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明渡遅延違約金条項(明渡遅延損害金)の有効性全画面 

更新:2024年1月13日 
 事例

居住用物件において「賃貸借契約終了したにも拘らず明け渡しを遅滞した場合には,違約金として明け渡しまで1か月あたりの賃料の倍額を支払う」との条項の有効性。

 解説

1.明渡遅延違約金の性質
明渡遅延違約金は,明渡遅延に伴う貸主の損害につき,「損害賠償額の予定」をしたものと推定され(民法420条3項),当該予定した賠償額は原則として当事者を拘束し,賃貸人はその金額を立証することなく(実際にその額の損害が生じていなかったとしても)賃借人に請求することができます。

明渡遅延違約金条項は,損害額に関する紛争の予防及び立証の負担軽減という観点及び賃借人の明渡義務の履行促進という観点から合理性を有し,実務上,多くの賃貸借契約書で見受けられます。

もっとも,賃貸借契約の終了原因の中で,賃貸人からの更新拒絶又は解約申入れによる契約終了の場合は,契約終了の可否が正当事由の有無にかかり,賃借人にとっては予測することが困難であり,裁判所の法的判断を待たずに,更新拒絶又は解約申入れの時点で直ちに賃借人に正当事由の有無の判断を求めるのは酷であることから,明渡遅延違約金条項は,賃貸借契約の終了原因が解除や合意解約による場合を想定したもので,賃貸人からの更新拒絶や解約申入れによる賃貸借契約終了の場合は,原則として適用されないと解されています(【東京地裁平成7年10月16日判決】)。

したがって,明渡遅延損害金は,上記以外の原因(債務不履行解除,合意解除,定期借家契約の期間満了等)により賃貸借契約が終了した場合にのみ適用されるものと解されます。

なお,明渡遅延違約金条項で規定した(予定した)賠償額は原則として当事者を拘束し,賃貸人はその金額を立証する必要は無くなる一方で,当該違約金額(予定額)を超える損害が生じたとしても,賃貸人は,違約金額(予定額)までしか請求できなくなります(不動産売買契約の違約金条項に関する【東京地裁平成26年3月14日判決】,従業員引抜禁止違約金条項に関する【東京地裁令和4年2月16日判決】参照)。

これは,令和2年4月1日施行の改正民法420条1項で,旧民法420条1項にあった「この場合において,裁判所は、その額を増減することができない」とする部分が削除された後も,同様であると解されます(改正民法施行以前から,【最高裁平成6年4月21日判決】等判例実務上は公序良俗及び公平の見地又は特別法の規定等により著しく過大又は過小な場合は裁判所は例外的に当該違約金額を増減できると解されていたため,改正民法では判例実務に合わせてこの部分が削除されたに過ぎず,改正民法下でも違約金条項の原則的な拘束力が否定されるものではないと考えられます)。

そのため,多湖・岩田・田村法律事務所では,賃貸人の立場からは,万が一違約金額を超える損害が発生した場合でも,賃借人に請求できる余地を残しておくよう,次のような違約金条項の定め方をするよう助言しています。

【条項例】
賃借人は,本契約が終了する日までに(期間満了,解除,解約等終了原因問わない。以下同じ。),本物件を明け渡さなければならず,これを遅滞した場合は,賃貸人に対し,本契約終了日の翌日以降明渡し済みまで,1か月あたり月額賃料及び共益費合計額の倍額の割合による賃料相当損害金を支払う。
ただし,賃貸人に当該倍額の割合による賃料相当損害金を超える損害が生じたときは,賃貸人は賃借人に対し,当該超過額につき別途損害賠償請求することができるものとする

【民法420条】
1 当事者は、債務の不履行について損害賠償の額を予定することができる。

2 賠償額の予定は、履行の請求又は解除権の行使を妨げない。

3 違約金は、賠償額の予定と推定する。

【旧民法420条】
1 当事者は、債務の不履行について損害賠償の額を予定することができる。この場合において、裁判所は、その額を増減することができない

2 以下省略

【最高裁平成6年4月21日判決】
当事者が民法四二〇条一項により損害賠償額を予定した場合においても、債務不履行に関し債権者に過失があったときは、特段の事情のない限り、裁判所は、損害賠償の責任及びその金額を定めるにつき、これを斟酌すべきものと解するのが相当である。

【東京地裁平成7年10月16日判決】
原告は、本件賃貸借契約の特約(本契約が終了したに拘わらず、被告が本件店舗の明渡を怠ったときは、被告は、明渡済みまで契約終了時の賃料の倍額の損害金を支払う。)に基づき、本件賃貸借契約終了後について一か月につき四二〇万円の割合による約定損害金の支払を求めている。
ところで、更新拒絶又は解約申入れにより契約が終了する場合は、契約が終了するかどうかは正当事由の有無にかかっているが、正当事由の有無の判断は、当事者にとっては予測することが困難であって、結局は裁判所の判断をまつことになるものであり、更新拒絶又は解約申入れの時点で賃借人に正当事由の有無の判断を求めるとすれば、賃借人に困難を強いることになる。
そこで、前記特約は、契約終了の原因が解除や合意解約による場合を想定したもので、更新拒絶又は解約申入れにより契約が終了する場合を除く趣旨であると解釈すべきである。

【東京地裁平成26年3月14日判決】
※「当事者が契約条項に違反した場合、契約を解除することができる。この場合、違約した相手方は違約金として売買金額の20%を支払うものとする」(本件違約金条項)が定められていた事案。

本件違約金は、賠償額の予定であり、本件違約金条項は、被告による債務不履行があった場合には、既払手付金500万円の返還義務のほかには、原告に実際に生じた損害額の多寡にかかわらず、被告が賠償すべき額を本件違約金320万円と予定することを定めたものであると認められる。
そうすると、原告の主張は、既払手付金500万円及び本件違約金320万円が被告の債務不履行と相当因果関係のある損害であるという限度で理由があり、これを超える損害の主張については、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

【東京地裁令和4年2月16日判決】
本件引き抜き禁止条項においては,退任した執行役員やパートナーは,退任後に,原告と同一又は類似の事業に従事させることを目的として,原告の従業員等に対して引き抜き工作をしてはならない義務を負い,これに違反して原告の従業員等を引き抜いた場合には,当該従業員等の報酬相当額を支払わなければならない旨規定されているのであり,引き抜き行為により原告に生じた損害を算定することは一般に困難であることに照らすと,これは,退任した執行役員が上記義務に違反した場合の損害賠償額の予定を定めたものと解するのが相当である。
そうすると,被告が本件引き抜き禁止条項に違反したことにより原告に具体的な損害が生じたとしても,原告は,被告に対し,損害賠償の予定額を超えて損害賠償を求めることはできないものと解するのが相当である。

2.明渡遅延違約金の有効性
前述1とおり違約金条項(損害賠償額の予定)は原則として当事者を拘束しますが,その金額が公序良俗及び公平の見地又は特別法の規定等により著しく過大な場合は,一定の範囲で無効となります。

そこで,どの程度の金額(割合)であれば,問題なく有効と解して良いのか,問題となります。

この点,消費者契約法が適用されるケース(借主が個人消費者の場合)において,【大阪地裁平成21年3月31日判決】は,不動産賃貸借契約の終了に基づく目的物返還義務の履行遅滞が生じた場合における「平均的な損害」(消費者契約法9条1項1号)は,原則として,従前の賃料を基準として算定される賃料相当損害金を指すものと解するのが相当であるとし,月額賃料の1.5倍の違約金条項(明渡遅延損害金)を無効と判示しましたが,消費者契約法9条1項1号は,「消費者契約の解除に伴って事業者が消費者に対し高額な損害賠償等を請求することによって,消費者が不当な出えんを強いられることを防止することを目的とするもの」(【最高裁平成18年11月27日判決】)であり,解除に伴う損害賠償や違約金条項に関する規定であるのに対し,解除後の明渡しの遅延に伴う損害賠償は,「解除したこと(されたこと)」自体で発生する(伴う)ものではなく,「遅延したこと」による損害賠償ですので,同法9条1号ではなく,同法10条の観点から有効性を判断すべきです(【東京地裁平成20年12月24日判決【大阪高裁平成25年10月17日判決】)。

この観点から判断するならば,事業用物件はもちろん,居住用物件で消費者契約法が適用されるケースであっても,月額賃料の2倍までであれば有効とするのが,裁判実務においてもほぼ確立されているといえます(【東京地裁平成20年12月24日判決】【東京地裁平成24年3月1日判決】【大阪高裁平成25年10月17日判決】【東京地裁令和2年2月5日判決】【東京地裁令和3年2月17日判決】等)。

なお,公営住宅の場合は,「近傍同種の住宅の家賃の額の二倍に相当する額」以下の金銭を徴収できる旨が法律上明記されています(公営住宅法32条3項)。

また,特に事業用物件(賃借人が事業者)の場合は消費者契約法が適用されませんので,ある程度高額な違約金条項も原則有効となり,民法90条等により無効とされるケースは極めて稀と考えられますが(【東京地裁平成24年3月1日判決】「企業同士が任意に締結した契約条項を公序良俗違反として無効とするのは一層困難」参照),多湖・岩田・田村法律事務所の経験上,賃借人が事業者であっても,せいぜい月額賃料の3倍くらいまでで,3倍を超える違約金を定めた契約書は見たことがありません。

【民法90条】
公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は,無効とする。

【消費者契約法9条1項】※令和5年6月1日改正法施行後
次の各号に掲げる消費者契約の条項は、当該各号に定める部分について、無効とする。

一 当該消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項であって、これらを合算した額が、当該条項において設定された解除の事由、時期等の区分に応じ、当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるもの 当該超える部分

二 以下省略

【消費者契約法10条】
消費者の不作為をもって当該消費者が新たな消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたものとみなす条項その他の法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。

【公営住宅法32条】
事業主体は、次の各号のいずれかに該当する場合においては、入居者に対して、公営住宅の明渡しを請求することができる。

一 入居者が不正の行為によつて入居したとき。 二 入居者が家賃を三月以上滞納したとき。

三 入居者が公営住宅又は共同施設を故意に毀き損したとき。

四 入居者が第二十七条第一項から第五項までの規定に違反したとき。

五 入居者が第四十八条の規定に基づく条例に違反したとき。

六 公営住宅の借上げの期間が満了するとき。

2 公営住宅の入居者は、前項の請求を受けたときは、速やかに当該公営住宅を明け渡さなければならない。

3 事業主体は、第一項第一号の規定に該当することにより同項の請求を行つたときは、当該請求を受けた者に対して、入居した日から請求の日までの期間については、近傍同種の住宅の家賃の額とそれまでに支払を受けた家賃の額との差額に法定利率による支払期後の利息を付した額の金銭を、請求の日の翌日から当該公営住宅の明渡しを行う日までの期間については、毎月、近傍同種の住宅の家賃の額の二倍に相当する額以下の金銭を徴収することができる。

4 以下省略

【最高裁平成18年11月27日判決】
同法9条1号【※現・消費者契約法9条1項1号】は,消費者契約の解除に伴って事業者が消費者に対し高額な損害賠償等を請求することによって,消費者が不当な出えんを強いられることを防止することを目的とするものであって,このような立法目的が正当性を有することは明らかである。。
※【 】内は筆者加筆。

【東京地裁平成20年12月24日判決】
※「賃借人が本件契約終了と同時に本件建物を明け渡さない場合,賃貸人の請求により,終了の翌日から明渡しに至るまで,賃料の倍額及び管理費に相当する額の使用料を支払わなければならない」(本件規定)が定められていた事案。

同法9条1号【※現・消費者契約法9条1項1号】は,消費者契約の解除に伴う損害賠償の予定又は違約金を定める条項に関する規定であるところ,本件規定はそのような条項ではないから,同号の適用はない
<中略>
賃借人は賃貸借契約の終了と同時に賃貸借の目的物を返還すべき義務を負い,賃借人がこれを任意に履行しない場合,賃貸人は強制執行手続によってその返還を受けることになるが,債務名義がなければこれを得るために相当の時間と費用をかけて訴訟手続等をする必要があり,強制執行手続自体にも時間と費用を要するところ,必ずしも後にこれらの費用全部を確実に回収できるわけではない。また,賃料及び管理費は目的物の使用収益の対価及び実費であるが,賃貸人は,賃借人が契約終了と同時に目的物を返還すべき当然の義務を果たさない場合に備えておく必要があるところ,その場合に賃借人が従前の対価等以上の支払をしなければならないという経済的不利益を予定すれば,それは上記義務の履行の誘引となるものであり,しかも賃借人が上記義務を履行すれば不利益は現実化しないのであるから,そのような予定は賃借人の利益を一方的に害するものではなく,合理性があるといえる。他方,上記場合に,賃借人が従前と同じ経済的負担をすれば目的物の使用収益を継続できるとするのは契約の終了と整合しない不合理な事態であり,賃借人に返還義務の履行を困難にさせる経済的事情等があるとしても,その事情等が解消するまで賃貸人の犠牲において同義務の履行を免れさせるべき理由はない。
本件規定は,賃借人が本件契約終了と同時に本件建物を明け渡さない場合に,終了の翌日から明渡しに至るまで賃料の倍額及び管理費に相当する額の使用料を支払わなければならないとするものであって,原告と被告らとの間で作成された本件契約書に明記されており,これが被告両名の本件建物の明渡(返還)義務の適時の履行の誘引として定められたものであることはその規定自体から明らかである。
また,これによって被告らが受ける不利益は,賃料相当額の負担増だけであり,しかもそれは被告両名が上記義務を履行すれば発生しないのであって,原告が暴利を得るために本件規定が定められたものでないことも明らかである。
なお,被告両名が本件建物を居所としていたとしても,本件契約が終了すればその使用収益ができなくなるのは当然であって,そのこと自体が被告両名の不利益であるとはいえない。
以上のとおり,本件規定は,信義誠実の原則に反し,被告らの利益を一方的に害するものといえないから,消費者契約法10条によって無効とすべきものではない
※【 】内は筆者加筆。

【大阪地裁平成21年3月31日判決】
家賃等相当額の1.5倍の賠償金の支払に関する規定は、家賃等損害金相当額の支払を求める部分を超える部分について、消費者契約法9条1号【※現・消費者契約法9条1項1号】に反し、無効であると解すべきである。
※【 】内は筆者加筆。

【東京地裁平成24年3月1日判決】
賃料等の同額の違約金が課されること自体は特別過大なものとはいえず,一般的な賃貸借契約においても比較的見られるところであるし,例えば,公営住宅法32条3項など,明渡しまで家賃の2倍に相当する額以下の徴収を認めており,立法として許容している例が存することにも鑑みると,公序良俗に反するというのは困難である。
また,被告は,平成21年8月4日の減資以降も1億円の資本金を有する株式会社であり,原告と比肩しても対等な交渉力を具備した企業であったというべきであることからしても,企業同士が任意に締結した契約条項を公序良俗違反として無効とするのは一層困難である。

【大阪高裁平成25年10月17日判決】
※「本契約終了後、直ちに本物件の明け渡しを完了しない場合は、本契約終了日より本物件明渡し完了に至るまでの間、毎月本契約の賃料の2倍に相当する損害金を支払わなければならない(本件損害金条項)が定められていた事案。

本件損害金条項は,その文言からして,契約が終了した日以降の賃借人の明渡義務の不履行を対象にしているというべきであるから,契約が終了したにもかかわらず明渡義務を遅滞している場合の損害金を定めた規定であって,契約の解除に伴う損害金を定めた条項ではないと解すべきである。
<中略>
法9条1号【※現・消費者契約法9条1項1号】は,事業者による契約条項に基づく消費者の義務の加重の手法としては,実際には,消費者契約の解除に伴い高額な損害賠償等を請求することを予定して消費者に不当な金銭的負担を強いることが多いことから,このような形態を独立して規制し,事業者が消費者契約において,契約の解除の際の損害賠償額の予定又は違約金を定めた場合,その額が一定の限度を超えるときに,その限度を超える部分を無効としたものである。そうすると,契約を解除しない場合の損害賠償額の予定又は違約金条項については,法9条1号【現・消費者契約法9条1項1号】の射程範囲外であって,同号を類推適用することもできないと解すべきである。
<中略>
賃貸借契約が終了したにもかかわらず賃借人が明渡義務を履行しない場合において,賃貸人が,新たな賃借人に対し既に賃貸借契約を締結していたときは,同人に対する引渡義務の履行が遅滞することによって,その損害を填補しなければならなくなるし,最終的には強制執行をするために相応の費用及び時間を掛けて債務名義を取得し,強制執行手続を行わなければならないから,これらの損害を填補するために,あらかじめ賃料以上の一定の額を損害賠償額の予定として定めることは,損害額に関する紛争を防止するという観点から合理性を有しているといえる。
一方,賃借人についてみれば,契約が終了したにもかかわらず,契約存続中と同じ額を支払いさえすれば建物に居住できるということになれば,明渡義務を履行する誘因とはならないから,明渡義務の履行を促すという観点からも,あらかじめ賃料以上の一定の額を損害賠償額の予定として定めることには合理性が認められるというべきである。
このように考えると,控訴人の縷々主張する賃借人の不利益を考慮しても,賃貸借契約終了後の明渡義務の遅滞による損害賠償額の予定を定めた条項が信義則に反して賃借人の利益を一方的に害するものであると,直ちにいうことはできない。 
もっとも,賃貸人と賃借人との情報量及び交渉力の格差に鑑みると,賃貸人の損害の填補や明渡義務の履行を促すという観点に照らし,損害賠償の予定額が高額にすぎる場合には,信義則に反して賃借人の利益を一方的に害するものであって,法10条により無効となると解される。
しかし,本件においては,損害賠償の予定額は賃料の2倍という額であって,いまだ,賃貸人の損害のてん補や賃借人の明渡義務の履行を促すという観点に照らし,高額すぎるとまではいえない
※【 】内は筆者加筆。

【東京地裁令和2年2月5日判決】
賃借人が明渡しを遅滞した場合には,賃貸人は当該物件を他に賃貸して収益を上げることができなくなるほか,賃借人との交渉や明渡訴訟の提起,強制執行などの費用を負担し得ること,倍額損害金条項は,賃貸人に生ずる損害の填補に加え,明渡義務の履行促進等の機能をも有することを考慮すれば,使用料相当損害金を賃料の2倍と定めることが高額に過ぎるとか,目的との均衡を失するともいえない
そうすると,同条項は特に不合理な規定とはいえず,民法1条2項に規定する信義誠実の原則に反するものとは解されないから,消費者契約法10条に該当するともいえない

【東京地裁令和3年2月17日判決】
本件倍額損害金特約が,本件賃貸借契約の終了後における明渡しの遅延によって賃貸人に生ずる損害を一定程度填補するとともに,本件建物の円滑な明渡しを促進する性格を有するもので,その適用によって,賃借人に生ずる不利益の発生の有無及びその範囲も,賃借人自身の行為によって左右されるものであるから,本件倍額損害金特約は,それによって賠償を予定する額が上記性格に照らして均衡を失するほどに高額なものでない限り,民法1条2項の信義誠実の原則に反するものとはいえないというべきところ,本件倍額損害金特約において,賃料の倍額相当額を損害金と定めることが,(同特約の)上記性格に照らして均衡を失するほどに高額なものとはいえず,同項の信義誠実の原則に反するとはいえないから,本件倍額損害金特約が消費者契約法10条に反するとはいえない

 結論

以上より,頭書事例の明渡遅延違約金条項は,月額賃料の2倍以内であれば原則として有効ですが,事業用物件(賃借人が事業者)の場合は消費者契約法が適用されませんので,3倍程度でも許容されると考えられます。 ただし,賃貸人からの更新拒絶又は解約申入れによる契約終了の場合には適用されません。

「明渡し」の意義については明渡義務の完了時期参照。

 実務上の注意点

3.消費者契約法の適否
賃貸借契約において,消費者契約法は,賃貸人が「事業者」で,賃借人が「消費者」の場合に適用されるものです。

この点,賃貸人が「個人」の場合であっても,消費者契約法2条の「事業」とは,社会生活上の地位に基づき一定の目的をもってなされる同種の行為の反復継続的遂行をいい,その事業のために契約の当事者となる場合における個人は消費者契約法上の「事業者」であると解さていますので,居住用物件であっても,継続的に賃貸する意思を有し不動産仲介業者を利用して賃借人を募集していた場合は,賃貸人は個人であっても,「事業者」に該当し,入居した賃借人が個人でかつ居住目的(非事業目的)の場合は,消費者契約法が適用されます(【京都地裁平成22年9月16日判決】)。

【消費者契約法2条】
1 この法律において「消費者」とは、個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く。)をいう。

2 この法律(第四十三条第二項第二号を除く。)において「事業者」とは、法人その他の団体及び事業として又は事業のために契約の当事者となる場合における個人をいう。

3 この法律において「消費者契約」とは、消費者と事業者との間で締結される契約をいう。

4 以下省略

【京都地裁平成22年9月16日判決】
消費者契約法上の「事業」とは,「社会生活上の地位に基づき一定の目的をもってなされる同種の行為の反復継続的遂行」であり,その事業のために契約の当事者となる場合における個人は消費者契約法上の「事業者」となる。
ところで,被告が本件賃貸借契約を締結した経緯は,婚姻に伴って,本件建物に居住しなくなったことを契機とするものであるが,本件建物の賃貸は,必ずしも原告との間の本件賃貸借契約に基づく1回限りのものと予定されていたものではなく,被告において,本件建物に居住する必要性が生じない間,本件建物を賃貸する意思を有していたと推認され,現に,原告の本件建物退去後,本件建物の賃借人を募集していることに照らしても,本件賃貸借契約の締結は,「社会生活上の地位に基づき一定の目的をもってなされる同種の行為の反復継続的遂行」といえ,被告は消費者契約法上の「事業者」であると認めるのが相当である。
なお,被告は,不動産賃貸業に関しては,何の知識も情報も有しておらず,本件賃貸借契約の締結において,原告との間に情報量や交渉力の格差はなかった旨主張する。
しかし,被告が仲介業者を介して本件賃貸借契約の締結や更新合意をしていることに照らせば,被告は,仲介業者の不動産賃貸に関する情報量や交渉力を利用して,上記契約の締結等をしているのであって,そのような被告と一般消費者である原告との間には情報量や交渉力に格差があったと認められるから,被告の上記主張は採用できない。

※本頁は多湖・岩田・田村法律事務所の法的見解を簡略的に紹介したものです。事案に応じた適切な対応についてはその都度ご相談下さい。


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