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不動産/借地借家/マンション賃貸トラブル相談|多湖・岩田・田村法律事務所
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更新:2024年9月20日 
 事例

「賃貸借契約終了したにも拘らず明渡しを遅滞した場合には,違約金として明け渡しまで1か月あたりの賃料の倍額を支払う」との明渡遅延違約金の定めがある場合,賃借人が契約終了に伴い期限通りに退去して賃貸人に鍵を返却したものの,依然として賃借人が室内に設置した固定パーテーションだけが撤去されずに残されていた場合,これらの撤去が完了するまで「明渡し」とは認められず,賃貸人は賃借人に対し明渡遅延違約金を請求することができるか。

 解説

1.明渡しとは
賃貸借契約が終了すると,賃借人は,不動産を占有する権限(賃借権)を失い,目的物返還義務の履行として,賃貸人に不動産の明渡しをしなければなりません(民法601条。これを目的物返還義務ともいいます)。

この点,一般に,賃貸借契約における賃借人の目的物返還義務としての不動産の明渡しとは,当該不動産の占有者が立ち退くとともに,不動産内にあった動産を取り除いて賃貸人に直接的な支配を移すことであると解されており,具体的には,原則として,次の3つの要素が全て揃うことにより初めて「明渡し」と認められます(【東京地裁平成18年12月28日判決】参照)。

逆にいえば,これら3つのうちいずれか1つでも完了していなければ,未だ「明渡し」とはいえず,これらが全て完了するまでの間,賃借人は明渡遅延違約金の支払義務を負うことになります)。

(1) 賃借人(同居人含む)が建物から退去すること。

(2) 鍵やセキュリティーカード等賃貸人から交付を受けた入室に必要なアイテムを全て返却すること。

(3) 建物内の動産類を搬出すること。

このうち,上記(2)については,賃貸人が正当な理由なく受領しないときは,賃借人においてこれに代替すべき社会的に相当な手段を採ることが許され,同手段を採ることにより履行完了したことになると解されています(【東京地裁平成22年3月16日判決】)。

また,上記(3)については,当事者間で次のような【条項例】による合意書を締結することで,免除(動産類を搬出しなくても明渡し完了とみなす)することが良くあります。

【条項例】
明渡期日の翌日以降,本件建物(敷地及び共用部分含む。)に残置物(動産類,造作及び内装設備等を含む。)が存する場合,賃借人はその所有権等一切の権利を放棄したものとみなし,賃貸人において自由に廃棄・処分することに異議を述べない。但し,当該廃棄・処分にかかる費用は,賃貸人の負担とするが,当該廃棄・処分にあたり,自動車,バイク,重機,建機及びガソリン等の危険物については,賃借人の責任と費用負担において対応するものとする。

これに対し,賃借人が賃貸人の承諾なく残置物(動産類)の所有権を一方的に放棄する意思表示をしただけでは,無主物(民法239条1項)として残置する状態を作出するだけであり,未だ上記(3)が完了したとはいえず,明渡しとは認められない可能性があります(【東京地裁令和3年9月29日判決】)。

もっとも,私見ですが,上記(3)については,若干の動産(例えば食器類や文房具類)が建物内に残っていたとしても,物理的・費用的に容易に搬出でき,社会通念上賃貸人の管理支配に支障のない程度のものであれば,完了しているとみなして良いと考えられます。

なお,「明渡し」とよく似た言葉に「引渡し」や「退去」があります。「引渡し」は,建物に対する占有を排除し相手に直接的支配を移転させること,「退去」は,建物内の物品を取り除き占有者の占有を解き建物から占有者が退出することをいうのに対し,「明渡し」は,「引渡し」のうち,相手に「完全な直接的支配」を移転させることをいいます(司法研修所編『改訂 民事執行(補正版)』〔司法研修所 平成17年3月〕80頁)。

仮に建物内に家財等の動産類が残っていても,入居者が退去して鍵の返還を受け建物(家財含む)をオーナー自ら占有できる状態になれば,(家財等の動産類が残っているので)未だ「明渡し」とはなりませんが,「引渡し」「退去」は完了したことになります。

【民法239条】
1 所有者のない動産は、所有の意思をもって占有することによって、その所有権を取得する。

2 所有者のない不動産は、国庫に帰属する。

【民法601条】
賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって、その効力を生ずる。

【東京地裁平成18年12月28日判決】
一般に,賃貸借契約における賃借人の目的物返還義務としての不動産の明渡しとは,当該不動産の占有者が立ち退くとともに,不動産内にあった動産を取り除いて賃貸人に直接的な支配を移すことであると解されるところ,本件において,本件不動産の直接占有者であったAらは,平成18年7月末日には本件不動産から退去し,内部にあった動産を取り除き,原告に本件不動産の鍵を返還したと認められるから,同日をもって本件不動産を明け渡したと認めるのが相当である。
<中略>
本件不動産内のパーテーションや書棚は床等に固定されているものと認められるから,それを撤去することは賃借人の原状回復義務として必要となるが,民法上,借用物の返還義務と原状回復義務は異なるものであり,後者が履行されなければ前者が履行されていない,という関係にはないというべきである。
この点につき原告は,一般に,事務所の賃貸借契約においては,賃貸人はいわゆるスケルトンの状態で目的不動産を引き渡し,賃貸借契約終了に際しては賃借人が行った内装すべてを撤去して賃貸人に引き渡すのが通例であると主張する。
確かに,一般にオフィスビルの賃貸借においては,次の賃借人に賃貸する必要から,賃借人には返還に際して賃貸借契約締結時の原状に回復することまで要求される場合が多いとしても,原状回復義務は目的物返還後に履行することも可能であるから,賃貸借契約において,目的物の返還に先立って原状回復することが定められていれば格別,そうでない限り原状回復義務が目的物返環義務に必然的に先行する関係にあるとはいえない
本件賃貸借契約のこの点の定めについてみると,本件賃貸借契約では,「本契約が期間満了もしくは解除等により終了したときは乙(賃借人)は次の各号の定めに従い遅滞なく貸室を明け渡さなければならない。」(16条柱書き)とされ,同条3号は「乙(賃借人)が模様替え等原状を変更した箇所およびこのビルディングの主体または付帯設備に固定した乙所有の物件はすべて撤去し原状に復旧するものとする。」とされており,原状回復義務が明渡義務の内容となっているかのように解される余地がある。
しかしながら,そのように解すると,同号によれば,上記復旧工事は,賃貸人又は賃貸人指定の業者が実施することとされているから,賃貸人又は賃貸人指定の業者が必要以上の期間をかけて原状回復工事をした場合にも,その間は明渡し未了となり,賃借人はその間の賃料相当額及び諸経費を負担することになってしまい(同6号),合理的とはいえない。
さらに,同条2号には,「乙(賃借人)はその所有の家具,什器等を契約終了後3日以内に搬出して貸室を明け渡すこと」とされており,家具,什器等の搬出をもって明渡しと考えており,明渡しと原状回復を別の内容と捉えているといえる。
このように考えると,契約書16条の上記定めは,原状回復が賃借人の負担において行われるべきであり,かつその工事内容は賃貸人側が定めることに主眼があるのであって,原状回復義務を貸室明渡しの内容としたり,明渡義務に先行することまでを定めたものではないと解するのが当事者の合理的意思解釈として相当である。
結局,賃借人がパーテーション等を撤去して原状に回復する義務と目的物である貸室を返還する義務は別個の義務であり,賃借人が返還したかどうかは,原状回復の有無とは別に検討すべきであるから,前記認定のとおり,平成18年7月末日をもって本件不動産は明け渡されたというべきである。

【東京地裁平成22年3月16日判決】
建物賃貸借契約が終了した場合においても,賃借人は,原則として,賃貸人による建物の明渡確認を受け,かつ建物の鍵を賃貸人に返還しなければ建物の返還義務を尽くしたことにならず,賃料相当損害金の支払義務を免れないというべきである。
しかしながら,かかる建物返還債務の履行は賃貸人の協力がなければなし得ないところであるから,賃貸人が正当な理由なくこれに協力しないときは,賃借人においてこれに代替すべき社会的に相当な手段を採ることが許され,同手段を採ることにより賃借人は建物返還義務を尽くしたことになり,以後,賃料相当損害金の支払義務を免れると解するのが相当である。
本件の場合,賃借人が賃貸人による建物の明渡確認を受け,また,鍵を返還するためには,明渡確認の日の決定等について賃貸人と賃借人間で協議することが不可欠であるところ,被告は,原告会社からの郵便物の受領を拒絶してかかる協議の道を自ら閉ざしているのであり,賃借人の建物返還債務につき正当な理由なくこれに協力しないものと認めることができる(なお,賃借人が賃料等の支払を遅滞していたとしても,賃借人からの郵便物の受領を拒絶する正当な理由とならないことは言うまでもない。)。
そして,原告は,本件賃貸借契約締結の際の仲介業者であった訴外不動産会社に対して建物明渡しの立会いを求め,平成20年9月30日,本件建物の鍵を同社に預けたものと認めることができ,原告会社がかかる措置を採ったこともやむを得ない社会的に相当な行為と評価できる。

【東京地裁令和3年9月29日判決】
残置物がある場合,所有権放棄をすることで当然に占有者としての明渡義務を免れるものではない(無主物が残置されるに至る原因は放棄者が作出しているのであるから,占有の継続を認めるのが相当である。)。

2.目的物返還義務(明渡義務)と原状回復義務の関係
賃貸借契約が終了すると,賃借人は原状回復義務を負いますので,原則として,建物を最初に借りたときと同じ状態(経年劣化等の通常損耗は除く)に戻さなければなりません。

従って,賃借人が施した内装設備すなわち壁紙,床板,造作(エアコン,パーテーション等)は,全て撤去する必要がありますが,これらが撤去されず残されていた場合,「明渡し自体が未完了だ」として,賃貸人は賃借人に対し,明渡遅延違約金を請求することはできるのか,別の言い方をすれば,「目的物返還義務(明渡義務)」の中に「原状回復義務」が含まれるのかしばしば問題となります。

この点,目的物の占有を賃貸人に移転させることは原状回復義務の履行の有無にかかわらず可能であり後者が履行されなければ前者が履行できないという関係にはないこと,原状回復義務は目的物変返還後に履行することも可能であること,法律の明文上も目的物返還義務(民法601条)と原状回復義務(同法621条,622条,599条1項)は別々に規定されていること等に鑑みれば,賃貸借契約において,目的物の返還に先立って原状回復すること等の特段の合意がない限り原状回復義務が目的物返還義務に必然的に先行する関係にあるとはいえないと考えられます(前掲【東京地裁平成18年12月28日判決】【東京地裁令和元年7月16日判決】)。

もっとも,前掲【東京地裁平成18年12月28日判決】にいう「目的物の返還に先立って原状回復することが定められていれば格別」及び【東京地裁令和元年7月16日判決】にいう「当事者間に特段の合意がない限り」との文言からすれば,賃貸借契約において,目的物の返還に先立って原状回復すること及び原状回復完了するまでは未だ明渡しとは認められず明渡遅延違約金の支払い義務がある旨が明確に定められていれば,原状回復義務の未履行をもって明渡しの未履行と同様に明渡遅延違約金の請求をすることも可能と思われます(【東京地裁平成29年11月28日判決】)。

この点は,居住用ではあまり問題になりませんが,商業ビルでは,スケルトン貸しにより内装工事を全てテナント側でやるということも珍しくなく,そのような場合には,原状回復を終えない限り明渡し未了とみなす条項が有益となりますので,多湖・岩田・田村法律事務所では,とりわけ商業ビルの賃貸人の立場からは,次のような【条項例】を定めておくよう助言しています。

【条項例】
賃借人は,本契約が終了する日までに(期間満了,解除,解約等終了原因問わない。以下同じ。),本物件を原状回復の上で明け渡すものとし,これを遅滞した場合には,退去,動産類の搬出又は鍵の返還の有無に拘わらず,賃貸人に対し,本契約終了日の翌日以降本物件の原状回復及び明渡しがいずれも完了するまでの間,1か月あたり月額賃料及び共益費合計額の倍額の割合による違約金を支払う。ただし,賃貸人に当該違約金額を超える損害が生じたときは,賃貸人は賃借人に対し,別途損害賠償請求することができる。

ただし,上記のような条項(特段の合意)を定めても,軽微な原状回復義務の違背があるに過ぎない場合は,賃貸人は,それによって被った損害の賠償を請求し又はその代替履行のために要した費用の償還を請求することができるのは格別,当然に賃料相当額の損害を賃借人に請求することができるものではなく(【東京高裁昭和60年7月25日判決】),また,居住用の場合は消費者契約法10条で無効になる可能性もありますので注意が必要です。

また,契約書に,原状回復工事を賃貸人または賃貸人指定の業者が実施する旨の特約や原状回復工事内容を賃貸人側が決定する旨の特約がある場合などで,賃貸人が必要以上の期間をかけて原状回復工事をした場合にも,その間は明渡し未了となり賃借人は明渡遅延違約金を負担することになってしまい合理的とはいえないため,そのような場合には,やはり明渡遅延違約金や賃料相当損害金を請求できる期間は,原状回復工事に通常必要とされる合理的期間に制限されると解されます。

他方で,上記のような条項(特段の合意)がない場合でも,賃貸人が新たな賃貸借契約を締結するのに妨げとなるような重大な原状回復義務の違背が賃借人にある場合には,例外的に目的物返還義務(明渡義務)の不覆行と同視される余地がありますが,余程の事情がない限りは認められないと考えられます(【東京高裁昭和60年7月25日判決】【高松高裁平成24年1月24日判決】参照)。

【東京高裁昭和60年7月25日判決】
本件賃貸借契約の締結に際して当事者間で交わされた契約書には、「賃借人は、賃賃借契約が終了したときは、賃借人の加えた造作、間仕切、模様替その他の施設及び自然破壊と認めることのできない破損箇所を賃貸人の指示に従って契約終了の日から一五日以内に賃借人の費用をもって原状に回復しなければならない。」、「賃借人は、右の条項による明渡完了に至るまでの賃借料及び付加使用料に相当する金額を賃貸人に支払い,なお損害のある場合にはこれを賠償しなければならない。」との各条項が記載されていることが認められるところ、本件建物のような営業用建物の賃貸借契約の実情に照らして判断すれば、その趣旨とするところは、賃貸借契約の終了に伴う目的物の返還義務と原状回復義務とは本来必ずしも一致するものではないけれども、賃貸人が新たな賃貸借契約を締結するのに妨げとなるような重大な原状回復義務の違背が賃貸人にある場合には、これを目的物返還義務(明渡義務)の不覆行と同視して、賃借人は賃貸借契約終了後一六日目から右のような原状回復義務履行済みに至るまで賃料相当額の損害金を賃貸人に支払わなければならないとするにあるものと解するが相当である。
したがって、右の程度に至らない程度の軽微な原状回復義務の違背があるに過ぎない場合においては、賃貸人は、それによって被った損害の賠償を請求し又はその代替履行のために要した費用の償還を請求することができるのは格別、当然に賃料相当額の損害を賃借人に請求することができるものではないものといわなければならない。
さらに、建物賃貸借契約の終了に伴う原状回復義務といっても、その範囲は必ずしも一義的に明らかなものではなく、とりわけ本件におけるように営業店舗用建物の賃貸借契約にあっては、賃借人が自己の営業目的に適合するように改めて内、外装工事等を行うような例が多いため、字義どおり賃貸借契約締結時の原状に回復することが常に合理的であるとは限らず、賃貸人にとっても格別の意義がないことが多いのであるから、原状回復義務の履行に当たっては、賃借人としては、賃貸人との協議の結果と社会通念とに従って、賃貸人が新たな賃貸借契約を締結するについて障害が生じることがないようにすることを要し、かつ、そうすることをもって足りるものというべきである(前掲契約書には、賃借人は賃貸人の指示に従って原状回復義務を果たすべき旨の条項が含まれているが、その趣旨は、以上に説示したところと特に異なる意味を持つものではない。)。

【高松高裁平成24年1月24日判決】
本件賃貸借契約においては本件土地建設に設置した設備等を撤去の上明渡しをすることとされているが,本来,原状回復義務は必ずしも明渡義務の内容となるものではなく,同契約上,控訴人が原状回復工事を行わない場合は,被控訴人においてこれを行い,同工事費用を敷金から控除できる旨の規定もあることや,本件営業建物が営業用建物であり,比較的定型的な原状回復工事で足りる住居とは異なることを前提として,原状回復工事の内容に争いがある場合の当事者の合理的意思等の観点からすれば,新たな賃貸借の妨げとなり,あるいは被控訴人に過大な原状回復工事の負担をかけるような重大な原状回復義務の違背がある場合には,明渡義務の不履行に当たるというべきであるが,そのような程度に至らない場合には直ちに明渡義務自体の不履行となるものではない。
<中略>
仮に鉄パイプの撤去の点で原状回復義務の不履行があるとしても,ごく軽微なものにとどまり,明渡義務の不履行に当たるような重大な原状回復義務の違背があるということはできない。

【東京地裁平成29年11月28日判決】
本件賃貸借契約には,明渡しに関する合意として,契約が終了したときには,原告がその所有物及び原告が附設した諸造作等を自費により撤去し,本件建物をスケルトンの状態に復して本件建物を明け渡すこと,明渡期日が経過した後も明渡しが完全に終了しない場合には,原告が,その完了に至るまで,違約損害金として従来の賃料に30%を加算した金額を被告に支払うことの合意がある。
本件賃貸借契約は平成26年3月27日に終了したところ,原告は,同日に本件建物から什器及び備品等を搬出し,平成26年5月14日には本件建物の鍵を被告に返還したことが認められる。
しかし,上記の合意によれば,本件賃貸借契約においては,原状回復を終えることが目的物の返還の内容とされ,原状回復を終えない限り本件建物の明渡しが未了とされることが合意されていたといえる。
したがって,鍵の返還をもって本件建物の明渡しが完全に終了したということはできず,原告は,本件建物の原状回復が完了するまでの期間について,上記合意による違約損害金を支払う義務を負うというべきである。

【東京地裁令和元年7月16日判決】
賃借人が目的物の占有を賃貸人に移転させることは原状回復義務の履行の有無にかかわらず可能である以上,賃貸借契約が終了した場合における目的物の返還義務は,当事者間に特段の合意がない限り,賃借人が目的物の占有を解き,その占有が賃貸人に移転した時点で履行されたものと評価すべきであり,そのことは,原状回復義務の履行の有無とは別個の問題であるというべきである。
本件では,上記前提事実のとおり,本件契約書において,賃借人は,契約終了と同時に,本件住戸を引渡時の原状に回復の上,本件住戸を明け渡さなければならない旨規定しているものの,これは,賃借人が引き渡す前に原状回復工事を行う義務があることを明確にするにとどまり,原状回復工事が終了しなければ明渡しがあったとはみなさないという規定ではなく,またその他の証拠からも,上記特段の合意があったとは認められない。

 結論

以上より,頭書事例では,原状回復が未了だからといって明渡し未了(遅滞)とはならず,賃借人は,明渡遅延違約金を支払う義務はありません。

但し,契約書で,例えば「賃借人は建物を原状に復した上で明け渡すものとし,これを遅滞した場合には,退去あるいは動産類搬出の有無に拘わらず,違約金として明け渡し及び原状回復工事完了まで1か月あたりの賃料の倍額を支払う」との条項が置かれ,かつ他の条項も加味して解釈し,原状回復義務が明渡しの前提とされていると解するのが合理的と判断される場合には,仮に退去,鍵の返却及び動産の搬出が全て完了していたとしても,(少なくとも重大な)原状回復義務が未了の間は,賃借人には明渡遅延違約金を支払う義務が生じる可能性が高いといえますが,賃貸人自身でも原状回復工事を行えるにも関わらず敢えて放置しているような場合や賃貸人が必要以上の期間をかけて工事を行ったような場合には,明渡遅延違約金を請求できる期間は,原状回復工事に通常必要な合理的期間に制限される可能性があります。

この点に関し,多湖・岩田・田村法律事務所では,契約書全体を通読し他の条項も加味して当該明渡遅延違約金条項の趣旨を総合的に判断していますので,個々の事案に応じて必ず法律専門家にご相談頂くよう助言しています。

 実務上の注意点

3.明渡完了後~原状回復未了の間の逸失利益
前述2のとおり,目的物返還義務(明渡義務)と原状回復義務は,別個のものですので,明渡義務は完了しているが,賃貸借契約終了後も原状回復義務が未履行で,そのために次のテナントに賃貸に出せないという場合が生じます。

この場合,賃貸人は,自ら原状回復工事をして当該工事費用相当額を原状回復義務の債務不履行に基づく損害賠償請求として賃借人に請求できることは問題ありませんが,賃貸人が自ら原状回復工事もせず延々放置した場合,賃貸人は,賃借人に対し,その間次のテナントに賃貸できなかったと主張して,原状回復義務の債務不履行に基づく損害賠償請求として逸失利益(次のテナントから得られたであろう賃料相当額)まで請求することができるのか問題となります。

この点,契約終了と同時に退去及び原状回復工事が完了していたとしても,その翌日からすぐに次のテナントに賃貸し得る蓋然性が低い場合もあり,原状回復の遅延と当該逸失利益との間に相当因果関係が認められない場合もあると思われますが,仮にこの点は措くとしても,原状回復義務は,第三者において履行可能なもので代替性を有し,賃借人退去後は賃貸人においていつでも独自に業者を手配し工事を行うことも可能であること等に鑑みると,逸失利益の請求が認められるのは,業者の選定・手配・費用見積並びに実際の補修工事に通常必要な合理的期間に限られると考えられます(【東京地裁昭和53年10月26日判決】【東京地裁平成21年1月16日判決】【東京地裁平成26年10月21日判決】等参照)。

【東京地裁昭和53年10月26日判決】
賃借物件の原状回復のための補修が代替性を有し、かつ第三者において右補修着手可能時(多くの場合賃借物件から退去の時である)までにおける賃借人の負担する債務を保証金から控除した額によって、補修費用及び補修に必要な期間中の明渡遅滞損害金をまかない得るのであれば、賃貸人は賃借人退去後補修に必要な期間を経過した時点において、右残存保証金から、更に、補修費用のほか、補修必要期間を明渡遅延期間とみなし同期間中の明渡遅滞損害金を控除した残額を賃借人に返還すべき義務を負うものと解するのが相当である。
<中略>
もし、被告が主張するように、賃借人が原状回復義務を履行しない限り賃借物件の明渡が行なわれないと解すると、賃借人が自らその補修をなさない限り又は本件における如く賃貸人が補修を行なって明渡したとみなさない限り、明渡遅滞損害金が保証金から控除され続けることになる。
そうだとすると、たとい補修をしないことにつき賃借人に責のある場合であっても、賃借人の損失が賃貸人の得る利益に比し均衡を失し不公平な結果を招来することが考えられる。
例えば、賃借人が資力に欠け不本意に補修を遅滞しているが、反面経済情勢の影響等で貸室希望者が少なく仮に即時に原状回復されたとしてもこれを他に賃貸し得る蓋然性が低いことが予想されるにもかかわらず、賃貸人は補修が遅滞する間(少なくとも保証金から明渡遅滞損害金を控除し得る間)毎月賃料の倍額及び共益費用に相当する明渡遅滞損害金を取得し得るという結果を容認することにもなるのである。
これに対し前記の如き解釈をすれば,右のような不都合結果は避け得るし、また貸室希望者の多い場合には、保証金が残存する限り賃貸人が賃借物件の補修が可能となった時点において直ちに補修に着手すれば、その費用及び補修のため賃借物件を利用し得ない損害を明渡遅滞損害金控除という形で十分回復のうえ他に賃貸することができるのであるから、賃貸人にとって不利益をもたらすということはない。 
以上に述べた理を本件についてみると、原告は本件貸室を昭和五〇年一〇月二五日に空室としたのであり、毀損箇所の補修は代替性を有すると認められるから、同月二六日以降は、いつにても、被告において本件貸室の右毀損箇所を補修することが可能であったということができ、また、右毀損箇所の補修工事は費用見積期間を含め約一ケ月で可能であったことが認められるから、補修に必要な期間即ち明渡遅滞損害金を算定する期間は同年一〇月二六日から同年一一月末日までと認めるのが相当である。

【東京地裁平成21年1月16日判決】
本件契約書23条1項1号では、本件契約が終了したときには、Aは本件ビルを原状回復をした上で明け渡すこととされているが、他方、同項2号では、原状回復工事は、被告又は被告の指定する者が実施し、その費用はAが負担すべきものとされ、同項3号では、本件契約終了時に残置されているAの所有物はこれを放棄したものとみなし、被告の処分に任せ、その処分費用はAの負担とすることとされている。
以上の規定を総合して合理的に解釈すれば、本件契約終了後、賃借人が本件ビル内に設置した動産類を撤去しない場合等、その原状回復義務を履行しない場合には、賃貸人は、返還義務の未履行として賃借人に対してその撤去等の原状回復を請求することができるが、いったん賃貸人が賃借人から賃貸借終了に基づく返還義務の履行として本件ビルの明渡しを受けた後は、賃借人の費用負担で賃貸人が自ら原状回復工事や残置された動産類の処分を行うことができる旨を規定したものと解される。
そうすると、本件契約書23条1項1号は、上記明渡しを受けた後について、賃料又は賃料相当損害金の負担について何ら規定するものではないと解するのが相当であり、これをもって原状回復工事完了のために相当な期間の賃料又は賃料相当損害金を賃借人が負担すべきことを規定したものであると認めることはできない。
<中略>

また、被告は、原状回復工事に必要な相当期間は、本件ビルを第三者に賃貸することができず、その間の賃料相当額は、被告の債務不履行により通常生ずべき損害であるから、原告はその支払義務を負う旨主張するが、一般に、建物賃貸借契約において、当該契約終了に基づく建物返還後、少なくとも通常想定しうる範囲の原状回復工事に必要な相当期間については、特段の合意のない限り、賃借人に賃料等を負担させないものとするのが通例であることは当裁判所に顕著であり、本件契約においては、かかる特段の合意が存するとは認められない。

【東京地裁平成26年10月21日判決】
原告は,被告から補修費用の支払がないと,経済的に本件貸室を修理することができないから,平成25年4月から同年9月までの6か月間に得られるはずであった本件貸室の賃料相当額についても,被告の不法行為との間に相当因果関係のある損害である旨主張する。
しかし,原告が被告から補修費用の支払がないと経済的に本件貸室を修理することができないと認めるに足りる証拠はない。
また,そのような事情によって生じる逸失賃料は,本件貸室の損壊等によって通常生ずべき損害とはいえず,特別の事情によって生じた損害であるといえるところ,被告がその事情を予見し,又は予見することができたと認めるに足りる証拠もない。
そうすると,上記逸失賃料は,被告の不法行為との間に相当因果関係のある損害であるとはいえず,原告の上記主張は理由がない。

※本頁は多湖・岩田・田村法律事務所の法的見解を簡略的に紹介したものです。事案に応じた適切な対応についてはその都度ご相談下さい。


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