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「賃貸人は6か月前に予告することで賃貸借契約を中途解約することができる」という条項の有効性。
解説 |
1.中途解約とは
賃貸借契約では、賃貸期間が定められているのが通常ですが、当該期間満了前に一方当事者の意思表示のみで契約を終了させることを、中途解約といいます。
建物の賃貸借契約において,期間が定められていた場合には,それが一種の契約条件を構成するため,契約期間中は,原則として一方当事者のみの意思により賃貸借契約を解約することはできません(【最高裁昭和48年10月12日判決】)。
もっとも,定期建物賃貸借契約(契約の更新がなく期間の満了により当然に終了する賃貸借契約)の場合には,(1)居住用物件であること,(2)床面積が200平方メートル未満であること,(3)転勤、療養、親族の介護等やむを得ない事情により賃借人が自己の生活の本拠として使用することが困難となったこと,という3要件を全て満たせば,期間の定めがあっても,賃借人は,賃貸人に対し解約通知をすれば,解約通知後1か月の経過により,賃貸借契約を終了させることが認められています(賃貸人の承諾は不要。借地借家法38条7項)。
【借地借家法38条】※令和4年5月18日改正法施行後
1 期間の定めがある建物の賃貸借をする場合においては、公正証書による等書面によって契約をするときに限り、第三十条の規定にかかわらず、契約の更新がないこととする旨を定めることができる。この場合には、第二十九条第一項の規定を適用しない。
2〜6 省略
7 第一項の規定による居住の用に供する建物の賃貸借(床面積(建物の一部分を賃貸借の目的とする場合にあっては、当該一部分の床面積)が二百平方メートル未満の建物に係るものに限る。)において、転勤、療養、親族の介護その他のやむを得ない事情により、建物の賃借人が建物を自己の生活の本拠として使用することが困難となったときは、建物の賃借人は、建物の賃貸借の解約の申入れをすることができる。この場合においては、建物の賃貸借は、解約の申入れの日から一月を経過することによって終了する。
8〜9 省略
【最高裁昭和48年10月12日判決】
賃貸借における期間の定めは、当事者において解約権留保の特約をした場合には、その留保をした当事者の利益のためになされたものということができるが、そうでない場合には、賃貸人、賃借人双方の利益のためになされたものというべきであつて、期間の定めのある賃貸借については、解約権を留保していない当事者が期間内に一方的にした解約申入は無効であつて、賃貸借はそれによって終了することはない。
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これに対し,建物の賃貸借契約において期間が定められていない場合には,当事者が相手方に解約通知をすれば,賃借人からの解約通知の場合は解約通知後3か月(民法617条1項2号),賃貸人からの解約通知の場合は解約通知後6か月(借地借家法27条1項)の経過により,賃貸借契約を終了させることができます(いずれも相手方当事者の承諾は不要)。
もっとも,この場合でも,賃貸人からの解約は,正当事由がなければ認められません(借地借家法28条)。
【民法617条1項】
当事者が賃貸借の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合においては、次の各号に掲げる賃貸借は、解約の申入れの日からそれぞれ当該各号に定める期間を経過することによって終了する。
一 土地の賃貸借 一年
二 建物の賃貸借 三箇月
三 動産及び貸席の賃貸借 一日
【民法618条】
当事者が賃貸借の期間を定めた場合であっても、その一方又は双方がその期間内に解約をする権利を留保したときは、前条の規定を準用する。
【借地借家法27条1項】
建物の賃貸人が賃貸借の解約の申入れをした場合においては、建物の賃貸借は、解約の申入れの日から六月を経過することによって終了する。
【借地借家法28条】
建物の賃貸人による第26条第1項の通知又は建物の賃貸借の解約の申入れは、建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない。
【借地借家法30条】
この節の規定に反する特約で建物の賃借人に不利なものは、無効とする。
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2.中途解約条項がある場合
建物の賃貸借契約において,期間が定められていた場合でも,賃貸借契約書で,「賃借人は6か月前までに予告することで賃貸借契約を中途解約することができる」というように期間内に解約をする権利を留保する条項(中途解約条項)が定められていれば,賃借人は,契約期間途中で契約を解約することが認められます。
なお,中途解約条項で予告期間が定められていればそれに従い,予告期間が定められていなければ,解約を通知してから3か月を経過することで契約終了となります(民法617条1項,618条。解約した場合の違約金については中途解約違約金参照)。
他方で,賃貸人のほうからの中途解約は,期間の定めのない賃貸借契約における解約申し入れに正当事由を要するとした借地借家法28条に反し,同法30条により無効とならないか問題となります(後述3)。
なお,借地契約の場合は,最低期間が「30年」以上等と法定されているため(借地借家法3条。旧借地法2条では堅固な建物については60年以上),この期間経過前の地主側(賃貸人側)からの解約を認める条項は,そもそも無効となりますので(借地借家法9条),このような問題は生じません。
【借地借家法3条】
借地権の存続期間は、三十年とする。ただし、契約でこれより長い期間を定めたときは、その期間とする。
【借地借家法9条】
この節の規定に反する特約で借地権者に不利なものは、無効とする。
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3.賃貸人からの中途解約の可否
賃貸人からの中途解約を認める条項については,期間の定めなき建物賃貸借契約の解約の申し入れの場合に「正当事由」が必要になることから(借地借家法28条参照),期間の定めある建物賃貸借契約の中途解約条項についても,正当事由を要件とする限りでこれを有効とするのが通説です(田山輝明ほか編『新基本法コンメンタール 借地借家法』〔日本評論社 2014年〕233頁)。
この考え方は,裁判実務においても概ね確立されつつあるといえますが(【東京地裁平成28年3月11日判決】【東京地裁平成29年2月17日判決】【東京地裁令和2年2月7日判決】等),解約予告期間については,期間の定めのない賃貸借契約の解約申入れ(借地借家法28条)にならい,最低でも6か月以上と定めておく必要があると解されます(【東京地裁昭和55年2月12日判決】【東京地裁平成22年9月29日判決】)。
従って,例えば,「賃貸人は3か月前に予告することで中途解約できる」という条項は,仮に正当事由は認められたとしても,少なくとも「3か月」の部分は無効となり,最低でも6か月前の予告が必要になります。
また,賃貸借期間が定められている場合には,賃借人としても,期間満了時までは当該賃貸借関係が継続することを期待しているのが通常ですので,かかる期待を保護するため,期間の定めのない賃貸借契約の解約申入れに要求される正当事由(借地借家法28条)に加え,期間に対する賃借人の期待が不当に害されないといえるだけの事情を必要とする裁判例も見受けられます(【東京地裁平成27年9月18日判決】)。
【東京地裁昭和55年2月12日判決】
期間の定めのある建物の賃貸借契約において、期間内における解約権留保の特約が借家法6条により無効とされるか否かについては議論の存するところであるけれども、解約権留保それ自体は有効であるとしても、本件のように申入後直ちにこれを明け渡す旨の特約は同法3条に反し同法6条によって無効であるといわなければならない。
【東京地裁平成22年9月29日判決】
期間を定めた借家契約において,貸主に解約申し入れを認めても,借地借家法28条により解約申し入れの正当事由が必要とされる以上,借主の保護に欠けることにはならないので,本件解約条項は有効である。
ただし,本件解約条項のうち1か月前の予告期間については,借主に不利な内容であり,同法30条及び27条によりその期間は6か月とすべきである。
【東京地裁平成27年9月18日判決】
※「止むを得ぬ事情あるときは,賃貸人賃借人とも,6か月前に,相手方に予告して,この契約を解約することができる」との中途解約条項が定められていた事案。
本件賃貸借契約のように期間内解約条項が定められており,契約当事者が期間内に解約される危険を承知した上で賃貸借関係に入った場合においても,期間満了時までは当該賃貸借関係が継続することをある程度期待して賃貸借契約を締結するのが通常であり,かかる期待は一定程度保護されるべきである。
したがって,本件解約条項の「止むを得ぬ事情」の有無についてはある程度厳格に判断すべきであり,期間の定めのない賃貸借契約の解約申入れに要求される正当事由(借地借家法28条)に加え,当該契約における賃借人(転借人の事情も含む。)の上記期待が不当に害されないといえるだけの事情が必要となると解する。
【東京地裁平成28年3月11日判決】
本件解約権留保条項の有効性について検討すると,同条項は,賃貸人である原告にも,事前に書面をもって賃借人である被告に通知することによって,自身の都合により,本件賃貸借契約を終了させることを認めるものであるから,その文言のみをみると,賃貸人の解約権を認める部分については,借地借家法30条所定の建物の賃借人に不利な特約として無効とされるべきものとも考えられる。
もっとも,本件解約権留保条項においては,解約申入れの予告期限が6か月前までとされており,賃借人に対する予告期間の点において同法26条1項及び27条1項と同等の手当てがされているといえるから,賃貸人の解約権を認める部分も,解約申入れの要件となる賃貸人の「都合」について,同法28条所定の正当事由を要すると解する限度では、必ずしも賃借人に不利な特約となるものではない。
したがって,本件解約権留保条項のうち賃貸人の解約権を認める部分については,賃貸人の「都合」として同法28条所定の正当事由を要するものと解すべきであり,その限度において効力を有するとみることが相当である。
そうすると,賃貸人は,正当事由が存在する場合に限って,期間の定めにかかわらず,6か月前までに解約申入れをすることによって,本件賃貸借契約を終了させることができることになる(民法618,617条,借地借家法27条1項,28条参照)。
【東京地裁平成29年2月17日判決】
※「本件賃貸借契約の期間中においても,賃貸人又は賃借人は6か月の予告期間をおいて相手方に対し本件賃貸借契約の解約を申し入れることができ,この場合,賃貸借契約は予告期間の満了と同時に終了する」(本件中途解約条項)との中途解約条項が定められていた事案。
賃貸借期間中に中途解約をするにあたっては,借地借家法28条所定の正当事由の存在を必要とすると解するべきであり,本件中途解約条項は,正当事由の存在を必要とする限度で有効なものということができる。
【東京地裁令和2年2月7日判決】
※「本契約を期間内に解約しようとするときは,賃貸人または賃借人は6か月前までに相手方に対し書面によりその予告をしなければならない」(本件賃貸借契約書4条1項)との中途解約条項が定められていた事案。
期間の定めのある賃貸借契約における賃貸期間中に,これを中途解約するに当たっては,借地借家法28条所定の正当事由の存在を要すると解されるから,本件賃貸借契約書4条1項は,正当事由の存在を要する限りにおいて有効なものというべきである。
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4.定期建物賃貸借契約(定期借家契約)の場合
借地借家法38条に基づく定期建物賃貸借契約(契約の更新がなく期間の満了により当然に終了する賃貸借契約)の場合は,「定期借家契約においては賃貸人からの解約権の行使に正当事由が要求されることはない」とし,正当事由がなくかつ予告期間が6か月未満でも「賃貸人と賃借人が真に自由な意思によって合意した以上,その合意通りの効力が認められるものと解さざるを得ない」とする見解(田山輝明ほか編『新基本法コンメンタール 借地借家法』〔日本評論社 2014年〕233頁)があります(有効説)。
他方で,渡辺晋『建物賃貸借—建物賃貸借に関する法律と判例(改訂版)』〔大成出版社 2019年〕681頁では,「定期建物賃貸借契約においても,期間内解約の特約を定めることが禁止される理由はなく,期間内解約の特約を設けることができる。もっとも賃貸人からの解約については,正当事由を必要とすることは,普通賃貸借と同様である」とし,定期借家の期間内解約の場合も正当事由を要するとしています(限定的有効説)。
これに対し,稻本洋之助ほか編『コンメンタール借地借家法(第4版)』〔日本評論社 2019年〕328頁では,「賃貸人の中途解約権留保特約は賃借人に不利な本項【※借地借家法38条8項についての解説内だがおそらく「30条」の誤記か】に反する特約として無効と解すべきである」とし,【東京地裁平成25年8月20日判決】でも,定期借家契約の場合の賃貸人からの中途解約条項につき,予告期間の長短に関わらず定期借家一般において賃貸人に中途解約権を留保する特約が借地借家法30条により無効であるかのように判示しています(無効説)。
※【 】内は筆者加筆。
これについては,私見ですが,まず,定期借家においても「期間が一年以上である場合には、建物の賃貸人は、期間の満了の一年前から六月前までの間(以下この項において「通知期間」という。)に建物の賃借人に対し期間の満了により建物の賃貸借が終了する旨の通知をしなければ、その終了を建物の賃借人に対抗することができない」(借地借家法38条6項本文)とされている趣旨に鑑み,賃貸人からの中途解約の場合の予告期間を6か月より短い期間(「3か月」等)としている場合には「賃借人に不利」な特約として無効になると解されます(同法30条又は38条8項)。
なお,通知期間を経過した定期建物賃貸借契約(定期借家契約)が法定更新されるかについては法定更新拒絶の正当事由参照。
また,定期建物賃貸借契約は,「期間の定めがある賃貸借」であることが絶対的要件とされ(借地借家法38条1項),少なくとも契約期間終了日(終期)が確定していること(明確であること)が必要となります。
なお,私見ですが,定期建物賃貸借契約の最大の特徴である「契約の更新がなく期間の満了により終了すること」を明確にし借家人の不測の損害・紛争の発生を未然に防止するという観点(【最高裁平成24年9月13日判決】参照)からすれば,「終期」(期限)が確定している限り,「始期」は不確定日でも,借家人に不測の損害を与える恐れはなく,「期間の定めがある」に該当すると思われます。
従って,例えば,始期を「引渡日から」等としても,終期を「令和●年●月●日」と確定期限により定めている限り「期間の定めがある」ものとみなして良いと思われますが,例えば「引渡日から5年間」という期間の定めは,引渡日次第で「5年間」の満了日が変動するため「終期」が確定しているとはいえず(確定期限とはいえず)定期借家契約としては無効となり普通借家になると思われます(後者につき田山輝明ほか編『新基本法コンメンタール 借地借家法』〔日本評論社 2014年〕227頁参照)。
もっとも,解釈上の問題が生じ後々トラブルになることを避けるため,多湖・岩田・田村法律事務所では,定期建物賃貸借契約(定期借家契約)を締結する際は,契約の終期だけでなく,契約の始期についても,念のためできる限り確定日で定めておくよう助言しています。
この点,6か月以上の予告期間を設けた場合であっても,賃貸人からの中途解約条項は,いわば定期借家の終期につき,確定期限のほかに,不確定期限(「賃貸人の予告後6か月経過日」)を設ける(併用する)特約であるとも評価することができます。
この観点からすると,(一応確定期限も設けられていれば定期借家契約自体が無効になるわけではありませんが)賃貸人からの中途解約条項については,賃貸人の都合次第で「終期」が不明確になるという点では,「賃借人に不利」なものとして借地借家法30条等により無効になる可能性があると考えられます。
【借地借家法38条】※令和4年5月18日改正法施行後
1 期間の定めがある建物の賃貸借をする場合においては、公正証書による等書面によって契約をするときに限り、第三十条の規定にかかわらず、契約の更新がないこととする旨を定めることができる。この場合には、第二十九条第一項の規定を適用しない。
2〜5 省略
6 第一項の規定による建物の賃貸借において、期間が一年以上である場合には、建物の賃貸人は、期間の満了の一年前から六月前までの間(以下この項において「通知期間」という。)に建物の賃借人に対し期間の満了により建物の賃貸借が終了する旨の通知をしなければ、その終了を建物の賃借人に対抗することができない。ただし、建物の賃貸人が通知期間の経過後建物の賃借人に対しその旨の通知をした場合においては、その通知の日から六月を経過した後は、この限りでない。
7 第一項の規定による居住の用に供する建物の賃貸借(床面積(建物の一部分を賃貸借の目的とする場合にあっては、当該一部分の床面積)が二百平方メートル未満の建物に係るものに限る。)において、転勤、療養、親族の介護その他のやむを得ない事情により、建物の賃借人が建物を自己の生活の本拠として使用することが困難となったときは、建物の賃借人は、建物の賃貸借の解約の申入れをすることができる。この場合においては、建物の賃貸借は、解約の申入れの日から一月を経過することによって終了する。
8 前二項の規定に反する特約で建物の賃借人に不利なものは、無効とする。
9 省略
【東京地裁平成25年8月20日判決】
「借主は本建物賃貸借契約において,貸主からの解約予告が3か月前予告であることを了承し,本契約を締結するものとする」との条項につき「定期建物賃貸借契約である本件契約において,賃貸人に中途解約権の留保を認める旨の特約を付しても,その特約は無効と解される(借地借家法30条)」と判示。
【最高裁平成24年9月13日判決】
法38条1項の規定に加えて同条2項【※現借地借家法38条3項】の規定が置かれた趣旨は,定期建物賃貸借に係る契約の締結に先立って,賃借人になろうとする者に対し,定期建物賃貸借は契約の更新がなく期間の満了により終了することを理解させ,当該契約を締結するか否かの意思決定のために十分な情報を提供することのみならず,説明においても更に書面の交付を要求することで契約の更新の有無に関する紛争の発生を未然に防止することにあるものと解される。
※【 】内は筆者加筆。
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結論 |
以上より,通常の建物賃貸借契約の場合には,賃貸人からの中途解約条項も,正当事由を満たす限り,有効と解されます。
もっとも,予告期間を6か月(借地借家法27条1項)より短い期間(「3か月」等)としている場合には,予告期間の点については借地借家法27条に比し賃借人に不利な特約として無効となり(同法30条),予告期間は法律上当然に「6か月」になると解すべきと思われます。
他方,定期建物賃貸借契約(定期借家契約)の場合は,私見では,予告期間を6か月以上としている場合であっても,(正当事由の有無に関わらず)無効になる可能性があるため注意が必要です(総合的な判断を要し事案に応じた適切な対応が必要となります)。
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実務上の注意点 |
5.期限付合意解除(解除契約)の有効性
解約交渉がまとまった場合,立退きの条件(立退料の金額,契約終了日,原状回復の範囲等)について合意書を作成するのが一般的ですが,契約終了日については,どのように定めるべきでしょうか。
契約終了日も一種の賃貸借契約の特約といえますが,借地借家法では,「賃借人に不利」な特約は無効になるため(借地借家法9条,30条),本来の契約期間や法定更新を排除し,例えば(現在が令和5年5月末日で,本来の契約期間が令和7年5月末日迄だった場合に)「本件賃貸借契約を令和6年5月末日限り合意解除し,賃借人は同期日限り,建物を明渡す」というように,契約終了日につき別途合意しても,賃借人に不利な特約として無効になるのではないかという点が問題となります。
この点については、将来のある時点で賃貸借契約を終了させる期限付合意解除の特約も,(1)現在継続中の賃貸借契約について,(2)賃借人が真実解約意思を有しており,(3)他に合意解除を不当とする事情が無い限り,有効と解されます(借地につき【最高裁昭和44年5月20日判決】、借家につき【最高裁昭和31年10月9日判決】)。
なお,実務上も,和解の際はこのような期限付合意解除条項はしばしば利用されています(裁判所職員総合研修所監修『書記官事務を中心とした和解条項に関する実証的研究―補訂版・和解条項記載例集(書記官実務研究報告書)』〔法曹界 2010年〕92頁参照)。
もっとも,多湖・岩田・田村法律事務所の経験上,裁判上の和解の場合には,このような問題が生じることを避けるため,賃貸借契約終了日を将来のある時点とするのではなく,賃貸借契約自体はその場で(裁判上の和解当日に)合意解除により即日終了させてしまい,明渡期限についてのみ一定期間猶予するという形で合意することが多いと思われます(当該猶予期間中は一時使用目的の賃貸借契約と考えられます。【最高裁昭和43年1月25日判決】【国税不服審判所平成11年6月21日裁決】参照)。
【最高裁昭和31年10月9日判決】
原審は適法な証拠調を行つた後、まず本件のように従来存続している家屋賃貸借について一定の期限を設定し、その到来により賃貸借契約を解約するという期限附合意解約をすることは、他にこれを不当とする事情の認められない限り許されないものでなく、従って右期限を設定したからといつて直ちに借家法にいう借家人に不利益な条件を設定したものということはできないと判示し、この見解は相当であって借家法に違反するところはない。
【最高裁昭和43年1月25日判決】
家屋の賃貸借契約が借家法八条【※現借地借家法40条】にいわゆる一時使用の賃貸借といえるためには、必ずしもその期間の長短だけが標準とさるべきものではなく、賃貸借の目的、動機、その他諸般の事情から、該賃貸借契約を短期間内に限り存続させる趣旨のものであることが、客観的に判断される場合であればよいとすることは当裁判所の判例とするところである(昭和三六年一0月一0日第三小法廷判決、民集一五巻九号二二九四頁参照)。
したがって、その契約条項に、期間満了の際の明渡文言、更新しない旨の合意その他一時賃貸借とする旨の特別な理由が特に明記されていないからといって、その契約を一時使用のための賃貸借と解する妨げとならないことは論をまたない。
原審の確定した事実関係によれば,訴外Aは当初本件係争家屋の一部を無断転借してパチンコ営業をしていたところ、被上告人からもとの占有者に対して家屋明渡請求の訴訟が提起され、同人の敗訴が確定しそうになり、その結果自己の営業の継続が危ぶまれるに至ったため、被上告人に対し示談解決方を申入れ、折衝の結果五年に限って右営業のため本件係争建物を賃借する旨の裁判上の和解をしたというのであって、その動機、目的その他右和解成立の経緯および和解条項について原審の確定した諸般の事情を考慮すれば、右賃貸借契約は右期間に限ってこれを存続せしめることを目的としたものであって、これを一時使用のための賃貸借というを妨げない。
本件賃貸借期間が五年であって、右Aが被上告人に対し多額の損害金および敷金を支払った等本件家屋の使用について多額の投資をしたとしても、本件家屋の位置、形状および同所における前記営業目的に照らせば、右Aは利得の計算のうえにたって右契約を締結しているものと解されるから、かく解することによって、賃借人たる同人に特別の不利益を課するものとはいい難い。
その他、所論が本件和解による契約が一時使用の賃貸借とはいえないことの理由として掲げる事情も、すべて右判断を左右するものとはいえない。
されば、これと同旨の見解にたち、本件家屋に関する和解契約を一時使用のための賃貸借と解した原審の判断は正当である。
※【 】内は筆者加筆。
【最高裁昭和44年5月20日判決】
従来存続している土地賃貸借につき一定の期限を設定し、その到来により賃貸借契約を解約するという期限附合意解約は、借地法の適用がある土地賃貸借の場合においても、右合意に際し貸借人が真実土地賃貸借を解約する意思を有していると認めるに足りる合理的客観的理由があり、しかも他に右合意を不当とする事情の認められないかぎり許されないものではなく、借地法一一条【※現借地借家法9条】に該当するものではない。
※【 】内は筆者加筆。
【国税不服審判所平成11年6月21日裁決】
本件明渡猶予期間は、本件被相続人の本件建物の明渡請求が起こり、その解決方法として本件建物の明渡しを一時猶予する趣旨で裁判上の和解によって約定されたものである。
そうすると、本件和解によって約定された貸借は客観的に一定の期間に限定されたものというべきであるから、本件明渡猶予期間中の貸借は、一時使用目的のものと認めるのが相当である。
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※本頁は多湖・岩田・田村法律事務所の法的見解を簡略的に紹介したものです。事案に応じた適切な対応についてはその都度ご相談下さい。
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