法615条では「賃借物が修繕を要し,又は賃借物について権利を主張する者があるときは,賃借人は,遅滞なくその旨を賃貸人に通知しなければならない。ただし,賃貸人が既にこれを知っているときは,この限りでない」と規定されており,仮に賃借人が賃貸人に対し修繕を要することを通知しなかったときは,同条に違反しますが,当該賃借人の通知義務違反自体は,修繕義務違反に基づく損害賠償請求(民法415条)や611条1項に基づく賃料減額に対する抗弁(反論)とはならないと考えられています(司法研修所編『民事訴訟における要件事実 第2巻』104頁)。

この点,【東京地裁平成25年2月18日判決】も,費用償還請求(民法608条1項)に関してですが,「賃借人は修繕箇所を発見したときは速やかに賃貸人に通知しなければならない」旨定められていた場合に,賃借人が速やかな通知をせずに修繕して必要費を支出した場合,「これをもって直ちに費用償還請求権が失われると解することはできない」と判示しています。

従って,仮に賃借人が修繕を要する旨を賃貸人に通知しないでいたとしても,理論的には,賃借人は,毀損時から修繕されるまでの期間中の賃料の減額を主張することができると考えられます。

ただし,前述2のとおり,賃借人が賃借物の一部滅失の事実を認識した後も何ら通知せず漫然と満額の賃料を支払い続けた場合には,その後になって遡って差額賃料の返還を求めることまでは(現民法下でも旧民法下でも)認められない可能性があります(前掲【東京地裁平成26年10月9日判決】参照)。

また,前述3のとおり,修繕義務違反を理由に損害賠償請求をするためには賃貸人の帰責性(故意又は過失)が必要となりますので(民法415条1項但書),通知を怠り賃貸人が毀損の事実を知り得なかった場合には,帰責性がなく損害賠償請求は認められません(前掲【東京地裁平成21年3月27日判決】)。

よって,当該賃借人の通知義務違反は,賃貸人の修繕義務違反を理由とする損害賠償請求や民法611条1項の賃料減額を事実上否定する理由付けになり得るものと考えられます。

とりわけ民法611条1項(賃料減額)の適用に関して,このことを明確にしておくため,多湖・岩田・田村法律事務所では,次のような条項(3項及び4項)を定めておくよう助言しています。

【条項例】
1 本物件の一部が滅失その他の事由により使用できなくなった場合において,それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは,賃料は,その使用できなくなった部分の割合に応じて,減額されるものとする。この場合において,賃貸人及び賃借人は,減額の程度,期間その他必要な事項について協議するものとする。
2 本物件の一部が滅失その他の事由により使用できなくなった場合において,残存する部分のみでは賃借人が賃借をした目的を達することができないときは,賃借人は,本契約を解除することができる。
3 賃借人は,前2項の事由又は本物件内に要修繕箇所を発見したときは,賃貸人が既にこれを知っているときを除き,直ちに賃貸人にその旨を通知しなければならない。
4 賃借人が正当な理由なく,前項の通知を遅滞した場合には,第1項に関わらず当該遅滞期間中の賃料は減額されないものとし,遅滞したことにより修繕を要する箇所が拡大し,又は修繕に過大な費用を要するに至ったときは,当該拡大した部分又は当該過大な費用部分については,賃借人が修繕又は費用負担の義務を負うものとし,賃貸人はこれに関し一切の責任を負わないものとする。

【民法608条1項】
賃借人は、賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは、賃貸人に対し、直ちにその償還を請求することができる。

【民法615条】
賃借物が修繕を要し、又は賃借物について権利を主張する者があるときは、賃借人は、遅滞なくその旨を賃貸人に通知しなければならない。ただし、賃貸人が既にこれを知っているときは、この限りでない。

【東京地裁平成25年2月18日判決】
本件契約書の第15条第3項には,原告は,本件建物の修繕箇所を発見したときは,速やかに被告らに通知するものとし,原告の費用負担において行う修繕については,本件区分表に定められた原告の負担範囲内の修繕,火災・漏水・災害等緊急を要する場合の修繕を除き,被告らの書面による承諾を得てから行うものとするとされていることが認められるが,本件賃貸借契約において,被告らの費用負担において行う修繕につき事前に被告らの承諾を必要とする旨の定めがあることを窺わせる証拠はない。
したがって,原告がその主張する交換ないし工事を行うにつき,被告らの事前の承諾を得ていなかったとしても,これをもって,原告の被告らに対する費用償還請求が妨げられるものではない。
また,原告が修繕箇所について被告らに速やかな通知をしていなかったとしても,これをもって,直ちに原告の被告らに対する費用償還請求権が失われると解することはできない。 

6.修繕義務の免除条項の有効性
賃貸人の修繕義務(民法606条1項)について,特約で「営業に必要な修繕は賃借人において行う」等と規定し,賃貸人の修繕義務を免除したり,あるいは賃借人に負担させる条項はがしばしば見受けられます。

この点,【最高裁昭和29年6月25日判決】は,契約により,賃貸の目的(営業目的や居住目的)を達成するのに必要な修繕義務を一定の範囲で賃借人に負わせる特約を有効と解しており,また,(民法608条は任意規定であるので)賃貸人に代わって賃借人が修繕費(必要費)を負担する(賃借人は必要費及び有益費の償還請求権を予め放棄する)旨の特約も有効と解されています(【最高裁昭和49年3月14日判決】)。

【最高裁昭和39年6月26日判決】でも,「仮りに賃借人が修繕する旨の特約がある場合でも本件の如き大修繕は特別の事情がない限り賃借人が負担する義務がない」との家屋賃借人の主張を排斥しており,大修繕を賃借人に負担させる特約も原則として有効と解して良いでしょう。

問題は,かかる特約が,単に賃貸人の修繕義務の範囲(限界)を定めたに過ぎないのかそれとも積極的に賃借人に修繕義務を負わせる趣旨なのか否かです。

この点につき,前掲【最高裁昭和29年6月25日判決】霜山裁判官の補足意見では,「特約により賃貸人の修繕義務に制限を加え或は賃借人に修繕義務を負担させることもできる」としつつ,「特別の事情のない限り単に賃貸人の修繕義務の限界を定めたもので賃借人に営業に必要な修繕の義務を負わせた趣旨でない」と述べられています。

また,【最高裁昭和43年1月25日判決】も,「『入居後の大小修繕は賃借人がする』旨の条項は,単に賃貸人たる上告人が民法606条1項所定の修繕義務を負わないとの趣旨であったのにすぎず,賃借人たる被上告人が右家屋の使用中に生ずる一切の汚損,破損個所を自己の費用で修繕し,右家屋を賃借当初と同一状態で維持すべき義務があるとの趣旨ではないと解するのが相当である」と判示していますので,賃貸人が修繕義務(大修繕も小修繕も)を負わないとする特約は原則として有効であるものの,かかる特約は,賃貸人の修繕義務を免除するものに過ぎず,賃借人側に積極的に修繕義務を負わせる効力はないと考えられます。

この点,「大修繕」についてまで賃貸人の修繕義務を免除するというのは賃借人に著しく不利益を及ぼすもので不当とも思われますが,この場合でも,賃借人は使用収益の不十分な程度で賃料減額請求ができると解されますので(前述2参照),賃借人に一方的に不利益ともいえず,当該特約も原則として有効と解して良いでしょう。

なお,何をもって「大修繕」とするかは,法律上明確に定義づけられているわけではありませんが,建築基準法2条14号で「大規模修繕」につき「建築物の主要構造部の一種以上について行う過半の修繕」とし,同条5号で「主要構造部」につき「壁,柱,床,はり,屋根又は階段をいい,建築物の構造上重要でない間仕切壁,間柱,附け柱,揚げ床,最下階の床,廻り舞台の床,小ばり,ひさし,局部的な小階段、屋外階段その他これらに類する建築物の部分を除くものとする」とされていることは一応の参考となるでしょう。

もっとも,平成13年4月1日に施行された消費者契約法の下では,賃貸人が事業者で,賃借人が事業者でない個人の場合,大修繕についてまで賃貸人の修繕義務を免除する旨の特約は,同法10条等により無効とされる可能性があります。

私見ですが,具体的には,賃貸人が相場通りの適正な賃料を受領しているにも関わらず,主要構造部(壁,柱,床,はり,屋根又は階段をいい,建築物の構造上重要でない間仕切壁,間柱,附け柱,揚げ床,最下階の床,廻り舞台の床,小ばり,ひさし,局部的な小階段,屋外階段その他これらに類する建築物の部分を除く)の一種以上について行う過半の修繕(建築基準法2条5号,14号及び15号参照)並びに電気配線,水道管,ガス管等の共用部に該当する建物の基本的設備の修繕まで,修繕義務を負わないとする条項は,消費者契約法10条により無効とされる可能性が高いと思われます。

従って,多湖・岩田・田村法律事務所では,消費者契約法が適用されるケースの場合で,かつ相場通りの適正な賃料を受領している場合には,次のような条項に留めておくよう助言しています。

【条項例】
1 賃借人が本物件に居住する上で必要となる小修繕(原則として,壁,柱,床,はり,屋根,階段等の主要構造部分及び躯体部分の一種以上について行う過半の修繕並びに電気配線,水道管,ガス管等の共用部に該当する建物の基本的設備の修繕以外の修繕をいう。)は,賃借人の負担とし,賃貸人は,これに関し修繕義務を負わないものとする。ただし,賃借人は,修繕をする際は,緊急やむを得ない場合を除き,修繕箇所及び修繕方法等につき,賃貸人に事前に通知の上,賃貸人の承諾を得るものとする。
2 賃借人は,前項に基づき必要な修繕をしたとしても,それを理由として必要費及び有益費の償還並びに賃料の減額等を賃貸人に対し請求することはできない。

【民法608条】
1 賃借人は、賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは、賃貸人に対し、直ちにその償還を請求することができる。

2 賃借人が賃借物について有益費を支出したときは、賃貸人は、賃貸借の終了の時に、第百九十六条第二項の規定に従い、その償還をしなければならない。ただし、裁判所は、賃貸人の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。

【消費者契約法10条】
消費者の不作為をもって当該消費者が新たな消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたものとみなす条項その他の法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。

【建築基準法2条】
この法律において次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。

五 主要構造部 壁、柱、床、はり、屋根又は階段をいい、建築物の構造上重要でない間仕切壁、間柱、付け柱、揚げ床、最下階の床、回り舞台の床、小ばり、ひさし、局部的な小階段、屋外階段その他これらに類する建築物の部分を除くものとする。

十四 大規模の修繕 建築物の主要構造部の一種以上について行う過半の修繕をいう。

十五 大規模の模様替 建築物の主要構造部の一種以上について行う過半の模様替をいう。

【最高裁昭和29年6月25日判決】
本件賃貸借の目的たる建物二棟がともに映画館用建物で、これに備付の長椅子その他の設備一切をも貸借の目的としたものであることは、原判決の確定するところであって、これら賃貸借の目的物がその使用に伴い破損等を生じた場合、これに適切な修繕を加えて能う限り原状の維持と耐用年数の延長とをはかることはもとより賃貸人の利益とするところであるから、たとい右修繕が同時に賃借人の営業にとり必要な範囲に属するものであつても、その範囲においてこれを賃借人の賃貸人に対する義務として約さしめることは、何ら道理に合わないこととなすべきではない
また、いわゆる減価消却金とはいかなる趣旨のものかにつき原判決は何ら説示するところがないので、賃料の外右減価消却金をも支払う旨の条項があるからといって、なぜ修繕義務を賃借人に負担させることが通常人間の取引においては考えられないのか、その理由を首肯せしめるに足らない。
【霜山裁判官補足意見】
賃貸人は原則として賃貸物の使用収益に必要な修繕義務を負うものであるが特約により賃貸人の修繕義務に制限を加え或は賃借人に修繕義務を負担させることもできるのである。
そこで本件賃貸借における前示条項が単に賃貸人たる上告人の修繕義務の限界を定めたものか或は賃借人たる被上告人に営業に必要な修繕の義務を負わせたものと解すべきかが問題である。
住宅の賃貸借で畳替は賃借人においてこれをするという特約はよく普通に行われているのであるがこれを賃貸人は畳替という修繕義務を負担しない、畳替は賃借人の方でやってもらいたいという趣旨で賃借人に畳替の義務を負担せしめる趣旨でないことは言を俟たないところである。
そして右の場合でも特別の事情があれば特約で賃借人に畳替の義務を負わせることを妨げるものではないが契約の条項に賃借人に修繕義務を負わせる旨を明定した場合は格別単に畳替は賃借人においてこれをすると定めている場合には特別の事情のない限り賃借人に畳替の義務を負担せしめる趣旨でないとみるのが相当である。
本件は映画館の賃貸借で住宅の賃貸借ではないが理は全く同一であって、これを別異に解すべき理由はない。
従って本件賃貸借における前示条項は特別の事情のない限り単に賃貸人たる上告人の修繕義務の限界を定めたもので賃借人たる被上告人に営業に必要な修繕の義務を負わせた趣旨でないと解するのが相当である。

【最高裁昭和39年6月26日判決】
「仮りに賃借人が修繕する旨の特約がある場合でも本件の如き大修繕は特別の事情がない限り賃借人たる上告人が負担する義務がない」と主張する点は、独自の見解にすぎず、引用の大審院判例(大正一五年(オ)第一二一九号昭和二年五月一九日判決)は本件に適切でない。

【最高裁昭和43年1月25日判決】
「入居後の大小修繕は賃借人がする」旨の条項は、単に賃貸人たる上告人が民法六〇六条一項所定の修繕義務を負わないとの趣旨であったのにすぎず、賃借人たる被上告人が右家屋の使用中に生ずる一切の汚損、破損個所を自己の費用で修繕し、右家屋を賃借当初と同一状態で維持すべき義務があるとの趣旨ではないと解するのが相当であるとした原判決の判断は、正当である。

【最高裁昭和49年3月14日判決】
民法六〇八条はいわゆる任意規定であって、賃貸人と貸借人との間で、貸借人が貸借建物に関して支出する必要費、有益費の償還請求権を予め放棄する旨の特約がされたとしても、右特約が借家法六条【※同条では造作買取請求が「賃借人ニ不利ナルモノ」として無効とされていたが現借地借家法37条では造作買取請求権が任意規定とされたため該当条項無し】により無効であると解することはできない。
※【 】内は筆者加筆。

7.無断修繕の可否(賃貸人の承諾義務)
賃貸借契約においては,「賃借人が貸室内の修繕工事をする際には,事前に賃貸人の承諾を得なければならない」という条項が規定され,賃借人が貸室内の内装工事や修繕工事等を行う場合には,事前に賃貸人の承諾を受けなければならないこととされているのが通常ですので,原則として,賃借人が内装工事等をする際には,事前に賃貸人の承諾を受けなければいけません。

賃借人の生活上または営業上必要な内装工事や修繕工事であるに関わらず,賃貸人がこれを承諾しなかった場合,賃借人は,賃貸人に対し,当該修繕工事を承諾するよう,いわゆる承諾請求訴訟を提起するという方法が考えられますが,この場合には,賃貸人に承諾義務があるかという点がまず問題となります。

この点,【東京高裁平成9年9月30日判決】は,借地における排水設備設置に関する事案ですが,「付近の土地の排水設備の設置状況及び本件土地の所在する場所の環境にかんがみると、本件土地につき排水設備等を設置することは、本件土地の利用に特別の便益を与えるというものではなく、むしろ、建物の所有を目的とする本件借地契約に基づく土地の通常の利用上相当なものというべきであるから、賃貸人である控訴人らにおいて、本件土地につき排水設備等を設置することにより回復し難い著しい損害を被るなど特段の事情がない限り、その設置に協力すべきものであると解するのが相当である」として,借地人が借地につき排水工事及び水洗化設備の新設工事をすることにつき,賃貸人(地主)の承諾義務を認めました。

従って,賃貸借契約に定められた目的・用途に従った通常の利用上相当な修繕工事については,これにより賃貸人に回復し難い損害が生じるなどの特段の事情ない限り,賃貸人にはこれを承諾する義務があると解されます。

もっとも,いちいち承諾請求訴訟を提起し,承諾認容判決を得られるまで待っていたのでは,その間,十分な使用収益が得られず賃貸借契約の目的を達成できず,賃借人は大きな損害を被る可能性があります。そこで,賃貸人の承諾を得ずに工事をしてしまった場合の法的効果(ペナルティ)が次に問題となります。

この点,【東京地裁昭和46年5月25日判決】は,「建物賃貸借契約において,賃借人が修繕を賃貸人の承諾を得てなすことができる旨の特約条項がある場合でも,賃借人は急迫の危険防止等の必要があるときは,賃貸人の承諾をまたずに,応急工事および普通の保存工事の範囲を超えない程度の修繕をすることができ,賃貸人の承諾を得ずにこれを行ったとしても,直ちに賃貸借契約関係における信頼関係を破壊する事由となるとはいえない」と判示しています。

従って,修繕義務がいずれにあるかに拘わらず,また,修繕工事に賃貸人の承諾を要する旨の特約があるか否かに拘わらず,少なくとも「応急工事および普通の保存工事の範囲を超えない程度の修繕」は,賃借人は賃貸人の承諾を得ずに独断で修繕工事をすることも可能と考えられます(より正確に言うと,承諾がない=無断である以上,契約違反ではあるが,これ自体を理由に直ちに契約解除されることはないということです。とりわけ賃貸借契約においては,契約違反があったからといって必ずしも契約解除できるわけではないことについては,債務不履行解除の可否参照)。

そして,令和2年4月1日施行改正民法では,修繕請求後相当期間内に賃貸人が必要な修繕をしてくれないとき(民法607条の2第1号)や,急迫の事情があるとき(民法607条の2第2号)は,賃貸人の承諾がなくても賃借人自ら修繕できることが明確になりましたので,これらの要件を充足する限り,承諾を得ずに修繕を行ったとしても契約解除される可能性は一層低くなったといえます。

なお,上記「急迫の事情」の例としては,水漏れなどで短期間で損害の拡大が予想される場合等が挙げられています(第一東京弁護士会司法制度調査委員会編『改正債権法の逐条解説』〔新日本法規 2017年〕315頁)。

これに対し,「応急措置および普通の保存工事の範囲」を超える改装・模様替工事(現状を保存又は復旧するためではなく現状を変更・向上させる工事)は,法律上の明文規定はありませんが,(1)工事を行う緊急性,必要性,合理性があり,(2)建物の通常の利用上相当で用途目的にも適っており,(3)工事部分の原状回復も比較的容易で工事により賃貸人が回復し難い著しい損害を被るなど特段の事情がない場合には,賃貸人はこれを受忍すべきと考えられます(【東京地裁平成6年12月16日判決】参照)。

とりわけスケルトン貸し(賃借人による内装工事が当然に予定されている物件)の場合,その用途・用法の変更(例えば「事務所」を「飲食店」に変更する等)を伴わない限り,簡易な改装・模様替工事をしただけでは,たとえ賃貸人の承諾を得ていなくても未だ信頼関係を破壊するとまではいえず,契約解除が認められるリスクは相対的に低いと思われます(【東京地裁平成27年5月28日判決】)。

もっとも,各要件については非常に判断が難しいところですので,多湖・岩田・田村法律事務所では,具体的な工事内容に応じて,その都度ご相談頂くことをお勧めします。

また,借地契約の場合,当該土地自体の改良・造成工事の場合だけでなく,借地上の建物につき「増築」「改築」する場合にも,地主(賃貸人)の承諾を要するとされているのが通常ですが,ここで,通常,承諾の要らない単なる「模様替え」「修繕」との区別がしばしば問題となります。

これについても,前述5の「大修繕」と同様に建築基準法2条5号,14号及び15号に鑑み,建物の主要構造部分で構造上重要な壁,柱,床,梁,土台などの一種以上についての過半の修繕【東京地裁平成18年7月21日決定】)や相当な広範囲にわたり従来の部材を取り外し新たな部材を取り付け用途,規模,構造の著しく異ならない建築物を建てたのと同等の評価をすることができる程度に変更を加えるもの【東京地裁平成25年3月26日判決】)は,増改築に該当し,賃貸人の承諾を要すると解されます。

【民法607条の2】
賃借物の修繕が必要である場合において、次に掲げるときは、賃借人は、その修繕をすることができる。

一 賃借人が賃貸人に修繕が必要である旨を通知し、又は賃貸人がその旨を知ったにもかかわらず、賃貸人が相当の期間内に必要な修繕をしないとき

二 急迫の事情があるとき

【東京地裁昭和46年5月25日判決】
建物賃貸借契約において、賃借人が修繕を賃貸人の承諾を得てなすことができる旨の特約条項がある場合でも、賃借人は急迫の危険防止等の必要があるときは、賃貸人の承諾をまたずに、応急工事および普通の保存工事の範囲を超えない程度の修繕をすることができ、賃貸人の承諾を得ずにこれを行ったとしても、直ちに賃貸借契約関係における信頼関係を破壊する事由となるとはいえないことは当然であるが、控訴人のなした前記補修、増改築工事は、社会通念上、応急工事および普通の保存工事の範囲を著しく超えているものといわざるを得ないから、賃借人たる控訴人がかゝる補修、増改築工事を賃貸人たる被控訴人に無断で行ったとすれば、控訴人は賃借物を善良な管理者の注意をもって保管すべき義務に違背し、賃貸借契約関係における信頼関係を破壊し、賃貸借契約の継続関係を困難にする行為をしたものであることを免れず、被控訴人はこれを理由として本件建物賃貸借契約を解除することができるものといわなければならない。

【東京地裁平成6年12月16日判決】
本件工事は、鉄扉が転倒して通行人等に危害を及ぼす危険性が現実に具体化した段階において、その危険を早急に除去する必要が生じたことを契機に、あわせて、従前からの壁面からの雨漏りを防止し、事務所部分における接客環境を改善する目的で行われたものであり、本件建物の賃貸人である原告がこれらの適切な改修を行うなどの措置を講じた形跡は何ら窺われないことなどに照らすと、その必要性、合理性が認められるのであり、設置された基礎は、撤去することは可能であって、撤去に然程困難は伴わず、本件建物の道路側(西側)に南側部分から北側の空き地にかけて設置された新しい壁面、事務所部分の上部に設けられた屋根状の構造物及びシャッター四基についても、これらを撤去することは可能であり、それに要する作業も、安全を確保するため足場等と組む必要があるものの、数日間で完了することができると考えられ、事務所部分については、本件工事の前後において、本件建物の事務所部分を賃貸借当初の原状に復するために要する作業に質的な変化があったとすることはできず、したがって、本件工事によって、事務所部分の原状回復についての原告の負担が増加したとすることはできない
さらに、本件賃貸借における、建物の用途、目的は、事務所、工場、倉庫として使用することにあるが、本件工事によって、これらの用途、目的に変更が生じたものではない
また、事務所として使用する以上、接客環境の整備を行うことは、当然に予定されているというべきであり、接客環境を良くするための改装、改築等については、それが必要かつ相当なものである限り、賃貸人はこれを受忍すべきである
<中略>
以上の諸事情を総合すれば、本件工事は、その規模、内容ともに軽微なものとはいえないが、被告としては、本件工事を行う緊急性、必要性、合理性があり、増改築部分の復旧も比較的容易であって、本件建物の用途目的に適っており、従前から本件建物の維持、管理、補修は専ら被告が行ってきたものであり、被告が原告の制止を無視して本件工事を強行したような事情は認め難く、原告も本件建物の価値の増加による利益を受けるのであるから、本件工事が原告、被告間の信頼関係を破壊するものとはいえず、原告、被告間の信頼関係を破壊するに足りないと認める特段の事情があるというべきである。

【東京高裁平成9年9月30日判決】
付近の土地の排水設備の設置状況及び本件土地の所在する場所の環境にかんがみると、本件土地につき排水設備等を設置することは、本件土地の利用に特別の便益を与えるというものではなく、むしろ、建物の所有を目的とする本件借地契約に基づく土地の通常の利用上相当なものというべきであるから、賃貸人である控訴人らにおいて、本件土地につき排水設備等を設置することにより回復し難い著しい損害を被るなど特段の事情がない限り、その設置に協力すべきものであると解するのが相当である。
そして、前記認定の事実関係のもとにおいては、控訴人らにおいて、本件土地につき排水設備等を設置することによって回復し難い著しい損害を被るなどの特段の事情があることは認められないから、そうであれば、控訴人らは、被控訴人が本件土地につき排水工事及び水洗化設備の新設工事をするに当たり、これを承諾し、かつ、右工事の施工を妨害してはならないものといわなければならない。

【東京地裁平成18年7月21日決定】
増改築制限特約がなされる趣旨は,増改築がなされることにより,建物の耐用年数が延長され,借地権の存続期間等に影響を及ぼすことを防止しようとする点にある。
この趣旨からすると,単なる修繕はこれに当たらず,建物の主要構造部分であり,建物の構造上重要な壁,柱,床,梁,土台などの一種以上について,過半の修繕がなされる場合に,賃貸人の承諾を要する増改築に当たるというべきである。

【東京地裁平成25年3月26日判決】
いわゆる修繕工事といわれるものであっても,それが建物の主要構造部を中心として相当な広範囲にわたり従来の部材を取り外し,新たな部材を取り付けるなどした結果,従来の建築物の一部を取り除き,これと用途,規模,構造の著しく異ならない建築物を建てたのと同等の評価をすることができる程度に変更を加えるものであるときは,改築に当たり,本件賃貸借契約上も賃貸人の承諾を要するものと解される。

【東京地裁平成27年5月28日判決】
本件賃貸借契約において,本件建物の部分的小修繕は,被告が費用を負担して自ら行うこととされている上,スケルトン貸しであって,本件建物の明渡しに際し,被告が設置,あるいは承継した諸造作・設備は被告の費用で収去することとされている。
もちろん,このような本件賃貸借契約の条項から,模様替え等に原告の事前承諾を要し,これに反したときは直ちに解除することができるとの上記約定が直ちに無効となるわけではない
しかし,昭和23年頃の賃貸借開始当初から,本件建物では青果店が営まれてきたが,平成10年以降,本件建物では100円ショップや洋服リフォーム,骨董品販売等のリサイクル業が営まれつつ,賃貸借契約が更新されてきた。
そして,平成26年1月にはクリーニング店仕様に改装されたが,店内設置のカウンター,棚はいずれも可動式で,ハンガー用パイプはねじによる固定式で取り外し可能なものとなっている。また,入り口の照明付き看板ボックスは従前のものを再利用し,引き戸のほか,室内の照明器具,エアコン室内機,コンセント,スイッチ,床の素材及び間仕切り等は,いずれも従前のままとなっている。
そのため,平成26年1月頃のクリーニング店仕様への改装は,原告の事前の承諾を得ていない点で本件賃貸借契約の約定に違反するものの,簡易な模様替えであって,未だ原告被告間の信頼関係を破壊するようなものとはいえない特段の事情があるものと認めるのが相当である。

※本頁は多湖・岩田・田村法律事務所の法的見解を簡略的に紹介したものです。事案に応じた適切な対応についてはその都度ご相談下さい。


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