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賃貸人の修繕義務の範囲
*本項は多湖・岩田・田村法律事務所の法的見解を簡略的に紹介したものです。事案に応じた適切な対応についてはその都度ご相談下さい。
【事例】賃貸物件の修繕義務と損害賠償の範囲
地震のため,飲食店がテナントで借りていた事務所の排水管が破裂・漏水し,トイレや給湯設備が1か月間使用できなかった場合,この間の賃料を支払う義務はあるか?
さらに,これにより1か月間営業停止を余儀なくされた場合,飲食店は賃貸人に対し営業利益の1か月分を損害として請求することができるか。

【解説】多湖・岩田・田村法律事務所/令和2年8月改訂版
【1】新民法606条1項(旧民法606条1項)では,「賃貸人は,賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う」とされています。

そして,建物の毀損が天災等の不可抗力によるものであっても賃貸人は修繕義務を免れないとされているため(【大審院大正10年9月26日判決】),頭書事例では,原則として,賃貸人は排水管を修繕し,飲食店がトイレや給湯設備を使用できるように維持する義務を負います。

飲食店としても,トイレや給湯設備が利用できることを前提に,毎月の賃料を支払って物件を借り受け営業しているのですから,かかる賃貸人の義務は当然の義務といえます(【東京地裁昭和46年3月31日判決】)。
【2】また,賃貸借契約締結以前にすでに生じていたいわゆる原始的瑕疵であっても,賃借人がそのことを知らず,当該瑕疵が賃料に反映されていない場合には,修繕義務は否定されません。

この点については,【東京高裁昭和56年2月12日判決】が,「賃貸人の修繕義務の対象は,賃貸借契約成立後に生じた賃借物の破損,欠陥に限定されるものではなく,契約成立時に存した欠陥についても修繕義務が生じる」としつつ,「契約当初から賃借物に欠陥が存しても,賃貸人が修繕義務を負うべき場合とそうでない場合があり,その区別は,もともと賃貸人の修繕義務は賃借人の賃料支払義務に対応するものであるところからして,結局は賃料の額、ひいては賃料額に象徴される賃借物の資本的価値と,欠陥によって賃借人がこうむる不便の程度との衡量によって決せられる」と判示しています。

なお,【東京地裁平成25年6月24日判決】では,賃借人が「建物について耐震診断が行われていないことを本件賃貸借契約の締結時に認識かつ了承した上で本件賃貸借契約を締結した」こと等を前提に,賃貸人が「建物を安全に使用収益させる義務を負っていると解することはできない」として,賃貸人において耐震診断や耐震化工事をする義務がないこと暗に示しました。
【3】もっとも,新民法606条1項(旧民法606条1項)にいう「必要な修繕をする義務を負う」場合とは,「修繕しなければ賃借人が契約によって定まった目的に従って使用収益することができない状態になったことをいい,賃貸人の目的物修繕義務は,単に賃借人をして目的物をその用法に従って使用収益させるのに必要な限度にとどまると解するのが相当であり,たとえ目的物に破損や障害が生じたとしても,その程度が賃借人の使用収益を妨げるものでない限り,賃貸人は修繕義務を負わない」(【東京地裁平成25年1月29日判決】)とされております。

また,「修繕に不相当に多額の費用,すなわち賃料額に照らし採算のとれないような費用の支出を要する場合には、賃貸人は修繕義務を負わない」とされています(前掲【東京高裁昭和56年2月12日判決】)。

したがって,故障・毀損した箇所につき,必ずしも完全に元通りにしなければならないというわけではなく,賃貸人としては,あくまで賃借人がその部屋を使用するのに必要な限度で,かつ相応の費用の範囲内で修繕をすれば,それ以上の修繕義務を負うことはありません(もちろん,仮に採算の取れないような多額の修繕費用を要するという場合には,物理的には修繕可能でも経済的に修繕不能ということになり,後述の新民法611条1項(旧民法611条1項)に基づく賃料減額の請求あるいは同条2項に基づく賃貸借契約解除の請求を受ける可能性はあります)。
【4】ところで,飲食店ではトイレや給湯設備は営業に不可欠ですから,修繕が完了するまで1か月間かかった場合,この間は営業を停止せざるを得ませんが,この場合,営業停止期間中すなわち修繕完了するまでの間の1か月間についても,飲食店は賃貸人に対して家賃を支払わなければならないのでしょうか。

この点については,新民法611条1項「賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料は、その使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、減額される」(旧民法611条1項「賃借物の一部が賃借人の過失によらないで滅失したときは,賃借人は,その滅失した部分の割合に応じて,賃料の減額を請求することができる」)及び新民法611条2項「賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、残存する部分のみでは賃借人が賃借をした目的を達することができないときは、賃借人は、契約の解除をすることができる」(旧民法611条2項「前項の場合において、残存する部分のみでは賃借人が賃借をした目的を達することができないときは、賃借人は、契約の解除をすることができる。」)の規定に基づく賃料の減額や解除が可能となります。
【5】例えば,100平米の部屋を月100万円で借りたものの,うち25平米が天災により滅失した場合,75平米分の賃料すなわち75万円に家賃を減額するよう請求でき,また,もし75平米部分だけでは賃借をした目的を達することができないという場合は,契約の解除を請求できるということになります。

そして,新民法611条1項では,「滅失」以外の事由でも賃料が減額される旨明文化されていますが(「滅失その他の事由」参照),旧民法611条1項でも,明文は無いものの,当該部分が使用できないという意味では「滅失」と共通するため,本件のような「毀損」ないし「機能不全」等の場合も611条1項を類推適用して,賃料の減額請求をすることができると解されていました。
【6】この場合に,減額される賃料の割合について,【東京地裁平成10年9月30日判決】は,貸室に出入りするための唯一の昇降手段であるエレベーターや夏場の空調機の使用に支障が生じていた等の事案で、「その賃貸目的である事務所として、従業員ないしその顧客が支障なく本件貸室を使用収益するために適した状態におくべき債務について,一部不完全履行があり、かつ、現在までこれが改善されていないものと認めることができるところ、その使用収益の支障の程度ないし賃貸人が入居させた他の賃借人の迷惑行為による不完全履行の割合は、完全な履行状態に比して、一割程度と評価するのが相当である」とし,旧民法611条1項の類推適用により,約10%の賃料減額を認容しました。

また,【東京地裁平成24年12月19日判決】では,断続的な雨漏りや,トイレからの漏水が店舗内に流れ込む事故が数回発生し,補修工事後も漏水が生じ,下水道からの悪臭も存在したという事案で,旧民法611条1項の類推適用により,3%の賃料減額を認容しました。

また,【東京高裁平成25年9月11日判決】は,居住用物件において,水道管や給湯管内部の錆の蓄積により台所の水道水を飲料用及び炊事用に使用するために10分間の通水を要するほか,浴室のシャワーの湯の温度が突然変化する不具合が生じていた事案で,「賃借人の過失なくして賃貸借の目的に応じた通常の用法による使用に客観的に見て支障を生じていたとみることができ,その支障の程度(割合)は,賃料の15パーセント(うち台所の水道の使用の支障分が10パーセント)」として,旧民法611条1項の解釈(直接適用か類推適用かは明示せず)により,計15%の賃料減額を認容しました。
【7】 新民法611条1項(旧民法611条1項)に基づく賃料減額の効果は,借地借家法11条1項や32条1項に基づく賃料減額請求とは異なり,請求時からではなく滅失時あるいは機能不全時に遡及するため(新民法611条1項「減額される」参照),例えば,機能不全が生じてから6か月後に賃料減額請求をした場合,過去6か月間の過払分の賃料の返還請求もできることになります。

旧民法611条1項でも明文は無いものの,解釈上遡及するとされていましたので(司法研修所編『民事訴訟における要件事実 第2巻』78頁参照),この点では新民法と変わりません(前掲【東京地裁平成24年12月19日判決】「賃貸人が修繕義務を尽くさず,賃貸建物の使用・収益の一部に支障が生じている場合には,民法611条1項の類推適用により,賃借人は使用・収益に支障が生じた部分につき賃料減額請求権を有し,また,同条項には遡及効があるので,既に賃料を支払った期間についても,使用・収益の支障が生じた時期以降,使用・収益に支障が生じている部分の価額に応じて損害賠償請求権が生じる」参照)。
【8】また,【東京地裁平成26年10月9日判決】では,旧民法611条1項につき,「契約締結当時すでに賃借物の一部が滅失していたが,当該一部滅失がないものとして賃料が定められ,契約締結後に当該一部滅失の事実が明らかになったような場合においても妥当するから,かかる場合にも同条項が類推適用される」とされておりますので,契約締結後の滅失・不具合のみならず,契約締結前の滅失・不具合であっても,それが賃料に反映されていない限りは,同項による減額請求が可能となります(この点は新民法でも同様と考えらえます)。
【9】また,新民法615条(旧民法615条)では「賃借物が修繕を要し,又は賃借物について権利を主張する者があるときは,賃借人は,遅滞なくその旨を賃貸人に通知しなければならない。ただし,賃貸人が既にこれを知っているときは,この限りでない」と規定されており,仮に賃借人が賃貸人に対し修繕を要することを通知しなかったときは,同条に違反しますが,これは611条1項に基づく賃料減額に対する抗弁(反論)とはならないと考えられており(司法研修所編『民事訴訟における要件事実 第2巻』104頁),仮に賃借人が修繕を要する旨を賃貸人に通知しないでいたとしても,賃借人は,毀損時から修繕されるまでの期間中の賃料の減額を請求することができると考えられます。

この点,【東京地裁平成25年2月18日判決】も,費用償還請求(新民法608条1項,旧民法608条1項)に関して,「賃借人は修繕箇所を発見したときは速やかに賃貸人に通知しなければならない」旨定められていた場合に,賃借人が速やかな通知をせずに修繕して必要費を支出した場合,「これをもって直ちに費用償還請求権が失われると解することはできない」と判示しています。
【10】よって,頭書事例では,飲食店は賃貸人に対し1か月間は一定の範囲で賃料の減額請求をし,その支払いを拒むことができますが,トイレや給湯設備以外の部分は一応使用できるわけですから,必ずしも賃料全額の支払いを拒むことはできないと考えられます(賃借の目的や不具合の程度等により減額できる割合は大きく異なりますので,多湖・岩田・田村法律事務所でも,個別の事案に応じ慎重に判断しています)。
【11】では,さらに進んで,飲食店は,営業停止期間中の(1か月分の)逸失利益(通常通り営業していたなら得られたであろう利益)の損害賠償を請求することはできるのでしょうか。

この点,前記【1】で述べたとおり,賃貸人は賃貸借契約上修繕義務を負っておりますので,飲食店が賃貸人に修繕を要求後,即座に対応すれば1日で修繕できたのに,賃貸人が即座に対応せずに1か月間放置したような場合には,修繕義務違反すなわち契約違反(債務不履行)となりますので,飲食店は,賃貸人に対し,新民法415条(旧民法415条)に基づき逸失利益の損害賠償請求をすることができます。
【12】この場合の「逸失利益」とは,いわゆる限界利益(売上から変動経費のみを控除した金額)で算定されるのが一般的です。

この点,【東京高裁平成12年4月27日判決】も,顧客が減少しても、支払うべき事務所の賃借料等の固定経費が減少するものではなく、人件費もこれに比例して減少するというわけのものではないことを理由に,「逸失利益の損害に当たって純利益を基準とするのが合理的であるとはいえない」とし,「逸失利益としては、失われた売上額からその売上を得るための変動経費のみを控除した限界利益とでもいうべきものと解すべきである」と判示しています。

また,【名古屋高裁金沢支部平成18年10月16日判決】も,「ある企業が,第三者の不法行為等により一定の期間営業ができなくなった場合において,その企業が上記休業期間中も従前と同様に営業を行っていたと仮定した場合に得られるであろう営業利益は,従前の営業活動の結果としての営業利益(過去の営業利益)からこれを推認せざるを得ない。
そして,一般に,企業における営業活動の結果としての営業利益は,企業会計原則に従って,営業上の収入からこれを得るために必要とする営業上の経費を控除して算出されるのであるが,営業上の経費の中には,企業が,休業期間後の営業再開のため,実際に営業をしていなくとも引き続き支出せざるを得ない経費部分(いわゆる固定経費)と実際に営業をしていないことで支出を免れる経費部分(いわゆる変動経費)とがあるから,上記休業期間中に営業していたならば得られたであろう営業利益が得られないことで被る損害(休業損害又は逸失営業利益損害)の算定に当たっては,過去の営業利益の算出の際に営業上の収入から控除していた営業上の経費のうち固定経費は控除せず,変動経費に該当する経費のみを控除し,その控除後の額を逸失営業利益損害とすべきものである」と判示しています。
【13】 また,新民法415条(旧民法415条)に基づく損害賠償請求(=債務不履行に基づく損害賠償請求)をする場合は,修繕しなかったことに関し賃貸人の帰責性(過失)が必要となります(新民法415条1項但書「ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない」参照。旧民法でも明文は無いものの解釈上帰責性必要とされていました)。

従って,賃借人としては,賃貸人に対し早期に毀損の事実を通知し修繕を請求しておく必要があります(賃貸人が毀損の事実を知らされなければ,これを修繕をせずに放置したことに関する帰責性は認められ難いでしょう)。

また,通知を受けた賃貸人が合理的期間内に修繕義務を履行した場合には,通常の点検・管理・保存行為等を怠ったというような特段の事情がない限り賃貸人に帰責性はなく,新民法611条1項(旧民法611条1項)に基づく賃料減額はできても,修繕期間中の営業利益等の逸失利益の損害賠償請求まではできないと考えられます。
【14】もっとも,賃貸人に帰責性が認められる場合でも,必ずしも逸失利益を全額請求できるわけではありません。

この点,【最高裁平成21年1月19日判決】は,床上30〜50cmの浸水事故のため,営業停止に追い込まれたカラオケ店が,オーナーに対し,4年5か月間分の営業利益計3104万2607円(1年間702万8515円)の賠償を求めた事案で,「カラオケ店の営業は,本件店舗部分以外の場所では行うことができないものとは考えられない。カラオケ店の営業を別の場所で再開する等の損害を回避又は減少させる措置を何ら執ることなく,本件店舗部分における営業利益相当の損害が発生するにまかせて,その損害のすべてについての賠償を上告人らに請求することは,条理上認められないというべきであり,民法416条1項にいう通常生ずべき損害の解釈上,本件において,被上告人が上記措置を執ることができたと解される時期以降における上記営業利益相当の損害のすべてについてその賠償を上告人らに請求することはできない」と判示しました。
【15】すなわち,賃貸人側は修繕義務を負う一方,テナント(賃借人)側にも一定の「損害拡大防止義務」が課されますので,頭書事例でも,賃貸人が修繕を1か月ではなく,3年間怠ったような場合に,当該3年間分の営業利益等の逸失利益を全額請求できるわけではありません。

賃貸人が相当長期間修繕してくれないのであれば,飲食店としては,別の場所で営業再開することにより,営業利益等の確保が図れるのですから,賃借人側にも早期に営業再開するための努力義務があるとされ,これを怠った場合,その分の損害はいわば自己責任ということになります。

ちなみに,賃借人が他の家屋を賃借して営業開始するのに必要な期間としては通常6か月とされています(【青森地裁昭和31年8月31日判決】)。また,賃借人が代替店舗で従前と同程度の営業収益をあげるようになるのに要する期間は11か月半〜2年程度とされています(【大阪地裁昭和56年1月26日】)。 これらの判例に鑑みても,実務上はせいぜい2年が上限と考えられます(判例タイムズ29号77頁解説参照)。

なお,【大阪地裁昭和56年1月26日判決】では,「営業用建物・店舗の滅失による同建物・店舗賃貸借契約上の賃貸人の債務の履行不能と相当因果関係にある賃借人の損害としては、失った賃借権価格相当額(同等程度の営業用建物・店舗の賃借権を他から買い取る代金額に等しい)の損害及び他に代替店舗を取得して営業を再開し、従前程度の営業成績をあげ得るに至るまでに通常要するであろう期間の得べかりし営業利益の逸失による損害が考えられる」と判示しております。

すなわち,仮に賃貸人の修繕義務違反等により店舗の移転を余儀なくされた場合には,休業期間中の逸失利益だけでなく,営業再開後に客足が戻るまでの合理的期間の減収分についても,損害として認められる可能性があります。
【16】ところで,賃貸人がかかる修繕義務を怠った場合,前記【4】の賃料減額あるいは前記【11】の損害賠償請求以外に,賃貸借契約の解除を主張することができるのでしょうか。

そもそも,一般に債務不履行に基づく解除については,【最高裁昭和36年11月21日判決】で「法律が債務の不履行による契約の解除を認める趣意は,契約の要素をなす債務の履行がないために,当該契約をなした目的を達することができない場合を救済するためであり,当事者が契約をなした主たる目的の達成に必須的でない附随的義務の履行を怠つたに過ぎないような場合には,特段の事情の存しない限り,相手方は当該契約を解除することができない」と解されており,賃貸借契約に限らず,一旦締結した契約を解除するには,それなりにハードルが高いということがいえます。
【17】そして,賃貸人の修繕義務違反についても,【福岡高裁平成19年7月24日判決】は,建物の所有者であり,賃貸人である一審原告につき,「一審原告は一審被告からの修繕要求を拒み続けたのであるから,一審原告に修繕義務違反があることは明らかである」としたものの,「不具合自体はかなり前から気付かれていた筈であり,それにもかかわらず,一審被告は曲がりなりにも本件店舗での営業をしてきたものであること,一審被告が退去した約一年後には,喰道楽が本件建物に入居して飲食店を営業していることに照らせば,一審被告が休業に入った平成一四年二月一八日の時点ではもとより,一審被告解除の意思表示がなされた同年八月二三日ないしはその効力発生時期とされる同月末日の時点においても,本件建物が既に飲食店としての営業を継続することが困難な状態にあったとまでいうことはできない」とし,「本件建物の使用に支障が生じた限度での賃料の減額や損害賠償の問題が発生することはともかく,一審原告の修繕義務違反(債務不履行)を理由として本件契約を解除することまではできない」と判示し,修繕義務違反を認めつつも契約解除までは認めませんでした。
【結論】
以上より,頭書事例の場合,飲食店は1か月間の賃料のうち,トイレや給湯設備等の物件設備の使用の不十分な程度に応じた賃料の支払いを拒むことができます(新民法611条1項,旧民法611条1項類推)(但し,必ずしも賃料全額の支払いを拒むことはできません。賃借の目的や不具合の程度等により減額できる割合は大きく異なりますので,多湖・岩田・田村法律事務所でも,個別の事案に応じ慎重に判断しています)。

また,飲食店が賃貸人に毀損の事実を通知し修繕を請求したにも拘らず,賃貸人がその修繕を1か月間怠ったような場合には,この間の営業利益等の逸失利益の損害賠償を請求することができますが,あまりに長期間に及んだ場合,その全期間に対応する営業利益等の逸失利益を全て損害として請求できるわけではありませんので,飲食店としては,賃貸人が修繕してくれないのであれば契約を解除し別の場所で営業することも検討すべきでしょう。
【改正民法】2020年4月1日施行
611条
1 賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料は、その使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、減額される。

2 賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、残存する部分のみでは賃借人が賃借をした目的を達することができないときは、賃借人は、契約の解除をすることができる。
多湖・岩田・田村法律事務所コメント
滅失以外の事由により賃借物の使用に支障が出た場合,これまでも611条1項の「類推適用」により支障の程度に応じた賃料減額が認められていましたが(前掲【東京地裁平成10年9月30日判決】【東京地裁平成24年12月19日判決】等),今回の改正により,611条1項の「直接適用」による賃料減額(当然減額)が認められるようになります。


【事例】修繕義務の免除条項の有効性とその効果
「営業に必要な修繕は賃借人において行う」との特約は有効か。

【解説】多湖・岩田・田村法律事務所/平成25年8月版
【1】賃貸人の修繕義務(民法606条1項)について,特約で賃貸人の修繕義務を免除したり,あるいは賃借人に負担させたりすることは可能でしょうか。
【2】この点,【最高裁昭和29年6月25日判決】は,契約により,賃貸の目的(営業目的や居住目的)を達成するのに必要な修繕義務を一定の範囲で賃借人に負わせる特約を有効と解しており,また,(民法608条は任意規定であるので)賃貸人に代わって賃借人が修繕費(必要費)を負担する(賃借人は必要費及び有益費の償還請求権を予め放棄する)旨の特約も有効と解されています(【最高裁昭和49年3月14日判決】)。
【最高裁昭和39年6月26日判決】でも,「仮りに賃借人が修繕する旨の特約がある場合でも本件の如き大修繕は特別の事情がない限り賃借人が負担する義務がない」との家屋賃借人の主張を排斥しており,大修繕を賃借人に負担させる特約も原則として有効と解して良いでしょう。
【3】問題は,かかる特約が,単に賃貸人の修繕義務の範囲(限界)を定めたに過ぎないのかそれとも積極的に賃借人に修繕義務を負わせる趣旨なのか否かです。
この点につき,前掲【最高裁昭和29年6月25日判決】の霜山裁判官の補足意見では次のとおり述べられています。
「もとより賃貸人は原則として賃貸物の使用収益に必要な修繕義務を負うものであるが特約により賃貸人の修繕義務に制限を加え或は賃借人に修繕義務を負担させることもできるのである。」「住宅の賃貸借で畳替は賃借人においてこれをするという特約はよく普通に行われているのであるがこれを賃貸人は畳替という修繕義務を負担しない,畳替は賃借人の方でやつてもらいたいという趣旨で賃借人に畳替の義務を負担せしめる趣旨でないことは言を俟たないところである。そして右の場合でも特別の事情があれば特約で賃借人に畳替の義務を負わせることを妨げるものではないが契約の条項に賃借人に修繕義務を負わせる旨を明定した場合は格別単に畳替は賃借人においてこれをすると定めている場合には特別の事情のない限り賃借人に畳替の義務を負担せしめる趣旨でないとみるのが相当である。本件は映画館の賃貸借で住宅の賃貸借ではないが理は全く同一であつて,これを別異に解すべき理由はない。従つて本件賃貸借における前示条項は特別の事情のない限り単に賃貸人たる上告人の修繕義務の限界を定めたもので賃借人に営業に必要な修繕の義務を負わせた趣旨でないと解するのが相当である」。
【4】また,【最高裁昭和43年1月25日判決】も,「『入居後の大小修繕は賃借人がする』旨の条項は,単に賃貸人たる上告人が民法606条1項所定の修繕義務を負わないとの趣旨であったのにすぎず,賃借人たる被上告人が右家屋の使用中に生ずる一切の汚損,破損個所を自己の費用で修繕し,右家屋を賃借当初と同一状態で維持すべき義務があるとの趣旨ではないと解するのが相当である」と判示していますので,賃貸人が修繕義務(大修繕も小修繕も)を負わないとする特約は原則として有効であるものの,かかる特約は,賃貸人の修繕義務を免除するものに過ぎず,賃借人側に積極的に修繕義務を負わせる効力はないと考えられます。
【5】なお,民法上,賃借人は損傷箇所を発見した場合には賃貸人に遅滞なく通知すべき義務を負っていますが(615条),かかる通知をしなくても賃貸人の修繕義務が免除されるものではなく,当該賃借人の通知義務違反は,賃貸人の修繕義務違反に対する抗弁とはならないと解されています(司研『民事訴訟における要件事実第2巻』104頁)。
【6】この点,「大修繕」(屋根や柱などの躯体部分等の大規模修繕)についてまで賃貸人の修繕義務を免除するというのは賃借人に著しく不利益を及ぼすもので不当とも思われますが,この場合でも,賃借人は使用収益の不十分な程度で賃料減額請求ができると解されますので(民法611条参照),賃借人に一方的に不利益ともいえず,当該特約も原則として有効と解して良いでしょう。
もっとも,賃借人が個人消費者の場合,平成13年4月1日に施行された消費者契約法(10条)の下では,一定の範囲で無効とされる可能性はあります。
【結論】
以上より,頭書のような特約も原則として有効と解されますが,賃貸人が事業者で,賃借人が事業者でない個人の場合,大修繕についてまで賃貸人の修繕義務を免除する旨の特約は,消費者契約法10条等により無効とされる可能性があります。
【補足】
何をもって「大修繕」とするかは,法律上明確に定義づけられているわけではありませんが,建築基準法2条14号で「大規模修繕」につき「建築物の主要構造部の一種以上について行う過半の修繕」とし,同条5号で「主要構造部」につき「壁,柱,床,はり,屋根又は階段をいい,建築物の構造上重要でない間仕切壁,間柱,附け柱,揚げ床,最下階の床,廻り舞台の床,小ばり,ひさし,局部的な小階段、屋外階段その他これらに類する建築物の部分を除くものとする」とされていることは一応の参考となるでしょう。


【事例】無断修繕の可否(賃貸人の承諾義務)
「賃借人が貸室内の修繕工事をする際には,事前に賃貸人の承諾を得なければならない」との条項があるにも関わらず,賃借人が無断で貸室内の修繕工事をした場合,賃貸人は当該条項違反を理由に契約解除できるか。

【解説】多湖・岩田・田村法律事務所/平成29年6月改訂版
【1】 賃貸借契約においては,賃借人が貸室内の内装工事や修繕工事等を行う場合には,事前に賃貸人の承諾を受けなければならないこととされているのが通常ですので,原則として,賃借人が内装工事等をする際には,事前に賃貸人の承諾を受けなければいけません。では,賃借人の生活上または営業上必要な内装工事や修繕工事であるに関わらず,賃貸人がこれを承諾しなかった場合,賃借人はいかなる対応をすべきでしょうか。
【2】このような場合,承諾を得られない以上,賃借人は,賃貸人に対し,当該修繕工事を承諾するよう,いわゆる承諾請求訴訟を提起するという方法が考えられますが,この場合には,賃貸人に承諾義務があるかという点がまず問題となります。
【3】この点,【東京高裁平成9年9月30日判決】は,借地における排水設備設置に関する事案ですが,「付近の土地の排水設備の設置状況及び本件土地の所在する場所の環境にかんがみると,本件土地につき排水設備等を設置することは,本件土地の利用に特別の便益を与えるというものではなく,むしろ,建物の所有を目的とする本件借地契約に基づく土地の通常の利用上相当なものというべきであるから,賃貸人において,本件土地につき排水設備等を設置することにより回復し難い著しい損害を被るなど特段の事情がない限り,その設置に協力すべきものであると解するのが相当である」として,借地人が借地につき排水工事及び水洗化設備の新設工事をすることにつき,賃貸人(地主)の承諾義務を認めました。
従って,賃貸借契約に定められた目的・用途に従った通常の利用上相当な修繕工事については,これにより賃貸人に回復し難い損害が生じるなどの特段の事情ない限り,賃貸人にはこれを承諾する義務があると解されます。
【4】もっとも,いちいち承諾請求訴訟を提起し,承諾認容判決を得られるまで待っていたのでは,その間,賃貸借契約の目的を達成できず,賃借人は大きな損害を被る可能性があります。そこで,賃貸人の承諾を得ずに工事をしてしまった場合の法的効果(ペナルティ)が次に問題となります。
【5】この点,【東京地裁昭和46年5月25日判決】は,「建物賃貸借契約において,賃借人が修繕を賃貸人の承諾を得てなすことができる旨の特約条項がある場合でも,賃借人は急迫の危険防止等の必要があるときは,賃貸人の承諾をまたずに,応急工事および普通の保存工事の範囲を超えない程度の修繕をすることができ,賃貸人の承諾を得ずにこれを行ったとしても,直ちに賃貸借契約関係における信頼関係を破壊する事由となるとはいえない」と判示していますので,修繕義務がいずれにあるかに拘わらず,また,修繕工事に賃貸人の承諾を要する旨の特約があるか否かに拘わらず,応急措置としての修繕工事であれば,賃借人は賃貸人の承諾を得ずに独断で修繕工事をすることも可能と考えられます(より正確に言うと,承諾がない=無断である以上,契約違反ではあるが,これ自体を理由に直ちに契約解除されることはないということです。とりわけ賃貸借契約においては,契約違反があったからといって必ずしも契約解除できるわけではないことについては,「債務不履行解除の可否」参照)。
【6】また,応急措置としての修繕工事に留まらない場合であっても,以下の裁判例のとおり,賃貸人(原告)による契約解除は必ずしも認められません。
【東京地裁平成6年12月16日判決】

建物の賃貸借において、賃借人が本件のような増改築禁止条項に違反して増改築を行った場合,原則として契約の解除原因となるが,増改築が賃貸借契約の当事者間の信頼関係を破壊するに足りないと認める特段の事情があれば,賃貸借契約の解除は認められないと解するのが相当であり,右の特段の事情を判断するに当たっては,なされた増改築の規模,程度,復旧の難易,賃借建物の用途,目的,賃貸人の制止,これに対する賃借人の言動,従前の契約関係の経緯,賃借人の主観的事情等諸般の事情を総合考慮して判断すべきである

本件においては,本件工事の内容は,新たに外壁を築造して,シャッター四基を設置するとともに,事務所部分について,壁面の一部、天井を撤去して,新たにこれらを築造し直した上,事務所部分の一部を建物の外部とし,階段を移動させるなど大幅な改修というべき内容であり,それに要した費用も約金四〇〇万円と安価とはいい難い額に及んでいる。しかしながら,本件工事は,鉄扉が転倒して通行人等に危害を及ぼす危険性が現実に具体化した段階において,その危険を早急に除去する必要が生じたことを契機に,あわせて,従前からの壁面からの雨漏りを防止し,事務所部分における接客環境を改善する目的で行われたものであり,本件建物の賃貸人である原告がこれらの適切な改修を行うなどの措置を講じた形跡は何ら窺われないことなどに照らすと,その必要性,合理性が認められるのであり,設置された基礎は,撤去することは可能であって,撤去に然程困難は伴わず,本件建物の道路側(西側)に南側部分から北側の空き地にかけて設置された新しい壁面,事務所部分の上部に設けられた屋根状の構造物及びシャッター四基についても,これらを撤去することは可能であり,それに要する作業も,安全を確保するため足場等と組む必要があるものの,数日間で完了することができると考えられ,事務所部分については,本件工事の前後において,本件建物の事務所部分を賃貸借当初の原状に復するために要する作業に質的な変化があったとすることはできず,したがって,本件工事によって,事務所部分の原状回復についての原告の負担が増加したとすることはできない。

さらに,本件賃貸借における,建物の用途,目的は,事務所,工場,倉庫として使用することにあるが,本件工事によって,これらの用途,目的に変更が生じたものではない。

また,事務所として使用する以上,接客環境の整備を行うことは,当然に予定されているというべきであり,接客環境を良くするための改装,改築等については,それが必要かつ相当なものである限り,賃貸人はこれを受忍すべきであるといえる」「そして,本件工事についての原告の制止及びこれに対する被告の対応については,平成二年二月一二日以前に原告が本件工事の中止を求めたと認めるに足りる証拠はなく,同月一三日になって初めて被告に対して本件工事中止の要請があったとするのが相当であるが,同日の時点における本件工事の進捗状況については,必ずしも明らかでなく,被告に有利に考えた場合には,同日の時点では,事務所部分の階段の工事が残されていたにすぎないのであって,被告の営業の継続の必要性からみて,被告が同日以降の作業を行ったとしても已むを得ない面があり,これを信頼関係破壊の要素として重視することはできない。

また,仮に,同日以前に原告からの制止があり,或いは同日の時点で相当な量の作業が残っていたとしても,被告は,鉄扉が転倒の危険を早急に除去する必要があったのであり,これにあわせて,壁面からの雨漏りを防止し,事務所の接客環境を改善する工事を行ったとしても,これを強く非難することはできないというべきである

さらに,本件工事によって,本件建物の価値が増加したことは明らかである。以上の諸事情を総合すれば,本件工事は,その規模,内容ともに軽微なものとはいえないが,被告としては,本件工事を行う緊急性,必要性,合理性があり,増改築部分の復旧も比較的容易であって,本件建物の用途目的に適っており,従前から本件建物の維持,管理,補修は専ら被告が行ってきたものであり,被告が原告の制止を無視して本件工事を強行したような事情は認め難く,原告も本件建物の価値の増加による利益を受けるのであるから,本件工事が原告,被告間の信頼関係を破壊するものとはいえず,原告,被告間の信頼関係を破壊するに足りないと認める特段の事情があるというべきである。
【結論】
以上より,頭書のような条項がある場合,内装工事・修繕工事等をする際には原則として賃貸人の承諾を要しますので,これが得られない場合は,賃借人は,本来は,承諾請求訴訟を提起して判決を得たうえで工事を実施する必要があります。

しかしながら,裁判には1年以上かかる場合もあり,いちいち訴訟提起していたのでは,その間,十分な使用収益が得られず,賃借人は多大な損失を被る可能性があります。
したがって,少なくとも,「応急工事および普通の保存工事の範囲を超えない程度の修繕」は,賃貸人の承諾を得ずに行ったとしても,それほど問題は生じないと考えられます。

他方で,必ずしもこれに留まらない(軽微とは言えない)「大幅な改修」の場合は,(1)本件工事を行う緊急性,必要性,合理性があり,(2)本件建物の通常の利用上相当で用途目的にも適っており,(3)本件工事部分の原状回復も比較的容易で本件工事により賃貸人に回復し難い著しい損害を被るなど特段の事情がない場合には,賃貸人の承諾を得ずに行ったとしても,これ自体で直ちに契約解除が認められる可能性は低いと一応考えられるものの,各要件については非常に判断が難しいところですので,多湖・岩田・田村法律事務所では,具体的な工事内容に応じて,その都度ご相談頂くことをお勧め致します。
【補足】
借地契約の場合,当該土地自体の改良・造成工事の場合だけでなく,借地上の建物につき「増築」「改築」する場合にも,地主(賃貸人)の承諾を要するとされているのが通常ですが,ここで,承諾の要らない単なる「模様替え」「修繕」との区別がしばしば問題となります。

この点,例えば【東京地裁平成25年3月26日判決】は,「修繕工事といわれるものであっても,それが建物の主要構造部を中心として相当な広範囲にわたり従来の部材を取り外し,新たな部材を取り付けるなどした結果,従来の建築物の一部を取り除き,これと用途,規模,構造の著しく異ならない建築物を建てたのと同等の評価をすることができる程度に変更を加えるものであるときは,改築に当たり,本件賃貸借契約上も賃貸人の承諾を要する」としていますが,その峻別は容易ではありませんので,予期せず「無断で増改築した」などと主張されて契約解除されることのないよう注意が必要です。
【改正民法】2020年4月1日施行
607条の2
賃借物の修繕が必要である場合において,次に掲げるときは,賃借人は,その修繕をすることができる。
(1) 賃借人が賃貸人に修繕が必要である旨を通知し,又は賃貸人がその旨を知ったにもかかわらず,賃貸人が相当の期間内に必要な修繕をしないとき。
(2) 急迫の事情があるとき。
多湖・岩田・田村法律事務所コメント
これまでは,賃貸人の承諾なく賃借人自ら修繕できる場合の明確な基準はありませんでしたが,今回の改正により,相当期間内に賃貸人が修繕をしてくれないときや,急迫の事情があるときは,賃貸人の承諾がなくても賃借人自ら修繕できることが明確になりました。
なお,「急迫の事情」の例としては,水漏れなどで短期間で損害の拡大が予想される場合等が挙げられています(第一東京弁護士会司法制度調査委員会編『改正債権法の逐条解説』315頁)。

⇒さらに詳しく知りたい方は
『修繕か改築か?判断の難しい借地権トラブル 借地権者側の対処法』<株式会社レガシィ 2016年1月>(著者:多湖章弁護士)もご参照願います。


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