【解説】多湖・岩田・田村法律事務所/平成29年6月改訂版 |
【1】 賃貸借契約においては,賃借人が貸室内の内装工事や修繕工事等を行う場合には,事前に賃貸人の承諾を受けなければならないこととされているのが通常ですので,原則として,賃借人が内装工事等をする際には,事前に賃貸人の承諾を受けなければいけません。では,賃借人の生活上または営業上必要な内装工事や修繕工事であるに関わらず,賃貸人がこれを承諾しなかった場合,賃借人はいかなる対応をすべきでしょうか。
【2】このような場合,承諾を得られない以上,賃借人は,賃貸人に対し,当該修繕工事を承諾するよう,いわゆる承諾請求訴訟を提起するという方法が考えられますが,この場合には,賃貸人に承諾義務があるかという点がまず問題となります。
【3】この点,【東京高裁平成9年9月30日判決】は,借地における排水設備設置に関する事案ですが,「付近の土地の排水設備の設置状況及び本件土地の所在する場所の環境にかんがみると,本件土地につき排水設備等を設置することは,本件土地の利用に特別の便益を与えるというものではなく,むしろ,建物の所有を目的とする本件借地契約に基づく土地の通常の利用上相当なものというべきであるから,賃貸人において,本件土地につき排水設備等を設置することにより回復し難い著しい損害を被るなど特段の事情がない限り,その設置に協力すべきものであると解するのが相当である」として,借地人が借地につき排水工事及び水洗化設備の新設工事をすることにつき,賃貸人(地主)の承諾義務を認めました。 従って,賃貸借契約に定められた目的・用途に従った通常の利用上相当な修繕工事については,これにより賃貸人に回復し難い損害が生じるなどの特段の事情ない限り,賃貸人にはこれを承諾する義務があると解されます。
【4】もっとも,いちいち承諾請求訴訟を提起し,承諾認容判決を得られるまで待っていたのでは,その間,賃貸借契約の目的を達成できず,賃借人は大きな損害を被る可能性があります。そこで,賃貸人の承諾を得ずに工事をしてしまった場合の法的効果(ペナルティ)が次に問題となります。
【5】この点,【東京地裁昭和46年5月25日判決】は,「建物賃貸借契約において,賃借人が修繕を賃貸人の承諾を得てなすことができる旨の特約条項がある場合でも,賃借人は急迫の危険防止等の必要があるときは,賃貸人の承諾をまたずに,応急工事および普通の保存工事の範囲を超えない程度の修繕をすることができ,賃貸人の承諾を得ずにこれを行ったとしても,直ちに賃貸借契約関係における信頼関係を破壊する事由となるとはいえない」と判示していますので,修繕義務がいずれにあるかに拘わらず,また,修繕工事に賃貸人の承諾を要する旨の特約があるか否かに拘わらず,応急措置としての修繕工事であれば,賃借人は賃貸人の承諾を得ずに独断で修繕工事をすることも可能と考えられます(より正確に言うと,承諾がない=無断である以上,契約違反ではあるが,これ自体を理由に直ちに契約解除されることはないということです。とりわけ賃貸借契約においては,契約違反があったからといって必ずしも契約解除できるわけではないことについては,「債務不履行解除の可否」参照)。
【6】また,応急措置としての修繕工事に留まらない場合であっても,以下の裁判例のとおり,賃貸人(原告)による契約解除は必ずしも認められません。 【東京地裁平成6年12月16日判決】
建物の賃貸借において、賃借人が本件のような増改築禁止条項に違反して増改築を行った場合,原則として契約の解除原因となるが,増改築が賃貸借契約の当事者間の信頼関係を破壊するに足りないと認める特段の事情があれば,賃貸借契約の解除は認められないと解するのが相当であり,右の特段の事情を判断するに当たっては,なされた増改築の規模,程度,復旧の難易,賃借建物の用途,目的,賃貸人の制止,これに対する賃借人の言動,従前の契約関係の経緯,賃借人の主観的事情等諸般の事情を総合考慮して判断すべきである。
本件においては,本件工事の内容は,新たに外壁を築造して,シャッター四基を設置するとともに,事務所部分について,壁面の一部、天井を撤去して,新たにこれらを築造し直した上,事務所部分の一部を建物の外部とし,階段を移動させるなど大幅な改修というべき内容であり,それに要した費用も約金四〇〇万円と安価とはいい難い額に及んでいる。しかしながら,本件工事は,鉄扉が転倒して通行人等に危害を及ぼす危険性が現実に具体化した段階において,その危険を早急に除去する必要が生じたことを契機に,あわせて,従前からの壁面からの雨漏りを防止し,事務所部分における接客環境を改善する目的で行われたものであり,本件建物の賃貸人である原告がこれらの適切な改修を行うなどの措置を講じた形跡は何ら窺われないことなどに照らすと,その必要性,合理性が認められるのであり,設置された基礎は,撤去することは可能であって,撤去に然程困難は伴わず,本件建物の道路側(西側)に南側部分から北側の空き地にかけて設置された新しい壁面,事務所部分の上部に設けられた屋根状の構造物及びシャッター四基についても,これらを撤去することは可能であり,それに要する作業も,安全を確保するため足場等と組む必要があるものの,数日間で完了することができると考えられ,事務所部分については,本件工事の前後において,本件建物の事務所部分を賃貸借当初の原状に復するために要する作業に質的な変化があったとすることはできず,したがって,本件工事によって,事務所部分の原状回復についての原告の負担が増加したとすることはできない。
さらに,本件賃貸借における,建物の用途,目的は,事務所,工場,倉庫として使用することにあるが,本件工事によって,これらの用途,目的に変更が生じたものではない。
また,事務所として使用する以上,接客環境の整備を行うことは,当然に予定されているというべきであり,接客環境を良くするための改装,改築等については,それが必要かつ相当なものである限り,賃貸人はこれを受忍すべきであるといえる」「そして,本件工事についての原告の制止及びこれに対する被告の対応については,平成二年二月一二日以前に原告が本件工事の中止を求めたと認めるに足りる証拠はなく,同月一三日になって初めて被告に対して本件工事中止の要請があったとするのが相当であるが,同日の時点における本件工事の進捗状況については,必ずしも明らかでなく,被告に有利に考えた場合には,同日の時点では,事務所部分の階段の工事が残されていたにすぎないのであって,被告の営業の継続の必要性からみて,被告が同日以降の作業を行ったとしても已むを得ない面があり,これを信頼関係破壊の要素として重視することはできない。
また,仮に,同日以前に原告からの制止があり,或いは同日の時点で相当な量の作業が残っていたとしても,被告は,鉄扉が転倒の危険を早急に除去する必要があったのであり,これにあわせて,壁面からの雨漏りを防止し,事務所の接客環境を改善する工事を行ったとしても,これを強く非難することはできないというべきである。
さらに,本件工事によって,本件建物の価値が増加したことは明らかである。以上の諸事情を総合すれば,本件工事は,その規模,内容ともに軽微なものとはいえないが,被告としては,本件工事を行う緊急性,必要性,合理性があり,増改築部分の復旧も比較的容易であって,本件建物の用途目的に適っており,従前から本件建物の維持,管理,補修は専ら被告が行ってきたものであり,被告が原告の制止を無視して本件工事を強行したような事情は認め難く,原告も本件建物の価値の増加による利益を受けるのであるから,本件工事が原告,被告間の信頼関係を破壊するものとはいえず,原告,被告間の信頼関係を破壊するに足りないと認める特段の事情があるというべきである。 |
【結論】 |
以上より,頭書のような条項がある場合,内装工事・修繕工事等をする際には原則として賃貸人の承諾を要しますので,これが得られない場合は,賃借人は,本来は,承諾請求訴訟を提起して判決を得たうえで工事を実施する必要があります。
しかしながら,裁判には1年以上かかる場合もあり,いちいち訴訟提起していたのでは,その間,十分な使用収益が得られず,賃借人は多大な損失を被る可能性があります。 したがって,少なくとも,「応急工事および普通の保存工事の範囲を超えない程度の修繕」は,賃貸人の承諾を得ずに行ったとしても,それほど問題は生じないと考えられます。
他方で,必ずしもこれに留まらない(軽微とは言えない)「大幅な改修」の場合は,(1)本件工事を行う緊急性,必要性,合理性があり,(2)本件建物の通常の利用上相当で用途目的にも適っており,(3)本件工事部分の原状回復も比較的容易で本件工事により賃貸人に回復し難い著しい損害を被るなど特段の事情がない場合には,賃貸人の承諾を得ずに行ったとしても,これ自体で直ちに契約解除が認められる可能性は低いと一応考えられるものの,各要件については非常に判断が難しいところですので,多湖・岩田・田村法律事務所では,具体的な工事内容に応じて,その都度ご相談頂くことをお勧め致します。
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【補足】 |
借地契約の場合,当該土地自体の改良・造成工事の場合だけでなく,借地上の建物につき「増築」「改築」する場合にも,地主(賃貸人)の承諾を要するとされているのが通常ですが,ここで,承諾の要らない単なる「模様替え」「修繕」との区別がしばしば問題となります。
この点,例えば【東京地裁平成25年3月26日判決】は,「修繕工事といわれるものであっても,それが建物の主要構造部を中心として相当な広範囲にわたり従来の部材を取り外し,新たな部材を取り付けるなどした結果,従来の建築物の一部を取り除き,これと用途,規模,構造の著しく異ならない建築物を建てたのと同等の評価をすることができる程度に変更を加えるものであるときは,改築に当たり,本件賃貸借契約上も賃貸人の承諾を要する」としていますが,その峻別は容易ではありませんので,予期せず「無断で増改築した」などと主張されて契約解除されることのないよう注意が必要です。
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