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借地借家法に基づく賃料増額請求・減額請求を受けた場合の対応,賃料増額請求・減額請求が認められるための要件,正当な賃料の判断基準及び考慮される事情。
解説 |
1.賃料とは
賃貸借契約は,当事者の一方が物の使用及び収益を相手方にさせ,これに対し相手方がその使用及び収益の対価を支払うことを約する契約をいい,当該使用及び収益の対価を「賃料」といいます(民法601条)。
この点,借地借家法では,賃貸物件が土地か建物かに関わらず,「借賃」(借地借家法11条1項,32条1項)という文言が用いられていますが,民法上の「賃料」と同義です。
なお,慣例上,土地の賃料のことを特に「地代」と呼ぶことがありますが,民法及び借地借家法では,地上権(他人の土地上に工作物又は竹木を所有するためにその土地を使用及び収益する物権)に対する対価について「地代」という文言を用いており(民法266条,借地借家法11条1項),法律上は「賃料(借賃)」とは異なる概念です。
【民法266条】
1 第二百七十四条から第二百七十六条までの規定は、地上権者が土地の所有者に定期の地代を支払わなければならない場合について準用する。
2 地代については、前項に規定するもののほか、その性質に反しない限り、賃貸借に関する規定を準用する。
【民法601条】
賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって、その効力を生ずる。
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2.賃料増減額請求の法的性質
賃料の額は,賃貸借契約における最も重要な契約条件となりますが,契約期間中に一切改定が認められないわけでは無く,租税その他の公課の増減,土地・建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により,又は近傍類似の土地・建物の賃料等に比較して不相当となったときは,貸主・借主は相手方に対し土地・建物の賃料の増額・減額を請求することが認められています(借地借家法11条1項本文及び32条1項本文)。
この借地借家法に基づく賃料の増額・減額の請求は,一種の形成権(相手方の承諾が無くても一方的な意思表示により効力が発生する権利)と解されています(借家につき【最高裁昭和32年9月3日判決】,借地につき【最高裁昭和43年6月27日判決】等)。
従って,原則として,相手方(増額請求の場合は借主,減額請求の場合は貸主)に増額・減額の請求(意思表示)が到達した日(翌日分からではありません)から即日,賃料増額・減額の効果が生じます(【最高裁昭和36年2月24日判決】【最高裁昭和45年6月4日判決】)。
もっとも,あえて到達日より後の日を増額・減額の基準時として指定した場合は当該基準時から賃料増額・減額の効果が生じますので,例えば,8月1に「9月分から賃料を増額する」という意思表示をした場合には,賃料増額の効果が生じるのは9月分の賃料からとなります。
なお,賃貸人からする賃料増額交渉の申し入れ,あるいは賃借人からする賃料減額の交渉の申し入れは,少なくとも増減の始期及び増減額が明示されていれば,特段の事情ない限り,借地借家法に基づく賃料増減額の請求であると推認されます(【東京地裁平成24年8月31日判決】)。
また,増減額自体を具体的に明示していない場合でも,賃料の増減を要望する意味内容が読み取れれば,やはり,借地借家法に基づく賃料増減額請求の意思表示とみなして良いと解されます(【東京地裁平成27年1月15日判決】)。
【借地借家法11条1項】
地代又は土地の借賃(以下この条及び次条において「地代等」という。)が、土地に対する租税その他の公課の増減により、土地の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍類似の土地の地代等に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって地代等の額の増減を請求することができる。ただし、一定の期間地代等を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う。
【借地借家法32条1項】
建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。ただし、一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う。
【最高裁昭和32年9月3日判決】
借家法七条に基く賃料増減請求権は、いわゆる形成権たるの性質を有するものであるから、賃料増減請求の意思表示が相手方に到達すれば、これによつて爾後賃料は相当額において増減したものといわなければならない。
ただ増減の範囲について当事者間に争ある場合には、その相当額は裁判所の裁判によつて定まるのであるが、これは既に増減の請求によつて客観的に定つた増減の範囲を確認するに過ぎないのであるから、この場合でも増減請求はその請求の時期以後裁判により認められた増減の範囲においてその効力を生じたものと解するを相当とする
【最高裁昭和36年2月24日判決】
借家法七条に基づく家賃増減の請求は形成的効力を有し、請求者の一方的意思表示が相手方に到達したときに同条所定の理由が存するときは、賃料は以後相当額に増減せられたものと解すべきものであるから、この場合の相手方の承諾等を云々する所論は採用できない。
【最高裁昭和43年6月27日判決】
旧借地法一二条(昭和四一年法律九三号による改正前のもの)による地代増額請求権の行使によつて適正額の増額の効果が生ずるのは、増額請求の意思表示が相手方に到達した時であつて、裁判によつてはじめてその増額の効果が発生するものではないことは、当裁判例の判例(昭和三八年(オ)第一三六五号同四〇年一二月一〇日第二小法廷判決民集一九巻九号二、一一七頁参照)とするところである。
<中略>
現行借地法一二条二、三項が新設されても、同条項施行前の増額請求である本件事案については、右判断と異なつた見解をとるべきではなく、前記判例を変更する必要はない。
【最高裁昭和45年6月4日判決】
被上告人が上告人に対してなした本件建物部分の賃料を増額する旨の意思表示が借家法七条に基づく賃料増額の請求であることは、原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)の判文に徴して明らかであるところ、それは形成権の行使であるから、賃料の増額を請求する旨の意思表示が上告人に到達した日に増額の効果が生ずるものと解するのが相当である。
本件の場合、民法九七条一項にいう「相手方ニ到達シタル時」とは、右の趣旨に解すべきである。したがつて、被上告人のなした賃料増額の意思表示が上告人に到達した日である昭和三七年七月九日から月額二〇、〇〇〇円に、同三八年一二月一日から月額二二、〇〇〇円に増額の効果を生じたとする原審の判断は、正当として是認することができる。
【東京地裁平成24年8月31日判決】
借地借家法32条所定の賃料減額請求は,賃借人の申入れによりその効力を生じるものであって,特段の事情がない限り,賃借人からする賃料減額の交渉は賃料減額の請求であると推認することができるものと解するのが相当である。
<中略>
本件申入れは,平成17年9月1日以降の賃料及び共益費の30%減額をお願いするとされており,賃料減額請求であると明示されていないことは被告の指摘するとおりであるが,賃料の減額を求める時期及び減額幅の記載がされており,証拠によると,その後,Aと被告との間で賃料の減額に関する交渉を続けていたことが認められるから,本件申入れが賃料減額請求であると推認することができる。
【東京地裁平成27年1月15日判決】
借地借家法12条2項,3項によれば,適正賃料額については,まず当事者間の協議に委ねるものとし,かつ,賃料の増減請求については,調停前置主義(民事調停法24条の2)が取られていることからすると,増減請求は,内容が確定的かつ適正なものに限り,かつ,一方的な請求の意思表示に限ると解すべきではなく,協議を求める趣旨であっても,賃料の増額を要望する意味内容が読み取れれば,借地借家法12条1項に基づく地代増額請求の意思表示とみなすことはできる。
そうすると,本件では,原告らは,平成19年9月中に,増額地代を明示してはいないものの,地代の増額を前提とした協議を求めていたのであるから,これをもって,借地法12条1項の増額請求の意思表示とみなすことができ,原告が平成19年9月1日を改定の起算日とする地代増額請求の意思表示をしたとの主張には,理由がある。
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3.賃料増減額請求を受けた場合の対応
上記のとおり,賃料増減額請求の効果は,意思表示の到達により即効力を生じる形成権と考えられているものの,賃料増額請求又は賃料減額請求に対し相手方が異議を唱えれば,裁判で増額や減額が「正当」(≠相当)と認められるまでの間の一種の暫定措置として,増額請求を受けた借主は「相当と認める額」の賃料を貸主に支払えば足り,減額請求を受けた貸主は「相当と認める額」の賃料を借主に請求することができます(借地借家法11条2項本文,3項本文,32条2項本文,3項本文)。
そして,後に裁判で増額や減額が「正当」(≠相当)と認められた場合にはじめて,増額請求を受けた借主は不足分(増額後の賃料−支払額)に各支払期限後から年1割の利息を付して貸主に支払い,減額請求を受けた貸主は,超過分(受領額−減額後の賃料)に受領の時から年1割の利息を付して借主に返還することになります(借地借家法11条2項但書,3項但書,32条2項但書,3項但書)。
それでは,上記「相当と認める額」とは何を基準に判断するのでしょうか。
例えば,賃料増額請求を受けた借主は,裁判で増額が正当と認められるまでは,「相当と認める額」の賃料額を支払えば良いのですが,もし「相当と認める額」にすら足りない賃料額しか支払わなければ債務不履行解除されるリスクがあるため特に問題となります。
この点については,「社会通念上著しく合理性を欠かない限り賃借人又は賃貸人において主観的に相当と判断した額をいう」と解されており,特段の事情がない限り,従前(増減額請求される前)の賃料額であれば,「相当と認める額」と認められます(【東京地裁平成元年3月6日判決】【東京地裁平成6年10月20日判決】【東京地裁平成10年5月28日判決】等)。
また,貸主・借主間の賃料交渉の過程で,増額請求を受けた借主が従前賃料額より増額した譲歩案を示したり,減額請求を受けた貸主が従前賃料額より減額した譲歩案を示したことがあったとしても,交渉の過程における一提案に過ぎず,当該譲歩案として提示した賃料額をもって「主観的に相当と判断した額」とはならず,依然として,従前賃料額をもって「相当と認める額」と判断して良いと考えられます(【東京地裁平成10年5月28日判決】)。
なお,多湖・岩田・田村法律事務所では,このような譲歩案を提示する場合には,「主観的に相当と判断した額」と誤解されないよう,念のため,「早期解決の見地から示談交渉限りの提案であり今回の賃料改定額を相当と認めたものではないこと」を付記するよう助言しています。
従って,賃料増額請求を受けた賃借人としては,裁判で増額が正当と認められるまでは,原則として現行賃料を支払っておけば問題ありません(債務不履行とはなりません)。
反面,「相当と認める額」は現行賃料を下回るものであってはならないため(廣谷章雄『借地借家訴訟の実務』〔新日本法規 2011年〕284頁),賃料増額請求を受けた賃借人が現行賃料を下回る賃料しか支払わなかった場合には債務不履行(賃料一部不払い)となり,これが一定額に達すると,賃貸人は,原則として,賃貸借契約を債務不履行解除することができます。
同様に,賃借人の賃料減額請求に対し賃貸人が異議を唱え,かつ裁判で正式に賃料減額が「正当」と認められないうちに,賃借人が一方的に減額した賃料しか支払わなければ,債務不履行(賃料一部不払い)となり,これが一定額に達すれば,賃貸人は,原則として,賃貸借契約を債務不履行解除することができます(前掲【東京地裁平成6年10月20日判決】【東京地裁平成10年5月28日判決】も,結論として債務不履行解除を認めました)。
また,例外的に,現行賃料が,その賃貸物件につき賃貸人が負担している公租公課(固定資産税)すら下回る金額であり,かつ賃借人がそのことを知っていたときには、いくら賃借人が現行賃料を主観的に相当と認めていたとしても、そのような(公租公課すら下回る)現行賃料の支払いをもって、債務の本旨に従った履行とは認められず,それにも関わらず賃借人が現行賃料額で支払い続けた場合には,賃貸人は,賃貸借契約を債務不履行解除することができると考えられています(【最高裁平成5年2月18日判決】【最高裁平成8年7月12日判決】)。
【借地借家法11条】
1 地代又は土地の借賃(以下この条及び次条において「地代等」という。)が、土地に対する租税その他の公課の増減により、土地の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍類似の土地の地代等に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって地代等の額の増減を請求することができる。ただし、一定の期間地代等を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う。
2 地代等の増額について当事者間に協議が調わないときは、その請求を受けた者は、増額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の地代等を支払うことをもって足りる。ただし、その裁判が確定した場合において、既に支払った額に不足があるときは、その不足額に年一割の割合による支払期後の利息を付してこれを支払わなければならない。
3 地代等の減額について当事者間に協議が調わないときは、その請求を受けた者は、減額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の地代等の支払を請求することができる。ただし、その裁判が確定した場合において、既に支払を受けた額が正当とされた地代等の額を超えるときは、その超過額に年一割の割合による受領の時からの利息を付してこれを返還しなければならない。
【借地借家法32条】
1 建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。ただし、一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う。
2 建物の借賃の増額について当事者間に協議が調わないときは、その請求を受けた者は、増額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の建物の借賃を支払うことをもって足りる。ただし、その裁判が確定した場合において、既に支払った額に不足があるときは、その不足額に年一割の割合による支払期後の利息を付してこれを支払わなければならない。
3 建物の借賃の減額について当事者間に協議が調わないときは、その請求を受けた者は、減額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の建物の借賃の支払を請求することができる。ただし、その裁判が確定した場合において、既に支払を受けた額が正当とされた建物の借賃の額を超えるときは、その超過額に年一割の割合による受領の時からの利息を付してこれを返還しなければならない。
【最高裁平成5年2月18日判決】
借地法一二条二項は、賃貸人から賃料の増額請求があった場合において、当事者間に協議が調わないときには、賃借人は、増額を相当とする裁判が確定するまでは、従前賃料額を下回らず、主観的に相当と認める額の賃料を支払っていれば足りるものとして、適正賃料額の争いが公権的に確定される以前に、賃借人が賃料債務の不履行を理由に契約を解除される危険を免れさせるとともに、増額を確認する裁判が確定したときには不足額に年一割の利息を付して支払うべきものとして、当事者間の利益の均衡を図った規定である。
<中略>
もっとも、賃借人が固定資産税その他当該賃借土地に係る公租公課の額を知りながら、これを下回る額を支払い又は供託しているような場合には、その額は著しく不相当であって、これをもって債務の本旨に従った履行ということはできないともいえようが、本件において、上告人の供託賃料額が後日賃料訴訟で確認された賃料額の約五・三分の一ないし約三・六分の一であるとしても、その額が本件土地の公租公課の額を下回るとの事実は原審の認定していないところであって、いまだ著しく不相当なものということはできない。
【東京地裁平成元年3月6日判決】
賃料減額請求がされた場合、当事者間に協議が調わないときは、減額を正当とする裁判が確定するまでは賃貸人は相当と認める賃料を請求することができるのであるから(借地法一二条三項)、賃借人は、自己の減額請求にかかる賃料額を相当であると考えても、その額を支払うことによって賃料債務を免れることはできず、反面、少なくとも従前の賃料額を支払っていれば債務不履行の責めを免れることができるのである。
このことは、本件のように賃貸人である原告が賃料増額請求をし、これに対して賃借人である被告が減額の事由があるとして賃料減額の請求をした場合においても同様である。
【東京地裁平成6年10月20日判決】
賃貸借とは、貸主が借主に対して目的物の使用収益をなさしめ、借主においてその対価を支払う契約であり、右対価、すなわち賃料は、当事者間の合意によって定められる。
ところが、不動産の賃貸借においては、その期間が長期に及びその間の経済事情等に照らして賃料が不相当となる場合がある。
そこで、建物の賃貸借においてその賃料が不相当となったときは、当事者は、将来に向かって、その増額又は減額を請求することができ、当事者間に賃料額について協議が調わなかったときは、調停によるほか、裁判によってその額の確定を求めることができるものとされている。
そして、右増額又は減額の請求は形成権として理解されているから、右請求時から右増減額に係る賃料の支払義務が生ずることになるが、その額が確定するまでの間の賃料額を未確定として扱うことはできないので、右賃料額の確定があるまでの期間においては、増額請求については賃借人において相当と認める額の借賃を支払えば、賃料不払の責を免れ、賃料額が右支払額よりも高額で確定した場合において、増額請求時からの不足額に年一割の利息を付して支払うこととされている。
他方、減額の請求については賃貸人において相当と認める額の借賃の支払を請求することができ(右請求金額の支払義務があることを擬制し)、賃料額が右支払額よりも低額で確定した場合において、減額請求時からの超過額に年一割の利息を付して返還するとされている(以上、借地借家法三二条、旧借家法七条)。
そして、右増減額請求における賃借人又は賃貸人が「相当と認める額」とは、社会通念上著しく合理性を欠かない限り賃借人又は賃貸人において主観的に相当と判断した額をいうのであって、その根拠、当否はその後の調停、裁判において判断されるものであるから、「相当と認める額」の根拠を示す必要はない。
そして、「相当と認める額」の合理性については、賃料が本来当事者間の合意によって決せられることから、特段の事情がない限り、従前賃料額であれば合理性を有するものと解される。
また、賃料の増減額の請求は、賃料据置期間の合意がない限り、賃料が不相当となったときにすることができるのであって、賃貸借期間に拘束されるものではなく、増減額の協議、調停又は裁判によって賃料額が変更された後に増減額を正当とする事態が生じたときは、その時から将来に向かって増減額の請求をすべきものであるから、法定更新によって賃貸借期間の定めがなくなったとしても、賃料の対象期間を定めなければ増減額請求時における相当賃料額を確定するための協議ができないというものではない。
【最高裁平成8年7月12日判決】
賃料増額請求につき当事者間に協議が調わず、賃借人が請求額に満たない額を賃料として支払う場合において、賃借人が従前の賃料額を主観的に相当と認めていないときには、従前の賃料額と同額を支払っても、借地法一二条二項にいう相当と認める地代又は借賃を支払ったことにはならないと解すべきである。
のみならず、右の場合において、賃借人が主観的に相当と認める額の支払をしたとしても、常に債務の本旨に従った履行をしたことになるわけではない。
すなわち、賃借人の支払額が賃貸人の負担すべき目的物の公租公課の額を下回っていても、賃借人がこのことを知らなかったときには、公租公課の額を下回る額を支払ったという一事をもって債務の本旨に従った履行でなかったということはできないが、賃借人が自らの支払額が公租公課の額を下回ることを知っていたときには、賃借人が右の額を主観的に相当と認めていたとしても、特段の事情のない限り、債務の本旨に従った履行をしたということはできない。
けだし、借地法一二条二項は、賃料増額の裁判の確定前には適正賃料の額が不分明であることから生じる危険から賃借人を免れさせるとともに、裁判確定後には不足額に年一割の利息を付して支払うべきものとして、当事者間の衡平を図った規定であるところ、有償の双務契約である賃貸借契約においては、特段の事情のない限り、公租公課の額を下回る額が賃料の額として相当でないことは明らかであるから、賃借人が自らの支払額が公租公課の額を下回ることを知っている場合にまで、その賃料の支払を債務の本旨に従った履行に当たるということはできないからである。
【東京地裁平成10年5月28日判決】
【※借地借家法32条1項,3項につき】この規定は、賃料減額請求権が当該請求権行使によって法律関係の変動を生じる形成権であることを前提として、その行使によって定まるべき客観的な相当賃料額と当事者の認識する主観的な賃料相当額とのギャップによって生じる賃料不払いを巡る紛争を防止するため、そのような場合においては、賃貸人は、減額を正当とする裁判が確定するまでは、賃借人に対し、自己が相当と認める額の賃料の支払を請求することができるものとして、賃貸人の認識に暫定的優位性を認めて、賃借人に右請求額を支払うべき義務があるものとし(したがって、賃借人が右請求賃料の支払いをしないときは、賃料不払いとなるという危険を免れないことになる。)、後日、減額を正当とする裁判が確定した段階において、賃貸人が右確定賃料額を超えて受領した賃料があるときは、賃貸人は、右金額に年一割の割合による法定利息を付して賃借人に返還すべきものとして、賃借人の被った不利益の回復を図るものであって、この種紛争の解決のルールを定めたものである。
そして、右規定にいう「相当と認める額」とは、右規定の趣旨に鑑みると、社会通念上著しく合理性を欠くことのない限り、賃貸人において主観的に相当と判断した額で足りるものと解するのが相当である。
<中略>
協議の過程で、原告が三七万円との譲歩案を示したことがあったとしても、交渉の過程における一提案なのであるから、この提示によって原告の主観的認識が変化したものと認めるべきではない。
※【 】内は筆者加筆。
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4.賃料増減額請求が認められる要件
賃料増減額請求は,「土地に対する租税その他の公課の増減により、土地の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍類似の土地の地代等に比較して不相当となったとき」(借地借家法11条1項),「土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったとき」(借地借家法32条1項)にはじめてできるものです。
すなわち,仮に賃料決定当時からもともと賃料が近隣相場に比して不相当に高かったりあるいは安かったりしても,その後の事情変更が無い限り,賃料増減額請求は認められません(【大阪高裁昭和58年5月10日判決】参照)。
従って,賃料増減額請求の当否は,当事者が現実に合意した賃料のうち直近のもの(直近の賃料の変動が賃料増減請求による場合にはそれによる賃料)を基準に,同賃料が合意等された日以降から賃料増減請求の日までの間の経済事情の変動等を考慮して判断されます(【最高裁平成20年2月29日判決】【最高裁平成26年9月25日判決】)。
また,当事者が現実に合意した賃料のうち直近のものと比較して「不相当」になっていれば良いので,(一定期間ごとに一定の基準で改定する)賃料自動改定特約や,(賃料をテナントの売上等に連動させる)いわゆるスライド約定が定められていたとしても,当該特約後の事情の変更が認められれば,借地借家法(借地法)に基づく賃料増減額請求は認められます(賃料自動改定特約につき【最高裁平成15年6月12日判決】,スライド約定につき【最高裁昭和46年10月14日判決】)。
なお,【最高裁昭和40年11月30日判決】では,借地につき,地価上昇率が1.3倍〜2.7倍だったのに対し,「従来本件賃料が低額であったこと」等も考慮して,一挙に5倍の増額を認めていますので,もともと賃料が近隣相場に比して低額であったという事情も全く考慮されないわけではありませんが,少なくとも,地価の変動等の事情変更が全く無い場合には,賃料増減額請求が認められる余地はほぼありません。
【最高裁昭和40年11月30日判決】
借地法一二条により、賃貸人は、従来の賃料が不相当になつたときは、相当な賃料まで値上げを請求できるのであるが、相当な賃料が何程かは、同条所定の諸契機を考量して裁判所が合理的に判定すべきものであつて、同条に「比隣ノ土地ノ地代若ハ借賃」が考量すべき一契機として明示されている以上、所論のように、従来の賃料にその後における地価高騰率を乗じてのみ算出しなければならないものではない。
原判決の引用する第一審判決が、前賃料額決定後における地価高騰率は一・三倍ないし二・七倍にすぎないが、比隣の賃料が坪五〇円であること、従来本件賃料が低額であつたこと、その他の諸事情を考慮して、相当賃料は坪三〇円であると判定したのは相当であって、これに借地法一二条の解釈適用を誤つた違法は認められない。
【最高裁昭和46年10月14日判決】
建物の賃貸借契約が営業利益分配契約的要素を具有しているということだけでは、直ちに、借家法(昭和四一年法律第九三号による改正前のもの)七条の適用を否定する理由となるものではなく、また、所論のスライド約定も同条但書にいう賃料不増額の特約にあたるものとはいえないから、賃料につき本件のような約定のある建物の賃貸借契約においても、同条本文所定の要件を充足するときは、当事者はその質料の増減額を請求することができるものと解すべきである。
【大阪高裁昭和58年5月10日判決】
地代減額請求又は増額請求は、当事者が合意により定めた地代がその後の経済事情の変更により不相当となつた場合に限り、その事情の変更を考慮して契約関係を修正することを目的とするものであつて、当事者が自ら定めた地代の額が世間相場との間に差があつても、その差異が事情の変更によるものとの要件を充足しない以上、直ちに裁判所がこれを修正すべきものではなく、その点の決定は当事者の責任と自治に任ねられるべきものである。
借地法一二条一項が「比隣ノ土地ノ地代ニ比較シテ不相当ナルニ至リタルトキ」と規定しているのも右の趣旨に出たものと解することができる。
【最高裁平成15年6月12日判決】
地代等の額の決定は,本来当事者の自由な合意にゆだねられているのであるから,当事者は,将来の地代等の額をあらかじめ定める内容の特約を締結することもできるというべきである。
そして,地代等改定をめぐる協議の煩わしさを避けて紛争の発生を未然に防止するため,一定の基準に基づいて将来の地代等を自動的に決定していくという地代等自動改定特約についても,基本的には同様に考えることができる。
そして,地代等自動改定特約は,その地代等改定基準が借地借家法11条1項の規定する経済事情の変動等を示す指標に基づく相当なものである場合には,その効力を認めることができる。
しかし,当初は効力が認められるべきであった地代等自動改定特約であっても,その地代等改定基準を定めるに当たって基礎となっていた事情が失われることにより,同特約によって地代等の額を定めることが借地借家法11条1項の規定の趣旨に照らして不相当なものとなった場合には,同特約の適用を争う当事者はもはや同特約に拘束されず,これを適用して地代等改定の効果が生ずるとすることはできない。
また,このような事情の下においては,当事者は,同項に基づく地代等増減請求権の行使を同特約によって妨げられるものではない。
【最高裁平成20年2月29日判決】
借地借家法32条1項の規定は,強行法規であり,賃料自動改定特約によってその適用を排除することはできないものである。
そして,同項の規定に基づく賃料減額請求の当否及び相当賃料額を判断するに当たっては,賃貸借契約の当事者が現実に合意した賃料のうち直近のもの(以下,この賃料を「直近合意賃料」という。)を基にして,同賃料が合意された日以降の同項所定の経済事情の変動等のほか,諸般の事情を総合的に考慮すべきであり,賃料自動改定特約が存在したとしても,上記判断に当たっては,同特約に拘束されることはなく,上記諸般の事情の一つとして,同特約の存在や,同特約が定められるに至った経緯等が考慮の対象となるにすぎないというべきである。
したがって,本件各減額請求の当否及び相当純賃料の額は,本件各減額請求の直近合意賃料である本件賃貸借契約締結時の純賃料を基にして,同純賃料が合意された日から本件各減額請求の日までの間の経済事情の変動等を考慮して判断されなければならず,その際,本件自動増額特約の存在及びこれが定められるに至った経緯等も重要な考慮事情になるとしても,本件自動増額特約によって増額された純賃料を基にして,増額前の経済事情の変動等を考慮の対象から除外し,増額された日から減額請求の日までの間に限定して,その間の経済事情の変動等を考慮して判断することは許されないものといわなければならない。
本件自動増額特約によって増額された純賃料は,本件賃貸契約締結時における将来の経済事情等の予測に基づくものであり,自動増額時の経済事情等の下での相当な純賃料として当事者が現実に合意したものではないから、本件各減額請求の当否及び相当純賃料の額を判断する際の基準となる直近合意賃料と認めることはできない。
【最高裁平成26年9月25日判決】
賃料増減額確認請求訴訟においては,その前提である賃料増減請求の当否及び相当賃料額について審理判断がされることとなり,これらを審理判断するに当たっては,賃貸借契約の当事者が現実に合意した賃料のうち直近のもの(直近の賃料の変動が賃料増減請求による場合にはそれによる賃料)を基にして,その合意等がされた日から当該賃料増減額確認請求訴訟に係る賃料増減請求の日までの間の経済事情の変動等を総合的に考慮すべきものである。
したがって,賃料増減額確認請求訴訟においては,その前提である賃料増減請求の効果が生ずる時点より後の事情は,新たな賃料増減請求がされるといった特段の事情のない限り,直接的には結論に影響する余地はないものといえる。
また,賃貸借契約は継続的な法律関係であり,賃料増減請求により増減された時点の賃料が法的に確定されれば,その後新たな賃料増減請求がされるなどの特段の事情がない限り,当該賃料の支払につき任意の履行が期待されるのが通常であるといえるから,上記の確定により,当事者間における賃料に係る紛争の直接かつ抜本的解決が図られるものといえる。
そうすると,賃料増減額確認請求訴訟の請求の趣旨において,通常,特定の時点からの賃料額の確認を求めるものとされているのは,その前提である賃料増減請求の効果が生じたとする時点を特定する趣旨に止まると解され,終期が示されていないにもかかわらず,特定の期間の賃料額の確認を求める趣旨と解すべき必然性は認め難い。
以上の事情に照らせば,賃料増減額確認請求訴訟の確定判決の既判力は,原告が特定の期間の賃料額について確認を求めていると認められる特段の事情のない限り,前提である賃料増減請求の効果が生じた時点の賃料額に係る判断について生ずると解するのが相当である。
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5.直近合意賃料とは
直近合意賃料とは,「当事者が現実に合意した賃料のうち直近のもの」をいい,「当事者が現実に合意した賃料」とは,賃料額やそれと密接に関わる事項について,当時の経済事情等を踏まえて実質的な交渉を行って合意した賃料をいいます。
この点,契約書に「期間満了の1か月前までに異議を述べない限り同一条件で更新される」等の条項がある場合のいわゆる自動更新や借地借家法5条及び同法26条に基づくいわゆる法定更新の場合は,当事者間の明示的な更新の意思表示がなくても黙示的・自動的に更新されるものに過ぎず,「当事者が現実に合意した」とは認められません(【東京地裁平成29年3月29日判決】)。
従って,例えば,2015年1月に賃料100万円で3年契約の賃貸借契約が締結され,「期間満了の6か月前までに通知ない限り自動的に3年間更新される」というような自動更新条項をもとに,2018年1月,2021年1月にそれぞれ自動更新されていた場合でも,「直近賃料合意時」は2015年1月となります(2021年1月ではありません)。
また,上記の例で,仮に「3年毎に3%ずつ賃料増額する」というような賃料自動増額特約に基づき3年毎に現に増額された賃料を賃借人が支払っていた場合でも,同様に,直近合意賃料は,当事者が現実に合意した2015年1月時点の賃料(100万円)となります(前掲【最高裁平成20年2月29日判決】参照)。
また,合意更新であっても,単に従前の賃料額を確認し,又は対象面積の変更のみを理由に賃料額を変更したにとどまるような場合は,当該賃料は,「直近合意賃料」には当たりません(【神戸地裁平成30年2月21日判決】【東京地裁平成30年8月10日判決】)。
他方で,従前と全く同額の賃料条件で契約更新されていたとしても,賃料額につき当時の経済事情等を踏まえて実質的な交渉を行った結果である場合には,当該契約更新時が直近賃料合意時となります(【東京地裁平成31年2月28日判決】参照)。
なお,事情変更の起点となる「直近賃料合意時」とは,厳密には,合意が成立した日そのものをいうのではなく,原則として,「合意した賃料が適用される使用収益の開始時点」をいうと解されています(【東京地裁平成29年7月24日判決】)。
この考え方は,使用収益開始前には賃料増減額請求をすることはできないとする【最高裁平成15年10月21日判決(平成12年(受)第123号)】とも整合します。
例えば,令和3年5月1日に,「来月(令和3年6月1日)以降の賃料を月100万円とする」という合意が成立した場合,「直近賃料合意時」は,令和3年5月1日(=合意成立日)ではなく,令和3年6月1日(=合意した賃料が適用される使用収益の開始日)となります(【東京地裁平成31年2月28日判決】参照)。
もっとも,賃料の合意成立時と当該合意した賃料が適用される使用収益の開始日との間に1年半以上の開きがあるようなケースでは,賃料の合意成立時をもって直近賃料合意時とみなし,同日以降の経済事情の変動を考慮すべきとした裁判例(【東京地裁平成25年8月29日判決】)もあるため,多湖・岩田・田村法律事務所では,「直近賃料合意時」を画一的に判断するのではなく,契約内容や各事案に応じて実質的に判断するようにしています。
【最高裁平成15年10月21日判決(平成12年(受)第123号)】
借地借家法32条1項の規定に基づく賃料増減額請求権は,賃貸借契約に基づく建物の使用収益が開始された後において,賃料の額が,同項所定の経済事情の変動等により,又は近傍同種の建物の賃料の額に比較して不相当となったときに,将来に向かって賃料額の増減を求めるものと解されるから,賃貸借契約の当事者は,契約に基づく使用収益の開始前に,上記規定に基づいて当初賃料の額の増減を求めることはできないものと解すべきである。
【東京地裁平成25年8月29日判決】
平成19年12月28日に本件予約契約が締結され,被告が本件予約契約で定められた予約完結権を行使した後の平成20年10月22日に本件契約が締結されているところ,本件予約契約では被告の予約完結権の行使により定期賃貸借契約が成立すると定められ,本件予約契約締結後に賃料の変更が予定されていなかったものと認められること,本件予約契約において本件店舗の賃料が平方メートル単価を2572円として定められ,本件契約でも平方メートル単価に変更はなく,その他本件予約契約締結後から本件契約の締結までに原告と被告の間で賃料の交渉が行われていたことをうかがわせる証拠はないこと,本件予約契約締結より前に,原告と被告との間では本件店舗の賃料について文書により明確に合意されていなかったことからすると,原告と被告との間での本件契約の当初賃料が合意されたのは,本件予約契約が締結された平成19年12月28日と認めるのが相当である。
したがって,本件賃料減額請求の当否を判断するに当たっては,同賃料が合意された日である平成19年12月28日以降の諸事情のほか,原告と被告が賃料額決定の要素とした事情その他諸般の事情を総合的に考慮しなければならないものというべきである。
【東京地裁平成29年3月29日判決】
借家契約においては,当事者が契約期間が満了するよりも一定期間前に更新をしない旨の通知等をしないか,又は同通知をした場合であっても,借家人が使用を継続し,賃貸人がこれに対して遅滞なく異議を述べない場合には,更新したものとみなされる(借地借家法26条1項,2項)。
かかる規定に照らすと,借家契約は,当事者間の明示的な更新の意思表示がなくても黙示的・自動的に更新されることとなるから,法定更新をもって,当事者が契約条件について現実に合意をしたと認めることはできないと解するのが相当である。
【東京地裁平成29年7月24日判決】
国土交通省の平成25年3月付け「継続賃料にかかる鑑定評価の方法等の検討」は,現実に合意した時点と使用収益開始時点が同一時点でない場合における直近合意時点は,賃料について合意をした時点ではなく,現実に合意した賃料が適用される使用収益の開始時点とするのが妥当であるとしている。
この国土交通省の見解は合理的であり,相当であるから,特段の事情がない限り,国土交通省の見解に則り,判断するのが相当である。
【神戸地裁平成30年2月21日判決】
当事者が,賃貸期間が開始した後のある時点において,その当時の経済事情等をも踏まえ,従前の賃料を減額若しくは増額し又は据え置く旨を合意した場合には,当該時点は,直近合意時点に当たるということができる。
もっとも,当事者が,その時点で,その当時の経済事情等を踏まえることなく,単に従前の賃料額を確認し,又は対象面積の変更のみを理由に賃料額を変更したにとどまるような場合には,当該時点は,直近合意時点に当たるとはいえない。
【東京地裁平成30年8月10日判決】
被告は,本件更新契約が締結された平成27年4月21日が直近合意時点であると主張するが,同契約において賃料額に変更はなく,同契約締結時,原告と被告とが,賃料額やそれと密接に関わる事項について,当時の経済事情等を踏まえて実質的な交渉を行ったことを認めるに足りる証拠はないことからすると,同契約締結時点を直近合意時点と解することはできない。
【東京地裁平成31年2月28日判決】
原告と被告は,平成22年10月18日,本件賃貸借契約を合意により更新するに当たり,賃料等を同年11月10日以降月額180万円とする旨を現実に合意したものと認められるから,直近合意時点は,平成22年11月10日であるというべきである。
<中略>
原告は,平成22年の契約期間満了に当たり,賃料等の増額と契約期間を10年間とする更新を求めたのに対し,被告は,賃料等の減額と契約期間を2年間とする更新を求め,協議の上で,賃料等を従前と同額とし,契約期間を2年間とする合意更新契約書を作成したのであるから,これにより賃料等の額を合意したとみるべきことは明らかであり,賃料等が従前と同額であるからといって,合意ができなかったとみることはできない。
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6.「事情変更」として考慮される要素
当事者間の協議や調停でまとまらない場合は,最終的に裁判で争われることになりますが,裁判では,直近賃料合意時以降のどのような「事情変更」を考慮して「正当」な賃料額を判断しているのでしょうか。
この点について,借地借家法11条1項及び32条1項の各規定や過去の裁判例に照らし,概ね以下の4つの事情が挙げられます。
(1) 租税その他の公課ないし負担の増減(土地においては固定資産税や都市計画税,建物においては減価償却費,維持修繕費,公租公課及び損害保険料及び土地に対する公租公課(借地権付き建物であれば地代相当額)の増減)
(2) 土地・建物の価格変動等の経済事情の変動
(3) 近傍類似の土地又は建物の賃貸相場(いわゆる「賃貸事例」)の変動
(4) 当事者間の主観的事情の変化
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上記のうち(4)(当事者間の主観的事情の変化)については,これを考慮すべきことが借地借家法11条1項及び32条1項には明示はされていませんが,同項の規定は例示列挙であり,判例実務上,同項に明記されていない当事者間の個人的な事情(主観的事情)であっても、当事者が当初の賃料額決定の際にこれを考慮し、賃料額決定の重要な要素となったものであれば、これを考慮すべきと解されています(【最高裁平成5年11月26日判決】)。
この当事者間の主観的事情とは,具体的には,賃借人の親会社と賃貸人が一定の資本関係を持ち賃貸人と賃借人が同一の企業グループに属していたケース(【東京地裁平成4年2月24日判決】),賃借人が賃貸人の設立・所有する会社であったケース(【東京高裁平成12年7月18日判決】),賃貸人(会社)の代表者と賃借人(会社)の代表者が親子関係にあったケース(【東京地裁平成18年3月17日判決】),賃借人が賃貸人(会社)の代表取締役の長男かつ賃貸人の取締役であり後継者候補(次期社長候補)であったケース(【東京地裁平成29年3月27日判決】),賃貸人が賃借人(会社)の代表取締役であったケース(【東京地裁令和5年3月23日判決】)などで,裁判所は,いずれも賃貸人・賃借人の関係性の変動を考慮して適正賃料額を認定しています。
従って,このような当事者間の主観的事情(個人的関係性)の変動についても,当該主観的事情(個人的関係性)が当初の賃料額決定の際に重要な考慮要素となっていたのであれば,賃料増減額請求訴訟において適正賃料を判断する重要なメルクマールになると考えられます。
もっとも,ここで考慮されるのは,あくまで当事者間の関係性の変化であって,単に一方当事者のみの事情(状況)が変化したというだけでは,賃料増減額を正当化する「事情変更」とはなりません。
例えば,新型コロナウィルス感染症の影響で賃借人(テナント)の収入額が減少したからといって,賃借人の収入額を基準に(重要な考慮要素として)従前の賃料が定められていたなどの特殊事情が無い限り,このことのみを理由に借地借家法に基づく賃料減額請求をすることは認められません(【東京地裁令和3年8月10日判決】参照)。
【東京地裁平成4年2月24日判決】
従前の本件建物の賃料は、本件ビル内の他の賃借人に比し低位に定められており、これは被告がA社の子会社として資本的繋がりがあったことによるものと推認されるから、資本的繋がりが切れた以上、役員などを派遣しているわけではない原告において本件ビル内の他の賃借人の賃料水準に近づけようとすること自体は合理的であり、低位に推移していた合意賃料を基準にしたスライド法により算定した価格を中心に据えつつ、比準法により算定した価格四割、差額配分法により算定した価格一割を加味して算定した鑑定手法も合理的と認められるから、これをもとに賃料額を算定するのが相当である。
【最高裁平成5年11月26日判決】
借地法一二条一項の規定は、当初定められた土地の賃料額がその後の事情の変更により不相当となった場合に、公平の見地から、その是正のため当事者にその増額又は減額を請求することを認めるものである。
したがって、右事情としては、右規定が明示する一般的な経済的事情にとどまらず、当事者間の個人的な事情であっても、当事者が当初の賃料額決定の際にこれを考慮し、賃料額決定の重要な要素となったものであれば、これを含むものと解するのが相当である。
【東京高裁平成12年7月18日判決】
土地の賃貸人であるAが被控訴人会社を設立し、その会社を所有していたことから、地代は低廉なものとされ、Aが税務署長に土地の無償返還届出書を提出するなど、他人同士の土地賃貸借では見られない特徴もある。
しかし、これは、被控訴人会社が実質上Aの分身であったことから、そのようなものとなったに過ぎないと考えられる。
すなわち、Aも、被控訴人会社も、賃貸人と賃借人とが実質上同一人であるという特別の条件が存在する限り、右のような契約条件とするが、このような特別の条件が存在しなくなったときには、他人同士の賃貸借として、賃貸条件を改定することを予想し、これを承諾して、賃貸借契約を結んでいたものと認められる。
【東京地裁平成18年3月17日判決】(控訴審である【東京高裁平成18年11月30日判決】でも誤記に伴う金額訂正以外は踏襲)
特殊事情が本件建物の譲渡に伴う賃貸人の地位の移転により消滅したことは,前提事実から明らかであるところ,借地借家法32条1項は,従前の賃料が客観的に不相当となったときに,公平の観念から,改定を求める当事者の一方的意思表示により,従前の賃料を将来に向かって客観的に相当な金額に改定することを認める規定であり,その趣旨からすれば,同項が定める事情の変更は例示に過ぎず,前記のような特殊事情の変更であっても,賃料増減額請求をするための要件となり得るものと解すべきである。
また,現行の賃料が定められてから相当期間が経過したことは,賃料増減額請求権発生の独立の要件ではなく,不相当性判断の事情として斟酌すれば足りるものというべきである。
<中略>
本件各賃貸部分の賃料が,賃貸人と賃借人の特殊事情から,本件建物の他の賃借人の賃料と比べて著しく低額に定められたものであることは,前示のとおりであり,その賃料額が市場価格を反映していないものであること,原告の本件賃料増額請求は,経済事情の変動とか,近傍同種の建物の借賃に比較して不相当になったといった経済的,社会的な事情の変更を理由とするものではなく,主観的個人的な事情の変更を理由とするものであることに照らすと,本件各賃貸部分の相当賃料額を算定するに当たっては,従前の賃料額を基礎にその後の物価変動率等をスライドさせるスライド法を用いることは適切でなく,積算法及び賃貸事例比較法を用いて平成15年10月1日時点(価格時点)における適正な実質賃料を試算するのが相当である。
<中略>
(従前賃料額と適正な月額実質賃料額との間には倍以上の大きな乖離が存在するとした上)賃貸人と賃借人間の個人的な特殊事情が消滅したとはいえ,直ちに賃料額を一般的な水準にまで増額させることは相当でなく,公平の観念から,その中庸値をもって相当賃料額と認めるのが相当である。
<中略>
共益費が全体として前記のとおり低額に定められたのは,賃料の場合と同様,賃貸人と賃借人間に存した個人的な特殊事情によるものと認めざるを得ないところ,この特殊事情が消滅した以上,賃料の場合と同様,本件賃料増額請求によって相当額まで増額させるのが相当である。
共益費は,賃料と比べて実費負担的要素が強いことからすれば,他の賃借人が負担している額までこれを増額させるのが相当である。
【東京地裁平成29年3月27日判決】
本件建物は,被告が,従業員や役員としての地位を有すること,言い換えれば,賃料の面での優遇措置を講じても,税務上社宅等として通用する余地があることを前提として,被告が代表取締役社長であるAの子であることや,その当時,Aが被告を後継社長に据えることを予定していたことなどの諸事情を踏まえて,被告が専ら使用する建物として建築され,かつ,低廉な賃料額が定められたものということができる。
<中略>
単に取締役たる地位を喪失したというだけでなく,当初賃料の合意時点において存在したはずのAの被告に対する後継社長としての信頼は損なわれ,また,父子としての良好な関係も損なわれたということができ,当初賃料額決定時に重要な要素とされていた諸事情は大きく変化していると評価できるのであって,原告による賃料増額請求時までに,当初の賃料額を不相当とすべき事情の変動があったと認めるのが相当である。
【東京地裁令和3年8月10日判決】
原告と被告が,直近合意賃料を合意する際に,原告の収入額を重要な要素として考慮したとは認めるに足りず,公平の見地に照らせば,原告の収入額が減少したとしても,そのような事情が,原告の賃料減額請求の当否を決するに当たって考慮すべき事情に当たるということはできない。
【東京地裁令和5年3月23日判決】
家賃増額請求権は、家賃が諸事情の変化により客観的に不相当になったこと、家賃を増額しない特約がないことを要し、家賃が「不相当」となったか否かを判断する要素には、土地または建物に対する租税その他の負担の増減,土地または建物の価格の上昇、定価その他の経済事情の変動、及び近傍同種の建物の家賃水準との比較がある。
この点、当事者間の主観的個人的な事情の変化、あるいは賃貸借契約当時の当事者間の特殊事情の解消等も考慮されるかが問題となるところ、借地借家法32条の目的が、従前賃料が不相当となった場合に公平の見地からの改定を認めるものであることからすれば、主観的事情を排除する必要は乏しいものと解される。
そうすると、家賃の「不相当性」は、経済事情の変動のほか、当事者が賃料額決定の要素とした事情を含め、当事者間の具体的な事情を総合的に考慮し、従来の家賃を維持することが公平か否かという見地から判断されるべきである。
<中略>
本件賃貸借契約の賃料がこのような低額であるのは、当時の本件建物の所有者であり賃貸人であったAが、賃借人たる被告の代表取締役の地位にあったからと考えられる。
しかるに、本件ビルは原告に譲渡され、原告が本件賃貸借契約の賃貸人の地位を承継したのであるから、本件賃貸借契約の直近賃料合意時から賃料増額請求にかかる価格時点までの間に、低額な賃料額の前提とされた当事者間の特殊事情が消滅したと認められる。
そうすると、本件においては事情の変化があり、その結果、既存賃料が客観的に低すぎるようになった事実が認められる。
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7.正当な賃料の算定手法
実際の不動産鑑定においても,概ね上記(1)から(4)を考慮要素として,「差額配分法」「利回り法」「スライド法」「賃貸事例比較法」等の算定手法により,正当な賃料を算定します。
もっとも,上記算定手法のうち「賃貸事例比較法」については,近傍において契約内容,経緯等を適正に比較し類似の「賃貸事例」を探し出すことは容易ではなく,探し出したとしても適切な補正を施すことはさらに困難なため,特に「継続地代の評価手法としての存在意義はほとんどない」と解されています(澤野順彦編『実務解説 借地借家法』〔青林書院 2008年〕430頁)。
なお,建物の継続賃料の事案で,【東京地裁平成22年2月17日判決】)も,「規範性の乏しい(賃貸)事例に基づく比準賃料を継続賃料の算定の基準とすることは相当でない」と判示しています(もっとも,和解や調停においてはなお有力な材料になるとされているため(篠田省二編『現代民事裁判の課題6 借地・借家・区分所有』〔新日本法規 1990年〕),和解案として,近傍の賃貸事例を数件ピックアップして相手方へ提示することには,一定の有益性はあるかと思われます)。
上記算定手法の中では,「差額配分法」が最も説得力の優る算定手法とされ,実務においても,とりわけ「営業用の建物の賃貸借契約」の場合は,「差額配分法」が最も重視される傾向にあるといえますが(前掲【東京地裁平成22年2月17日判決】等),それぞれの算定方法については不動産鑑定の専門知識を要し非常に複雑な計算を伴うためここでは詳しくは触れません。
なお,多湖・岩田・田村法律事務所でも,賃料増減額の交渉をする際に予め適正賃料の簡易な査定は行っておりますが,調停や裁判で書証として提出する場合には,原則として外部提携先の「不動産鑑定士」へ鑑定依頼しております)。
【東京地裁平成22年2月17日判決】
各鑑定書における賃貸事例はいずれも適切なものとはいえず,このような規範性の乏しい事例に基づく比準賃料を継続賃料の算定の基準とすることは相当でない。
<中略>
本件契約が営業用の建物の賃貸借契約であることからすれば,〈1〉差額配分法,〈2〉利回り法,〈3〉スライド法による上記各試算賃料を,順に5:2:3の割合で関連づけて計算される額に基づいて適正賃料を算定することが相当。
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結論 |
以上より,賃貸借契約の当事者が賃料額につき現実に合意した時点以降に経済事情の変動等の事情変更がある場合には,賃料増減額請求が認められますが,裁判で正当と認められるまでは,原則として,従前賃料額の支払または請求をすることで足り,後に裁判で増額や減額が「正当」(≠相当)と認められた場合にはじめて,増額請求を受けた借主は不足分(増額後の賃料−支払額)に各支払期限後から年1割の利息を付して貸主に支払い,減額請求を受けた貸主は,超過分(受領額−減額後の賃料)に受領の時から年1割の利息を付して借主に返還することになります。
また,そこで考慮される「事情変更」には,客観的な経済事情の変動等のほか,当事者間の主観的事情の変化も含まれます。
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実務上の注意点 |
8.調停前置主義の例外
賃料増減額請求については,調停前置主義が採られており,貸主・借主はいきなり裁判をすることはできず,必ず先に調停を申し立てる必要があります(民事調停法24条の2)。
もっとも,訴訟上,賃料減額請求権行使の事実は,未払賃料請求に対する「抗弁」となり得ると解されています(岡口基一『要件事実マニュアル(下)』〔ぎょうせい 2005年〕102頁,司法研修所編『民事訴訟における要件事実 第二巻』〔司法研修所 平成4年3月〕73頁,廣谷章雄『借地借家訴訟の実務』〔新日本法規 2011年〕263頁等参照)。
従って,貸主の提起する未払賃料請求訴訟において,借主が反論(抗弁)として賃料減額請求を主張すると,減額の可否についても同一訴訟内で審理され,これが正当と認められれば,賃料減額請求時に遡って賃料減額の効果が生じます。
【民事調停法24条の2】
1 借地借家法(平成三年法律第九十号)第十一条の地代若しくは土地の借賃の額の増減の請求又は同法第三十二条の建物の借賃の額の増減の請求に関する事件について訴えを提起しようとする者は、まず調停の申立てをしなければならない。
2 前項の事件について調停の申立てをすることなく訴えを提起した場合には、受訴裁判所は、その事件を調停に付さなければならない。ただし、受訴裁判所が事件を調停に付することを適当でないと認めるときは、この限りでない。
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9.賃料増額請求権の時効期間
賃料請求権は,「権利を行使することができることを知った時」すなわち支払期限から5年経過すると時効援用により消滅します(民法166条1項1号,旧民法169条)。
もっとも,前述2のとおり,賃料増額請求権は,これを請求すると同時に賃料増額の効果が生じる形成権であるものの,相手方がこれに異議を唱えたときは,増額を正当とする裁判が確定するまで相当と認める額(従前の賃料額)を支払うことをもって足りるとされているため(借地借家法11条2項本文,32条2項本文),現実には,裁判が確定する前には,賃貸人は,増額分(従前の賃料との差額分)の賃料を受領することはできません。
そのため,増額分(従前の賃料との差額分)の賃料については,5年の時効の起算点(=権利を行使することができることを知った時)は,毎月の賃料の支払期日ではなく,増額を正当とする裁判の確定時になるのではないかとも思われます。
しかしながら,仮に増額を正当とする裁判が確定するまで時効期間が進行しない(スタートしない)とすると,とりあえず裁判外で増額請求さえしておけば,その後,裁判を提起しない限り,増額分の賃料については永久に時効にかからないこととなり,他方で,その間,増額分に対する年1割の利息(借地借家法11条2項但書,32条2項但書)は蓄積し続けるという,著しく不公正な結果となります。
この点,所定の弁済期が到来する限り増額分の賃料の請求をすること自体は妨げられないのですから,当該増額分の賃料債権についても,本来の弁済期から消滅時効が進行すると解されています(【東京地裁昭和60年10月15日】【東京地裁平成30年8月3日判決】)。
従って,賃料増額請求をしたとしても,当該増額請求にかかる賃料の元々の弁済期限から5年以内に賃料増額調停や賃料増額訴訟を提起して時効完成猶予(民法147条1項)の措置を講じておかないと,当該増額賃料の請求権は,時効援用により消滅します。
なお,賃料増減額請求については,前述8のとおり,調停前置主義が採られており,調停の申立によっても時効完成猶予の効果が生じますが(民法147条1項3号),調停が不成立(不調)となった時(民事調停法14条)は,その後さらに6か月以内に訴訟を提起すれば,時効完成猶予の効果が継続します(民法147条1項柱書括弧内)。
さらに,調停不成立(不調)後2週間以内に訴訟を提起した場合には,調停の申立ての時に訴えの提起があったものとみなされ(民事調停法19条),調停申立時に裁判所に納付した印紙代を訴訟提起時の印紙代に流用することもできます(民事訴訟費用法5条)。ただし,この場合でも,調停手続内で行った賃料鑑定費用については,訴訟手続における訴訟費用とはみなされません(【大阪高裁平成3年2月25日決定】)。
また,賃料増額調停における「申立ての趣旨」や賃料増額請求訴訟における「請求の趣旨」は,次のように記載するのが一般的です。これは,いわゆる「確認請求」と呼ばれるもので,差額分の賃料の支払い自体を求める「給付請求」とは異なりますが,このような「確認請求」であっても,「給付請求」と同様,時効完成猶予(民法147条1項)や時効更新(同条2項)の効果が生じます(【和歌山地裁昭和48年2月5日判決】【東京地裁昭和60年10月15日判決】【東京地裁令和2年9月23日判決】)。
【申立ての趣旨】
申立人が相手方に賃貸している別紙物件目録記載の建物の賃料は,令和5年3月1日以降月額30万円(ただし,消費税を含まない額)であることを確認するとの調停を求める。
【請求の趣旨】
原告が被告に賃貸している別紙物件目録記載の建物の賃料は,令和5年3月1日以降月額30万円(ただし,消費税を含まない額)であることを確認するとの判決を求める。
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もっとも,特に賃料増額請求訴訟における「請求の趣旨」については,増額請求してから長期間経過している場合や増額幅が大きいと見込まれる場合には,差額賃料が相当累積していることを考慮し,多湖・岩田・田村法律事務所では,過去分の差額賃料及び前述3の年1割の利息分の給付請求を併合して提起しています。
その場合の「請求の趣旨」は,次のように記載します(なお,調停の場合は過去分の差額賃料や利息の支払いについて調停成立時の「調停条項」で定めれば良いので「申立ての趣旨」には通常記載しません)。
【事例】
従前賃料:20万円(消費税別),増額後賃料:30万円(消費税別),増額請求日:令和5年3月1日,訴訟提起日:令和5年9月1日,増額請求日から訴訟提起日までの期間:6か月,差額累積額:(30万円-20万円)×6か月×1.1(消費税)=66万円,賃貸部分(建物)の固定資産税評価額:500万円
【請求の趣旨】
1 原告が被告に賃貸している別紙物件目録記載の建物の賃料は,令和5年3月1日以降月額30万円(ただし,消費税を含まない額)であることを確認する。
2 被告は,原告に対し,66万円及びうち別紙賃料一覧表の差額賃料欄記載の各金員に対する起算日欄記載の各起算日から各支払済みまでそれぞれ年1割の割合による金員を支払え。
との判決を求める。
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上記請求の趣旨1及び2は利益共通とみなされるため,いずれか高額な方のみをもって「訴訟物の価額」(訴訟提起時の印紙代の計算の基礎となる訴額)とされるのが一般的です。
従って,上記【事例】では,請求の趣旨1及び2の訴訟物の価額の合計ではなく,高額な方すなわち請求の趣旨1の訴訟物の価額(下記参照)が全体の訴訟物の価額となりますので,当該訴訟物の価額(180万円)に対応する印紙代(1万4000円)を納付すれば良いことになります。
【請求の趣旨】1について
① (30万円-20万円)×(6か月+12か月)=180万円
② 賃貸部分(建物)の固定資産評価額500万円÷2=250万円
⇒訴訟物の価額:①と②を比較して低額な方=180万円(裁判所書記官研修所編『訴額算定に関する書記官事務の研究(補訂版)』〔法曹会 2002年〕46頁参照)
【請求の趣旨】2について
⇒訴訟物の価額:給付請求額の元本部分(利息部分は付帯請求)=66万円(裁判所書記官研修所編『訴額算定に関する書記官事務の研究(補訂版)』〔法曹会 2002年〕257頁参照)
なお,上記請求の趣旨2では,訴訟提起日以降に発生する差額賃料は給付請求の範囲には含まれないため,訴訟が長期に及び高額の差額賃料が累積する場合には,事実審の口頭弁論終結直前に請求の趣旨の変更(拡張)をし,訴訟提起日以降に発生する差額賃料も別紙賃料計算表に加えておくことを検討する必要があります。
もちろん,主文で示された給付請求の範囲に含まれない残部賃料については既判力(民事訴訟法114条1項)が及ばないため(【東京地裁令和3年1月26日判決】参照),請求の趣旨の変更(拡張)をしなくても,増額の裁判が確定後に改めて訴訟提起日以降に発生した差額賃料(残部賃料)について給付請求訴訟を提起することも可能です。
【民法147条】
次に掲げる事由がある場合には、その事由が終了する(確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定することなくその事由が終了した場合にあっては、その終了の時から六箇月を経過する)までの間は、時効は、完成しない。
一 裁判上の請求
二 支払督促
三 民事訴訟法第二百七十五条第一項の和解又は民事調停法(昭和二十六年法律第二百二十二号)若しくは家事事件手続法(平成二十三年法律第五十二号)による調停
四 破産手続参加、再生手続参加又は更生手続参加
2 前項の場合において、確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定したときは、時効は、同項各号に掲げる事由が終了した時から新たにその進行を始める。
【民法166条1項】
債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
一 債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき。
二 権利を行使することができる時から十年間行使しないとき。
【民事訴訟法114条1項】
確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。
【民事調停法14条】
調停委員会は、当事者間に合意が成立する見込みがない場合又は成立した合意が相当でないと認める場合において、裁判所が第十七条の決定をしないときは、調停が成立しないものとして、事件を終了させることができる。
【民事調停法19条】
第十四条(第十五条において準用する場合を含む。)の規定により事件が終了し、又は前条第四項の規定により決定が効力を失った場合において、申立人がその旨の通知を受けた日から二週間以内に調停の目的となった請求について訴えを提起したときは、調停の申立ての時に、その訴えの提起があったものとみなす。
【民事訴訟費用法5条】
1 民事訴訟法第三百五十五条第二項(第三百六十七条第二項において準用する場合を含む。)、民事調停法(昭和二十六年法律第二百二十二号)第十九条(特定債務等の調整の促進のための特定調停に関する法律(平成十一年法律第百五十八号)第十八条第二項(第十九条において準用する場合を含む。)において準用する場合を含む。)又は家事事件手続法(平成二十三年法律第五十二号)第二百七十二条第三項(同法第二百七十七条第四項において準用する場合を含む。)、第二百八十条第五項若しくは第二百八十六条第六項の訴えの提起の手数料については、前の訴えの提起又は調停の申立てについて納めた手数料の額に相当する額は、納めたものとみなす。
2 前項の規定は、民事調停法第十四条(第十五条において準用する場合を含む。)の規定により調停事件が終了し、又は同法第十八条第四項の規定により調停に代わる決定が効力を失つた場合において、調停の申立人がその旨の通知を受けた日から二週間以内に調停の目的となつた請求についてする借地借家法(平成三年法律第九十号)第十七条第一項、第二項若しくは第五項(第十八条第三項において準用する場合を含む。)、第十八条第一項、第十九条第一項(同条第七項において準用する場合を含む。)若しくは第二十条第一項(同条第五項において準用する場合を含む。)又は大規模な災害の被災地における借地借家に関する特別措置法(平成二十五年法律第六十一号)第五条第一項(同条第四項において準用する場合を含む。)の規定による申立ての手数料について準用する。
【和歌山地裁昭和48年2月5日判決】
時効の中断事由たる「裁判上の請求」は、給付訴訟に限られるものではなく、確認訴訟でもよく、また、債務者の提起した権利不存在確認の訴の被告となつて権利を主張した場合であつてもこの「裁判上の請求」に含まれる。
【東京地裁昭和60年10月15日】
増額された適正賃料と賃借人の支払った金額との差額についても、賃貸人が賃借人に対しその不払による債務不履行責任を問いえないというだけあって、賃料債権自体は発生し、かつ、本来の賃料支払期日に履行期が到来しているものというべきである。
原告は、増額を正当とする裁判が確定するまでは、増加額につき権利を行使することができない旨主張する。
しかし、右のとおり、増加額についても、賃借人が遅滞の責を負わないというだけであって、賃貸人は、その支払を求める給付の訴又はその確定を求める確認の訴を提起して、消滅時効を中断することができ、かつ、給付判決が確定すれば、強制執行をすることも妨げられないのであって(給付の確定判決又はこれに代わる債務名義の取得なくして、履行の強制的実現をなしえないことは、一般の債権についても同様である。
)、権利を行使するについて特段の障害があるものと解することはできない。
したがって、右のような増額請求にかかる増加額についても、所定の弁済期から消滅時効が進行を始めるものと解すべきである。
【大阪高裁平成3年2月25日決定】
民事調停法19条により、調停の申立の時に、その訴えの提起があったものとみなされる場合の訴訟については、民事調停手続に要した費用を、その後に提起された訴訟の訴訟費用の一部とする旨の明文の規定がないから、右民事調停手続に要した費用が、その後に提起された訴訟の訴訟費用の一部になるものとは解し難い。
右の場合の民事調停手続に要した費用は、民訴法104条を類推して、民事調停を申立てた裁判所に調停費用の負担を命ずる裁判を申立て、これに対する裁判によって、その負担を定めるべきものと解すべきである。
【東京地裁平成30年8月3日判決】
借地借家法11条,32条が定める賃料増減請求権の法的性質は形成権であり,賃料増減請求の意思表示が相手方に到達した時点で直ちに(始期を定めた場合にはその始期から)実体的な効力が生じる。賃料増額請求の相手方は,当該請求に係る裁判が確定するまでの間は,相当と認める額の賃料を支払うことをもって足りるとされるが,賃料増額の効果そのものは賃料増額請求がされた時点で既に発生しており,増額賃料の不払について債務不履行責任を問うことができなくなるにすぎない。
したがって,所定の弁済期が到来する限り増額賃料の請求をすること自体は妨げられず,当該増額賃料に係る債権については,それぞれの弁済期から消滅時効が進行するものと解するのが相当である。
【東京地裁令和2年9月23日判決】
本訴前調停は,増額賃料の確認等を求めるものであり,不足額請求は申立ての趣旨に含まれていないものの,増額された賃料の確認と不足額請求は極めて密接な関係にあるものであるから,本訴前調停の申立てにより,不足額請求について時効中断の効力が及ぶと解する。
【東京地裁令和3年1月26日判決】
被告は,残部請求部分は,前訴判決の既判力によって遮断されているから,被告に支払義務はない旨主張する。
しかし,前訴判決中の平成28年11月分の差額賃料と残部請求部分である同年12月以降分の差額賃料とは,発生時期及び発生原因を異にする別個の債権であると認められる。
そうすると,本件においては,一個の債権の数量的な一部について訴えを提起する場合と異なり,一部請求であることを明示したか否かにかかわらず,前訴判決の既判力が残部請求部分に及ぶと解することはできず,したがって,被告の主張は採用することができない。
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10.共益費又は管理費の増減額請求
実務上,借家においては,家賃のほかに,エレベーターの定期点検費用や非常階段の電気代,エントランスの清掃代等を「共益費」と称して毎月定額で支払うのが一般的です。
この「共益費」の法的性質としては,一般的には賃貸の目的建物を管理することに伴う費用(準委任契約に基づいて支払義務が生ずる金員)等と考えられています(【東京地裁平成6年10月20日判決】)。
そして,名目が「共益費」であっても,実費(月単位又は年単位で金額が変動する。)ではなく固定額をもって授受することを合意している場合など,実質的に家賃と同視できる場合には,当事者間に同項の適用を排除する旨の合意があるなどの特段の事情のない限り,共益費の額を定めた要素に大きな変更があれば,借地借家法32条1項の趣旨に鑑み,同項を類推適用して増減額請求が可能であると考えられます(【東京地裁平成25年6月14日判決】【神戸地裁平成30年2月21日判決】)。
したがって,共益費の要素(例えば共用部の電気代)に大きな変更があったような場合には,原則として,賃料と同様,借地借家法に基づく増減額請求が可能と解されます。
【東京地裁平成6年10月20日判決】
共益費とは一般的には賃貸の目的建物が区分所有建物である場合に当該建物を含む建物を統一的に管理することに伴う費用(準委任契約に基づいて支払義務が生ずる金員)であると解されるから、当事者に合意が成立した後はそれと異なる新たな合意が成立するまで、右合意に係る金額が当事者を拘束するものというべきである。
【東京地裁平成25年6月14日判決】
本件賃貸借契約における共益費とは,各賃借人の共同利用に供する建物の保存,管理,清掃衛生等,定期管理の費用をいうところ,これらは租税等の負担,建物の価格等とは直接関係せず,共益費の内容は,当事者間の合意によって定めることが可能であり,近傍同種の建物の共益費と単純に比較できるものではないことから,借地借家法32条1項を直接適用することはできないが,共益費の額を定めた要素に大きな変更があるような場合に限り,同項の趣旨にかんがみ,類推適用する余地があるというべきである。
【神戸地裁平成30年2月21日判決】
借地借家法32条1項にいう「建物の借賃」,すなわち,建物の賃料とは,建物の使用の対価をいうものと解される(民法601条参照)。
しかるところ,建物の使用の対価は,建物及びその敷地の経済的価値に相当する純収益部分と必要経費とから構成される(評価基準第7章第2節〈2〉1(2)〔3〕参照)から,当該建物の賃貸借契約において両者が区別されていない場合には,必要経費に相当する部分は,当然,同項の適用を受けることとなる。
このことは,同項が,賃料の増減請求が認められる場合として,「土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減」を挙げていることからも明らかである。
そうすると,当該建物の賃貸借契約の当事者が,建物及びその敷地の必要経費に相当する部分を,〔1〕「賃料」とは別に「共益費」などという独立の費目で,かつ,〔2〕実費(月単位又は年単位で金額が変動する。)ではなく固定額をもって授受することを合意した場合には,当事者間に同項の適用を排除する旨の合意があるなどの特段の事情のない限り,当該「共益費」について,同項の適用を否定すべき合理的な根拠は見当たらないというほかはない。
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11.賃料不減額特約の有効性
賃貸借契約において,「賃貸契約期間中,借主は賃料減額請求をすることはできない」との特約が設けられることがあります
借地借家法の明文上は,借主の賃料減額請求権は強行法規(当事者の特約があっても排除できない規定)とはされていませんが(借地借家法16条,同法37条),借地借家法11条1項但書及び32条1項但書の反対解釈により,強行法規と解されています(借地につき【最高裁平成15年6月12日判決】【最高裁平成16年6月29日判決】,借家につき【最高裁平成15年10月21日判決(平成12年(受)第573号)】【最高裁平成15年10月23日判決】前掲【最高裁平成20年2月29日判決】等)。
従って,仮に契約で「借主は賃料減額請求をすることはできない」旨の特約が結ばれたとしても,かかる特約は定期建物賃貸借契約(定期借家契約)(公正証書等の書面により「契約の更新がないこととする旨」の約定を結んだ建物賃貸借契約)の場合(借地借家法38条9項)以外は,特段の事情ない限り原則として無効となります。
なお,この理は,地方住宅供給公社法(公社法)に基づくいわゆる公社住宅であっても同様です(【最高裁令和6年6月24日判決】)。
もっとも,賃貸借契約が転貸を前提に締結されている場合(転貸借(サブリース)の場合)や借主の意向・注文に沿って建物を建築した上その建物を賃貸する「オーダーメイド賃貸」のような場合でも,賃料減額請求の適用を一切排除できないのか問題となります。
というのも,これらの場合は,貸主が借主から得られる賃料を見越して資金計画を立てているのが通常であるため(例えば借主からの賃料収入で回収できる範囲で借主の要望沿った建設費を支出したり,賃料収入をあてにして銀行からの建設費を借入れている等),賃料が減額されてしまうと,不測の事態が生じます(毎月の賃料収入が減額しても銀行への毎月の返済額は当然には減額されませんので,貸主は投下資本の回収ができずに倒産に追い込まれる危険があります)。
この点,【大阪高裁平成17年10月25日判決】は,賃借人が賃貸人に対しビルの建設協力金を預託するなどして,賃貸人名義のビルを建設させた上でこれを賃借し,さらに転貸するという賃貸形式が採られていた事案(これもサブリースの一種といえます)につき,経済的には賃貸人と賃借人の共同の企業活動であるとの趣旨であるとしても,そのことから本件賃貸借契約の法的性格が左右されるものではなく,借地借家法32条の規定の適用がないことの根拠とすることはできないが,これらの諸事情は,「本件賃貸借契約による約定賃料の相当性(借地借家法32条の規定における「不当性」)や相当賃料額の算定において斟酌すべき重要な事情になる」と判示しました。
また,【最高裁平成15年10月21日判決(平成12年(受)第573号)】も,賃貸人と賃借人との協議の結果を前提とした収支予測に基づき,賃貸人が銀行から181億円余りの融資を受けて,その所有する土地上に建物を建築し,これを賃借人が転貸事業を行うために賃借したという事案(これもサブリースの一種といえます)につき,借地借家法32条1項の適用は排除しないものの,賃料減額請求の当否(同項所定の賃料増減額請求権行使の要件充足の有無)及び相当賃料額を判断する際の重要な事情として十分に考慮されるべきであると判示しました。
また,【東京高裁平成15年2月13日判決】は,オーダーメイド賃貸の事案につき,「貸主において汎用性を欠く建物を多額の費用で建築し,その投下資本を回収するリスクを負担していることを考慮すれば,それを通常の建物賃貸借の場合と同様に考えることはできない」ことを理由に,賃料減額請求を(単に「不相当となったとき」ではなく)「著しく不相当となったとき」に限定(借地借家法の要件を実質的に加重)する特約を有効的に解釈しています。
もちろん,このような特殊事情(サブリースやオーダーメイド賃貸)は一定程度考慮されるとしても,他の客観的事情(公租公課の変動,不動産価格の増減,近傍類似の不動産の賃料水準の変化等)を排斥して当該特殊事情のみで賃料増減額請求の当否や相当賃料額を直ちに判断することは許されず,あくまで総合的に考慮される諸般の事情の一つとなるに過ぎません(【最高裁平成17年3月10日判決】)。
これらの判例を見ても分かるように,たとえサブリース契約やオーダーメイド賃貸のような特殊な賃貸借契約においても,借地借家法11条や32条の適用自体は排除できず,賃料不減額特約が契約書上定められていたとしても,なお賃料減額請求は認められます(その意味では賃料不減額特約は無効といえます)。
もっとも,減額請求の当否及び適正賃料額を判断する際には,賃料不減額特約が定められた経緯(サブリース契約やオーダーメイド賃貸の特殊性)も加味されますので,賃料不減額特約が定められていれば,とりわけサブリース契約やオーダーメイド賃貸では,通常の賃貸借契約よりも,賃料の減額は慎重に(厳格に)判断されているといって良いでしょう(その意味では賃料不減額特約も一応の有効性はあると評価できます)。
【借地借家法38条】※令和4年5月18日改正法施行後
1 期間の定めがある建物の賃貸借をする場合においては、公正証書による等書面によって契約をするときに限り、第三十条の規定にかかわらず、契約の更新がないこととする旨を定めることができる。この場合には、第二十九条第一項の規定を適用しない。
2〜8 省略
9 第三十二条の規定は、第一項の規定による建物の賃貸借において、借賃の改定に係る特約がある場合には、適用しない。
【東京高裁平成15年2月13日判決】
本件賃貸借契約は,貸主がその費用の大部分を負担して,借主の指定する仕様による建物を建築し,その残りの土地を駐車場として貸すとの契約であり,借主の注文にしたがい,その都合に合わせて用意された物件を賃貸するものである(比喩的に「オーダーメイド賃貸」とも呼ばれるようである。)。
このような賃貸借契約では,通常の建物の賃貸借契約と異なり,当該建物が汎用性を欠くため,貸主において,その物件を他の賃借人に賃貸することは極めて困難である。
そうすると,その賃貸借契約が期間の途中で終了した場合,賃貸人が,建築費等の投下資本を回収することは決して容易ではない。その賃料が予定された契約期間の途中で頻繁にあるいは大幅に減額された場合も同じである。
このような事情があるから,本件賃貸借の賃料額及び本件賃料改定条項は,敷金や保証金の金額・返還方法の約定を含めて,賃借人が相当長期間にわたって本件建物を賃借して営業し,賃貸人が本件建物に投下した建築資金等を安定的に回収する必要性があることを前提に定められたものというべきである。
そうすると,本件賃料改定条項の後段にいう「著しく不相当となったとき」とは,上記のような事情を考慮しても,なお,その約定賃料額を継続するのが当事者間の公平に反し,不相当といえるような経済事情の変動あるいは近隣との賃料格差が生じた場合をいうものと解するのが相当である。
借地借家法32条1項本文は,建物賃料が不相当となったときは,契約の条件にかかわらず,当事者が賃料の増減を請求できる旨を定めており,上記のように「著しく不相当となったとき」に限定していない。
しかし,上記のような本件賃貸借契約の特殊性,すなわち,貸主において汎用性を欠く建物を多額の費用で建築し,その投下資本を回収するリスクを負担していることを考慮すれば,それを通常の建物賃貸借の場合と同様に考えることはできない。
借地借家法32条も,結局は,貸主・借主双方の事情を踏まえた公平の原則に基づくものであるから,本件のような「オーダーメイド賃貸」の場合に,その賃料改定条項を上記のような経済的実体に即して解釈したからといって,それが同条の趣旨に反することになるものではない。
【最高裁平成15年10月21日判決(平成12年(受)第573号)】
本件契約には本件賃料自動増額特約が存するが,借地借家法32条1項の規定は,強行法規であって,本件賃料自動増額特約によってもその適用を排除することができないものであるから,本件契約の当事者は,本件賃料自動増額特約が存するとしても,そのことにより直ちに上記規定に基づく賃料増減額請求権の行使が妨げられるものではない。
なお,前記の事実関係によれば,本件契約は,不動産賃貸等を目的とする会社である第1審被告が,第1審原告の建築した建物で転貸事業を行うために締結したものであり,あらかじめ,第1審被告と第1審原告との間において賃貸期間,当初賃料及び賃料の改定等についての協議を調え,第1審原告が,その協議の結果を前提とした収支予測の下に,建築資金として第1審被告から約50億円の敷金の預託を受けるとともに,金融機関から約180億円の融資を受けて,第1審原告の所有する土地上に本件建物を建築することを内容とするものであり,いわゆるサブリース契約と称されるものの一つであると認められる。
そして,本件契約は,第1審被告の転貸事業の一部を構成するものであり,本件契約における賃料額及び本件賃料自動増額特約等に係る約定は,第1審原告が第1審被告の転貸事業のために多額の資本を投下する前提となったものであって,本件契約における重要な要素であったということができる。
これらの事情は,本件契約の当事者が,前記の当初賃料額を決定する際の重要な要素となった事情であるから,衡平の見地に照らし,借地借家法32条1項の規定に基づく賃料減額請求の当否(同項所定の賃料増減額請求権行使の要件充足の有無)及び相当賃料額を判断する場合に,重要な事情として十分に考慮されるべきである。
以上により,第1審被告は,借地借家法32条1項の規定により,本件賃貸部分の賃料の減額を求めることができる。
そして,上記のとおり,この減額請求の当否及び相当賃料額を判断するに当たっては,賃貸借契約の当事者が賃料額決定の要素とした事情その他諸般の事情を総合的に考慮すべきであり,本件契約において賃料額が決定されるに至った経緯や賃料自動増額特約が付されるに至った事情,とりわけ,当該約定賃料額と当時の近傍同種の建物の賃料相場との関係(賃料相場とのかい離の有無,程度等),第1審被告の転貸事業における収支予測にかかわる事情(賃料の転貸収入に占める割合の推移の見通しについての当事者の認識等),第1審原告の敷金及び銀行借入金の返済の予定にかかわる事情等をも十分に考慮すべきである。
【最高裁平成17年3月10日判決】
本件建物は,上告人の要望に沿って建築され,これを大型スーパーストアの店舗以外の用途に転用することが困難であるというのであって,本件賃貸借契約においては,被上告人が将来にわたり安定した賃料収入を得ること等を目的として本件特約が付され,このような事情も考慮されて賃料額が定められたものであることがうかがわれる。
しかしながら,本件賃貸借契約が締結された経緯や賃料額が決定された経緯が上記のようなものであったとしても,本件賃貸借契約の基本的な内容は,被上告人が上告人に対して本件建物を使用収益させ,上告人が被上告人に対してその対価として賃料を支払うというもので,通常の建物賃貸借契約と異なるものではない。
したがって,本件賃貸借契約について賃料減額請求の当否を判断するに当たっては,前記のとおり諸般の事情を総合的に考慮すべきであり,賃借人の経営状態など特定の要素を基にした上で,当初の合意賃料を維持することが公平を失し信義に反するというような特段の事情があるか否かをみるなどの独自の基準を設けて、これを判断することは許されないものというべきである。
原審は,上記特段の事情の有無で賃料減額請求の当否を判断すべきものとし,専ら公租公課の上昇及び上告人の経営状態のみを参酌し,土地建物の価格等の変動,近傍同種の建物の賃料相場等賃料減額請求の当否の判断に際して総合考慮すべき他の重要な事情を参酌しないまま,上記特段の事情が認められないとして賃料減額請求権の行使を否定したものであって,その判断は借地借家法32条1項の解釈適用を誤ったものというべきである。
【大阪高裁平成17年10月25日判決】
経済的には控訴人と被控訴人の共同の企業活動であるとの趣旨であるとしても、そのことから本件賃貸借契約の法的性格が左右されるものではなく、借地借家法32条の規定の適用がないことの根拠とすることはできない。
ただし、控訴人の主張する諸事情は、本件賃貸借契約による約定賃料の相当性(借地借家法32条の規定における「不当性」)や相当賃料額の算定において斟酌すべき重要な事情になるものと解される。
【最高裁令和6年6月24日判決】
地方公社は、住宅の不足の著しい地域において、住宅を必要とする勤労者に居住環境の良好な集団住宅を供給し、もって住民の生活の安定と社会福祉の増進に寄与することなどを目的とする法人であり(公社法1条、2条)、その目的を達成するため、住宅の賃貸を含む所定の業務を行うことができるものとされている(公社法21条1項、3項)。
地方公社の上記業務として賃借人との間に設定される公社住宅の使用関係は、私法上の賃貸借関係であり、法令に特別の定めがない限り、借地借家法の適用があるというべきである。
そこで、公社住宅の使用関係について借地借家法32条1項に対する特別の定めがあるかをみるに、公社法は、地方公社において住宅の賃貸等に関する業務を行うには、住宅を必要とする勤労者の適正な利用が確保され、かつ、家賃が適正なものとなるように努めなければならないことなどを規定した上(22条)、上記業務を行うときの基準について、「他の法令により特に定められた基準がある場合においてその基準に従うほか、国土交通省令で定める基準に従つて行なわなければならない。」と規定する(24条)。
そして、公社規則16条2項は、公社法24条の委任を受けて、「地方公社は、賃貸住宅の家賃を変更しようとする場合においては、近傍同種の住宅の家賃、変更前の家賃、経済事情の変動等を総合的に勘案して定めるものとする。この場合において、変更後の家賃は、近傍同種の住宅の家賃を上回らないように定めるものとする。」と定める。
公社法の上記各規定の文言に加え、地方公社の上記目的に照らせば、公社法24条の趣旨は、地方公社の公共的な性格に鑑み、地方公社が住宅の賃貸等に関する業務を行う上での規律として、他の法令に特に定められた基準に加え、補完的、加重的な基準に従うべきものとし、これが業務の内容に応じた専門的、技術的事項にわたることから、その内容を国土交通省令に委ねることにあると解される。
そうすると、当該省令において、公社住宅の使用関係について、私法上の権利義務関係の変動を規律する借地借家法32条1項の適用を排除し、地方公社に対し、同項所定の賃料増減請求権とは別の家賃の変更に係る形成権を付与する旨の定めをすることが、公社法24条の委任の範囲に含まれるとは解されない。
また、公社規則16条2項の上記文言からしても、同項は、地方公社が公社住宅の家賃を変更し得る場合において、他の法令による基準のほかに従うべき補完的、加重的な基準を示したものにすぎず、公社住宅の家賃について借地借家法32条1項の適用を排除し、地方公社に対して上記形成権を付与した規定ではないというべきである。
このほかに、公社住宅の家賃について借地借家法32条1項の適用が排除されると解すべき法令上の根拠はない。
以上によれば、公社住宅の使用関係については、借地借家法32条1項の適用があると解するのが相当である。
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12.賃料不増額特約の有効性
前述11のとおり,賃料不減額特約は原則として無効ですが,逆に賃料不増額特約は,「一定の期間」に限り有効となります(借地借家法11条1項但書,32条1項但書)。
賃料不増額特約は,黙示の合意でも認められることがあり(【東京高裁平成28年10月19日判決】),また,「一定の期間」を明文で具体的に定めていない場合も有効と考えられますが(田山輝明ほか『新基本法コンメンタール 借地借家法』〔日本評論社 2014年〕198頁,【東京地裁令和1年5月15日判決】参照),不増額特約の有効期間はあくまで「一定の期間」に制限されます。
問題は,「一定の期間」とはどのくらいの期間を言うのかですが,これについては,(賃貸借契約の)「全期間を通じて増額しない旨の定めがある場合も特約として有効である」とする見解がある一方で(廣谷章雄『借地借家訴訟の実務』〔新日本法規 2011年〕297頁),とりわけ借地の場合は,「通常の賃料の改定期間(2~3年)の2~3倍の期間を一応の限度と考えるべき」とする見解もあり(田山輝明ほか『新基本法コンメンタール 借地借家法』〔日本評論社 2014年〕66頁),確立した基準はありません。
この点,私見ですが,借地借家法11条や32条は,一種の事情変更の法理(【最高裁昭和29年2月12日判決】【最高裁平成9年7月1日判決】)を明文化したものといえます。
従って,経済事情の変動等により信義衡平上当事者を当該不増額特約によって拘束することが著しく不当と認められる場合には,不増額特約の効力を否定して増額請求を認めるべきと考えられますので(経済事情が「激変」した場合に賃料不増額特約の効力を否定したものとして【横浜地裁昭和39年11月28日判決】),少なくとも,当初の契約期間が満了し法定更新されて以降も不増額特約の効力が延々継続するような永久的な不増額特約は無効(一定期間に限って有効とべき)と解されます(永久に増額しない特約が無効であることにつき【大阪高裁昭和53年10月5日判決】参照)。
以上より,「賃貸借契約の有効期間中は賃料を増額しない」という特約があっても,当初の契約期間が満了して法定更新されて以降は無効になる可能性があるので,賃借人側としては注意が必要です(なお,合意更新の場合は不増額特約も含めてその時点で新たに当事者間で合意されたと解されるため当該合意更新後の期間中は原則として有効と考えられます)。
【借地借家法11条1項】
地代又は土地の借賃(以下この条及び次条において「地代等」という。)が、土地に対する租税その他の公課の増減により、土地の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍類似の土地の地代等に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって地代等の額の増減を請求することができる。ただし、一定の期間地代等を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う。
【借地借家法32条1項】
建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。ただし、一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う。
【最高裁昭和29年2月12日判決】
いわゆる事情の変更により契約当事者に契約解除權を認めるがためには、事情の変更が信義衡平上当事者を当該契約によつて拘束することが著しく不当と認められる場合であることを要するものと解すべきであつて、その事情の変更は客觀的に觀察せられなければならない。
【横浜地裁昭和39年11月28日判決】
一定期間借地料を増額請求しないという特約も経済事情が激変した場合はその効力がなくなるものと解すべきである。
【大阪高裁昭和53年10月5日判決】
およそ賃料を増額しないという特約が有効であるためには、一定の期間内であることが必要であり、永久に増額しない特約が無効であるということはいうまでもない。
ところで本件特約は「賃料は五か年間据置くこととする。ただし、五年経過後は二年毎に一五パーセントの範囲内において双方協議の上決定する。」というものであつて、ただし書の値上幅を制限する約定について、五年経過後「二年毎」の一定期間の定めがあるもののそれがいつまで続くものであるかは一定せず、いつまでという期間の定めがないことに帰するものであることは明らかである。
しかしながら右約定において当事者の意思としては、その期間を「永久」とするものでなく、社会的常識上相当と認められる期間、当分の間値上幅を制限することを合意したものと解するのが相当であり、この約定は借家法七条一項【※現・借地借家法32条1項】ただし書の趣旨に反するものではない。
※【 】内は筆者加筆。
【最高裁平成9年7月1日判決】
事情変更の原則を適用するためには、契約締結後の事情の変更が、当事者にとって予見することができず、かつ、当事者の責めに帰することのできない事由によって生じたものであることが必要であり、かつ、右の予見可能性や帰責事由の存否は、契約上の地位の譲渡があった場合においても、契約締結当時の契約当事者についてこれを判断すべきである。
【東京高裁平成28年10月19日判決】
本件賃貸借契約においては、平成九年四月に消費税率が三%から五%に引上げられた際に、その前後を通じて本件建物の賃料総額は変わっておらず、平成一五年頃には、賃料は税込の金額で月額五〇〇万円とされ、平成二六年四月に消費税率が五%から八%に引き上げられても、それに伴って賃料が増額されることはなかった。
以上の事実によれば、賃料額は百万円単位のきりのよい数字で定められ、半端な数字が生じることが嫌われていたものと推認される。
<中略>
本件賃貸借契約は、訴外両名と訴外両名が取締役を務める被控訴人との間で締結された経緯があり、その後、相続による当事者の変更等はあったものの、本件賃貸借契約の賃貸人と賃借人との密接な関係が続いていたものと認められ、このような関係のもとにおいては、賃貸人において、消費税の引き上げ分まで賃借人から徴収して僅かな損失までをも防ぐとの意図はなく、むしろ、円満な賃貸借関係を継続することが優先されたと考えるのが合理的である。
これらの事情に鑑みると、本件賃貸借契約の当事者間においては、遅くとも控訴人が平成二六年五月二七日に本件建物の持分を取得するまでの間に、本件賃貸借契約の内容として又は本件賃貸借契約と密接不可分な合意として、消費税率の変更にかかわらず賃料総額を変えないという黙示の合意が成立していたものと認められる。
【東京地裁令和1年5月15日判決】
※「賃貸借期間内であっても公租公課の増加,物価の上昇その他の経済情勢の変動があった場合,本建物の管理にかかる費用の上昇もしくは施設の改良等があった場合,または賃料等が近隣のそれと比較して乖離がある場合で,かつ賃料等を維持することが著しく不相当と認められる場合は,賃貸人もしくは賃借人は各相手方に申入れのうえ,双方協議により,賃料等を改定することができる」(本件特約)が定められていた事案。
原告は,本件特約は,法32条1項ただし書きに規定する「一定の期間」の定めがないから無効であり,これにより賃料増額請求権の行使を制限することはできない旨主張する。
しかしながら,賃料増額請求については,当事者が,期間に着目して同請求権の行使を制限することができるほか(上記ただし書きの場合),本件特約の場合のように,合意によって増額請求のための実体要件を加重して,同請求を制限することはもとより自由なのであり(契約自由の原則),一定の期間の有無の話とは無関係である。
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13.再度の賃料増減額請求の可否
前述4のとおり,賃料増減額請求は,当事者が現実に合意した賃料のうち直近のもの(直近の賃料の変動が賃料増減請求による場合にはそれによる賃料)を基準に,同賃料が合意等された日以降から賃料増減請求の日までの間の経済事情の変動等を考慮して判断されます(前掲【最高裁平成20年2月29日判決】【最高裁平成26年9月25日判決】)。
従って,一旦増減額請求をした後で,新たな経済事情の変動が生じれば,再度,増減額請求をすることが可能となります。
なお,賃料増減額請求訴訟の判決の既判力は,賃料増減請求時点の賃料額に係る判断について生じ,当該増減請求時点よりあとに生じた事情には及ばないことについては,前掲【最高裁平成26年9月25日判決】を参照。
例えば,次のようなケースで説明します。
(1) 令和3年2月1日 賃料月80万円から100万円に増額請求
(2) 令和3年4月1日 公租公課や地価の大幅上昇等の劇的経済変化
(3) 令和3年6月1日 判決で月100万円の賃料額が認容されて確定
(4) 令和3年9月1日 賃料月100万円から120万円に増額請求
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この場合,令和3年6月1日(3)の判決で確定するのは,令和3年2月1日(1)の増額請求時点の賃料額が月100万円であることであって,これよりあとに生じた事情である令和3年4月1日(2)の劇的経済変化には,判決の効力(既判力)は及ばないので,これを理由に再度の増額請求(4)をすることが可能となります。
他方,令和3年6月1日(3)の判決の効力(既判力)が及ぶ令和3年2月1日(1)の増額請求時点より前に生じていた事情を理由として再度の増額請求(4)をすることは原則として認められません。
従って,例えば,「実は裁判では主張し忘れていたが令和3年1月に●●の経済変動があった」という事情は,再度の増額請求(4)の理由とすることはできません。
もっとも,相手方が増額に応じる前あるいは増額が裁判で確定する前に,増額請求を撤回した場合は,当該増額請求時点より前に生じていた事情も含めて理由として再度の増額請求をすることも可能と考えられています(【東京高裁昭和47年9月22日判決】)。
例えば,令和3年2月1日(1)に賃料100万円に増額請求したものの,その後,令和3年4月1日になって,不動産鑑定等に基づくと令和3年2月1日(1)時点の適正賃料が実は120万円であることが判明した場合,増額の判決が確定する(3)より前に従前の増額請求(1)を撤回して,新たに120万円への増額請求(当初の増額請求時点ですでに生じていた事情も踏まえた請求)をすることが可能となります。
いずれにしても後々疑義が生じないように,多湖・岩田・田村法律事務所では,賃料増減額の交渉段階においては,「示談交渉限りの提案額であり,今後,訴訟等になった場合には,今回の提案額以上の増額(減額)を請求する可能性がある」旨を念のため付言しておくよう助言しています。
【東京高裁昭和47年9月22日判決】
賃料増額の請求は、賃貸人の一方的意思表示であり、賃貸人は請求した時点で増額されうる賃料額の限度まで賃料を増額しうるのであるから、増額請求の額が右限度に達しない場合は、賃料の額が当事者間の合意で定められた場合と異なり、特に右限度以下の額まで増額するにとどめ、以後さらに賃料増額の条件がみたされるまでは増額の請求をしない旨表示していない限り、新たに増額の条件が具備しなくても、右限度までは重ねて増額の請求をすることができるものと解するのが相当である。
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14.原告の主張額より有利な判決の可否
民事訴訟においては,裁判所は,当事者の申し立てていない請求(訴訟物)につき判決をしてはならないという原則があり,これを「処分権主義」といいます(民事訴訟法246条参照)。
また,境界確定訴訟などは,いわゆる「形式的形成訴訟」と呼ばれ,処分権主義が制限されるため,裁判所は当事者の主張に拘束されず,原告が請求した(確認を求めた)境界ラインよりもさらに原告側に有利なラインを認容することもできますが(【最高裁昭和38年10月15日判決】),賃料増減額請求訴訟は,形式的形成訴訟とは考えられていないため,原則どおり処分権主義が適用されます。
従って,例えば,賃料増額請求訴訟において裁判所の考える相当賃料額が原告の主張金額を上回っている場合又は賃料減額請求訴訟において裁判所の考える相当賃料額が原告の主張金額を下回っている場合,いずれの場合も,裁判所は原告の主張金額までしか増額又は減額の判決をすることはできません。
また,賃料増額請求訴訟において裁判所の考える相当賃料額が現行賃料をむしろ下回っている場合又は賃料減額請求訴訟において裁判所の考える相当賃料額が現行賃料をむしろ上回っている場合も,相手方当事者から反訴提起がない限り,相当賃料額への増額又は減額の判決をすることはできず,このような場合にはいずれも請求棄却となります(判例タイムズ1290号58頁「賃料増減請求訴訟をめぐる諸問題(下)」参照)。
【民事訴訟法246条】
裁判所は、当事者が申し立てていない事項について、判決をすることができない。
【最高裁昭和38年10月15日判決】
境界確定訴訟にあつては、裁判所は当事者の主張に覊束されることなく、自らその正当と認めるところに従つて境界線を定むべきものであつて、すなわち、客観的な境界を知り得た場合にはこれにより、客観的な境界を知り得ない場合には常識に訴え最も妥当な線を見出してこれを境界と定むべく、かくして定められた境界が当事者の主張以上に実際上有利であるか不利であるかは問うべきではないのであり、当事者の主張しない境界線を確定しても民訴一八六条【※現246条】の規定に違反するものではないのである。
されば、第一審判決が一定の線を境界と定めたのに対し、これに不服のある当事者が控訴の申立をした場合においても、控訴裁判所が第一審判決の定めた境界線を正当でないと認めたときは、第一審判決を変更して、自己の正当とする線を境界と定むべきものであり、その結果が控訴人にとり実際上不利であり、附帯控訴をしない被控訴人に有利であつても問うところではなく、この場合には、いわゆる不利益変更禁止の原則の適用はないものと解するのが相当である。
※【 】内は筆者加筆。
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15.賃料増減額訴訟の管轄裁判所
前述8のとおり,賃料増減額請求は,調停前置主義が採られておりますが,調停の中でも,いわゆる宅地建物調停に分類されるため,その調停申立時の管轄裁判所は「紛争の目的である宅地若しくは建物の所在地を管轄する簡易裁判所又は当事者が合意で定めるその所在地を管轄する地方裁判所」となります(民事調停法24条)。
例えば,東京在住の賃貸人が大阪所在の建物を鹿児島在住の賃借人に賃貸していた場合,原則として大阪の簡易裁判所が管轄裁判所となり,例外的に賃貸借契約書等で「賃貸人・賃借人間の一切の紛争は,物件の所在地を管轄する地方裁判所をもって合意管轄裁判所とする」旨の管轄合意が定められていた場合は,大阪の地方裁判所にも管轄が認められます。
なお,民事調停法24条後段(「当事者が合意で定めるその所在地を管轄する地方裁判所」)で当事者の合意で定められるのは,簡易裁判所か地方裁判所かといういわゆる事物管轄(裁判所法24条1号,33条1項1号)のみであり,土地管轄(民事訴訟法4条1項等)について不動産の所在地以外とする合意があっても,民事調停との関係では無効なため,不動産の所在地以外の裁判所に賃料増減額調停を申し立てることはできません。
これは,賃料増減額調停を担当する調停委員2名のうち1名は(多湖・岩田・田村法律事務所の経験上少なくとも東京簡易裁判所では)概ね当該裁判所管内の不動産鑑定士が選任されるため,対象不動産から遠く離れた裁判所より,対象不動産の所在地の管轄裁判所管内の調停委員(不動産鑑定士)のほうが,増減額の重要な判断要素となる不動産の地域性等に精通し,紛争解決に資するという趣旨に基づくと考えらます。
これに対し,調停が不調に終わり,正式裁判を提起する場合には,賃料増減額訴訟は,一般の金銭債権の給付請求訴訟と同じカテゴリーとなります。
なお,前述9のとおり,賃料増額請求訴訟は,典型的には給付訴訟(「賃料●●円を支払え」)ではなく確認訴訟(「賃料額が●●円であることを確認する」)の形が採られる場合がほとんどですが,確認訴訟も「財産権上の訴え」(民事訴訟法5条1号)に該当します(秋山幹男ほか『コンメンタール民事訴訟法Ⅰ(第3版)』〔日本評論社 2021年〕202頁)。
従って,増額請求であれば,債務者である賃借人の住所地(民事訴訟法4条1 項「被告の普通裁判籍の所在地」)又は債権者である賃貸人の住所地(同法5条1号「義務履行地」)を管轄する簡易裁判所又は地方裁判所(訴訟物の価額が140万円以下なら簡易裁判所,140万円超なら地方裁判所。裁判所法24条1号,33条1項1号)が管轄裁判所となります。
また,調停と異なり裁判では,土地管轄についても管轄合意が認められるため(民事訴訟法11条),例えば,東京在住の賃貸人が大阪所在の建物を鹿児島在住の賃借人に賃貸していた場合でも,賃貸借契約書等で「賃貸人・賃借人間の一切の紛争は,千葉地方裁判所をもって合意管轄裁判所とする」旨の管轄合意が定められていた場合は,千葉地方裁判所にも管轄が認められます。
他方で,調停と異なり裁判では,(管轄合意がない限り)「不動産の所在地」には当然には管轄が認められませんので,上記の例では,対象物件が大阪所在にも関わらず,大阪の裁判所に訴訟提起することはできなくなります。
この点,民事訴訟法5条12号では,「不動産に関する訴え」は,「不動産の所在地」を管轄する裁判所に提起することができる旨規定されていますが,賃料増減額訴訟は,「不動産に関する訴え」には該当しないため,同号は適用されません。
また,民事訴訟法19条1項本文では,(簡易裁判所は)「不動産に関する訴訟」につき被告の申立てがあるときは不動産の所在地を管轄する地方裁判所に移送しなければならない旨規定されていますが,同じく賃料増減額訴訟は,「不動産に関する訴訟」にも該当しないため,同項も適用されません。
また,裁判所法24条1号では,本来簡易裁判所の管轄に属する訴額140万円以下の訴訟(裁判所法33条1項1号)であっても,「不動産に関する訴訟の第一審」については地方裁判所にも管轄が認められる旨規定されていますが,同じく賃料増減額訴訟は,「不動産に関する訴訟」にも該当しないため,同号も適用されません。
この点,上記「不動産に関する訴え」とは,不動産上の物権の訴え(所有権に基づく明渡請求訴訟,筆界確定訴訟,相隣関係訴訟,共有物分割請求訴訟等)及び不動産に関する債権の訴え(契約終了に基づく明渡請求訴訟,土地工作物責任に基づく損害賠償請求訴訟等)をいい,不動産の賃料請求は不動産に関する権利そのものを目的とするものではなく,これに含まれません(秋山幹男ほか『コンメンタール民事訴訟法Ⅰ(第3版)』〔日本評論社 2021年〕230頁,更新料に関するものですが【東京簡裁平成24年5月28日決定】参照)。
なお,上記「不動産に関する訴訟」と「不動産に関する訴え」は概ね同義ですが,相隣関係(民法209条4項,212条)に基づく損害賠償請求訴訟及び土地工作物責任(民法717条)に基づく損害賠償請求訴訟は,上記「不動産に関する訴え」には含むが「不動産に関する訴訟」には含まれないと解されています(秋山幹男ほか『コンメンタール民事訴訟法Ⅰ(第3版)』〔日本評論社 2021年〕326頁,賀集唱ほか編『基本法コンメンタール 民事訴訟法1―第一編/総則(第三版追補版)』〔日本評論社 2012年〕169頁)。
【民事調停法24条】
宅地又は建物の貸借その他の利用関係の紛争に関する調停事件は、紛争の目的である宅地若しくは建物の所在地を管轄する簡易裁判所又は当事者が合意で定めるその所在地を管轄する地方裁判所の管轄とする。
【民事訴訟法4条】
1 訴えは、被告の普通裁判籍の所在地を管轄する裁判所の管轄に属する。
2 人の普通裁判籍は、住所により、日本国内に住所がないとき又は住所が知れないときは居所により、日本国内に居所がないとき又は居所が知れないときは最後の住所により定まる。
3 省略
4 法人その他の社団又は財団の普通裁判籍は、その主たる事務所又は営業所により、事務所又は営業所がないときは代表者その他の主たる業務担当者の住所により定まる。
5 以下省略
【民事訴訟法5条】
次の各号に掲げる訴えは、それぞれ当該各号に定める地を管轄する裁判所に提起することができる。
一 財産権上の訴え 義務履行地
二~十一 省略
十二 不動産に関する訴え 不動産の所在地
十三 以下省略
【民事訴訟法11条】
1 当事者は、第一審に限り、合意により管轄裁判所を定めることができる。
2 前項の合意は、一定の法律関係に基づく訴えに関し、かつ、書面でしなければ、その効力を生じない。
3 第一項の合意がその内容を記録した電磁的記録によってされたときは、その合意は、書面によってされたものとみなして、前項の規定を適用する。
【民事訴訟法19条2項】
簡易裁判所は、その管轄に属する不動産に関する訴訟につき被告の申立てがあるときは、訴訟の全部又は一部をその所在地を管轄する地方裁判所に移送しなければならない。ただし、その申立ての前に被告が本案について弁論をした場合は、この限りでない。
【裁判所法24条】
地方裁判所は、次の事項について裁判権を有する。
一 第三十三条第一項第一号の請求以外の請求に係る訴訟(第三十一条の三第一項第二号の人事訴訟を除く。)及び第三十三条第一項第一号の請求に係る訴訟のうち不動産に関する訴訟の第一審
二 以下省略
【裁判所法33条1項】
簡易裁判所は、次の事項について第一審の裁判権を有する。
一 訴訟の目的の価額が百四十万円を超えない請求(行政事件訴訟に係る請求を除く。)
二 省略
【東京簡裁平成24年5月28日判決】
民事訴訟法19条2項にいう「不動産に関する訴訟」とは,所有権に基づく請求権等不動産を目的とした物権関係の訴えのほか,売買等の譲渡契約又は契約解除に基づき不動産の引渡しや明渡しを求める訴え等不動産を目的とした債権関係の訴えをいうものと解されるところ,一件記録によれば,本件基本事件は,本件賃貸借契約に基づく更新料の支払を目的とする訴えであることは明らかであり,不動産の売買代金や賃料請求を目的とした訴えと同様,不動産を機縁として生じた金銭請求であるから,「不動産に関する訴訟」にあたらないと解するのが相当である。
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※本頁は多湖・岩田・田村法律事務所の法的見解を簡略的に紹介したものです。事案に応じた適切な対応についてはその都度ご相談下さい。
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