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更新:2023年5月13日 
 事例

建物(借家)の賃貸人が賃貸借契約期間満了の6か月前に賃借人に更新拒絶の通知をしたのに対し賃借人が契約更新を主張した場合,法定更新されるのを阻止する「正当の事由」とは。

 解説

1.法定更新とは
民法上の大原則としては,契約期間が満了し,当事者の一方が契約更新(継続)を拒否すれば契約は終了しますが,借地借家法の適用される借地(土地)借家(建物)の賃貸借契約においては,居住用か営業用かあるいは倉庫としての使用か否か等の用途を問わず,契約が法律上当然に更新される「法定更新」という制度があります。

(1) 法定更新の要件・効果(借地の場合)
借地(土地賃貸借)の場合,次の①②いずれかが法定更新の実質的要件となります。

① 期間満了時点で借地上に建物が存在しかつ期間満了後遅滞なく賃借人(借地権者)が更新の請求をし,これに対し賃貸人(借地権設定者)が遅滞なく異議を述べなかったこと(旧借地法4条1項,借地借家法5条1項)。

② 期間満了時点(旧借地法下では,②の場合は期間満了時点でなく賃貸人からの更新拒絶(異議)時点とするのが通説)で借地上に建物が存在しかつ賃借人(借地権者)が土地の使用を継続し,これに対し賃貸人(借地権設定者)が遅滞なく異議を述べなかったこと(旧借地法6条,借地借家法5条2項)。

この点,旧借地法下(平成4年8月1日より前)で締結・効力発生した借地契約の場合は法定更新に関し旧借地法が適用されるところ(借地借家法附則6条),旧借地法6条1項では,上記②につき借地上に建物が存在しなくても,例えば耕作等で借地権者が土地の使用を継続していれば法定更新が認められましたが,賃貸人(借地権設定者)が遅滞なく異議を述べると,正当事由の有無に関わらず法定更新を阻止されるため(旧借地法6条2項反対解釈。【東京地裁昭和41年11月30日判決】),実質的には,やはり借地上に建物が存在することが法定更新の要件になると考えて良いでしょう。

ただし,借地上に建物が存在しなくても,建物を建築することを賃貸人が意図的に妨げたような事情がある場合には,借地人の更新の請求による法定更新が認められる可能性があります(【最高裁昭和52年3月15日判決】【東京地裁平成13年5月30日判決】【東京地裁平成30年10月26日判決】)。

上記①の賃借人(借地権者)の更新の請求については,これをし得べき時期に関し条文上明記されていないものの,「期間満了に近接した前後の時期」と解されており(渡辺晋ほか『土地賃貸借』[大成出版社]149頁),特に期間満了後の場合は期間満了後遅滞なく行う必要があると解されています(【鳥取地裁昭和25年7月5日判決】)。

上記①②いずれの場合も,賃貸人(借地権設定者)が異議を述べるには,後述2正当事由が必要となります(借地借家法6条)。 この賃貸人(借地権設定者)の異議も,遅滞なく述べる必要がありますが,時期については「存続期間満了前に期間が満了したら明け渡すように申し出ていただけでは,異議を述べたことにならない」と解されており(澤野順彦『実務解説 借地借家法』[青林書院]341頁),原則として期間満了後に述べる必要があると考えられます。

もっとも,期間満了後どのくらいの期間であれば「遅滞なく」といえるか否かは,具体的事案ごとに判断されます。

この点,期間満了後に賃料名目の金員を受領しただけでは直ちに異議権放棄の意思を推認したり異議権を喪失したと解することはできないとし,約1年半後の異議につき遅滞ないものとされた事例もありますが(【最高裁昭和39年10月16日判決】),多湖・岩田・田村法律事務所では,期間満了の6か月程度前に異議(更新拒絶)の予告をし,さらに期間満了後1か月以内には異議(更新拒絶)を通告した上,以後の賃料の受領を拒否する(あるいは「賃料相当損害金として受領する」という留保付きで受領する)よう助言しています。

いずれにしても,法定更新されると,旧借地法下(平成4年8月1日より前)で締結・効力発生した借地契約の場合,堅固な建物につき30年間,その他の建物(木造等)につき20年間(旧借地法5条1項,借地借家法附則6条),現行の借地借家法下(平成4年8月1日以降)で締結・効力発生した借地契約の場合,(建物の構造問わず)第1回目の更新につき20年間,2回目以降の更新につき10年間(借地借家法4条本文),同一条件で契約更新されます。

【旧借地法4条】
1 借地権消滅ノ場合ニ於テ借地権者カ契約ノ更新ヲ請求シタルトキハ建物アル場合ニ限リ前契約ト同一ノ条件ヲ以テ更ニ借地権ヲ設定シタルモノト看做ス但シ土地所有者カ自ラ土地ヲ使用スルコトヲ必要トスル場合其ノ他正当ノ事由アル場合ニ於テ遅滞ナク異議ヲ述ヘタルトキハ此ノ限ニ在ラス

2 借地権者ハ契約ノ更新ナキ場合ニ於テハ時価ヲ以テ建物其ノ他借地権者カ権原ニ因リテ土地ニ附属セシメタル物ヲ買取ルヘキコトヲ請求スルコトヲ得

3 第五条第一項ノ規定ハ第一項ノ場合ニ之ヲ準用ス

【旧借地法5条】
1 当事者カ契約ヲ更新スル場合ニ於テハ借地権ノ存続期間ハ更新ノ時ヨリ起算シ堅固ノ建物ニ付テハ三十年、其ノ他ノ建物ニ付テハ二十年トス此ノ場合ニ於テハ第二条第一項但書ノ規定ヲ準用ス

2 当事者カ前項ニ規定スル期間ヨリ長キ期間ヲ定メタルトキハ其ノ定ニ従フ

【旧借地法6条】
1 借地権者借地権ノ消滅後土地ノ使用ヲ継続スル場合ニ於テ土地所有者カ遅滞ナク異議ヲ述ヘサリシトキハ前契約ト同一ノ条件ヲ以テ更ニ借地権ヲ設定シタルモノト看做ス此ノ場合ニ於テハ前条第一項ノ規定ヲ準用ス

2 前項ノ場合ニ於テ建物アルトキハ土地所有者ハ第四条第一項但書ニ規定スル事由アルニ非サレハ異議ヲ述フルコトヲ得ス

【借地借家法4条】
当事者が借地契約を更新する場合においては、その期間は、更新の日から十年(借地権の設定後の最初の更新にあっては、二十年)とする。ただし、当事者がこれより長い期間を定めたときは、その期間とする。

【借地借家法5条】
1 借地権の存続期間が満了する場合において、借地権者が契約の更新を請求したときは、建物がある場合に限り、前条の規定によるもののほか、従前の契約と同一の条件で契約を更新したものとみなす。ただし、借地権設定者が遅滞なく異議を述べたときは、この限りでない。

2 借地権の存続期間が満了した後、借地権者が土地の使用を継続するときも、建物がある場合に限り、前項と同様とする。

3 転借地権が設定されている場合においては、転借地権者がする土地の使用の継続を借地権者がする土地の使用の継続とみなして、借地権者と借地権設定者との間について前項の規定を適用する。

【借地借家法6条】
前条の異議は、借地権設定者及び借地権者(転借地権者を含む。以下この条において同じ。)が土地の使用を必要とする事情のほか、借地に関する従前の経過及び土地の利用状況並びに借地権設定者が土地の明渡しの条件として又は土地の明渡しと引換えに借地権者に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、述べることができない。

【借地借家法附則6条】
この法律の施行前に設定された借地権に係る契約の更新に関しては、なお従前の例による。

【鳥取地裁昭和25年7月5日判決】
借地権者が更新を請求し得べき時期については規定を欠くけれども借地権消滅後遅滞なくこれが請求をしなければならないと解すべきところ法律の専門家と認め難い被告に対し借地法附則及び勅令の規定に留意し借地権消滅後迅速に更新の請求をなすべきことを要求するは酷に失するから本件更新の請求は賃貸借期間満了後約十ケ月後になされたものであるけれどもなお遅滞なくなされたものと認めるを相当とする。

【最高裁昭和39年10月16日判決】
借地法六条【※現借地借家法5条2項,同条1項】の適用により、建物所有を目的とする土地の賃貸借の期間満了の後賃借人が土地の使用を継続する場合において、土地所有者が遅滞なく異議を述べないことにより前契約と同一の条件でさらに借地権を設定したものとみなされるためには、民法六一九条の場合と異り、土地所有者が賃貸借の期間満了を知りながらあえて異議を述べず、それによって賃貸人の賃貸借契約継続の意思が推認できるような場合に限らないことは所論のとおりである。
しかしながら、賃貸借契約の締結が遠い過去に属し、賃貸人賃借人の双方共にとつて契約締結の時期があいまいになり、賃貸人に対し期間満了の際直ちにそのことを知つて異議を述べることが容易に期待できず、賃借人もまたその時期にはこれを予期していないような特段の事情がある場合においては、賃貸人が漸く期間満了の時期が到来したと推測して直ちに述べた異議が、訴訟における審理の結果判明した契約成立の時期から起算すると、賃貸借の期間満了後若干の日時を経過した後に述べられたことになるとしても、この異議をもつて借地法六条にいう遅滞なく述べられた異議に当ると解すべき余地がある。
原判決の確定するところによれば、本件土地賃貸借契約の成立は数十年以前のことであるが、契約成立を証する書面もなく、契約当初の関係者がほとんど死亡しているなどの事情のため、賃貸人賃借人ともにその始期を明確に知り難い事情にあったこと、賃貸人(被上告人)は、賃借人(上告人の前主)が地上建物を第三者に貸与して他に転居するに及び、自己使用の必要のため本件賃貸借契約を終らしめようと意図し、関係者を探索した結果、大正四年九月頃に本件地上の上告人所有建物が建築されその頃本件土地賃貸借契約が成立したものと考えて、昭和三〇年九月一〇日賃借人の土地使用継続に対し異議を述べたこと、一方賃借人においても、賃貸借の期間に関心がなく、賃貸人より前記の異議を受ける以前には賃貸人に対し賃貸借更新請求をなしていないというのである。
<中略>
本件土地の賃貸借は途中一回更新されて昭和二九年春頃期間満了となり、従って、前記賃貸人の異議は期間満了より約一年半を経過してなされたことになる。
しかしながら、以上のような特段の事情の下においては、これをもつて借地法六条【※現借地借家法5条2項準用,同条1項】にいう遅滞なく述べられた異議に当るものと解しても同法の趣旨に反するものではない。
<中略>
原判決は、被上告人が賃貸借期間満了の時期を昭和三〇年九月頃であると解していたことその他原判決判示の事情の下においては、右事実をもつて直ちに被上告人の異議権放棄の意思を推認することができないと認定したものであつて、右原判決の判断をもつて違法ということはできないし、また、これをもって異議権を喪失したと解することもできない
※【 】内は筆者加筆。

【東京地裁昭和41年11月30日判決】
借地上に建物がないときは借地権消滅後貸地人が異議を述べさえすれば、ただそれだけで(正当事由の具備を要せず)法定更新の効果は阻止される。

【最高裁昭和52年3月15日判決】
被上告人は、建物が火災によって滅失したのち本件仮換地上に建物を再築しようとしたのに、上告人の建築禁止通告及びこれに続く本件仮換地明渡調停の申立によって建物の築造を妨げられ、その結果、賃貸借期間満了の際本件仮換地上に建物を所有することができない状態となるに至ったものであることが明らかであって、このような場合、上告人が地上の建物の不存在を理由として被上告人に借地法四条一項に基づく借地権の更新を請求する権利がないと主張して争うことは、信義則上許されないものと解するのが相当である。

【東京地裁平成13年5月30日判決】
建物不存在の理由が、賃貸人の建築妨害等賃貸人の責めに帰すべき事情による場合には、賃貸人において、借地人に借地法4条1項に基づく借地権の更新を請求する権利はないとして争うことは、信義則上許されないものと解するのが相当である。
<中略>
〈1〉被告は、原告に対し、本件建物の曳行移築を実行するために、原告が設置した本件塀を除去するように申入れていないこと、〈2〉原告は、被告の本件建物曳行移築計画を知って、それを阻止するために、あえて本件塀を設置したとまでの事実は認められないこと、〈3〉被告の主張する原告の妨害行為は平成元年のことであり、その後今日に至るまで約12年間以上、本件土地2を更地にしていたこと、〈4〉原告は被告が本件土地の上に建物を建てることに異議等を述べたことがないことを考慮すると、原告において、被告が本件土地2の上に建物を建築するのを妨害したということができず、本件土地が本件賃貸借契約期間満了時に更地であったのは、被告において建物を建てることが可能であったにもかかわらず、これを放置していたためであり、原告には責任がないというべきである。
以上によれば、被告の更新請求は理由がなく、本件賃貸借契約は期間満了により終了したと解するのが相当である。

【東京地裁平成30年10月26日判決】
借地法4条1項の法定更新が認められるためには,借地権消滅及び更新請求権行使の当時,借地上に建物が存在する必要があるが,土地所有者によって建物の築造を妨げられ,その結果,賃貸借期間満了の際,借地上に建物を所有することができない状態となるに至った場合は,土地所有者が建物の不存在を理由として,借地法4条1項に基づく借地権の更新を請求する権利がないと主張して争うことは,信義則上許されないと解するのが相当である

(2) 法定更新の要件・効果(借家の場合)
借地(建物賃貸借)の場合,次の①②いずれかが法定更新の実質的要件となります。

① 賃貸人,賃借人いずれか一方の当事者が,期間満了の1年前から6か月前までの間に相手方に対して更新をしない旨の通知(更新拒絶通知)をしなかったこと(借地借家法26条1項)。

② 上記①の通知をしても期間満了後賃借人が建物の使用を継続しこれに対し賃貸人が遅滞なく異議を述べなかったこと(借地借家法26条2項)。

なお,賃貸人からの更新拒絶通知及び異議には,後述2正当事由(借地借家法28条)が必要となります(借地借家法28条)。

上記①の「更新をしない旨の通知」(更新拒絶通知)や上記②の異議は,賃貸人がたまたまある理由を掲げていても,特段の事情のない限り、掲げられている理由のみによって賃貸借をやめる旨の意思表示ではなく,およそ賃貸借は以後一切やめるという意思表示であると解されますので(【最高裁昭和48年7月19日判決】),例えば債務不履行を理由とする契約解除通知であっても,上記①の更新拒絶通知や上記②の異議としての性質を兼ねることは否定されません。

また,上記①の「更新をしない旨の通知」(更新拒絶通知)は,期間の満了の1年前から6か月前までにしなければならないため,期間満了の「6か月前」を過ぎた後の更新拒絶の通知は,借地借家法26条1項の更新拒絶通知としては無効となりますが,更新後の賃貸借契約に対する解約申入れ(借地借家法27条1項)として有効と解されていますので,(正当事由を満たす限りにおいて)契約期間満了日の翌日から起算して6か月の経過により賃貸借契約終了の効果が生じると解されます(【東京地裁平成27年3月20日判決】【東京地裁平成29年1月17日判決】等)。

この点については,期間満了日ではなく更新拒絶通知日の翌日から起算して6か月の経過により賃貸借契約終了の効果が生じるとする見解もありますが(【東京地裁平成元年11月28日判決】),借地借家法は,基本的には「賃借人保護」の観点から賃借人に有利な解釈がされる傾向にあるところ(借地借家法30条「この節の規定に反する特約で建物の賃借人に不利なものは、無効とする」参照),賃借人としては,期間満了の6か月前までに賃貸人から更新拒絶通知がなされなかった時点で,法定更新されること及び法定更新後は期間の定めのない賃貸借契約となり更新後最低でも6か月間は建物の使用を継続できること(借地借家法27条1項)を期待しており,かかる賃借人の期待権は,(6か月前までの)更新拒絶通知を怠った賃貸人よりも優先すべきと考えられます。

したがって,やはり「6か月前まで」という更新拒絶期間を1日でも徒過した場合には,賃貸借契約終了の効果は,更新拒絶通知日からではなく,本来の契約期間満了日の翌日から起算して6か月の経過を要すると考えるべきでしょう。

なお,賃貸人からの更新拒絶通知期間を「期間満了の6か月前」より短縮する特約(「期間満了の1か月前」等)は無効ですが(借地借家法30条),賃借人からの更新拒絶通知期間を「期間満了の6か月前」より短縮する特約は賃借人に有利なので有効となります(【東京地裁平成28年9月6日判決】参照)。

逆に,「期間の満了の1年前」より前に更新拒絶の通知をした場合も更新拒絶通知としては無効となります(但し,期間満了前の合意解約の申込の意思表示としては有効と解されています。稻本洋之助ほか『コンメンタール借地借家法 第4版』[日本評論社]210頁)。

また,賃貸人からの更新拒絶通知期間を「期間満了の1年前」より前倒しする特約(「期間満了の2年前」等も,借地借家法26条1項本文で更拒絶通知期間を「期間の満了の1年前」以降とした趣旨(余りに前に通知されても賃借人が通知された期間満了時期を失念して不測の損害を被ることを防止する趣旨。借地借家法38条6項の定期借家に関するものですが【東京地裁平成30年6月28日判決】参照)に鑑み,「期間満了の2年前までに賃貸人から更新拒絶通知をすれば更新拒絶できる」という規定(意味)の場合は賃借人に不利なので無効となります。

これに対し,「期間満了の2年前までに賃貸人から更新拒絶通知をしていなかった場合は契約更新される」という規定(意味)であれば賃借人に有利なので有効となります。

また,「期間満了の2年前までに賃借人から更新拒絶通知をしなかった場合は契約更新される」という規定(意味)の場合,賃借人がうっかり更新拒絶通知を失念してしまった場合や,2年前の時点では更新したいと思っていたが,その後に事情が変わり,6か月前の時点では更新したくないと考えていたような場合でも,賃借人の意に反して契約更新されてしまう点で,賃借人に不利ともいえますが,仮に契約更新されたとしても,原則として期間の定めのない賃貸借契約ということになり(借地借家法26条1項但書),賃借人からは,更新後に解約の意思表示をすれば,3か月で賃貸借契約を終了させることができますので(民法617条1項2号),賃借人に不利とまではいえず有効と解されます。

ただし,賃借人に不利か否かは,総合的に判断されるため(【最高裁昭和44年10月7日判決】参照),例えば法定更新時の更新料の有無、期間内解約条項の有無、中途解約違約金の有無、その他賃借人の事情等によっては,賃借人に不利なものとして無効となる可能性も否定できませんので,多湖・岩田・田村法律事務所では,事案に応じ,総合的かつ慎重に判断するようにしています。

いずれにしても,法定更新されると,賃貸借契約は同一条件で更新されますが,期間については定めのないものとなりますので(借地借家法26条1項但書),以後,賃借人からは解約申入れ後3か月(民法617条1項2号),賃貸人からは解約申入れ後6か月の経過(借地借家法27条1項)により契約終了となりますが,この場合も,賃貸人からの解約申入れには,後述2正当事由(借地借家法28条)が必要となります。

【民法617条1項】
当事者が賃貸借の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合においては、次の各号に掲げる賃貸借は、解約の申入れの日からそれぞれ当該各号に定める期間を経過することによって終了する。

一 土地の賃貸借 一年

二 建物の賃貸借 三箇月

三 動産及び貸席の賃貸借 一日

【借地借家法26条】
1 建物の賃貸借について期間の定めがある場合において、当事者が期間の満了の一年前から六月前までの間に相手方に対して更新をしない旨の通知又は条件を変更しなければ更新をしない旨の通知をしなかったときは、従前の契約と同一の条件で契約を更新したものとみなす。ただし、その期間は、定めがないものとする。

2 前項の通知をした場合であっても、建物の賃貸借の期間が満了した後建物の賃借人が使用を継続する場合において、建物の賃貸人が遅滞なく異議を述べなかったときも、同項と同様とする。

3 建物の転貸借がされている場合においては、建物の転借人がする建物の使用の継続を建物の賃借人がする建物の使用の継続とみなして、建物の賃借人と賃貸人との間について前項の規定を適用する。

【借地借家法27条】
1 建物の賃貸人が賃貸借の解約の申入れをした場合においては、建物の賃貸借は、解約の申入れの日から六月を経過することによって終了する。

2 前条第二項及び第三項の規定は、建物の賃貸借が解約の申入れによって終了した場合に準用する。

【借地借家法28条】
建物の賃貸人による第二十六条第一項の通知又は建物の賃貸借の解約の申入れは、建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない。

【借地借家法30条】
この節の規定に反する特約で建物の賃借人に不利なものは、無効とする。

【借地借家法38条6項】
第一項の規定による建物の賃貸借において、期間が一年以上である場合には、建物の賃貸人は、期間の満了の一年前から六月前までの間(以下この項において「通知期間」という。)に建物の賃借人に対し期間の満了により建物の賃貸借が終了する旨の通知をしなければ、その終了を建物の賃借人に対抗することができない。ただし、建物の賃貸人が通知期間の経過後建物の賃借人に対しその旨の通知をした場合においては、その通知の日から六月を経過した後は、この限りでない。

【最高裁昭和44年10月7日判決】
上告人は被上告人と競業するパチンコ店営業を二年間同町内で行なわないことを約し、その補償として被上告人は上告人に七五万円を交付し、上告人がこれに違反したときは右金額を返還することとし、さらに、第三者が右期間内に同町内で同一営業をした場合にも上告人自身が営業をした場合と同一に取り扱うことを約したというのであり、また、本件店舗賃貸借契約は、右競業禁止契約と同時にこれと一体不可分のものとして締結され、店舗返還に関する前示特約が付されたものであるというのであって,これらの事実によれば、上告人自身に右競業禁止契約違反がなくとも、第三者が同一営業を開始し、したがって、競業禁止契約によって被上告人の意図したところが事実上達成されえなくなった場合には、右七五万円の出捐もその理由がなくなるのでこれを返還させることとし、他方、被上告人において本件店舗を賃借し占有しておくことに格別の利益もなくなるため、賃貸借契約を終了させることとしたものと解される。
このような事実関係のもとにおいては、店舗の返還に関する前記特約は、所論のように、一定の事実の発生を条件として当然に賃貸借契約を終了させる趣旨のものではあるが、借家法の規定に違反する賃借人に不利な特約とはいえず、同法六条によって無効とされるものではないと解するのが相当である。
けだし、特約が賃借人に不利なものかどうかの判断にあたっては、特約自体を形式的に観察するにとどまらず特約をした当事者の実質的な目的をも考察することが、まったく許されないものと解すべきではなく、本件のように競業禁止契約と結合された特殊な賃貸借契約において、上述の趣旨によって結ばれた特約は、その効力を認めても、賃借人の利用の保護を目的とする同法の趣旨に反するものではないということができるからである。

【最高裁昭和48年7月19日判決】
賃貸借の解除・解約の申入れは、以後賃貸借をやめるというだけの意思表示であり、その意思表示にあたりいかなる理由によってやめるかを明らかにする必要はないのであるから、賃貸人がたまたまある理由を掲げて右意思表示をしても、特にそれ以外の理由によっては解除や解約の申入れをしない旨明らかにしているなど特段の事情のないかぎり、その意思表示は、掲げられている理由のみによって賃貸借をやめる旨の意思表示ではなく、およそ賃貸借は以後一切やめるという意思表示であると解するを相当とする。
そうすると、その意思表示の当時、そこに掲げられた理由が存在しなくても他の理由が存在しているかぎり、右意思表示は存在している理由によって解除・解約の効力を生ずるものと解すべきである。
それゆえ、たとえ、無断転貸により解除する旨の意思表示がなされても、その当時、借家法一条の二【※現借地借家法28条】の正当事由が存在しているときには、右意思表示は同時に同法同条による解約申入れとしての効力をも生じているというべきである。
※【 】内は筆者加筆。

【東京地裁平成元年11月28日判決】
期間の残存する賃貸借契約において、その期間満了前に法二条一項【※現借地借家法26条1項】所定の期間は遵守していないが正当事由は具備する更新拒絶がなされた場合、どの時点において賃貸借契約が終了するかが問題となるが、法三条【※現借地借家法27条1項】が期間の定めのない賃貸借契約の借家人に六か月間の立退準備期間を保証している趣旨に鑑みれば、右更新拒絶から法定の解約申入期間六か月を経過した時点に賃貸借契約は終了するものと解すべきである。
※【 】内は筆者加筆。

【東京地裁平成27年3月20日判決】
平成23年9月30日更新後の本件賃貸借契約の期間満了日は平成25年10月31日であること,原告は,同年9月9日,被告に対し,本件賃貸借契約の更新を拒絶する旨の意思表示をしたことが認められる。
そうすると,上記の意思表示は,本件賃貸借契約の期間満了の6月前の経過後に行われたことになるから,更新拒絶としての効力を有しない(借地借家法26条1項参照)が,上記の意思表示により,原告の本件賃貸借契約を終了させる旨の意思は明示されており,その意思はその後も継続しているものと認めることができるから,本件賃貸借契約の解約申入れとしての効力を有するというべきであり,これに正当事由(同法28条)が認められる場合には,本件賃貸借契約の法定更新があったと認められる日である平成25年11月1日から6月の経過(同法27条1項)により,本件賃貸借契約は終了するものと認めるのが相当である。

【東京地裁平成28年9月6日判決】
本件賃貸借契約においては,2条3項において更新擬制の規定が設けられており,これの適用があるとすると,賃貸借期間は従前と同様2年間になることとなるが,同項は賃借人からの更新拒絶の期間を賃貸借契約終了の1か月前までにする点で賃借人保護を強化したものと解される。

【東京地裁平成29年1月17日判決】
借地借家法26条1項の要件を満たさない更新拒絶の通知であっても,更新後の賃貸借契約に対する解約申入れとして有効になるものと解される。
もっとも,解約申入れが期限の定めのない賃貸借契約についてなされるべきものであることに加え,当該更新拒絶の通知から6か月経過後に直ちに賃貸借契約終了の効果が認められるとすると,更新拒絶について6か月から1年間の猶予期間を定める借地借家法26条1項の趣旨が没却されることになることからすれば,更新拒絶の形式による解約申入れの効力は,本件賃貸借契約に定める期間満了日の翌日である平成28年4月28日から起算すべきものと解される。
そのため,当該更新拒絶に正当事由が認められる場合には,本件賃貸借契約は,遅くとも平成28年4月28日から6か月以上が経過した同年10月31日の経過により終了することになる。

【東京地裁平成30年6月28日判決】
法38条4項【※現借地借家法38条6項】本文の趣旨は,定期建物賃貸借契約においては,あらかじめ定められた期間が満了すれば,契約関係が終了し,賃借人は直ちに当該建物を明け渡さなければならないこととなるが,賃貸借期間が1年以上といった長期間に及ぶとき等には,賃借人が契約終了時期の到来を失念することもあり得ることから,期間の満了により契約が終了する旨の通知を賃貸人に義務づけ,もって賃借人の保護を図ったものと解される。
※【 】内は筆者加筆。

2.法定更新を阻止する正当事由とは
借地(土地)の場合も借家(建物)の場合も,法定更新を阻止するためには,更新拒絶の通知又は遅滞なく異議を述べる必要がありますが,この更新拒絶の通知又は異議は,いずれも「正当の事由があると認められる場合」でなければ認められません(借地につき借地借家法6条,借家につき同法28条)。

この点,正当事由の有無は,次の①〜③の事情を総合考慮して判断されますが,このうち①が主たる要素となり,②は従たる要素,③はそれ自体が正当事由を基礎付けるものではなく正当事由を補完するに過ぎないものと解されていますので,結局は, ①賃貸人及び賃借人(転借人含む)が賃貸物件の使用を必要とする事情を比較考量してどちらの必要性が大きいかという判断が中心となります(借地につき【東京高裁昭和54年3月28日判決】【神戸地裁昭和62年5月28日判決】参照,借家につき【東京高裁昭和50年4月22日判決】【東京地裁平成25年12月24日判決】【東京地裁平成26年11月7日判決】参照)。

① 賃貸人及び賃借人(転借人含む)が賃貸物件の使用を必要とする事情

② 賃貸借に関する従前の経過,賃貸物件の利用状況及び現況

③ 賃貸人が明渡しの条件として又は明渡しと引換えに財産上の給付をする旨の申出状況

上記①のうち賃借人が賃貸物件の使用を必要とする事情には,賃借人自身による建物使用の場合だけでなく,転借人による建物使用の必要性も含みますが(借地借家法28条),借地の場合に,借地上の建物の賃借人の建物使用の必要性は,借地契約が当初から建物賃借人の存在を容認したものであるか,又は実質上建物賃借人を借地権者と同一視することができるなどの特段の事情がない限り,原則として考慮されません【東京地裁令和2年9月8日判決】)。

また,上記①のうち賃貸人が賃貸物件の使用を必要とする事情は,必ずしも当該賃貸物件そのものの使用に限りません。

例えば,賃貸人が賃貸物件を取り壊して開発する(別の建物を建築する,取り壊し後の敷地を有効利用する等)場合も,「賃貸人の建物使用の必要性」に準じるものとして考慮されますが(正当事由を肯定したものとして【東京地裁平成24年8月28日判決】),取壊後の敷地を単に露天駐車場として利用するという程度の計画だと,他に建物を取り壊す差し迫った必要性(倒壊の危険等)がない限り,正当事由は認められない可能性が高いと思われます(正当事由を否定したものとして【東京地裁平成25年12月24日判決】等)。

また,「建物を取り壊して敷地を更地としたほうが高値で売却できる」とか「賃借人を退去させたほうが建物を高値で売却できる」という単なる転売目的に過ぎない場合も,転売する差し迫った必要性(滞納している固定資産税の弁済,借金返済しないと生計を維持できない等)がない限り,正当事由は認められない可能性が高いと思われます(転売目的の場合に,正当事由を否定したものとして【東京高裁昭和26年1月29日判決】【東京高裁昭和63年11月30日判決】,正当事由を肯定したものとして【東京高裁平成12年12月14日判決】【東京地裁平成17年7月20日判決】【東京地裁平成27年8月5日判決】【東京地裁平成29年1月19日判決】参照)。

【借地借家法6条】 前条の異議は、借地権設定者及び借地権者(転借地権者を含む。以下この条において同じ。)が土地の使用を必要とする事情のほか、借地に関する従前の経過及び土地の利用状況並びに借地権設定者が土地の明渡しの条件として又は土地の明渡しと引換えに借地権者に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、述べることができない。

【借地借家法28条】
建物の賃貸人による第二十六条第一項の通知又は建物の賃貸借の解約の申入れは、建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない。

【東京高裁昭和26年1月29日判決】
賃貸人がその家計上売却換価の必要があり、有利に換価するには空家とする必要があるという事実だけでは、賃貸借解約の正当の事由と認められない

【東京高裁昭和50年4月22日判決】
借家法一条の二【※現借地借家法28条】にいう「正当の事由」とは賃貸借当事者双方の利害関係その他諸般の事情を総合考慮し、社会通念に照らし妥当と認むべき事由をいうのであるから、賃貸人および賃借人双方の利害得失を比較考量して決すべきである。
※【 】内は筆者加筆。

【東京高裁昭和54年3月28日判決】
借地法四条一項【※現借地借家法5条1項,6条】あるいは六条一項、二項【※現借地借家法5条2項,6条】所定の異議について必要とされる正当事由の存否を判断するにあたっては、土地所有者側及び借地人側の土地使用の必要性等双方の事情を比較考量して考察すべきことは当然であるが、さらに、右借地権が設定されるに至った経緯、右借地関係の存続中における経済的関係及び信頼関係の実情、借地期間満了時の前後において借地関係を消滅させ又は存続させるために当事者がとった措置、土地所有者の土地明渡請求の態様等の諸般の事情も考慮されるべきものと解され、土地所有者が異議を述べた後になって正当事由の充足のため借地人に対しその土地明渡による損失の一部又は全部の補償である立退料の支払をする旨の意思表示をした事実も、当事者の利害の比較考量の資料として参酌されるべきである。
また,右の正当事由は、借地期間満了の時ないし土地所有者が異議を述べた時(基準時)までの事実関係を主たる要素としてその存否を判断するのを原則とすべきであるが、右の基準時から著しく隔っていない時期に生じた諸事実も、右基準時において予想し得たものである場合及び右基準時における正当事由の存否の徴憑たり得るものである場合には、これを補完的に考慮するのが相当である。
※【 】内は筆者加筆。

【神戸地裁昭和62年5月28日判決】
更新拒絶にあたっての正当事由存否の判断基準は、結局のところ、貸地人と借地人の両者の必要事情を比較衡量していずれの使用必要事情を是認するのが相当かを決すべきである。

【東京高裁昭和63年11月30日判決】
控訴人が本件建物の明渡しを求める理由は、控訴人自ら又はその家族等が直接これに居住して使用する必要があるというのではなく、本件建物及びその敷地をできるだけ高価で他に売却し、その売却代金で債務を整理し、特に、実姉に対する金600万円の債務を現実に弁済する必要があるというところに帰着する。
<中略>
確かに、一般に建物とその敷地を売却する場合、建物賃借権の付着したままでは売却しにくく、また、その売却価格も低く押さえられるであろうことは経験則上明らかであり、その意味で被控訴人に本件建物を明け渡してもらったほうが、それだけ高価に売却でき、ひいては控訴人の債務もそれだけ減少させることができるという利益の生ずることは争えないが、もともと、控訴人の本件建物及びその敷地の売却の目的が前記認定のとおりである以上、本件の正当事由を判断するについて、右の点をそれほど重視するのは相当でないといわざるを得ない。

【東京高裁平成12年12月14日判決】
控訴人は、A銀行に対し250万円の債務を負い、年間約72万円の利息を支払っている。
この債務を返済するための資産としては本件建物とその敷地の借地権しかない。
本件建物を賃貸しているだけでは、元金の返済はおぼつかないのであるから、控訴人としては、元金の返済のためには、本件建物とその敷地の借地権を売却する必要があるといわざるをえない。
そして、本件建物は、どんなに近くとも昭和8年ころ建築された建物であるから、経済的な効用を全うし、すでに建替時期が来ていることは明らかである。本件建物のままでは、これを買い受けた者は一か月10万円程度の賃料が得られるのみである。
それ以上の賃料を得、又は自己で使用することによって経済的利益を得ようとすれば、建替えは不可避である。
それのみならず、本件建物が朽廃することになれば、借地権を失うことになるのであるから、借地権を確保するためにも建替えが必要である。
建物を建て替え、新たな建物で高い利益を得るためには、まず現在の賃借人の明渡しを得る必要がある。
建物に賃借人がいるままでは、正当な目的で、本件建物とその敷地の借地権を買い受けようとする者は現れないものと予想される。
したがって、控訴人には、被控訴人らに対し本件建物の明渡しを求める必要性と合理性がある。

【東京地裁平成17年7月20日判決】
被告は賃料の遅滞を繰り返し、少なくとも平成4、5年の滞納時及び平成15年の滞納時には原告が解除権を行使することが可能な状況にあったことは明らかであり、この事実は、解約の正当事由の判断において重視すべきものである。
この事情に、原告が約1600万円に及ぶ滞納税を支払うためにはマンションとその敷地を売却処分せざるを得ない状況にあり、売却処分のためにはマンションの取壊しを前提とすることが有効であること、原告は被告に対し立退料として70万円の支払を申し出ていることの事情を加えれば、原告の本件賃貸借契約の解約の申入れには正当事由があるというべきである。

【東京地裁平成24年8月28日判決】
原告の再開発計画は,原告自身が本件建物を直接に使用するというものではない
もっとも,建物の返還を受け,これを取り壊し,敷地上に新たに建物を建築するということも,それのみでは評価は低いが,賃貸人の建物使用の必要性に準じるものとして考慮することができないわけではない。

【東京地裁平成25年12月24日判決】
建物の賃貸人による更新拒絶の通知は,〔1〕建物の賃貸人及び賃借人が建物の使用を必要とする事情のほか,〔2〕建物の賃貸借に関する従前の経過,建物の利用状況及び建物の現況並びに〔3〕建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して,正当の事由があると認められる場合でなければ,することができない(借地借家法附則12条,借家法1条の2)。
そして,この正当事由の有無の判断に当たっては,上記〔1〕を主たる要素とし,上記〔2〕及び〔3〕は従たる要素として考慮すべきであり,上記〔3〕については,それ自体が正当事由を基礎付ける事実となるものではなく,他の正当事由を基礎付ける事実が存在することを前提に,当事者間の利害の調整機能を果たすものとして,正当事由を補完するにすぎないものであると解するのが相当である。
<中略>
原告は,本件建物につき,自己使用の必要性はないが,耐震性能の点で問題があることから,直ちに取り壊す必要がある,取壊し後の敷地については,建物を再築することは考えておらず,収入が少なくとも構わないので,費用の支出やその他の管理面で負担の少ない駐車場として利用していくことを想定している旨を主張している。
このような主張内容のほか,原告からは上記の駐車場について具体的に計画を立てていることを裏付け得るような証拠の提出がないことにも照らすと,原告には,本件建物を取り壊したとして,その敷地につき,差し迫った自己使用の必要性があるとは認められず,原告が本件建物を必要とする事情(被告に対して不随意の立退きを求める事情)については,専ら,その耐震性能(これは,上記〔2〕の事情のうちの「建物の現況」に属する事情である。)を理由として,本件建物を取り壊す必要性がどの程度あるかにかかっているものと認められる。
<中略>
原告には,本件建物を自己使用し,あるいは本件建物を取り壊した後の敷地を利用する差し迫った必要性がないのであるから,本件建物の耐震性能等,従たる考慮要素である上記〔2〕の各事情について,それでもなお被告の立ち退きを肯定すべき相当程度の事情が認められなければ,正当事由は容易には認め難いというべきである。

【東京地裁平成26年11月7日判決】
建物の賃貸人による解約申入れの通知は,〔1〕建物の賃貸人及び賃借人が建物の使用を必要とする事情のほか,〔2〕建物の賃貸借に関する従前の経過,建物の利用状況及び建物の現況並びに〔3〕建物の賃貸人が建物明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して,正当の事由があると認められる場合でなければ,することができない(借地借家法28条)。
そして,この正当事由の有無の判断に当たっては,上記〔1〕を主たる要素とし,上記〔2〕及び〔3〕は従たる要素として考慮すべきであり,上記〔3〕については,それ自体が正当事由を基礎付けるものではなく,他の正当事由を基礎付ける事実が存在することを前提に,正当事由を補完するにすぎないものであると解するのが相当である。

【東京地裁平成27年8月5日判決】
被告は,本件建物を賃貸(転貸)して賃料を得ているにすぎないものであるから,本件建物を使用する必要性としては,本件建物を転貸して経済的利益を得ることに尽きるところ,その経済的利益は月額3万3000円(13万3000円-10万円)にすぎず,本件契約の終了によって被告の経営に影響を及ぼすような重大な不利益が生ずるものとは認められない。 
また,原告が転借人に対する被告の地位を引き受ける立場に立つことは前述のとおりであるから,転借人の事情(その保護の必要性)を考慮する必要性はない。
原告側の事情(本件建物を占有負担のない形で売却するために本件契約を終了させる必要性)は,本来的な意味での自己使用の必要性をいうものではなく,それだけで正当事由を充足するということはできないが,他方,被告側にとっても本件建物を使用する強い必要性があるわけではなく,これらの事情を総合すれば,相当額の立退料を支払わせることで,正当事由を補完することができるというべきである。
そして,その立退料の額は,これまでに認定した一切の事情及び賃料相当損害金の支払義務の状況等を総合勘案して,50万円と認めるのが相当である。
ところで,原告は,本件建物の「明渡し」を求めているが,本件建物は転借人のAが使用占有しており,同人に対する被告の地位を引き受ける立場にあることは前述のとおりである。
そうすると,本件において,本件建物の明渡請求をそのまま認容するのは適切でなく,指図による占有移転を命ずるべきである(原告の請求は,黙示的にそのような申立てを含んでいると解される。)。
そこで,被告に対し,原告から立退料50万円の支払を受けるのと引換えに,Aに対して有する本件建物の返還請求権を譲渡すること及びAに対し指図による占有移転の通知をすることを命ずることとする。
※判決主文⇒「被告は,原告から50万円の支払を受けるのと引換えに,Aに対して有する別紙物件目録記載の建物の返還請求権を原告に譲渡し,かつ,上記Aに対し以後同建物を原告のために占有すべき旨を通知せよ」。

【東京地裁平成29年1月19日判決】
原告は,被告より本件建物の明渡しを受けて本件アパート及びその敷地を転売することを希望しているところ,本件アパートは築後48年を経過した耐震性に問題のある建物であり,その耐震補強を行うには本件アパートの建て替えと同程度の費用を要すること,本件アパートの被告以外の入居者らは既に本件アパートから退去していることから,原告が被告より本件建物の明渡しを受ける必要性は高いいうことができる。
他方,被告は,引っ越しに要する費用につき原告からその支払を受けることができれば,本件建物と同様の条件の物件に転居することは可能であり,本件建物に継続して居住する必要性は比較的低いということができる。
そして,被告は,生活保護受給者であるところ,原告による更新拒絶の正当事由を補完する財産上の給付としては,上記引っ越しに要すると考えられる費用その他本件に表れた一切の事情を考慮し,その額を35万円と認めるのが相当である。

【東京地裁令和2年9月8日判決】
借地権者が土地の使用を必要とする事情の有無は、借地権者自身の使用の必要性を基準に判断すべきであり,借地上の建物賃借人の事情を考慮することは原則として許されず,例外的に建物賃借人の事情を斟酌することができるのは,借地契約が当初から建物賃借人の存在を容認したものであるか,又は実質上建物賃借人を借地権者と同一視することができるなどの特段の事情がある場合に限られると解するのが相当である(最高裁昭和56年6月16日第三小法廷判決・集民133号47頁参照)。

3.正当事由の判断基準時
正当事由は,更新拒絶通知又は解約申し入れをした時点で存在する必要があり,かつ借家の場合はそれが期間満了時まで継続することを要すると解されています(澤野順彦『借地借家の正当事由と立退料』[新日本法規]51頁参照),【東京地裁平成27年2月5日判決】【東京地裁平成27年11月18日判決】。なお,立退料の申出は更新拒絶通知時にしていなくても良いことは後述5参照)。

従って,更新拒絶通知又は解約申し入れをした時点で存在しなかった事情は,たとえ当該事情が事後的に生じても当該更新拒絶通知又は解約申し入れの有効性(正当事由の有無)を判断する際に原則として考慮されませんが(【最高裁昭和28年12月24日判決】),借家の場合は,賃貸人がその後引き続き明渡を請求するうち事情が変ったため正当事由を具備し,かつ,その時から6か月を経過したときは,その時点で解約申し入れによる契約終了の効果が生じると解されています(【最高裁昭和42年10月24日判決】)。

なお,借地の場合も,更新拒絶通知又は解約申し入れをした時点(基準時)から著しく隔っていない時期に生じた事情も,基準時において予想し得た事情である場合及び基準時における正当事由の存否を推認する証拠となり得る場合補完的に考慮されることは必ずしも否定されません(前掲【東京高裁昭和54年3月28日判決】)。

もっとも,あくまで更新拒絶通知時点で正当事由が存在してさえいればよく,その具体的内容を通知することまで要求されているわけではありませんので,正当事由の具体的内容(更新拒絶の理由)まで賃借人に通知せず,又は別の理由を通知していた場合でも,その通知時点で正当事由が存在している限り更新拒絶通知は有効となります(前掲【最高裁昭和48年7月19日判決】参照)。

ただし,更新拒絶の通知時点で存在・認識していた正当事由を特に主張せず又は他の正当事由を主張していた場合に,後から別の正当事由を追加して主張することは若干問題があります。

この点は,あくまで多湖・岩田・田村法律事務所としての私見ではありますが,これはいわば,解雇理由通知書(労働基準法22条2項)の発行後に,同理由書に記載のない解雇理由を後付けしても,解雇の有効性の判断の際に考慮され難いというケースに似ているような気がします。

すなわち,当初主張していなかった正当事由につき,「これだけでは正当事由として弱い」と感じて,仕方なく後付けで別の理由(「耐震性不足」「建替計画」等)を持ち出した(籍口した)との印象を与える恐れがないとも言えません。

例えば,【東京地裁平成27年11月18日判決】でも,建物の耐震強度や損傷の内容・程度について調査をすることなく,また,建替工事と耐震補修工事のいずれが相当かについて比較検討することなく,建物の入居者に対し,単に東日本大震災により甚大な損傷を被ったため取り壊す必要があるとして退去を促し,これに対し,具体的な建替計画を欠くとの指摘を受けて建物の取壊し後の建築計画図面を作成したこと,そしてその内容も計画の概要をごく簡潔に示すものにすぎず,建物の取壊費用も含めた全体の資金計画についての立証もないこと等を理由に,「本件建物の具体的な建替計画の検討が進んでいるとはいい難い」等として,正当事由を否定しています。

また,当初の解約申し入れ時点で通知した理由とは別の理由を後日通知したケースで,当初の解約申し入れ時点ではなく,当該正当事由を通知した時点で新たな解約申し入れがされたものと判断した裁判例(【東京高裁平成12年12月14日判決】)もあります。

従って,多湖・岩田・田村法律事務所では,更新拒絶通知または解約申入れをする時点で,できる限り具体的な疎明資料(建築計画,耐震診断書等)を整えておき,それに基づく正当事由の主張を更新拒絶通知または解約通知に組み込んでおくように助言しています

【最高裁昭和28年12月24日判決】
借家法一条の二【※現借地借家法28条】による解約の申入に正当の事由があるか否かは、右申入の効力発生当時における事情に従って判断すべきであって、爾後に生じた事情の如きはこれを斟酌すべきものでない
※【 】内は筆者加筆。

【最高裁昭和42年10月24日判決】
正当事由に基づく賃貸借の終了を原因とする建物明渡の請求訴訟において、たとえ賃貸人の解約申入当時正当事由がなくとも、賃貸人がその後引きつづき明渡を請求するうち事情が変ったため正当事由があることになり、かつ、その時から口頭弁論終結当時までに六月を経過したときは、裁判所は右請求を認容すべきことは、当裁判所の判例とするところである(最高裁判所昭和二七年(オ)第一二七〇号、同二九年三月九日第三小法廷判決、民集八巻三号六五七頁)。
ところで、被上告人は、自己使用の必要上、上告人に対し、本件家屋の賃貸借の解約申入を昭和三五年八月二二日にしたのであるが、おそくとも右解約申入後である同三六年一一月頃(被上告人の妻の姉が実家からアパートに転居した時)からは正当事由があつたものというべく、しかもその後六月の間に右の事情に変わりがなかったことは、原審が適法に認定判断したところである。
そうとすれば、被上告人が右解約申入を理由として上告人Aに対し昭和三五年一一月一八日本件明渡請求訴訟を提起していることが明らかな本件においては、前記説示に照らし、本件賃貸借は、昭和三六年一一月の終より六月の経過とともに終了したというべきである。

【東京高裁平成12年12月14日判決】
※控訴人は、当初,自ら本件建物に居住する必要が生じたことを理由として本件建物賃貸借契約(建物賃料は月10万5000円)の解約を申し入れ,その後、本訴において、平成11年10月12日の口頭弁論期日に陳述された同月8日付け準備書面で、銀行に対する借入金の返済のため本件建物及びその敷地の借地権を売却する必要があることを主張した事案。

控訴人は、銀行に対し2650万円の債務を負い、年間約72万円の利息を支払っている。
この債務を返済するための資産としては本件建物とその敷地の借地権しかない。
本件建物を賃貸しているだけでは、元金の返済はおぼつかないのであるから、控訴人としては、元金の返済のためには、本件建物とその敷地の借地権を売却する必要があるといわざるをえない。
そして、本件建物は、どんなに近くとも昭和8年ころ建築された建物であるから、経済的な効用を全うし、すでに建替時期が来ていることは明らかである。
本件建物のままでは、これを買い受けた者は1か月10万円程度の賃料が得られるのみである。それ以上の賃料を得、又は自己で使用することによって経済的利益を得ようとすれば、建替えは不可避である。
それのみならず、本件建物が朽廃することになれば、借地権を失うことになるのであるから、借地権を確保するためにも建替えが必要である。
建物を建て替え、新たな建物で高い利益を得るためには、まず現在の賃借人の明渡しを得る必要がある。
建物に賃借人がいるままでは、正当な目的で、本件建物とその敷地の借地権を買い受けようとする者は現れないものと予想される
したがって、控訴人には、被控訴人らに対し本件建物の明渡しを求める必要性と合理性がある
<中略>
控訴人が、解約申入れの正当事由として本件建物及びその敷地の借地権の売却の必要性を明らかにしたのは、平成11年10月8日付け準備書面が初めてである(原審において同年4月9日に行われた本人尋問では、控訴人は、借地権を売却して銀行の借金を返すことは考えていないと述べている。)。
本件建物を自ら使用するというのと売却するというのでは、その必要性の判断に差が生じうる
したがって、本件では、右準備書面が陳述された平成11年10月12日に、控訴人から被控訴人らに対し新たな解約申入れがされたものとし、右解約申入れは、先に述べたとおり、立退料の支払により正当事由を具備するものと判断する。
<中略>
控訴人は,立退料として500万円の提供を申し出ており、最終的な金額は裁判所の判断に任せると述べている。
そこで、立退料の金額について検討する。
控訴人と被控訴人らとの間の賃貸借は、それぞれの前主ないし前々主からの期間を通算すると、50年以上にも及んでいる。したがって、賃貸借の目的は十分達したともいいうるものである。
被控訴人らが本件建物を使用する必要性のうち、住居としての必要性についてみれば、引越料その他の移転実費と一定期間の転居後の賃料と現賃料との差額が、必要性を補填するものとして認められるべきものである。
また、店舗としての必要性についてみると、本件建物の一階店舗部分にかけた改装工事費と一定期間の所得の補償が、必要性を補填するものとして認められるべきものである。
これ以上に、高額な敷地権価格とわずかな建物価格の合計額を基に、これに一定割合を乗じて算出されるいわゆる借家権価格によって立退料を算出するのは、正当事由があり賃貸借が終了するのに、あたかも賃借権が存在するかのような前提に立って立退料を算定するもので、思考として一貫性を欠き相当ではない。
先のような観点から算定すると、立退料としては、600万円を上回ることはないものと認められる(改装工事費のうち240万円(一部は償却済みでありその残額)と100万円の所得の二年分移転実費(40万円)、賃料差額を一か月5万円としてその二年分(120万円)を合計したものである。)。
したがって、600万円を提供することによって控訴人の解約申入れは正当事由を具備するものと認めるべきである。
なお、賃貸借契約の終了日は、平成11年10月12日から六か月を経過した平成12年4月12日である。

【東京地裁平成27年2月5日判決】
原告は,本件建物を取り壊し,新たに建物を2戸建築することを計画している旨主張するが,本件解約申入れの意思表示を記載した書面には,明渡しを求める正当事由として,同計画がある旨の記載はなく,平成26年11月19日に被告に送達された「訴の一部 変更の申立」と題する書面により、原告から追加で主張されるに至ったものである。
被告も指摘するように,建物の賃貸借契約の解約申入れにおける正当事由は解約申入時から解約申入期間の満了時まで存続する必要があると解されることからすると,本件解約申入れについての正当事由の有無を判断するに当たり,原告に建物の新築計画があるとの点を考慮することはできない。 

【東京地裁平成27年11月18日判決】
平成24年10月2日に各被告に対し解約申入れがされたことを前提に,本件各賃貸借契約につき,同日からその6か月後である平成25年4月2日までの間,解約申入れの正当事由が存在したかを検討することとする。
<中略>
原告は,東日本大震災により本件建物の内装に天井ボードの一部が破損するなどの損傷が発生したことを受け,その約1か月後である平成23年4月20日に,本件建物の耐震強度や損傷の内容・程度について調査をすることなく,また,建替工事と耐震補修工事のいずれが相当かについて比較検討することなく,本件建物の入居者に対し,東日本大震災により本件建物が修復困難かつ甚大な損傷を被ったため速やかに取り壊す必要があるとして,わずか8日後である同月28日までに本件建物を退去するよう依頼したこと,これに対し,被告らが本件建物の倒壊の危険について何ら説明がないことなどを指摘したことから,原告は,同年6月7日に本件建物の入居者向けに本件建物の閉鎖及び取壊しについての説明会を開催したが,この間にも本件建物の耐震診断等の調査を行わず,同説明会の開催後にようやく耐震診断を行い,これに基づき本件報告書が作成されたことが認められる。
これらの経過に鑑みると,平成23年4月20日に被告らに対し明渡しを求めた時点において,本件建物の倒壊の危険及び取壊しの必要があるとの原告の判断は,十分な客観的,科学的根拠に基づかないものであったというべきである。
<中略>
原告が本件建物の取壊し後の建築計画として示すもの(平成26年4月11日付けの原告準備書面に添付された図面等)は,被告らから具体的な建替計画を欠くとの指摘(被告の同年1月16日付け準備書面(4),被告広進の同月17日付け被告準備書面(3))を受けたことから同月24日付けで作成されたものであり,平成25年4月2日までの間に具体的な建替えが計画されていたことを示すものではない
そして,その内容も計画の概要をごく簡潔に示すものにすぎず,本件建物の取壊しのめどが立たない状況にあるとはいえ,本件建物の取壊費用も含めた全体の資金計画についての立証もないから,本件建物の具体的な建替計画の検討が進んでいるとはいい難い。
よって,本件建物の耐震補修工事の工事内容及び費用はもとより,本件建物の取壊し及び建替工事の工事内容及び費用についての原告の主張・立証も具体性を欠くというべきであり,耐震補修工事が建替工事と比較して経済合理性を欠くことについての立証は不十分といわざるを得ない。
そうすると,本件建物の建替えの必要性を理由に,原告が本件建物を使用する必要性が高いと認めることはできず,これを正当事由の判断要素として斟酌することは相当ではない

4.立退料とは
賃貸人側の必要性のほうが大きいとしても,それだけで即「正当事由」が認められるわけではなく,裁判実務上は,一定の立退料の支払い(借地借家法6条及び28条「財産上の給付をする旨の申出」)によりはじめて正当事由を満たすと判断されることが多いと思われます。

裁判実務における立退料(「財産上の給付」)は,それ自体が正当事由を基礎付ける事実となるものではなく,「正当事由を補完するもの」(【東京高裁昭和50年4月22日判決】)とか「正当事由に準じる程度の事情が認められる場合にこれを補完するもの」(【東京地裁平成25年10月25日判決】)と解されています。

また,立退料の金額については,他の諸般の事情と総合考慮され,相互に補完しあって正当事由の判断の基礎となるものであるから,解約申入れが金員の提供を伴うことによりはじめて正当事由を有することになると判断される場合であっても,その金員が明渡しによって賃借人の被るべき損失の全てを補償するに足りるものでなければならないわけではなく【東京高裁平成2年5月14日判決】【東京地裁平成24年1月27日判決】),「立退料の額を算定するに当たっては,移転実費のほか,借家権そのものが有する財産的価値(借家権価格)及び営業上の損失に対する補償額を考慮した上,そのうち立退料以外の事情による正当事由の充足度を踏まえた一定額とするのが相当」(【東京地裁平成26年7月1日判決】)とされています。

従って,裁判実務では,賃貸人側の必要性及び賃借人側の必要性(=正当事由の充足度)と立退料の支払義務の有無及びその額は相関関係にあり,賃貸人側の必要性が低ければ(賃借人側の必要性が高ければ)立退料は高額となり,逆に賃貸人側の必要性が高ければ(賃借人側の必要性が低ければ)立退料は低額になる傾向にあります。

あくまで立退料は正当事由を「補完するもの」であるため,極端に言えば,正当事由の充足度が100%の場合には立退料を支払わずして立退きが認められることもあり得ますし(【東京地裁平成2年3月8日判決】【東京地裁平成27年3月20日判決】等),逆に正当事由の充足度(明渡しの必要性)が極めて低い場合には,いくら高額の立退料を申し出ても正当事由が具備されるということは通常ありません(澤野順彦『実務解説 借地借家法』[青林書院]386頁,【東京地裁平成25年12月24日判決】【東京地裁平成26年11月7日判決】前掲【東京地裁平成27年11月18日判決】【東京地裁令和4年5月24日判決】等)。

もっとも,実務上は,賃借人側に何ら非がないケースで立退料無しで正当事由及び明渡しを認める裁判例は比較的稀と言ってよく,明渡しを認容する場合でも一定の立退料の支払いとの引換給付判決になる場合がほとんどです。

なお、立退料の代わりに又は立退料に加えて,一定期間の賃料の免除を提案することもありますが,これも実質的には「財産上の給付」の一種として考慮されるケースがあります(【東京高裁昭和51年2月26日判決】)。

【借地借家法6条】 前条の異議は、借地権設定者及び借地権者(転借地権者を含む。以下この条において同じ。)が土地の使用を必要とする事情のほか、借地に関する従前の経過及び土地の利用状況並びに借地権設定者が土地の明渡しの条件として又は土地の明渡しと引換えに借地権者に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、述べることができない。

【借地借家法28条】
建物の賃貸人による第二十六条第一項の通知又は建物の賃貸借の解約の申入れは、建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない。

【東京高裁昭和50年4月22日判決】
※結論としては「上告人において立退料の金額いかんによっては本件建物を明渡してもよいとの態度を示すか立退料として原判決認定額より相当大幅に上回る金額を被上告人において提供する用意があるとかの特段の事情が存しない以上、到底被上告人の本件賃貸借契約解約申入れに正当の事由があると認めることはできない」と判示し,正当事由を認めた原判決を破棄。

正当事由を補完するものとされるいわゆる立退料などの金員の支払いを命ずる裁判は、当該建物の明渡をめぐる当事者双方の側における必要性の度合を、解約の意思表示がなされた時点において、あらゆる事情を綜合して判断するにあたり賃貸人側の自己使用の必要性が相当程度認められるが、未だ借家人側のそれに比して劣る場合に、借家人が転居可能の状態にあり、かつ双方の事情から判断して相当と認められる転居に伴う費用その他の不利益補償を賃貸人が提供する用意があると認められるときは、正当事由を補完する事情の一として賃貸人側に正当事由による解約申入の効力を認めるという趣旨のものであるから、右金額の決定は、賃貸借契約成立の時期および内容、その後における建物利用関係、解約申入当時における双方の事情を綜合比較考量して裁判所がその裁量によつて自由に決定しうる性質のものというべく、いわゆる借家権の価格相当額はこれが判断の一資料とはなしえても必ずしも右金額に拘束されるものではないし、また、賃貸人においてこれを支払う意思がある以上、通常人の到底受諾しがたい禁止的巨額を定める等裁量権逸脱のないかぎり、右金額の決定は裁判所が自由にこれをなしうるものと解するのが相当である。
したがって原判決が、被上告人の提示する金三〇万円の立退料金額を超過する金一二〇万円の支払いを命じたからといつて弁論主義に反し、借家法一条の二【※現借地借家法28条】の解釈適用を誤ったとか、右金額の決定につき証拠に基づかずに認定した違法があるということはできない。
※【 】内は筆者加筆。

【東京高裁昭和51年2月26日判決】
※判決主文:被控訴人は控訴人に対し、昭和五一年一二月末日限り控訴人から金一六九〇万円の支払を受けると引換えに、かつ昭和五〇年三月一日から昭和五一年一二月末日までの地代相当損害金の支払債務の免除を条件に、別紙物件目録(二)記載の建物を収去して、同目録(一)記載の土地の明渡をせよ。

控訴人の第二次的請求は、被控訴人に対する金員給付額を一六九〇万円としたうえ、控訴人の申立のとおりの自制のもとに理由がある。

【東京地裁平成2年3月8日判決】
原告においては、本件土地の周辺の客観的な状況の変化等に応じ、本件倉庫その他本件土地の上に存する建物を取り壊し、その跡に近代的な建築物を建設し、もって本件土地を有効に活用する必要があるものと認められ、したがって、原告の被告に対する本件倉庫の賃貸借契約の更新拒絶については正当の事由があると認めるのが相当である。

【東京高裁平成2年5月14日判決】
本件更新拒絶の正当事由を補完するための立退料は金二億八〇〇〇万円を相当と認定判断する。なお、補完金であるから、右金額が、損失補償として過不足があるか否かは問わない

【東京地裁平成24年1月27日判決】
立退料の提供は,他の諸般の事情と総合考慮され,相互に補完しあって正当事由の判断の基礎となるものであるから,解約申入れが金員の提供を伴うことによりはじめて正当事由を有することになると判断される場合であっても,その金員が明渡しによって賃借人の被るべき損失の全てを補償するに足りるものでなければならない理由はない

【東京地裁平成25年10月25日判決】
地震による倒壊のおそれを主な理由として建物賃貸借の解約申入れをいう本件においては,倒壊のおそれや補修工事の不能又は困難,経済的合理性の欠如は原告において主張立証すべきであるところ,本件においてこれが立証されているということはできないから,本件の解約申入れが正当事由を具備しているということはできない。
なお,原告は,予備的に立退料の支払を条件とする請求もするが,立退料は正当事由に準じる程度の事情が認められる場合にこれを補完するものであるところ,上記の認定判断によれば,これが立証されているということもできないから,予備的請求も認容することはできない。

【東京地裁平成25年12月24日判決】
建物の賃貸人による更新拒絶の通知は,〔1〕建物の賃貸人及び賃借人が建物の使用を必要とする事情のほか,〔2〕建物の賃貸借に関する従前の経過,建物の利用状況及び建物の現況並びに〔3〕建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して,正当の事由があると認められる場合でなければ,することができない(借地借家法附則12条,借家法1条の2)。
そして,この正当事由の有無の判断に当たっては,上記〔1〕を主たる要素とし,上記〔2〕及び〔3〕は従たる要素として考慮すべきであり,上記〔3〕については,それ自体が正当事由を基礎付ける事実となるものではなく,他の正当事由を基礎付ける事実が存在することを前提に,当事者間の利害の調整機能を果たすものとして,正当事由を補完するにすぎないものであると解するのが相当である。
<中略>
本件更新拒絶の意思表示は,本件建物を使用する積極的な事情の認められない原告が,本件店舗の使用を必要とする相当に切実な事情があるというべき被告に対して,不随意での立退きを求めるものである。
したがって,上記〔2〕の事情に関して,それでもなお被告の立ち退きを肯定すべき相当程度の事情が認められなければ,その正当事由は容易には認め難いというべきであるが,原告が主として主張する本件建物の耐震性能の問題は,証拠上は,それが直ちに本件建物を取り壊す必要性を肯定できる程度にまで至っていると認めるに足りず,その他,建物の賃貸借に関する従前の経過,建物の利用状況及び建物の現況について,上記の正当事由を肯定するに足りる事情は認められない。
確かに,本件建物は既存不適格の建物であり,耐震診断の結果等に照らしても,耐震補強工事を施すことが望ましく,また,従前の賃料が比較的低廉であったことなどにも照らせば,その費用を原告のみが負担することが相当とも断じ切れないところがある(なお,耐震性能の問題から本件店舗の使用収益に具体的支障が生じていると認めるに足りないから、現状において,被告から原告に対して一方的に本件建物の耐震補強工事を求められるものではないと解される。)が,本件建物の耐震性能の問題に対処する措置を,いつ,どの程度行うかは,原告と被告を始めとする本件建物の賃借人との話合い等によって解決すべき問題であって,現状において,上記の措置につき,被告に不随意での立退きを求めて本件建物を取り壊すとの選択を採ることが,正当であるというべき事態にまで至っていると認めることはできない。
なお,原告は,本件建物に耐震改修工事をして使用を継続する方法には合理性がなく,極めて非現実的である旨をも主張しているが,以上の認定説示したところを踏まえると,この点についても,原告によって上記の判断を左右するに足りる主張,立証がなされたとは認められない。 
原告は,本件建物の明渡しと引換えに,2985万円の給付をする旨を申し出ているが,上記で説示したように,この申し出については,それ自体が正当事由を基礎付ける事実となるものではなく,正当事由を補完するにすぎないものである。
そして,上記のとおり,本件更新拒絶の通知については,その正当事由を基礎付ける事実がおよそ認められないのであるから,原告の上記立退料の申し出によってもなお正当事由を認めることはできない

【東京地裁平成26年7月1日判決】
立退料の額を算定するに当たっては,移転実費のほか,借家権そのものが有する財産的価値(借家権価格)及び営業上の損失に対する補償額を考慮した上,そのうち立退料以外の事情による正当事由の充足度を踏まえた一定額とするのが相当である。

【東京地裁平成26年11月7日判決】
建物の賃貸人による解約申入れの通知は,〔1〕建物の賃貸人及び賃借人が建物の使用を必要とする事情のほか,〔2〕建物の賃貸借に関する従前の経過,建物の利用状況及び建物の現況並びに〔3〕建物の賃貸人が建物明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して,正当の事由があると認められる場合でなければ,することができない(借地借家法28条)。
そして,この正当事由の有無の判断に当たっては,上記〔1〕を主たる要素とし,上記〔2〕及び〔3〕は従たる要素として考慮すべきであり,上記〔3〕については,それ自体が正当事由を基礎付けるものではなく,他の正当事由を基礎付ける事実が存在することを前提に,正当事由を補完するにすぎないものであると解するのが相当である。
<中略>
本件建物の使用者は被告だけとなり,本件建物の有効利用が図られていない面があることは確かであるが,原告は,本件建物の建替えが必要であるとの判断のもと,他の賃借人を退去させ,このような現状を招いたのであるから,本件建物の利用状況から,正当事由を基礎付ける事情を見出すことはできない。
<中略>
本件解約申入れは,本件貸室を使用する積極的な事情の認められない原告が,本件貸室の使用を必要とする切実な事情がある被告に対して,不随意での立ち退きを求めるものであるということができる。
したがって,上記〔2〕の事情に関して,それでもなお被告の立ち退きを肯定すべき相当程度の事情が認められなければ,正当事由は容易には認め難いというべきである。 原告が主張する本件建物の老朽化及び耐震性能の欠如の問題は,証拠上は,耐震補強工事により本件建物の維持は可能であるということができ,直ちに本件建物を取り壊して建て替える必要性を肯定できるまでには至っていない。
<中略>
原告は,耐震補強工事をする場合には,本件耐震診断で示された約740万円の耐震補強工事費以外にも2500万円ないしは3000万円程度の費用を要することは容易に想定可能であり,建物の新築費が5000万円程度と見込まれることと比較すれば,建て替えを選択することは経済的に合理的であると主張する。
しかしながら,そもそも,本件耐震診断においては,耐震補強工事費用の見積もりにつき,「古い建物のため不確定要素が多く,詳細な調査によって想定外の費用が必要となる場合があります。」との注意書きがある程度であって,2500万円ないし3000万円の追加費用がかかるというのは原告の推測にすぎない。
また,一級建築士の意見書によれば,本件耐震診断で提示されている耐力壁等の単価は過大であり,耐震改修工事費は300万円程度で足りるとの意見が示されており,この意見書がおよそ客観性を欠くものとはいえないことからすれば,本件耐震診断において提示された金額より安い価格で耐震補強工事を行うことも可能であると考えられる。
そうすると,建て替えを選択せずに耐震補強工事によって本件建物の使用を維持することも十分に経済的合理性があるというべきであって,原告の上記主張をもってしても,正当事由を肯定することはできない。
<中略>
原告は,本件貸室の明渡しと引換えに,300万円若しくは裁判所が認める適正な明渡料を被告に対して給付する旨の申出をしているが,前述のとおり,この申出については,それ自体が正当事由を基礎付ける事実となるものではなく,正当事由を補完するにすぎないものである。
そして,上記のとおり,本件解約申入れについては,その正当事由を基礎付ける事実がおよそ認められないのであるから,原告の上記立退料の申出によってもなお正当事由を認めることはできない
このことは,本件解約申入れ後に,原告が被告に対し,本件建物建替後の新建物において被告がコインランドリー店舗の営業を引き続き行うことを前提に,新たな賃貸借契約の条件を提示し,移転費用や休業保証金を原告が負担するなどの提案を行ったことによっても左右されるものではない

【東京地裁平成27年3月20日判決】
本件貸室が被告本社ビルとの近接性から被告にとって利便性の高い物件であることを考慮しても,原告の本件建物の建て替えによる居住継続の必要性と比較して,被告が書類等の保管のために被告本社ビル等や代替物件ではなく本件貸室の使用を継続する必要性は相当に低いものといわざるを得ない。
以上を総合すると,原告が被告に対して本件貸室の明渡しを求める十分な必要性及び合理性がある一方で,被告が本件貸室の使用を継続する必要性が高いとはいえないから,原告の解約申入れには,正当事由があるというのが相当である。

【東京地裁令和4年5月24日判決】
被告には本件建物使用の必要性があり、原告にこれを上回る必要性があるとは認められない。原告は、2億円の立退料を提供するとしているが、本件においては、立退料により正当事由を補完することはできないというのが相当である。

5.立退料の申出の時期・期限
立退料の申出については,更新拒絶の通知時にしていなくても,事実審の口頭弁論終結時までにしていれば問題なく考慮されます(借地につき【最高裁平成6年10月25日判決】,借家につき【最高裁平成3年3月22日判決】)。

この場合も,特に借家の場合は,当初の更新拒絶通知時の正当事由の判断に後日立退料の申出があった事実を考慮するのか,それとも立退料の申出があった時点で新たな(別個の)解約申入れとして正当事由の判断をし,その時点から6か月の経過(借地借家法27条1項)をもって賃貸借契約終了とするのかという点が一応問題になります。

この点については,立退料の申出があった時点から6か月の経過をもって賃貸借契約終了とするものも散見されますが(【東京地裁平成25年6月14日判決】),これに対し,【最高裁平成3年3月22日判決】では,当初の解約申入れの正当事由の判断に立退料の申出があった事実を考慮できると判示していますので,基本的には,当初の解約申入れの正当事由の判断に立退料の申出があった事実が考慮されると考えて良いと思われます。

なお,立退料の価格時点(評価基準時)を,更新拒絶通知時(解約申入れ時),契約期間満了時(解約申入れ後6か月経過時),事実審の口頭弁論終結時のいずれとすべきかについても問題となりますが,上記と整合的に考えるならば,原則として,事実審の口頭弁論終結時が基準になると考えられます(【最高裁平成6年10月25日判決】可部恒雄裁判官補足意見参照)。

特に借地(土地賃貸借)の場合は立退料の重要な考慮要素である借地権価格の前提となる土地の時価評価が時間の経過により変動し易いため,実際の立退時に最も近接する時期である事実審の口頭弁論終結時とするのが「補償」の観点からも妥当と思われます。

もっとも,借家(建物賃貸借)の場合に契約期間満了前(更新拒絶通知時又は解約申入れ時)に立退料の申出がなされている場合には,賃貸借契約終了時(期間満了時又は解約申入れ後6か月経過時)が立退料の価格時点(評価基準時)とされる場合もあります(【東京地裁平成30年8月28日判決】)。

【最高裁平成3年3月22日判決】
建物の賃貸人が解約の申入れをした場合において、その申入時に借家法一条ノ二【※現借地借家法28条】に規定する正当事由が存するときは、申入後六か月を経過することにより当該建物の賃貸借契約は終了するところ、賃貸人が解約申入後に立退料等の金員の提供を申し出た場合又は解約申入時に申し出ていた右金員の増額を申し出た場合においても、右の提供又は増額に係る金員を参酌して当初の解約申入れの正当事由を判断することができると解するのが相当である。
けだし、立退料等の金員は、解約申入時における賃貸人及び貸借人双方の事情を比較衡量した結果、建物の明渡しに伴う利害得失を調整するために支払われるものである上、賃貸人は、解約の申入れをするに当たって、無条件に明渡しを求め得るものと考えている場合も少なくないこと、右金員の提供を申し出る場合にも、その額を具体的に判断して申し出ることも困難であること、裁判所が相当とする額の金員の支払により正当事由が具備されるならばこれを提供する用意がある旨の申出も認められていること、立退料等の金員として相当な額が具体的に判明するのは建物明渡請求訴訟の審理を通じてであること、さらに、右金員によって建物の明渡しに伴う賃貸人及び貸借人双方の利害得失が実際に調整されるのは、賃貸人が右金員の提供を申し出た時ではなく、建物の明渡しと引換を賃借人が右金員の支払を受ける時であることなどにかんがみれば、解約申入後にされた立退料等の金員の提供又は増額の申出であっても、これを当初の解約の申入れの正当事由を判断するに当たって参酌するのが合理的であるからである。
※【 】内は筆者加筆。

【最高裁平成6年10月25日判決】
土地所有者が借地法六条二項【※現借地借家法5条2項】所定の異議を述べた場合これに同法四条一項【※現借地借家法6条】にいう正当の事由が有るか否かは、右異議が遅滞なく述べられたことは当然の前提として、その異議が申し出られた時を基準として判断すべきであるが、右正当の事由を補完する立退料等金員の提供ないしその増額の申出は、土地所有者が意図的にその申出の時期を遅らせるなど信義に反するような事情がない限り、事実審の口頭弁論終結時までにされたものについては、原則としてこれを考慮することができるものと解するのが相当である。
けだし、右金員の提供等の申出は、異議申出時において他に正当の事由の内容を構成する事実が存在することを前提に、土地の明渡しに伴う当事者双方の利害を調整し、右事由を補完するものとして考慮されるのであって、その申出がどの時点でされたかによって、右の点の判断が大きく左右されることはなく、土地の明渡しに当たり一定の金員が現実に支払われることによって、双方の利害が調整されることに意味があるからである。
このように解しないと、実務上の観点からも、種々の不合理が生ずる。
すなわち、金員の提供等の申出により正当の事由が補完されるかどうか、その金額としてどの程度の額が相当であるかは、訴訟における審理を通じて客観的に明らかになるのが通常であり、当事者としても異議申出時においてこれを的確に判断するのは困難であることが少なくない。
また、金員の提供の申出をするまでもなく正当事由が具備されているものと考えている土地所有者に対し、異議申出時までに一定の金員の提供等の申出を要求するのは、難きを強いることになるだけでなく、異議の申出より遅れてされた金員の提供等の申出を考慮しないこととすれば、借地契約の更新が容認される結果、土地所有者は、なお補完を要するとはいえ、他に正当の事由の内容を構成する事実がありながら、更新時から少なくとも二〇年間土地の明渡しを得られないこととなる。
※【 】内は筆者加筆。
【可部恒雄裁判官補足意見】
立退料の提供ないし増額の申出が事実審の口頭弁論終結に至るまで許されるとして、次に、土地所有者の申し出た立退料の額の相当性を判断すべき金額評価の時点は何時か、の問題がある。土地所有者による立退料の支払が借地権者に対する収去明渡しの執行と引換えになされるもので、引換給付の時点における借地権者の不利益を緩和ないし補償すべき性格をもつところからすれば、その時点に最も近接する事実審の口頭弁論の終結時において、土地所有者の申出にかかる金額が相当なりや否やを判断するほかなく、この論点は、本判決の示す結論の延長線上にあるものと考える

【東京地裁平成25年6月14日判決】
原告が平成23年9月21日に行った解約申入れは,立退料支払の申出を伴うものではなかったから,その後6か月の経過によっても本件契約は終了せず,原告が初めて立退料の支払を申し出た本件訴状が被告に送達された平成23年11月7日から6か月を経過した時点で初めて契約終了となる。

【東京地裁平成30年8月28日判決】
立退料の算定時期については,本件賃貸借契約が,遅くとも平成28年12年末日の経過により終了することから,同時点を基準として算定するのが相当である。
この点,被告は,口頭弁論終結時を基準として算定すべきであると主張するが,立退料の算定要素のうち借家権価格相当分については,賃貸借契約の終了により喪失することになるのであるから,終了時を基準とすべきである。
営業補償等の損失分については,実際に明け渡す際に現実化するものであり,その調整の趣旨を有するものではあるが,解約申入れに正当事由が具備されてから6か月が経過した時点で賃貸借契約終了の効力が生じ,賃借人としては,その時点で立退料の支払を受けるのと引換えに明渡義務を負うことになることからすると,少なくとも,その効力が生じる前に立退料の提供がされている場合には,終了時を基準として算定すべきである。

6.裁判で立退料の金額に影響する要素
裁判実務における最終的な立退料の額は,不動産鑑定評価で算出される借地権価格又は借家権価格並びに公共用地の取得に伴う損失補償基準及び同細則(国交省用地対策連絡会決定。いわゆる「用対連基準」)に基づく「通損補償額」等をベースとし,これに「正当事由の充足度」に応じた調整をして算定されるのが一般的です。

上記のうち「用対連基準」については,本来的には公共事業における損失補償基準として用いられるものではありますが,【東京地裁平成27年1月30日判決】でも「資本的利用形態に係る借家権の立退料の算定において有効な方法と認められるものであって,上記基準に基づいて算出した営業補償を踏まえて立退料を算出することが不合理とはいえない」と判示されているとおり,特に借家(建物賃貸借)の立退料の算定基準として多くの場合に考慮されています(なお,【東京地裁平成26年10月8日判決】も「借家人が付随意に立ち退く事案」において「公共用地の取得に伴う損失補償基準に従った移転補償額」をもって「借家権価格」とすることにつき「基本的な考え方自体は妥当」と判示)。

なお,借地権価格又は借家権価格と通損補償額は,必ずしも二者択一の関係にあるわけではなく(どちらか一方のみがベースとなるわけではなく),あるいは単純に両者を合算すれば良いというわけでもありません。

借地権価格又は借家権価格は,本来的には,正当事由が一切存在しない場合における評価なのに対し,立退料は,一定程度は認められる正当事由を補完する性質のものであるので,裁判実務では,必ずしも借地権価格や借家権価格そのものが立退料として認められるわけではなく,正当事由の充足度に応じ,その「3分の2」(【東京地裁24年11月1日判決】),「半分」(【東京地裁平成25年6月14日判決】),「50%」(【東京地裁平成26年10月8日判決】)等の調整をし,最終的な立退料の相当額が認定されます。

そして,この「正当事由の充足度」を測るメルクマールが,賃貸人側の必要性及び賃借人側の必要性ということになりますが,このうち,賃借人側の必要性(≒立退きに伴う経済的不利益)は,通常は,借地権価格又は借家権価格並びに通損補償額においてすでに考慮されており,例えば,通損補償額を一旦算出したあとで,「賃借人側の必要性(≒立退きに伴う経済的不利益)が大きいから,その分,通損補償額を増額して最終的な立退料を算出する」としてしまうと,いわば二重計上(二重評価)になってしまいます。

従って,二重評価にならない場合(借地権価格又は借家権価格並びに通損補償額の算定時に考慮されていない場合)は,賃借人側の必要性に応じた調整もなくはありませんが(例えば,【東京地裁平成26年7月1日判決】は解約申入後に賃借人が営業を休止している事情を加味し,立退料を借家権価格の約4分の1で算定),基本的には,「正当事由の充足度」に応じた調整とは,主として,賃貸人側の必要性に応じた「減額」を意味すると解して良いでしょう。

よって,地主あるいは大家側(賃貸人側)からすれば,結局,この「賃貸人側の必要性」が,立退料を低く抑えるための重要なメルクマールとなります(具体的には下表のとおり)。

具体的な金額の算定方法は裁判例にみる立退料の相場と算定方法参照。

賃貸人側の必要性疎明資料参考裁判例
老朽化(非耐震性能)耐震診断報告書【東京地裁平成24年4月24日判決】
【東京地裁平成24年11月1日判決】
【東京地裁平成25年6月14日判決】
【東京地裁平成26年7月1日判決】
【東京地裁平成26年8月29日判決】
耐震補強工事の非合理性(技術的困難性・非経済性)耐震補強工事見積書【東京地裁平成24年1月27日判決】
【東京地裁平成24年8月27日判決】
【東京地裁平成24年11月1日判決】
【東京地裁平成25年6月14日判決】
【東京地裁平成25年11月14日判決】
再開発・建替計画(収入面・生活面でのメリット)計画図面・見積書【東京地裁平成24年8月27日判決】
【東京地裁平成24年8月28日判決】
【東京地裁平成26年7月1日判決】
【東京地裁平成27年1月30日判決】
【東京地裁平成27年3月6日判決】
公益上・国民経済上のメリット(都市再生緊急整備地域,木密地域不燃化特区等)政府・各自治体公開の指定地域図【東京高裁平成15年1月16日判決】
【東京地裁平成25年9月17日判決】
【東京地裁平成26年10月8日判決】
【東京地裁平成27年1月30日判決】
計画の実現可能性(空室率,資金調達状況等)他のテナントの立退状況,融資申込書等【東京地裁平成24年8月27日判決】
【東京地裁平成24年8月28日判決】
【東京地裁平成24年11月1日判決】
【東京地裁平成26年7月1日判決】
【東京地裁平成26年10月8日判決】

【東京地裁24年11月1日判決】
鑑定の結果によると,本件貸室の借家権価格が372万円,通損補償額63万7300円(工作物補償額21万9600円,動産移転補償額6万9900円,移転雑費補償額34万7800円)の合計であると認められるところ,本件において,原告による解約の正当事由の補完としての立退料の金額は,上記の借家権価格の3分の2にあたる248万円と通損補償額63万7300円の合計額311万7300円とするのが相当である。

【東京地裁平成25年6月14日判決】
立退料の金額に関しては,解約申入れの正当事由が建替えの必要性により既に相当程度高度に基礎づけられていること,他方で,耐震補強工事に代えて建替えを行うことは原告にとっても費用対効果上メリットであること,建替えが結果的にもたらす敷地の高度利用化(さらにはこれにより期待される収益性の向上)という利益も専ら原告が取得すること,といった事情を総合考慮し,上記補完的な意味合いの立退料額として,本件建物について賃貸人が賃借人に不随意の立退要求を行う場合の賃貸借当事者間の借家権価格である8260万円(鑑定の結果)の半分に当たる4130万円を相当と認める。

【東京地裁平成26年7月1日判決】
本件店舗については,被告が平成25年8月以降営業を行っていない状況も考慮すると,借家権価格の約4分の1,また賃料約2年分に相当する本件申出額である180万円をもって正当事由を補完するに足りる立退料の額であると認めることができる。

【東京地裁平成26年10月8日判決】
本件鑑定は,その試算価格は,借家権割合法によるときは3500万円,公共用地の取得に伴う損失補償基準に従い移転補償額を出したときは3720万円となるが,賃貸人からの明渡し請求を受け,借家人が付随意に立ち退く本件のような事案においては,後者の価格をもって,借家権価格とするのが相当であるとの結論を採用しており,その基本的な考え方自体は妥当なものと考えられる。
しかしながら,本件鑑定においては,動産の移転に係る費用が200万円と見積もられているところ,その根拠は何ら示されておらず,証拠及び被告本人尋問の結果によれば,本件建物の歯科医院を閉鎖し,新たな場所で歯科医院を開設する場合の診療機器等の購入費用は約4000万円を下ることはないことが認められ,これを覆すに足りる的確な証拠はない。
そうすると,移転補償額を基準にして借家権価格(立退料)を算定した場合の適正な価格は,3720万円に3800万円(=4000万円-200万円)を加算した7520万円と見積もるのが相当である。
<中略>
以上の借家権の評価は,原告に正当事由が一切存在しない場合において賃借人に対し本件建物からの立退きを求める場合の移転補償額を算定したものである。
しかし,本件における立退料は,あくまでも原告の本件解約について一定程度は認められる正当事由を補完する性質のものであるから,その全額を原告が支払うべき立退料として認めることはできない。
そこで,本件における原告の正当事由を補完する立退料としては,7520万円の50%である3760万円をもって相当と認める。

【東京地裁平成27年1月30日判決】
被告は,本件鑑定における公共用地の取得に伴う損失補償基準に基づく営業補償では,正当事由の補完としての立退料における妥当な営業補償を算出することはできない旨の主張をするが,上記基準は,公共事業における損失補償において採用される方法であって,資本的利用形態に係る借家権の立退料の算定において有効な方法と認められるものであって,本件において,上記基準に基づいて算出した営業補償を踏まえて立退料を算出することが不合理とはいえない

 結論

以上より,頭書事例では,倒壊の差し迫った危険があるなどの特段の事情ない限り,単なる老朽化による建替えの必要性というだけで正当事由が認められる可能性は低く,相当程度の立退料の支払いが必要となり,立退料の支払いがなされなければ,正当事由は認められず,賃貸借契約は法定更新されるでしょう。

 実務上の注意点

7.更新拒絶通知の通知方法
借地借家法26条1項では,「期間の満了の1年前から6か月前までの間」に相手方に対して更新をしない旨の「通知」をしなければならないと規定されていますので,少なくともこの期間内に更新拒絶通知をしておかなければ,正当事由の有無に関わらず,賃貸借契約は法定更新されてしまいます。

したがって,「通知」をする際には,「いつ通知したか」という点と,「通知した内容が更新を拒絶するという内容であったこと」を確実に立証できる形ですべきですので,通常は「配達証明付内容証明郵便」で行います。

そして,隔地者間の意思表示またはこれに準ずべき通知は,相手方に到達することによってその効力を生ずべきものであるところ,右にいう到達とは,相手方によって直接受領され,または了知されることを要するものではなく,意思表示または通知を記載した書面が,それらの者のいわゆる支配圏内におかれることをもって足りるとされていますので(【最高裁昭和36年4月20日判決】),当該通知を賃借人自身が現実に受領する必要はなく,職場や同居の家族に送達された場合などでも,そこがその者(賃借人)の「支配圏内」であれば「通知した」と解して良いでしょう(なお,債権譲渡通知につき,内容証明郵便の受領を拒否したケースで,「支配圏内に置かれたといえる」とし「到達」を認めたものとして【東京地裁平成26年3月14日判決】)。

なお,意思表示は,相手方に到達してはじめて効力を生じるのが原則ですが(民法97条1項),不当に受領を拒絶する当事者の不誠実な行為を排除するため,これまでも【最高裁平成10年6月11日判決】などで,内容証明郵便を受領せず留置期間経過により差出人に還付された場合に到達を肯定した事案がありましたが,これを踏まえ,令和2年施行改正民法97条2項では,正当な理由なく受領を拒否した場合,到達とみなす規定が新設されました。

この点,民法改正の中間試案では「故意」が要件とされていたのが削除されているため,到達を妨げることに必ずしも故意は不要ですが,例えば,たまたま長期間不在にしていたため郵便ポストの中身を確認しないまま郵便局の不在配達通知に気付かずに留置期間過ぎたような場合は「正当な理由」ありとなり到達が否定される可能性があります。

【民法97条】
1 意思表示は、その通知が相手方に到達した時からその効力を生ずる。

2 相手方が正当な理由なく意思表示の通知が到達することを妨げたときは、その通知は、通常到達すべきであった時に到達したものとみなす

3 意思表示は、表意者が通知を発した後に死亡し、意思能力を喪失し、又は行為能力の制限を受けたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。

【最高裁昭和36年4月20日判決】
隔地者間の意思表示に準ずべき右催告は民法九七条によりB自動車に到達することによつてその効力を生ずべき筋合のものであり、ここに到達とは右会社の代表取締役であつたEないしは同人から受領の権限を付与されていた者によって受領され或は了知されることを要するの謂ではなく、それらの者にとって了知可能の状態におかれたことを意味するものと解すべく、換言すれば意思表示の書面がそれらの者のいわゆる勢力範囲(支配圏)内におかれることを以て足る。

【最高裁平成10年6月11日判決】
被上告人は、本件当時、長期間の不在、その他郵便物を受領し得ない客観的状況にあったものではなく、その主張するように仕事で多忙であったとしても、受領の意思があれば、郵便物の受取方法を指定することによって、さしたる労力、困難を伴うことなく本件内容証明郵便を受領することができたものということができる。
そうすると、本件内容証明郵便の内容である遺留分減殺の意思表示は、社会通念上、被上告人の了知可能な状態に置かれ、遅くとも留置期間が満了した時点で被上告人に到達したものと認めるのが相当である。

【東京地裁平成26年3月14日判決】
参加人は,A【※被告代表者】に対し,平成21年2月7日,参加人が被告に対して有する289万0870円の工事請負契約の不履行に基づく損害賠償債権を原告に譲渡したことを通知する被告宛ての債権譲渡通知書(以下「本件通知」という。)を内容証明郵便として郵送したのに対し,Aが同月10日本件通知の受取りを拒絶したことが認められる。
この事実によれば,同日には,本件通知が被告の代表権を有するAの支配圏内に置かれたといえるから,これにより,本件通知は被告に到達したというべきである。
※【 】内は筆者加筆。

8.定期建物賃貸借契約(定期借家契約)の法定更新
通常の賃貸借契約の場合,上述のとおり,「法定更新」(借地借家法26条1項本文)の適用がありますが,平成12年3月1日に導入された借地借家法38条1項に基づく定期建物賃貸借契約(定期借家契約)の場合はどうでしょうか。

具体的には,期間1年以上の定期借家契約の場合,賃貸人は賃借人に対し期間満了の6か月前までに契約終了通知をしなければならないこととされていますが(借地借家法38条6項本文),6か月前の終了通知をしなくても,遅くとも契約期間満了前までに終了通知をしておけば,通知後6か月経過すれば賃貸人は賃借人に退去を請求することができますので(借地借家法38条6項但書)それほど問題は生じませんが,終了通知を一切しないまま期間満了した場合,期間満了後に建物使用を継続している賃借人の立場がどうなるか問題となります。

これについては,(1)民法619条1項等を根拠に「期間の定めのない普通賃貸借」になり,借地借家法27条及び28条に基づく「正当事由」が無い限り賃貸人は賃借人に退去を請求できないとする説(澤野順彦『実務解説 借地借家法』[青林書院]413頁),(2)借地借家法38条6項但書を根拠に終了通知から6か月経過すれば賃貸人は賃借人に退去を請求することができるとする説(田山耀明ほか『新基本法コンメンタール借地借家法』[日本評論社]231頁,【東京地裁平成21年3月19日判決】【東京地裁令和元年12月6日判決】)がありますが,未だ最高裁判例はなく,どちらに従うべきか即断は困難です。

もっとも,上記(2)説でも,期間満了後,賃貸人が長期にわたり終了通知を発せず,その間,賃料を受領し続けている場合には,普通借家契約の黙示の締結と認められ得るため(日本評論社『新基本法コンメンタール借地借家法』[日本評論社]232頁,【東京地裁平成30年6月28日判決】),長期間終了通知が発せられない場合には,期間の定めのない普通賃貸借契約が黙示的に締結されているとみなされ,その後に終了通知を発しても,借地借家法27条及び28条に基づく「正当事由」が無い限り賃貸人は賃借人に退去を請求できなくなりますので,この点では、結論として,両説に大きな違いはないといって良いでしょう。

また,定期借家契約の締結時(再契約時含む)には,あらかじめ,「契約の更新がなく、期間の満了により当該建物の賃貸借は終了すること」を記載した説明書を賃借人に交付しなければ,定期借家契約としては無効となり,普通借家契約となります(借地借家法38条3項,5項)。

そして,この場合に交付する「説明書」は,「契約書とは別個独立の書面であることを要する」と解されています(【最高裁平成24年9月13日判決】)。

従って,定期借家契約においては,期間満了時に再契約する場合であっても,その都度,「契約の更新がなく、期間の満了により当該建物の賃貸借は終了すること」を記載した説明書を契約書とは別個独立の書面で賃借人に交付する必要があります。

ただし,とりわけ再契約の場合には,再契約時に定期借家契約書と別個独立の書面として説明書を交付しなかったことのみをもって,定期賃貸借契約を否認(借地借家法38条5項)し,期間の定めのない賃貸借である旨の主張をすることが,信義則に反して許されない場合もあります(【東京地裁令和2年1月14日判決】)。

また,定期借家契約の形式で締結されていたとしても,その契約が,①平成12年3月1日より前に締結されていた②居住の用に供する建物の賃貸借で③期間確定型賃貸借(平成12年3月1日改正前の借地借家法旧38条「建物を一定の期間自己の生活の本拠として使用することが困難であり,かつその期間の経過後はその本拠として使用することとなることが明らかな場合」)でないものの巻き直し(一旦合意により終了させて再契約したもの)に過ぎない場合には,定期借家契約としての効力は生じず普通借家契約となり法定更新の規定が適用されます(良質な賃貸住宅等の供給の促進に関する特別措置法(平成11年12月15日法律第153号)附則3条)。

この点,同附則3条では,このような定期借家契約としての効力を生じさせない措置について,「当分の間」と規定していますが,令和5年現在いまだ継続中であり,これが見直される気配も一切ありません。

また,同附則3条「居住の用」は,店舗併用住宅など事業用と併存している場合も含むと解されています(稻本洋之助ほか『コンメンタール借地借家法 第4版』[日本評論社]405頁)。

また,同附則3条「合意により終了」は,同条の趣旨に鑑み,合意による中途解約だけでなく,期間満了により終了させる場合も含まれると考えられます(【東京地裁令和3年10月15日判決】参照)。

従って,多湖・岩田・田村法律事務所では,賃貸中の物件を買い受ける際は,レントロール(賃貸の条件・現状等を記載した書面)上で「定期借家契約」になっていたとしても,定期借家契約として有効なものであるのか(説明書の交付がされているか,普通借家を切り替えたものではないか等)について,必ず確認するよう助言しています。

【借地借家法38条】
1 期間の定めがある建物の賃貸借をする場合においては、公正証書による等書面によって契約をするときに限り、第三十条の規定にかかわらず、契約の更新がないこととする旨を定めることができる。この場合には、第二十九条第一項の規定を適用しない。

2 前項の規定による建物の賃貸借の契約がその内容を記録した電磁的記録によってされたときは、その契約は、書面によってされたものとみなして、同項の規定を適用する。

3 第一項の規定による建物の賃貸借をしようとするときは、建物の賃貸人は、あらかじめ、建物の賃借人に対し、同項の規定による建物の賃貸借は契約の更新がなく、期間の満了により当該建物の賃貸借は終了することについて、その旨を記載した書面を交付して説明しなければならない。

4 建物の賃貸人は、前項の規定による書面の交付に代えて、政令で定めるところにより、建物の賃借人の承諾を得て、当該書面に記載すべき事項を電磁的方法(電子情報処理組織を使用する方法その他の情報通信の技術を利用する方法であって法務省令で定めるものをいう。)により提供することができる。この場合において、当該建物の賃貸人は、当該書面を交付したものとみなす。

5 建物の賃貸人が第三項の規定による説明をしなかったときは、契約の更新がないこととする旨の定めは、無効とする。

6 第一項の規定による建物の賃貸借において、期間が一年以上である場合には、建物の賃貸人は、期間の満了の一年前から六月前までの間(以下この項において「通知期間」という。)に建物の賃借人に対し期間の満了により建物の賃貸借が終了する旨の通知をしなければ、その終了を建物の賃借人に対抗することができない。ただし、建物の賃貸人が通知期間の経過後建物の賃借人に対しその旨の通知をした場合においては、その通知の日から六月を経過した後は、この限りでない。

7 以下省略

【良質な賃貸住宅等の供給の促進に関する特別措置法(平成11年12月15日法律第153号)附則3条】
第五条の規定の施行前にされた居住の用に供する建物の賃貸借(旧法第三十八条第一項の規定による賃貸借を除く。)の当事者が、その賃貸借を合意により終了させ、引き続き新たに同一の建物を目的とする賃貸借をする場合には、当分の間、第五条の規定による改正後の借地借家法第三十八条の規定は、適用しない。

【東京地裁平成21年3月19日判決】
借地借家法三八条所定の定期建物賃貸借契約のうち契約期間が一年以上のものについて,賃貸人が期間満了に至るまで同条四項所定の終了通知を行わなかった場合,賃借人がいかなる法的立場に置かれるかについては争いがあるところ,定期建物賃貸借契約や終了通知の法的性格ないし法的位置づけ等に照らすと,定期建物賃貸借契約は期間満了によって確定的に終了し,賃借人は本来の占有権原を失うのであり,このことは,契約終了通知が義務づけられていない契約期間一年未満のものと,これが義務づけられた契約期間一年以上のものとで異なるものではないし,後者について終了通知がされたか否かによって異なるものでもない
ただし,契約期間一年以上のものについては,賃借人に終了通知がされてから六か月後までは,賃貸人は賃借人に対して定期建物賃貸借契約の終了を対抗することができないため、賃借人は明渡しを猶予されるのであり,このことは,契約終了通知が期間満了前にされた場合と期間満了後にされた場合とで異なるものではない

【最高裁平成24年9月13日判決】
法38条の規定の構造及び趣旨に照らすと,同条2項【※現借地借家法38条3項】は,定期建物賃貸借に係る契約の締結に先立って,賃貸人において,契約書とは別個に,定期建物賃貸借は契約の更新がなく,期間の満了により終了することについて記載した書面を交付した上,その旨を説明すべきものとしたことが明らかである。
そして,紛争の発生を未然に防止しようとする同項の趣旨を考慮すると,上記書面の交付を要するか否かについては,当該契約の締結に至る経緯,当該契約の内容についての賃借人の認識の有無及び程度等といった個別具体的事情を考慮することなく,形式的,画一的に取り扱うのが相当である。
したがって,法38条2項【※現借地借家法38条3項】所定の書面は,賃借人が,当該契約に係る賃貸借は契約の更新がなく,期間の満了により終了すると認識しているか否かにかかわらず,契約書とは別個独立の書面であることを要するというべきである。
※【 】内は筆者加筆。

【東京地裁平成30年6月28日判決】
法38条4項【※現借地借家法38条6項】本文の時期を経過した場合はもとより,所定の賃貸借期間の経過後であっても,賃貸人は,賃借人に対し,同項所定の通知をすることができるというのが相当であり,賃貸人は,同通知から6か月が経過したときは,賃借人にその終了を対抗することができるものであって,通知が賃貸借期間の経過後になされたことをもって,直ちに賃貸借期間が延長あるいは更新等されたと解することはできない
確かに,定期建物賃貸借契約において定めた賃貸借期間を相当期間経過した後であっても,賃貸人が通知さえすれば,いかなる場合であっても,通知後6か月を経過した時点において,当然に賃借人にその終了を対抗することができると解することは,正当事由がない限り更新拒絶及び解約申入れができないと定めている法の潜脱というべき事態を惹起し,また,賃借人の信頼を害するものであって,定期建物賃貸借制度の予定しているところとはいい難い。
しかし,そのような場合であっても,賃貸借契約が黙示に成立したものと認定する余地があり,こうした認定によって上記賃借人の信頼は保護されるべきものである。
※【 】内は筆者加筆。

【東京地裁令和元年12月6日判決】
借地借家法38条4項【※現借地借家法38条6項】本文は,定期建物賃貸借において,期間が1年以上である場合には,賃貸人は,期間満了の1年前から6月前までの間(通知期間)に賃借人に対し定期建物賃貸借の終了通知をしなければ,その終了を賃借人に対抗することができない旨を規定する一方,同項ただし書では,通知期間経過後に賃借人に対し終了通知をした場合は,その通知の日から6月を経過した後は,定期建物賃貸借の終了を対抗できる旨を規定している。
このように,同項ただし書の規定上,通知期間経過後に終了通知を行い得る期間は特段限定されていないことに加えて,定期建物賃貸借契約の期間満了までに終了通知が行われない場合に,当然に期間の定めのない普通建物賃貸借契約になると考えることは,定期建物賃貸借契約を締結した当事者の合理的期待に反するものであって妥当でないことからすれば,賃貸人が期間満了までに終了通知を行わなかった場合でも,定期建物賃貸借契約は確定的に終了し,賃貸人は終了通知をしてから6か月を経過した後は,賃借人に対して定期建物賃貸借契約の終了を対抗できるというべきである。
※【 】内は筆者加筆。

【東京地裁令和2年1月14日判決】
借地借家法38条2項【※現借地借家法38条3項】の趣旨は,定期建物賃貸借に係る契約の締結に先立って,賃借人となろうとする者に対し,定期建物賃貸借は,契約の更新がなく期間の満了により終了することを理解させ,当該契約を締結するか否かの意思決定のために十分な情報を提供することのみならず,説明においても更に書面の交付を要求することで更新の契約の有無に関する紛争の発生を未然に防止することにあるものと解されるところ(最高裁平成22年(受)第1209号同24年9月13日第一小法廷判決・民集66巻9号3263頁),本件においては,同項が定める事前の説明がされたとはいえない契約の以前には,原告において同項が定める事前の説明を適式に行っており,被告において賃料が低額であることなどから,定期建物賃貸借であることを認識しつつ再契約を繰り返していたと推認されるほか,同項が定める事前の説明がされたとはいえない契約の後も,原告から退去を求められるまでは,定期建物賃貸借契約の締結を繰り返すとともに,保証金について新たな契約に再預託される旨の記載がある覚書にも合意をし,被告から原告に対して説明書の交付がされなかったことや説明書の交付が契約の締結後であったことを理由に,期間の定めのない賃貸借として法定更新がされた旨の異議を述べたり,期間の定めのない賃貸借契約として取り扱うように申入れをしたとの事情もうかがわれないことを踏まえると,原告から退去を求められるまでの当事者の合理的な意思としても,新たな定期建物賃貸借契約が締結されているとの認識であったものと考えられる。
そうすると,原告と被告の間では,定期建物賃貸借契約が期間満了により終了したことを踏まえた覚書の合意や再契約の締結を通じ,借地借家法38条2項【※現借地借家法38条3項】が定める事前の説明がされたとはいえない契約の後に,被告において更新がなく期間の満了により終了するものと認識し,その期間満了の直後に更新に関する紛争も生じることなく,定期建物賃貸借契約が繰り返し締結されたものであるから,少なくとも,本件定期賃貸借契約締結されるまでの間に,それまでの覚書の合意及び新たな定期賃貸借契約の締結を通じて期間の定めのない賃貸借が黙示に解約されていたものと解される(なお,仮にそのように解することができないとしても,借地借家法38条2項が定める事前の説明がされたとはいえない契約の期間満了後も,5年以上にわたって再契約が繰り返されていたことを含む上記で述べた一連の事情を踏まえると,原告から退去を求められて初めて事後的に借地借家法38条2項【※現借地借家法38条3項】が定める説明書の交付を欠くことを理由として,本件定期賃貸借契約を否認し,期間の定めのない賃貸借である旨の主張をすることは,信義則に反して許されないものというべきである。)。
※【 】内は筆者加筆。

【東京地裁令和3年10月15日判決】
※期間満了に伴い「賃貸借契約を更新する際」に定期借家契約により締結した事案。

本件定期賃貸借契約1及び2は,改正法施行前の普通賃貸借である本件賃貸借契約を定期建物賃貸借に切り替えるものであるから,附則3条により,改正後の借地借家法38条が適用されないため,本件定期借家条項は無効であると解される(なお,本件定期賃貸借契約1及び2においては存在しないが,借地借家法32条(賃料増減請求権)の適用を排除する特約(38条7項【※現借地借家法38条9項】)がある場合には,同特約も同様に無効となるものと解される。)。
したがって,本件定期賃貸借契約1は賃貸期間2年間の普通賃貸借として,本件定期賃貸借契約2は賃貸期間5年間の普通賃貸借として,それぞれ効力を有し,本件定期賃貸借契約2の契約期間満了後は,法定更新により期間の定めのない賃貸借となったものと解される(借地借家法26条1項)。
<中略>
附則3条が,改正法施行前にされた居住用建物賃貸借を定期建物賃貸借へ切り替えることを当分の間認めないこととした趣旨は,借家人が定期建物賃貸借の内容を理解しないまま切り替えに応じてしまい,期間満了時に想定外の明渡しを求められることを防止しようとする政策的なものであり,借家人保護の見地に基づくものと解される。
そうすると,附則3条に反する定期建物賃貸借契約については,賃貸借契約の更新がなく,期間満了により終了する旨の条項(定期借家条項)についてのみその効力を否定すれば足り,かつ,それが,当事者の通常の意思にも合致するものと解される。
※【 】内は筆者加筆。

9.立退料との引換給付判決
契約期間満了による建物明渡訴訟において裁判所が請求を認容する場合には,「被告は,原告に対し,〇〇円の支払を受けるのと引き換えに建物を明け渡せ」というように,立退料とのいわゆる引換給付判決がなされるのが通常です。

もっとも,民事訴訟においては,民事訴訟においては「処分権主義」という大原則がありますので「裁判所は,当事者が申し立てていない事項について,判決をすることができない」(民事訴訟法246条)とされており,これを「処分権主義」といいます。

そのため,原告が訴訟で建物明渡だけしか請求していないのに,裁判所がむしろ原告に立退料の支払いを命じるような判決をして良いのか,あるいは原告が申し出た金額以上の立退料を命じる判決をして良いのかという問題があります。

これについて【最高裁昭和46年11月25日判決】は,「(原告の申出額と)格段の相違のない一定の範囲内で裁判所の決定する金員を支払う旨の意思を表明」している場合には,その範囲内で明示の申出額を超えた立退料との引換えを命じることも許容しています。

ただ,「本判決は,無条件に申立額をこえて移転料の額を定めてよいとしたものでもなく,当事者が明示の申立額にこだわる場合にまで,そのような裁量を認めたものでもない」(判例タイムズ271号174頁)と解されていますので,予期せず申出額と極端に乖離した高額の立退料を認定されてしまうということは基本的にはないと言ってよいでしょう。

従って,裁判所の考える立退料の相当額と原告の明示的な申出額とが大幅にかけ離れている場合には,引換給付判決が認められませんので,正当な立退料の申出がないものとして(正当事由が補完されないものとして)明渡請求は請求棄却となります(【東京地裁令和3年6月30日判決】等)。

なお,万が一,提供を申し出ていた金額と格段の相違がある立退料との引換給付判決が出された場合には,賃貸人に実体法上の立退料支払義務は発生しないと解されています(【福岡地裁平成8年5月17日】)。

実務上は,少なくとも申出額の2倍以内であれば,格段の相違はないと考えられますが(【東京地裁平成27年3月6日判決】等),申出額の2倍を超える認定をされている例もしばしば見受けられます(【東京地裁平成24年3月29日判決】【東京地裁平成26年7月1日判決】等)。

【民事訴訟法246条】
裁判所は、当事者が申し立てていない事項について、判決をすることができない。

【最高裁昭和46年11月25日判決】
被上告人が上告人に対して立退料として三〇〇万円もしくはこれと格段の相違のない一定の範囲内で裁判所の決定する金員を支払う旨の意思を表明し、かつその支払と引き換えに本件係争店舗の明渡を求めていることをもって、被上告人の右解約申入につき正当事由を具備したとする原審の判断は相当である。
所論は右金額が過少であるというが、右金員の提供は、それのみで正当事由の根拠となるものではなく、他の諸般の事情と綜合考慮され、相互に補充しあつて正当事由の判断の基礎となるものであるから、解約の申入が金員の提供を伴うことによりはじめて正当事由を有することになるものと判断される場合であっても、右金員が、明渡によつて借家人の被るべき損失のすべてを補償するに足りるものでなければならない理由はないし、また、それがいかにして損失を補償しうるかを具体的に説示しなければならないものでもない。
原審が、右の趣旨において五〇〇万円と引き換えに本件店舗の明渡請求を認容していることは、原判示に照らして明らかであるから、この点に関する原審の判断は相当であつて、原判決に所論の違法は存しない。

【福岡地裁平成8年5月17日判決】
立退料の支払と引換えに建物の明渡しを命じる判決があっても、判決により認定された立退料額が賃貸人が提供を申し出ていた金額と格段の相違がある場合には、賃貸人に実体法上の立退料支払義務は発生しないものと解するのが相当である。
立退料の支払と引換えに建物の明渡しを命じる判決が確定した後は、信義則上、賃貸人は立退料支払の申出を撤回できず、少なくとも賃借人の受領又は明渡しのときに承諾の成立があり、このような無名契約の成立により賃貸人には実体法上立退料支払義務が発生すると解すべきである。
しかしながら、このような法理は、賃貸人が申し出ていた金額と同額又はこれと格段の相違のない範囲内の金額(この範囲内では賃貸人に支払意思があったものと推定される。)の立退料が認定された場合に当てはまることであって、その範囲を越えた金額が判決により認定された場合には、それは賃貸人の意思の範囲を越えた金額であるから、信義則上賃貸人がこれに拘束されるいわれはないと考えられる。
もし、賃貸人の意思を超える額の立退料の支払義務を発生させることになると、引換給付を命じる判決に非訟的な機能を認めることになるが、非訟的裁判によって義務を課すためには実定法上の根拠を要すると考えられるところ、旧借家法一条の二の規定をもってその根拠法条とするのは無理がある。
したがって、このような場合には、賃貸人の申出と賃借人の承諾との一致をみることはできないから、立退料支払に関する無名契約は成立せず、賃貸人に実体法上の立退料支払義務は発生しないものと解すべきである。

【東京地裁令和3年6月30日判決】
本件における立退料は2130万円とするのが相当である。
一方で,原告の支払意思のある立退料は374万4000円の限度であって,2130万円とは大幅に金額がかけ離れている上(約5.6倍),原告は2130万円の立退料は法外と主張しており,同額を支払う意思があるとは考えられない。
そうすると,本件においては,原告の解約には正当事由があるとは認められず,原告の明渡請求は理由を欠いており棄却となる。

10.引換給付判決に基づく立退料の支払時期
立退料との引換給付判決がなされた場合,引換給付(=立退料の支払い)は,執行開始の要件(民事執行法31条1項)であって,執行文付与の要件(同法27条1項)ではありませんので,強制執行時までに,執行機関に対し,領収書や供託書を提出するなどして履行の提供を証明すれば良いことになります。

ただ,履行の提供は,容易かつ確実に認定できる事由によってなされる必要がありますので,例えば,未払いの家賃がある場合などに,立退料との相殺の主張により履行したと主張することはなかなか認められ難いと思われます(【東京高裁昭和54年12月25日決定】参照)。

また,立退料との引換給付判決が確定した後は,信義則上,賃貸人は立退料支払の申出を撤回できず,少なくとも賃借人の受領又は明渡しのときに承諾の成立があり,このような無名契約の成立により賃貸人には実体法上立退料支払義務が発生する解されています(前掲【福岡地裁平成8年5月17日判決】)。

もっとも,引換給付部分(判決主文のうち「〇〇円の支払を受けるのと引換えに」の部分)には既判力は及ばず(坂田宏『民事訴訟における処分権主義』[有斐閣]10頁),またこれ引換給付判決自体は立退料の債務名義にはなりませんので,例えば,賃借人のほうが判決に従い明け渡したにも関わらず,賃借人が立退料を支払わない場合には,賃借人は改めて立退料支払請求訴訟を提起して,この点につき債務名義を得る必要があります。

【民事執行法27条1項】
請求が債権者の証明すべき事実の到来に係る場合においては、執行文は、債権者がその事実の到来したことを証する文書を提出したときに限り、付与することができる。

【民事執行法31条1項】
債務者の給付が反対給付と引換えにすべきものである場合においては、強制執行は、債権者が反対給付又はその提供のあつたことを証明したときに限り、開始することができる。

【旧民事訴訟法529条】
1 請求ノ主張カ或ル日時ノ到来ニ繋ルトキハ其日時ノ満了後ニ限リ強制執行ヲ始ムルコトヲ得

2 若シ執行カ債権者ヨリ保証ヲ立ツルコトニ繋ルトキハ債権者カ保証ヲ立テタルコトニ付テノ公正ノ証明書ヲ提出シ且其謄本ヲ既ニ送達シ又ハ同時ニ送達シタルトキニ限リ其執行ヲ始ムルコトヲ得

【東京高裁昭和54年12月25日決定】
執行開始の要件たる引換給付義務の履行ないし履行の提供の有無は、執行官において判断するものである以上、その証明ありとなすには、民訴法五二九条二項【※現民事執行法31条1項】の規定に準じて、履行ないし履行の提供が容易かつ確実に認定できる事由によってなされた場合に限られるものというべく、相殺は、その要件、意思表示の存否及び効力等についての実体的な判断を要するものであるから、執行債務者のこれを認める旨の書面が提出される等特段の事情のない限り、執行開始要件としての引換給付義務の履行ないし履行の提供を証明し得る事由とはなり得ないものと解するのが相当である。
※【 】内は筆者加筆。

※本頁は多湖・岩田・田村法律事務所の法的見解を簡略的に紹介したものです。事案に応じた適切な対応についてはその都度ご相談下さい。


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